前科調書とは何か|裁判で提出される書面と記載範囲
性的な行為の途中でやめた、そこから先には進んでいない、という説明は、性犯罪の相談の場面でよく出てきます。ご本人としては、最後までしていないのだから重い話にはならないはずだ、という感覚をお持ちのことが多いように思います。
もっとも、刑法が「途中でやめた」という事実をどう扱うかは、その感覚とは少しずれています。見られているのは、やめたという結果そのものではなく、どの時点でやめたのか、やめる決め手になった事情は何だったのか、そして途中までの行為が別のかたちで完成していないか、という三つの点です。
この記事では、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪の未遂と、そのうち「自己の意思により犯罪を中止した」場合として扱われる中止未遂について、どこに線が引かれているのかを整理します。事実と異なる説明を組み立てるためのものではなく、ご自身が記憶している経過が法律上どう位置づけられるのかを見立てるための記事です。
「途中でやめた」と語られる場面
ひとくちに「途中でやめた」といっても、その中身はさまざまです。相談の場面では、次のような経過が同じ言葉で語られます。
・相手の表情を見て申し訳なくなり、自分から手を離した
・相手が声を上げたので驚いて手を止めた
・相手が「やめて」と言ったのでやめた
・人の気配や物音がしたので、その場を離れた
・相手の体調の変化に気づいてやめた
・触れる行為まではしたが、そこから先には進んでいない
これらはいずれも、ご本人の側から見れば「途中でやめた」です。しかし、法律上の評価は同じにはなりません。
未遂であっても処罰の対象になる
刑法は既遂を処罰することを原則とし、未遂は個別に規定がある場合に処罰します。不同意わいせつ罪・不同意性交等罪については、刑法180条が未遂を処罰すると定めています。監護者わいせつ罪・監護者性交等罪の未遂も同じ規定に含まれます。
そして、未遂罪の法定刑は既遂と同じ枠で定められています。未遂だから軽い枠が別に用意されている、という仕組みにはなっていません。刑が軽くなる余地は、法定刑の枠そのものではなく、刑法43条の減軽の場面で出てきます。
同条は、実行に着手してこれを遂げなかった者はその刑を減軽することができるとしたうえで、ただし書で、自己の意思により犯罪を中止したときはその刑を減軽し、又は免除する、と定めています。本文の部分が障害未遂、ただし書の部分が中止未遂です。障害未遂では減軽するかどうかが裁判所の判断に委ねられるのに対し、中止未遂では減軽または免除がされることになっています。免除まで届く可能性があるのは、ただし書の側だけです。
やめた時点が既遂の線を越えていないか
最初に確かめられるのは、やめた時点が既遂の線の手前かどうかです。未遂も中止未遂も、既遂に達していないことが前提になるからです。
旧法の強姦罪について、大審院は、既遂となるかどうかは挿入があったかどうかで判断され、射精など先の経過まで必要とするものではない、という考え方を示していました。この考え方は現在の不同意性交等罪の理解にも引き継がれています。この線をすでに越えていれば、その後にやめたとしても、未遂であることを前提とした議論そのものが立ちません。
ご本人の感覚としては「途中でやめた」であっても、法律上は既遂として扱われる場面があるということです。どの時点でやめたのかは、後から言葉で説明し直すことが難しい部分でもあります。
途中までの行為が別に完成していないか
もう一つ確かめられるのが、途中までの行為が別の罪として完成していないか、という点です。
性交等をする意図で行為に及び、その途中でやめた場合、性交等については未遂であっても、そこまでの接触がわいせつな行為にあたると評価されることがあります。この場合、不同意性交等罪については未遂、不同意わいせつ罪については既遂という見方がされ、すべてが未遂で終わったという整理にはなりません。
このほか、その場に立ち入った経緯によっては住居侵入罪、相手を出られない状態に置いた経緯によっては逮捕監禁罪など、別の罪が問題になることもあります。中止未遂として刑が免除されたとしても、その効果は中止した罪についてのものであり、別に成立している罪には及びません。
中止未遂は「やめた」だけでは足りない
刑法43条ただし書は「自己の意思により犯罪を中止したとき」と書いています。ここには二つの要素が含まれています。
