建物や門扉を壊した|建造物損壊と器物損壊はどこで分かれるか
他人の住居に立ち入ってしまったものの、室内の物には手を触れず、何も持たずに出てきた。そうした状況で、住居侵入罪だけで終わるのか、それとも盗みの罪まで問われるのかというご相談を受けることがあります。
「何も盗っていない」という事情は、住居侵入罪が成立するかどうかの判断をほとんど動かしません。動くのは、窃盗の罪が加わるかどうか、加わるとしても既遂か未遂か、という部分です。
この記事では、盗っていないという事情が、罪名の決まり方と処分の見通しのどこで働くのかを、条文と裁判例に沿って整理します。
この記事が想定している場面
次のような状況を念頭に置いています。
・盗るつもりで住居に入ったが、室内を見ただけで何も持ち出さずに出た
・入った直後に物音がしたため、何にも触れずに引き返した
・盗む目的ではなく別の理由で立ち入り、結果として何も持ち出していない
・室内に入ったあとで気持ちが変わり、手を付けないままその場を離れた
・後日、警察から連絡があり「室内で何をしたのか」を聞かれている
いずれも、財産的な被害が生じていないという点では共通していますが、法律上の評価は同じにはなりません。
住居侵入罪は立ち入った時点で成立する
住居侵入罪は刑法130条前段に定められています。
(住居侵入等)
第百三十条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
拘禁刑は、2025年6月1日に施行された改正刑法により、従来の懲役刑と禁錮刑が一本化された刑罰です。
条文を読むとわかるとおり、成立の要件に「物を持ち出したこと」は含まれていません。この罪が守っているのは財産ではなく、住んでいる人の生活の平穏や、誰を住居に立ち入らせるかを決める自由だと考えられているためです。
したがって、室内の物に手を触れていないことを理由に、住居侵入罪そのものがなくなるという関係にはありません。「盗っていない」という説明が意味を持つのは、次に述べる窃盗の側です。
分かれ目は「窃盗の実行の着手」があったかどうか
窃盗罪は刑法235条に定められ、その未遂も処罰の対象とされています(刑法243条)。そして、未遂として処罰されるのは、犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった場合です(刑法43条本文)。
着手があったといえるのは、財物に実際に手をかけた場合に限られません。他人の財物の占有を侵すことについて密接な行為を始めていれば足りると考えられており、財物の置かれ方、その場の状況、時間帯といった事情を踏まえて、占有が侵される具体的な危険が生じたといえるかどうかで判断されます。
着手前に終わった場合
室内に入ったものの、財物に近づく行為に至らない段階で発見されたり、思いとどまったりした場合には、窃盗の実行に着手したとは評価されません。この場合に問われるのは住居侵入罪であり、窃盗の罪は加わらないという整理になります。
着手後に何も得られなかった場合
これに対し、室内で財物を探し始めるなど、他人の財物の占有を侵すことに密接な行為を開始していれば、結果として何も持ち出していなくても窃盗未遂罪が成立し得ます。「手ぶらで出てきた」という事実は、既遂か未遂かを分けるにとどまります。
裁判例は着手をどの時点で認めてきたか
窃盗の実行の着手について、裁判例は次のような判断を示してきました。
最高裁昭和23年4月17日判決(刑集2巻4号399頁)は、窃盗の目的で他人の屋内に侵入し財物を物色したという事案について、その時点で窃盗の着手があったとみるのが当然であるとしました。
また、最高裁昭和40年3月9日決定は、深夜、電気器具商の店舗内で懐中電灯により店内を照らしたところ電気器具類が積んであることがわかったものの、なるべく金を取りたいと考えて左側にあった煙草売場の方へ行きかけたという事案について、その時点で窃盗の着手行為があったとした原判決の判断を是認しています。引き出しを開けるといった典型的な物色行為の前であっても、着手が認められた例として知られています。
| 場面 | 窃盗の実行の着手 |
|---|---|
| 室内に入った直後で、財物に近づく行為に至っていない | 認められにくい |
| 引き出しやたんすなど、金品のありそうな場所に近寄った | 認められやすい |
| 室内を照らして金品のありそうな場所へ向かった | 認められた例がある |
| 中に財物しか置かれていない倉庫などに入ろうとした | 立ち入る行為自体で認められた例がある |
住居と倉庫とで線の引き方が違う理由
表の最後の行について補足します。名古屋高等裁判所昭和25年11月14日判決(高刑集3巻4号748頁)は、土蔵に侵入した行為と窃盗未遂が問題となった事案で、一般に土蔵の中には窃取すべき財物のみがあって他の犯罪の目的となるものがないのが通常であるから、土蔵に侵入する行為または侵入しようとした行為は窃盗に着手したものと解すべきであると判断しました。
同じ判決は、住家の場合について、行為者の内心を除けば、盗むために入ったのか、それとも別の目的で入ったのかが外から見て判別できないため、住家に侵入しようとしただけでは窃盗の着手があったとは認められないという趣旨を述べています。
住居に入ったという事実だけでは、窃盗の着手はまだ認められないのが出発点です。だからこそ、室内でどこまで進み、何に近づいたのかという細部が、罪名を分ける材料になります。
どのような罪の組み合わせになるのか
ここまでを、状況ごとに整理すると次のようになります。
| 状況 | 問われ得る罪 | 刑の決まり方 |
|---|---|---|
| 着手前に発見され、財物に触れていない | 住居侵入罪 | 刑法130条の刑の範囲で判断される |
