職場でのパワハラが刑事事件になるとき|強要・脅迫・傷害

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

職場でのやり取りについて「パワハラだ」と指摘され、そこから警察や検察が関わる話に進んでしまう。ご相談をお受けしていて多くの方が最初に戸惑われるのは、「どこからが犯罪なのか」の輪郭がつかめないという点です。

この記事では、職場のパワーハラスメントが刑事事件として扱われる場面で、実際には何がどう判断されているのかを整理します。先にお伝えしておきたいのは、「パワハラに当たるかどうか」と「犯罪が成立するかどうか」は、別々のものさしで判断されているということです。この二つのずれを押さえておくと、いま自分がどの手続の中にいるのかが見えやすくなります。

「パワハラ罪」という犯罪は刑法にない


まず前提として、刑法に「パワハラ罪」という条文はありません。

パワーハラスメントという言葉が法律上の定義を持つのは、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(いわゆるパワハラ防止法)の第30条の2です。同条は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう、事業主に対して雇用管理上必要な措置を講じることを義務づけています。

注意していただきたいのは、この規定が向けられている相手が「事業主」だという点です。同法には、パワハラを行った個人を処罰する規定は置かれていません。厚生労働大臣による助言・指導・勧告や、勧告に従わなかった場合の公表(第33条)、報告を求められて報告をしなかったり虚偽の報告をしたりした場合の20万円以下の過料(第36条第1項、第41条)は、いずれも事業主に向けられたものです。しかも過料は行政上の秩序罰であり、刑罰ではありません。

つまり、「パワハラ防止法に違反したから逮捕される」という筋道は用意されていません。刑事責任が問題になるのは、その言動が刑法などの個別の条文にあてはまる場合です。

二つのものさしはしばしばずれる


パワハラかどうかは、先ほどの三つの要素(優越的な関係を背景とした言動であること、業務上必要かつ相当な範囲を超えていること、就業環境が害されること)を全て満たすかで判断されます。一方、犯罪が成立するかは、条文ごとに定められた要件を満たすかで判断されます。判断の道具が違う以上、結論がずれることがあります。

よくある場面パワハラの三要素刑法の条文へのあてはめ
殴る、蹴る、物を投げつける満たしやすい暴行罪・傷害罪が問題になりやすい
隔離する、長期間仕事を与えない、集団で無視する満たしうる直接あてはまる条文が見当たらない場合が多い
同僚同士の一回限りのもみ合い優越的な関係が背景になければ満たさない場合があるそれでも暴行罪が成立しうる
人格を否定する発言を繰り返す満たしうる公然性や告知の内容など、条文ごとの要件を個別に検討する


社内調査で「パワハラには当たらない」と結論が出たとしても、それは会社が自社の基準で判断したものであり、刑事責任の有無を決めるものではありません。逆に、社内で厳しい処分を受けたことが、そのまま犯罪の成立を意味するわけでもありません。どちらの方向にも取り違えられやすいところです。

指針が罪名を書き添えているのは六類型のうち二つ


厚生労働大臣が定めた指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、パワハラの代表的な言動として次の六つの類型を挙げています。

・身体的な攻撃(暴行・傷害)
・精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
・人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
・過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
・過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないこと)
・個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

目を留めていただきたいのは、括弧の中に刑法上の罪名が書き添えられているのが、はじめの二つだけだという点です。人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害には、対応する罪名の記載がありません。

これは、刑事責任の入り口がどのあたりにあるかを示していると読むことができます。仕事を外して長期間別室に隔離する、気に入らない相手に仕事を与えないといった行為は、労務管理上は重い問題として扱われますが、これらを直接処罰する刑法の条文は見当たらないのが通常です。民事上の損害賠償や、会社の懲戒処分という別の枠組みで扱われることになります。

もっとも、個の侵害の例として挙げられている「職場外でも継続的に監視する」「私物の写真撮影をする」といった行為は、態様によっては別の法令の問題になり得ます。類型に罪名の記載がないことが、刑事上まったく問題にならないことを意味するわけではありません。