・自己の意思によること、つまり任意性があること
・犯罪を中止したといえる行為があること
実際にやめている以上、二つ目は満たされていることが多く、実務で争いになりやすいのは一つ目です。中止未遂と障害未遂を分けているのは、やめたかどうかではなく、やめる決め手になった事情が外からの障害だったのかどうかです。
任意性はどのように判断されるか
任意性については、やろうと思えばやれたのにやらなかった場合が中止未遂、やろうと思ってもやれなかった場合が障害未遂だ、という整理が古くから用いられてきました。これをどの立場から当てはめるかについては見解が分かれていますが、裁判では、やめる決め手になった事情が、行為を思いとどまらせる障害として客観的に見て意味を持つものだったかどうかが重視される傾向にあります。
旧法の事案ですが、最高裁昭和24年7月9日判決は、行為の途中で予期しない事態に直面し、驚いてやめたという経過について、その驚きの原因となった状況は行為の遂行にとって障害となる客観性のある事情であるとして、中止未遂の成立を認めませんでした。
裁判例では、次のような事情をきっかけとする中止も、障害未遂として扱われています。
・相手の身体の状態に驚いた
・相手が急に体調を崩したと思った
・その場で別の出来事が起き、対応のためにやめた
いずれもご本人の感覚としては「自分でやめた」ですが、やめる決め手が外側にあると見られたものです。
動機が反省でなくても任意性が認められることはある
他方で、任意性が認められるために、反省や相手への思いやりといった動機まで求められているわけではありません。
裁判例には、行為の途中で相手から警察に知らせる旨を告げられ、捕まりたくないと考えて手を離したという事案について、行為を続けることに実質的な障害は生じていなかったこと、相手の言葉がきっかけではあっても自ら思い直したものであることを理由に、動機が処罰を避けたいというものであっても、自分の意思で中止したと認めるのが相当だとしたものがあります。
もっとも、これは相手が何かを言えば任意性が認められる、という趣旨ではありません。同じ言葉でも、それが事実上の障害として働いたと見られる場面では、評価は逆の方向に振れます。
| やめた経過 | 評価が向かいやすい方向 |
|---|---|
| 相手の反応や身体の状態に驚いてやめた | 外からの事情による中止と見られやすい |
| 人の気配や物音に気づいてやめた | 外からの事情による中止と見られやすい |
| 続けられる状況で思い直してやめた | 自分の意思による中止と見られやすい |
| 相手の言葉をきっかけに思い直してやめた | 状況によって評価が分かれる |
共犯者がいる場合
複数の人が関わっている事件では、自分だけがやめても中止未遂にならないことがあります。
旧法の事案について、最高裁は、複数人で共謀し、そのうちの一人が自分の意思で行為を中止したものの、ほかの者が行為を遂げてけがの結果が生じた場合には、中止した者も共犯者と同じく致傷の罪の共同正犯としての責任を負い、中止未遂にはならない、としています。
共謀に基づいて事件が動いている場面では、自分が手を引いたことと、共謀の関係から離脱したといえるかどうかは、別の問題として扱われます。自分はやめたという説明だけでは足りず、いつ、誰に、どのように伝えて関与をやめたのかが問われることになります。
けがの結果が生じている場合
見落とされやすいのが、途中までの経過で相手にけがが生じている場合です。
刑法181条は、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪とこれらの未遂罪を犯し、よって人を死傷させた場合について、別に重い罪を定めています。この罪は、もとの行為が未遂にとどまっていても成立します。
そして最高裁は、旧法の致死傷の事案について、この罪は単一の罪を構成するのであって、もとの行為が未遂であるかどうか、その未遂が中止未遂であるか障害未遂であるかは情状の問題にすぎないとし、刑法43条の未遂減軽の規定を適用すべきものではないとしています。
つまり、途中でやめたとしても、そこまでの経過でけがの結果が生じていれば、未遂であることを理由とする減軽の枠組みは働かず、やめた事情は量刑の中で考慮される事情という位置づけに移ります。押さえた際に生じた打撲やすり傷であっても、けがとして扱われるかどうかが問題になります。
