突き飛ばして相手が転倒・死亡した|傷害致死になる場合とならない場合
痴漢の疑いをかけられたとき、多くの方が最初に思い浮かべるのは「逮捕されるのかどうか」という一点だと思います。ただ、被害の申告があってから事件が捜査機関の手を離れるまでの間に行われているのは、人の身体を拘束するための手続だけではありません。
この期間に進んでいるのは、どちらかといえば「その場に残っているものを、後から確認できる形に変える」作業です。手や衣服に残った微細なもの、車内の位置関係、映像や乗車の記録、そして関係者の言葉が、順番に書面や資料へと移し替えられていきます。順番には理由があり、失われやすいものから先に扱われる傾向があります。
ここでは、被害の申告が入口として扱われる仕組みから、警察が事件を「検挙」として処理するまでの区間で何が行われているのかを整理します。見通しを立てるための地図であって、対応の正解を示すものではありません。
この記事が想定している場面
次のような前提で書いています。
・触れたとされる側の立場から、手続の進み方を知りたい場面
・電車内や駅、路上など、痴漢として問題になり得る場面全般
・成人の事案。未成年の場合は手続の枠組み自体が異なります
・認めている場合と、心当たりがない場合の双方
なお、痴漢として問題になる条文は都道府県の条例と刑法にまたがり、どちらで扱われるかによって手続の重さが変わります。その分かれ目は別の解説に譲り、ここでは捜査の進み方に絞ります。
「検挙」は「逮捕」と同じ意味ではない
報道や統計で使われる「検挙」という言葉は、刑事訴訟法の用語ではありません。警察の犯罪統計に関する訓令では、犯罪について被疑者を特定し、送致・送付または微罪処分に必要な捜査を遂げることを検挙と定義しています。
同じ訓令では、その手前にある「認知」も定義されています。被害の届出や告訴・告発を受理したとき、あるいはその他の端緒によって犯罪の発生を確認したときが、認知にあたるとされています。
つまり、被害の申告から検挙までの区間とは、発生を確認した事件について、検察官へ送ることができる形になるまでの区間を指しています。身体を拘束したかどうかは、この定義に含まれていません。身柄を拘束されないまま手続が進み、書類だけが検察官に送られた場合も、統計の上では検挙として扱われます。
「検挙された」という言葉から逮捕を連想して不安が大きくなる方は少なくありませんが、言葉の指している範囲はもう少し広いものです。
申告が入口として開いている仕組み
犯罪捜査規範61条1項は、被害の届出をする人があったときは、その事件が管轄区域のものかどうかを問わず受理しなければならないと定めています。告訴についても同様の定めがあり、告訴を受けた場合には書類と証拠物を検察官に送付することが刑事訴訟法で求められています。
入口が制度として開いている以上、時間が経ってからの申告であっても、手続が動き出す余地は残ります。また、被害の届出がなければ捜査が始まらないわけでもありません。通報や職務質問、目撃した人からの申し出など、端緒はほかにもあります。
その場で引き渡された場合に最初に行われること
車内や駅で取り押さえられた場合、まず問題になるのは引渡しの手続です。現行犯人は誰でも逮捕状なしに逮捕でき(刑事訴訟法213条)、捜査機関以外の人が逮捕したときは、直ちに検察官または司法警察職員に引き渡さなければならないとされています(同214条)。
引渡しを受けた警察官には、逮捕した人の氏名と住居、逮捕の事由を聴き取ることが求められ、必要があるときは一緒に官公署へ来るよう求めることができます(同215条2項)。被害を申告した人や取り押さえた乗客が、そのまま警察署へ向かうことがあるのはこのためです。
このとき作成されるのが現行犯人逮捕手続書という書面です。検察庁の事件事務規程では、捜査機関自身が逮捕した場合の様式を甲、私人から引渡しを受けた場合の様式を乙として区別しています。誰がどのように取り押さえたのかという経緯は、最初の書面の形そのものに残ることになります。
なお、罰金・拘留・科料だけが定められている罪の現行犯については、住居や氏名が明らかでない場合か、逃亡するおそれがある場合に限って逮捕できるという制限があります(同217条)。痴漢として問題になる条文の多くは拘禁刑も定めているため、この制限が働く場面は限られます。