「優越的な関係」は刑法の要件ではない


指針は「優越的な関係を背景とした」言動を、言動を受ける側が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景とするもの、と説明しています。上司から部下への言動が典型ですが、同僚や部下による言動であっても、その人の知識や経験の協力を得なければ業務の遂行が困難な場合や、集団による行為で抵抗が難しい場合には含まれるとされています。

一方、暴行罪・傷害罪・脅迫罪・強要罪の条文には、上下関係や職場という要素は書かれていません。ここから二つのことが言えます。

一つは、上司でなくても成立するということです。同僚同士でも、部下から上司に対してでも、要件を満たせば犯罪は成立し得ます。「自分は相手の上司ではないのだから、パワハラの話にはならない」という整理は、刑事の場面では通用しません。

もう一つは、逆に、上司であることが成立要件を緩めるわけでもないということです。ただし、立場を背景としていた事情は、起訴するかどうかの判断(刑事訴訟法第248条)や量刑の場面で、犯罪の情状として考慮される余地があります。要件のレベルではなく、処分の重さのレベルで効いてくる、という位置づけです。

強要罪が問題になる場面――業務命令との重なり


強要罪(刑法第223条第1項)は、生命・身体・自由・名誉・財産に対する害悪を告知して脅迫し、または暴行を用いて、人に義務のないことを行わせたり、権利の行使を妨害したりしたときに成立します。法定刑は3年以下の拘禁刑で、罰金刑の定めはありません。未遂も処罰されます。

職場で強要罪が問題になるときに特有なのは、業務命令との重なりです。上司には業務上の指示を出す立場がありますから、「その指示自体は仕事として必要だった」という言い分が出てきます。

しかし、要求の中身が正当であれば手段も許されるとは限りません。最高裁は令和5年、人に義務の履行を求める場合であっても、その手段として用いられた脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超えるときには強要罪が成立し得るという判断を示しています。求めていること自体が業務上必要であったかどうかと、それをどのような手段で求めたかは、切り離して評価されるということです。

また、職場では「権利の行使を妨害した」という側の形が現れやすいという特徴もあります。相談窓口に行くなと言う、労働基準監督署や労働局への相談を思いとどまらせる、診断書を出させない、退職の意思表示をさせないまま長時間その場にとどめる。相手が現に権利を行使する意思を持っていた場合、こうした行為は権利行使の妨害の類型として問題になり得ます。

なお、相談したことや調査に協力して事実を述べたことを理由に不利益な取扱いをすることは、パワハラ防止法第30条の2第2項が事業主に対して禁じているところでもあります。刑事の評価とは別に、労務上も問題として扱われる場面です。

脅迫罪が問題になる場面――人事の話と害悪の告知


脅迫罪(刑法第222条第1項)は、生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨を告げて人を脅迫したときに成立します。法定刑は2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金です。

職場での難しさは、人事に関する言葉が財産や自由に関わる内容を含みやすいところにあります。「解雇する」「減給する」「異動させる」といった発言は、それ自体が直ちに害悪の告知になるわけではありません。人事権の行使を予告することは、権限の範囲内で行われる限り、正当な業務上のやり取りとして評価される余地があるからです。

評価が変わり得るのは、その言葉が権限の裏づけを欠いている場合や、業務上の目的から離れて、専ら相手を畏怖させるために用いられたと見られる場合です。前後のやり取り、その場にいた人数、繰り返しの有無といった事情とあわせて判断されることになります。

傷害罪が問題になる場面――精神的な不調が主張されたとき


傷害罪(刑法第204条)は、人の身体を傷害したときに成立し、法定刑は15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金です。暴行を加えるつもりしかなかった場合でも、その結果として相手にけがが生じれば、傷害罪として扱われることがあります。

職場の場面で相談が多いのは、身体的な接触がないのに、厳しい叱責が続いた結果として精神的な不調を訴えられた、という類型です。最高裁は、精神的機能の障害を生じさせた場合も刑法にいう傷害にあたるとしています。ただしその判断では、一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度にとどまらず、医学的な診断基準で求められている特徴的な症状が継続して現れていることなどが挙げられており、線が引かれています。

したがって、診断書が提出されたことが、そのまま傷害罪の成立を意味するわけではありません。症状の内容と程度、いつからどのような経過をたどったのか、職場の言動との結びつきをどう説明できるのかといった点が、個別に検討されることになります。