| 途中でやめた場合 | けがの結果がないとき | けがの結果があるとき |
|---|---|---|
| 問題になる条文 | 176条・177条と180条 | 181条 |
| 未遂であることの扱い | 中止未遂か障害未遂かが問題になる | 未遂減軽の規定は適用されないとされている |
| やめた事情の位置づけ | 刑を減軽・免除する根拠になりうる | 量刑の中で考慮される事情 |
中止未遂が認められた場合に何が変わるか
中止未遂が認められると、刑が減軽されるか、免除されることになります。減軽の場合は法定刑の上限と下限がそれぞれ二分の一になり、免除の場合は刑が科されません。
ただし、刑の免除は無罪とは異なります。刑事訴訟法は、刑を免除するときは判決でその旨を言い渡すと定めており、有罪の判断を前提に刑を科さないという扱いになります。刑法は、刑の免除の言渡しを受けた者が、その言渡しが確定した後、罰金以上の刑に処せられないで二年を経過したときは、その言渡しは効力を失うと定めていますが、判決を受けたという経過そのものがなかったことになるわけではありません。
捜査の場面では先に別のことが問題になる
中止未遂かどうかは、有罪であることを前提に刑を決める段階の問題です。捜査の段階では、その手前にある次のような点が先に問題になります。
・そもそも実行に着手したといえるのか
・不同意わいせつ罪と不同意性交等罪のどちらとして見られているのか
・相手が、同意しない意思を形成し、表明し、全うすることが困難な状態にあったといえるのか
・けがの結果が生じているのか
「途中でやめた」という説明は、これらの点を認めたうえで刑の重さを問題にする話にもなりますし、これらの点自体を争う話にもなります。どちらの意味で述べているのかがあいまいなまま供述が固まってしまうと、後から整理し直すことが難しくなります。
「やめた」ことは何から確かめられるのか
やめたかどうか、なぜやめたのかは、ご本人の内心に関わることです。もっとも、判断の材料になるのは、外から確かめられる事情のほうです。
・やめた時点の前後で、その場にどのような変化があったか
・相手がどのような言動をしたか、それは手を止める前だったか後だったか
・その後どのように行動したか、その場にとどまったか離れたか
・相手や第三者への連絡、通報があったかどうか
・やり取りの記録が残っているかどうか
これらは相手方の説明とも突き合わされます。記憶している経過を早い段階で書き出しておくことが、後の説明の安定につながります。
相談の前に整理しておくとよいこと
・いつ、どこで、どのような経過だったかという時間の順序
・どの時点で手を止めたのか、その直前に何があったか
・自分がやめようと思った理由として記憶しているもの
・相手にけががないか、通院や診断書の話が出ていないか
・その場に他の人がいたか、事前にやり取りがあったか
・警察や検察からどのような説明を受けているか
弁護士に確認できること
・どの罪名の、既遂と未遂のどちらとして扱われているのか
・中止未遂を主張できる余地があるかどうか
・けがの結果が問題になっているかどうか
・取調べでどこまで、どのように述べるかの考え方
・示談の申し入れをどの時点で行うか
まとめ
・不同意わいせつ罪・不同意性交等罪は、未遂も処罰の対象になる
・未遂罪の法定刑は既遂と同じ枠で定められている
・既遂の線をすでに越えていれば、その後にやめても未遂の議論は立たない
・途中までの行為が、別の罪として完成していることがある
・中止未遂と障害未遂を分けるのは、やめる決め手になった事情が外からの障害だったかどうか
・動機が反省でなくても、それだけで任意性が否定されるわけではない
・共犯者がいる場合、自分だけやめても中止未遂にならないことがある
・けがの結果が生じていれば、未遂を理由とする減軽の枠組みは働かない
・刑の免除は、無罪とは異なる
「途中でやめた」という一言には、事件の見立てを左右する事情がいくつも含まれています。やめた時点、やめる決め手になった事情、途中までの行為の評価、けがの有無。これらを分けて整理しないまま説明を重ねると、ご本人が意図していたのとは違う形で経過が記録されてしまうことがあります。どの段階にあるのかを早めに確かめ、順序立てて話を整理しておくことが、その後の手続の見通しにつながります。