身柄を続けるかどうかは、早い段階で一度判断される
警察署に引致されると、犯罪事実の要旨と弁護人を選任できる旨を告げられ、弁解の機会が与えられます。ここで留置の必要がないと判断されれば直ちに釈放され、必要があると判断されれば身体を拘束したまま検察官へ送致する手続に進みます(刑事訴訟法203条1項)。
この分かれ目は、警察署に着いてから比較的早い段階で一度訪れます。釈放されたとしても事件そのものが終わるわけではなく、在宅のまま捜査が続く形になります。その後の時間の区切りについては、別の解説に譲ります。
手や着衣に残るものが先に扱われる
痴漢の事案で早い段階に行われる捜査として知られているのが、手指からの微物の採取です。手のひらや指に粘着テープを貼り付けて繊維片を集め、被害を申告した人の衣服や下着から採取した繊維と比べる方法がとられます。
衣服そのものが提出されることもあります。所有者や所持者が任意に提出した物、あるいは遺留された物は、捜査機関が領置することができます(刑事訴訟法221条)。領置された物は手続が進むまで手元に戻らないことがあり、提出を求められた段階で扱いを確認しておく意味はあります。
現場の状況については、事実発見のため必要があるときに実況見分が行われます。犯罪捜査規範104条は、その結果を実況見分調書に正確に記載し、できる限り図面と写真を添付するよう定めています。車内のどこに立っていたのか、どちらを向いていたのか、混雑の程度はどうだったのかといった事柄が、この段階で図面の形になります。
これらが先に行われるのは、いずれも時間の経過に弱いからです。衣服は洗濯され、記憶の細部は薄れ、映像は保存期間の経過とともに確認できなくなります。
採取された資料の結果が、その場で分かるとは限らない
微物の採取や鑑定が行われても、その結果が本人や弁護人に伝えられるとは限りません。起訴される前の段階では、捜査機関に証拠を開示する義務がないためです。何が採取されたかは分かっても、何が出たのかは分からないまま手続が進むことがあります。
また、混雑した車内は多くの人が近い距離で接触する場所です。繊維が検出されたことが、そのまま結論を決めるわけではないという指摘もあります。反対に、検出されなかったことが接触を否定する材料になるとも限りません。資料の意味は、ほかの事情と合わせて評価されます。
言葉が書面に変わっていく段階
物と並行して集められるのが、関係者の言葉です。被害を申告した人の供述調書、目撃した人の供述調書、そして触れたとされる人の供述調書が作られます。
実況見分の際に立ち会った人が説明をした場合、その内容は指示説明として調書に反映されます。説明の範囲を超えて供述そのものを記載する必要があるときは、供述調書の作成に関する規定によることとされており、被疑者については、意思に反して供述する必要がない旨をあらかじめ告げた上でその点を調書に明らかにしておくことが求められています(犯罪捜査規範106条)。
この段階で固定されるのは、結論よりもむしろ細部です。手の形はどうだったか、どのくらいの時間だったか、何度だったか、どちらの手だったか。後から言い直したとしても、最初に作られた書面は記録として残ります。調書には内容を確認し、増減変更を申し立てる仕組みが用意されています(刑事訴訟法198条4項)。署名する前に読み返す時間を求めることは、手続として想定されている行為です。
後から申告された場合は順番が入れ替わる
現場でのやり取りがないまま申告があった場合、最初に行われるのは物の保全ではなく、場面の特定です。何月何日の何時何分ごろ、どの路線のどの列車の、どのあたりだったのか。ここが定まらないと、確認すべき映像も記録も絞り込めません。
場面が絞られると、駅構内や車内の映像、交通系ICカードや定期券の記録が確認の対象になります。こうした情報は、捜査について公務所または公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができるという規定にもとづいて集められます(刑事訴訟法197条2項)。写真を示して人物を確認してもらう手順がとられることもあります。