告訴が必要かどうかで、事件化の動き方が変わる


実務上の分かれ目として押さえておきたいのが、告訴が必要な罪かどうかです。

問題になりやすい罪名法定刑告訴が必要か公訴時効
暴行罪(第208条)2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料不要3年
傷害罪(第204条)15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金不要10年
脅迫罪(第222条第1項)2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金不要3年
強要罪(第223条第1項)3年以下の拘禁刑不要3年
名誉毀損罪(第230条第1項)3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金必要3年
侮辱罪(第231条)1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料必要3年
器物損壊罪(第261条)3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金若しくは科料必要3年


名誉毀損罪と侮辱罪は刑法第232条第1項、器物損壊罪は同第264条により、告訴がなければ起訴することができません。親告罪の告訴には、犯人を知った日から6か月という期間の制限があります(一部の罪には例外があります)。

これに対して、暴行罪・傷害罪・脅迫罪・強要罪は親告罪ではありません。ここが職場の事案では大きな意味を持ちます。被害を申告した本人が「大ごとにするつもりはない」と考えていても、会社の担当者や事情を知った第三者からの通報をきっかけに、捜査が始まることがあり得るからです。社内で収めるつもりだった話が外に出る経路は、思っているより開かれています。

なお、侮辱罪は令和4年の改正で法定刑が引き上げられ、公訴時効も1年から3年になりました。改正前は拘留又は科料のみでしたので、古い記事では今と異なる説明がされている場合があります。

会社の手続と刑事手続は、別々に、同時に進む


パワハラが問題になったとき、動くルートは一つではありません。

・社内のルート(相談窓口による事実確認、配置転換、懲戒処分)
・労務・行政のルート(都道府県労働局への相談、紛争解決の援助や調停、労災の申請)
・刑事のルート(被害届や告訴、警察の捜査、検察官の処分)
・民事のルート(民法第709条による本人への請求、第715条による会社への請求、安全配慮義務を根拠とする請求)

これらは互いに独立していて、進む速さも判断の基準も違います。刑事で不起訴になったからといって懲戒処分が当然に取り消されるわけではありませんし、逆に有罪判決が確定した事実は、解雇の相当性を判断する場面で会社側に有利に働くことがあります。

とくに気をつけたいのは、社内調査のヒアリングです。これは会社が行う任意の聞き取りであって、刑事手続における取調べのような枠組みは働きません。しかしそこで述べた内容は記録として残り、後に刑事手続が始まったときに、説明の食い違いとして指摘される材料になることがあります。その場を早く終わらせたいという気持ちから曖昧なまま同意してしまうと、後から動かしにくくなる場合があります。

職場という場面に特有の証拠と、時間の数え方


職場の事案では、証拠の集まり方にも特徴があります。

・会議室や面談での録音、通話の録音
・メールやビジネスチャットのログ、送信先に含まれていた同僚の記憶
・勤怠記録、入退室記録、座席や配置の変更履歴
・社内調査の報告書とヒアリングのメモ
・診断書と、受診に至るまでの経過

そしてもう一つ、時間の数え方が違うという点があります。パワハラかどうかの判断では、言動の頻度や継続性が重要な要素とされ、長い期間を一つのまとまりとして見ます。これに対して刑事の側は、原則として一つひとつの行為について要件を満たすかを検討します。

この違いは二つの方向に働きます。日時や状況を特定できない出来事は、全体としてつらい経験であっても、立件の対象としては扱いにくくなります。反対に、特定できる一日の出来事があれば、そこだけが切り出されて手続が進むことがあります。公訴時効も行為ごとに進みますので、何年も前から続いていたという説明の中で、どの時点の行為が対象になっているのかを確認しておくことが大切です。

「指導のつもりだった」を整理し直す


指摘を受けた側から最も多く聞かれるのが、「指導のつもりだった」という言葉です。この言い分自体は不当なものではありませんが、そのまま述べるだけでは伝わりにくいところがあります。