| 室内を物色したが何も持ち出していない | 住居侵入罪と窃盗未遂罪 | 重い方の罪の刑によって処断される |
| いったん持ち出したが、その後に返した | 住居侵入罪と窃盗罪 | 重い方の罪の刑によって処断される |
| 盗む目的以外で立ち入った | 住居侵入罪と、その目的に応じた罪 | 事案によって異なる |
住居侵入と窃盗のように、一方が他方の手段となる関係にある複数の罪は牽連犯として扱われ、重い方の罪の刑によって処断されます(刑法54条1項後段)。窃盗未遂が加わる場合、判断の枠は住居侵入罪だけの場合より広くなります。
「何のために入ったのか」が細かく聞かれる理由
着手があったかどうかは、室内でとった行動の外形だけでなく、何をする目的で立ち入ったのかという点も踏まえて判断されます。取調べで、入った時刻、入口、室内での移動経路、触れた物、立ち去った理由といった事柄を繰り返し確認されるのはそのためです。
このとき、記憶がはっきりしない部分を推測で埋めて答えると、その供述が着手を認める方向の材料として扱われることがあります。覚えている範囲と、覚えていない範囲を分けて話すこと、作成された調書の内容が自分の説明と食い違っていないかを署名の前に確かめることが、後の判断に影響します。
「盗む目的ではなかった」と説明する場合
立ち入った理由が盗みではなかったという説明が受け入れられれば、窃盗の嫌疑は残らないことになります。もっとも、その場合でも、正当な理由なく立ち入った以上は住居侵入罪の問題が残ります。罪名が一つ減るという意味はありますが、事件そのものが終わるわけではありません。
また、目的についての説明は、そのまま受け入れられるとは限らず、立ち入った時間帯、入口の選び方、持っていた物、室内での動き方といった客観的な事情と整合するかどうかを踏まえて判断されます。説明の内容が途中で変わると、変わったこと自体が信用性の判断に影響します。事実と異なる説明を組み立てるのではなく、実際の経緯をそのまま伝えられるよう整理しておくほうが、結果として説明の一貫性を保ちやすくなります。
何も盗られていなくても被害届が出されることがある
住居に立ち入られた側からすると、物がなくなっていなくても、生活の場に入られたこと自体が被害です。窓や鍵が壊されている、室内を見られている、同じことが繰り返されるのではないかという不安が残る、といった事情から、被害品がなくても被害の申告がなされ、捜査が始まることがあります。
防犯カメラの映像や現場に残された痕跡から後日連絡が来るケースもあり、その場を離れられたことが解決を意味するわけではありません。
被害品がない場合、示談では何を取り決めるのか
盗られた物がない事案では、金銭の賠償だけが示談の内容になるとは限りません。話し合いの対象となり得るのは、たとえば次のような事柄です。
・壊した窓や鍵の修理、交換にかかった費用
・室内の清掃や原状回復にかかった費用
・住居に立ち入られたこと自体による精神的な負担に対する賠償
・今後、住居やその周辺に近づかない、連絡をしないという約束
・被害者の氏名や連絡先を弁護人限りの取り扱いとすること
被害の内容が財産的な損害に限られない分、取り決めるべき事柄は事案ごとに異なります。金額の目安を一律に示すことは難しく、被害者の受け止め方や住居の状況によって幅が出ます。
途中でやめた場合の扱い
実行に着手したあとで思いとどまった場合には、自分の意思でやめたのか、人に気づかれたなど外からの事情でやめざるを得なかったのかによって、扱いが分かれます(刑法43条)。どちらであったかは、当時の状況の説明によって判断されるため、この点でも供述の内容が意味を持ちます。
併せて問題になりやすいこと
盗っていない事案でも、次のような点が別に問題となることがあります。
・窓ガラスや鍵、網戸などを壊した場合の器物損壊罪(刑法261条)
・退去を求められたのに応じなかった場合の不退去(刑法130条後段)
・室内で撮影などの行為をした場合に問題となる別の法令
・物を動かしたが持ち出してはいない場合に、その経緯をどう説明するか
これらは住居侵入罪とは別の評価を受けるため、事実関係の整理の段階から分けて考えておく必要があります。
警察から連絡が来たときに整理しておきたいこと
出頭を求められた段階では、次の点を書き出しておくと、説明の食い違いを避けやすくなります。
1 いつ、どの場所に、どこから立ち入ったのか
2 室内でどこまで移動し、何に触れたのか
3 持ち出した物があるか(一時的に手に取っただけの物も含めて)
4 立ち入った理由として、自分が説明できること
5 窓や鍵など、壊した物があるか
6 被害者と面識があるかどうか
記憶に残っていない部分については、無理に補わず、その旨を伝える形で構いません。
まとめ
・住居侵入罪は立ち入った時点で成立し、物を持ち出したかどうかは成立の要件ではない
・「盗っていない」という事情が働くのは、窃盗の罪が加わるかどうかの判断である
・分かれ目は、窃盗の実行に着手したといえるかどうかにある
・裁判例は、屋内で財物を物色した時点や、金品のありそうな場所へ向かった時点で着手を認めてきた
・中に財物しかない倉庫などでは、立ち入る行為自体で着手が認められた例がある
・住居の場合は、入っただけでは目的が外から判別できないため、着手の判断は室内での行動に左右される
・物色したが何も持ち出していない場合、住居侵入罪と窃盗未遂罪が問題となり、重い方の罪の刑によって処断される
・被害品がなくても被害の申告はなされ、示談では修理費用や今後の約束が話し合いの対象になる
室内での行動の細かな違いが罪名を分けるという構造上、初期の説明の仕方が後の判断に残りやすい類型です。すでに警察から連絡を受けている場合や、これから出頭を求められる見込みがある場合には、事実関係を整理する段階で弁護士にご相談ください。