集まった資料は、逮捕状を請求する際の疎明資料として使われます。犯罪捜査規範122条1項は、通常逮捕状の請求にあたり、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由と逮捕の必要を疎明する被害届、参考人供述調書、捜査報告書等の資料を添えることを求めています。被害の申告それ自体が、資料の一つとして位置づけられていることが分かります。
最初の段階で集められるもの
初期に扱われる主なものを整理すると、次のようになります。
| 集められるもの | 主に確認されること | 時間の経過による影響 |
|---|---|---|
| 手指や着衣から採取された微物 | 接触があったかどうかにつながる手がかり | 洗濯や時間の経過で失われやすい |
| 被害を申告した人・目撃した人の供述 | 位置関係、触れられたとされる態様、前後の状況 | 細部の記憶は変わり得る |
| 防犯カメラの映像 | その場にいたこと、位置関係、移動の経路 | 保存期間を過ぎると確認できない |
| 交通系ICカードや定期券の記録 | 乗車した区間と時刻 | 記録の保存期間に左右される |
| 実況見分による現場の状況 | 車内の位置関係、混雑の程度、見通し | 同じ条件をそろえにくくなる |
いずれか一つで結論が決まるものではなく、組み合わせて評価されるのが通常です。
検挙の形は一つではない
警察が扱った事件は、原則としてすべて検察官に送られます。身柄を伴う場合も、書類と証拠物だけを送る場合も、送致という点では同じです。
例外として、あらかじめ検察官が指定した軽微な類型については、警察限りで処理する微罪処分が認められています(刑事訴訟法246条ただし書)。ただし指定される類型は限られており、性的な事案で用いられる場面は多くありません。
少年の事件については、家庭裁判所に送られる仕組みがとられており、成人とは枠組みが異なります。
いずれの形であっても、統計の上では検挙として集計されます。「検挙された」という言葉から、身柄の状況や処分の重さを読み取ることはできません。
この段階で起きやすい行き違い
初期の対応で後から問題になりやすいのは、次のような場面です。
・その場で認めれば早く帰れると受け取り、細部まで確認しないまま話してしまう
・任意で求められていることと、そうでないことの区別がつかないまま応じる
・提出した物がいつ戻るのかを確認しないまま渡す
・記憶があいまいな部分を、聞かれた流れで断定的に答えてしまう
・現場を離れたことで手続が終わったと考える
反対に、この段階で意味を持ちやすいのは、事実関係を自分の側で早めに書き留めておくことです。乗った駅と時刻、車両の位置、手の位置、荷物の持ち方、周囲の状況。時間が経つほど、後から思い出して整えることは難しくなります。
弁護士に確認できること
この段階で相談する場合、次のような点を整理できます。
・いまどの手続まで進んでいるのか
・任意で求められていることと、応じる義務があることの区別
・提出した物や採取された資料の扱いと、返還の見通し
・被害を申告した人への連絡について、どこまでが可能で、どこからが避けるべきか
・勤務先や家族への影響として、現時点で分かること
まとめ
・検挙は逮捕と同じ意味ではなく、被疑者を特定して送致・送付または微罪処分に必要な捜査を遂げることを指す
・被害の申告は受理することが定められており、時間が経ってからの申告でも入口は開いている
・その場で引き渡された場合は、逮捕した人からの聴取と現行犯人逮捕手続書の作成が最初に行われる
・留置を続けるかどうかは、警察署に着いてから比較的早い段階で一度判断される
・手指の微物や衣服、実況見分など、時間の経過に弱いものから先に扱われる
・採取された資料の結果が、起訴前の段階で本人側に伝えられるとは限らない
・供述の段階で固定されるのは結論よりも細部であり、書面には確認と申立ての仕組みがある
・後から申告された場合は、場面の特定から始まり、映像や乗車記録の確認へ進む
痴漢の事案は、最初の数時間で残るものと残らないものがはっきり分かれます。だからこそ、早い段階で状況を整理しておく意味はあります。ただし、早く動いたからといって望ましい結果が約束されるわけではありません。分かっていることと分かっていないことを区別したうえで、次に何を選ぶかを考える材料として、この記事を使っていただければと思います。