指針は、業務上必要かつ相当な範囲を超えたかどうかを判断するにあたり、言動の目的、相手の問題行動の有無や内容・程度を含む経緯や状況、業種・業態、業務の内容や性質、言動の態様・頻度・継続性、相手の属性や心身の状況、行為者との関係性などを総合的に考慮するとしています。そのうえで、相手の行動が問題となる場合には、その内容・程度と、それに対する指導の態様との相対的な関係性が重要な要素になると述べています。

問われているのは「指導する必要があったか」だけではなく、「その必要性に対して、とった手段が釣り合っていたか」です。指針も、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導はパワハラに該当しないとしています。争点は必要性の有無ではなく手段の側にあることが多い、と考えておくとよいでしょう。そして刑事の場面では、手段として暴行や脅迫が用いられたかどうかが、独立して評価されます。

申告を受けた側が、早い段階で整理しておきたいこと


会社から事情を聞かれた、あるいは警察から連絡があったという段階で、整理しておきたい点をいくつか挙げます。

・いつ、どこで、誰がいる場面で、どのような言葉やふるまいがあったのかを、日ごとに分けて書き出す
・自分の記憶と、相手の申告内容とで食い違っている部分がどこかを特定する
・メールやチャットの履歴を削除しない。業務上の記録も含め、そのままの状態で保全する
・社内調査の場で述べた内容を、自分の側でも控えとして残しておく
・相手への直接の連絡や説明は避ける。接触が続くこと自体が新たな問題として扱われる場合がある

示談についても、職場の事案には特有の難しさがあります。相手が同じ職場にいる、あるいは会社が窓口に立っているという状況では、当事者同士が直接やり取りすること自体が適切でない場面が少なくありません。口外禁止の条項を入れる場合には会社の調査や懲戒手続との関係をどう整理するか、接触を控える約束をする場合には業務上必要な連絡をどう扱うかを、あらかじめ決めておく必要があります。代理人を通じて条件を組み立てたほうが進めやすい部分です。

反対に、職場で被害を受けている立場の方については、社内の相談窓口や都道府県労働局の相談窓口のほか、事案の内容によっては被害届や告訴という選択肢もあります。名誉毀損罪や侮辱罪のように告訴が必要な罪では期間の制限がありますので、迷っている段階でも早めに相談先を確保しておかれるとよいかと思います。

よくあるご質問


Q.パワハラ防止法に違反したことを理由に逮捕されることはありますか。

A.同法にはパワハラを行った個人を処罰する規定がありませんので、その違反自体を理由に逮捕されることは想定されていません。逮捕が問題になるのは、暴行罪や傷害罪など、刑法上の罪の疑いがある場合です。

Q.会社の調査で「パワハラには当たらない」という結論が出ました。刑事責任もなくなったと考えてよいでしょうか。

A.そう考えることはできません。社内の判断と刑事の判断は基準も主体も異なります。とくに暴行罪や傷害罪は告訴を必要としない罪ですので、会社の結論とは別に手続が動く場合があります。

Q.何年も前の言動まで問われることがありますか。

A.公訴時効は行為ごとに進みます。暴行罪や脅迫罪、強要罪は3年、傷害罪は10年ですので、古い出来事が対象から外れる一方で、比較的近い時期の行為が残ることがあります。どの時点の行為が問題とされているのかを確認したうえで検討することになります。

まとめ


職場でのパワハラが刑事事件になるかどうかは、「パワハラに当たるか」とは別のものさしで判断されます。パワハラ防止法は事業主に措置を義務づける法律であって、行為者を処罰する規定は置かれていません。刑事責任が問題になるのは、その言動が暴行罪・傷害罪・脅迫罪・強要罪といった個別の条文にあてはまる場合です。

指針が示す六類型のうち罪名が書き添えられているのは身体的な攻撃と精神的な攻撃の二つで、隔離や過小な要求には対応する条文が見当たらないのが通常です。また、暴行罪や傷害罪などは告訴を必要としないため、被害を申告した本人の意向とは別に手続が進むことがあります。

いま自分がどのルートの、どの段階にいるのかを整理することが最初の一歩になります。事情を聞かれる場面が近づいている、あるいはすでに始まっているという段階でしたら、記憶が鮮明なうちに事実関係を整理し、早めにご相談いただければと思います。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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