金銭を受け取っていない|恐喝未遂はどう処分されるのか

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

「強い言い方をしてしまったが、お金は受け取っていない」「請求はしたけれど、相手は払わなかった」。そうした状況で警察から連絡が入ったり、被害届が出されたと聞かされたりして、これから何が起こるのかを調べている方は少なくありません。

 恐喝罪には、未遂を処罰する規定があります。財産が実際に動いていないことは、それだけで捜査の対象から外れる理由にはなりません。他方で、現金を手にしていないように見える場面でも、既遂と評価されることがあります。

 この記事では、恐喝の未遂と既遂を分けているものは何か、どの時点から未遂として問われうるのか、そして未遂であることが処分の見通しにどう関わるのかを、条文と裁判例を手がかりに整理します。

「受け取っていない」と語られる場面


 ご相談の場面では、次のような経過が語られることがあります。

・金銭を求めたが、相手が応じないまま話が終わった
・金額や期限だけを伝えた段階で、連絡が途絶えた
・書面やメッセージで求めたが、返事がなかった
・受け取る役を頼まれたが、受け取る前に警察官が来た
・相手がその場で警察に連絡し、現金が渡らなかった

 いずれも、結果として財産は動いていません。ただし、刑事手続の上でこれらが同じ扱いになるとは限りません。どの段階まで進んでいたのか、財産が移ったといえるのかによって、評価が変わってくるためです。

未遂も処罰の対象になる


 恐喝罪は刑法二百四十九条に定められています。第一項は人を恐喝して財物を交付させた場合、第二項は同じ方法で財産上の利益を得た場合を対象とし、いずれも十年以下の拘禁刑と定められています。そして刑法二百五十条により、この章の罪の未遂は処罰されます。

 未遂の場合、刑法四十三条の本文により刑を減軽することができるとされています。もっとも、これは減軽することができるという定めであって、減軽が当然に行われるという趣旨ではありません。法定刑の枠そのものは、既遂と同じ範囲のまま残ります。

 あわせて押さえておきたいのが、恐喝罪には罰金刑が定められていないという点です。罰金刑がないため、書面のやり取りだけで終わる略式手続の対象になりません。起訴された場合には、公開の法廷での裁判が開かれることになります。

段階外形刑法上の位置づけ
要求を始める前準備にとどまる恐喝罪には予備を処罰する規定がない
要求を始めた後財産は動いていない未遂として問われうる
財産が移った後相手方から移転した既遂として問われる


受け取っていないことは、処罰の対象にならないことを意味するわけではありません。分かれ目は、要求が具体的に始まっていたかどうかと、財産が相手方から移ったといえるかどうかの二点にあります。

どこから未遂になるのか


 未遂として問われるのは、実行の着手があった後です。恐喝罪の実行の着手は、財物または財産上の利益を交付させる意思で、恐喝にあたる行為が開始された時点と理解されています。

 逆に言えば、何を求めているのかが具体的に定まっていない段階では、着手があったとはいえないことになります。この点について、東京高等裁判所平成七年九月二十一日の判決は、ビルの賃貸をしている会社の代表者に対して金銭を要求したとして恐喝未遂で起訴された事案について、無罪を言い渡しました。要求の内容が漠然としており、自分の名前も連絡を取る方法も告げず、次に会う約束もしていない状況では、仮に応じようとしても払う相手すら分からない。そうした要求は恐喝の準備にあたるとはいえても、実行行為に着手したとはいえないという判断です。

 強い言葉を使ったことと、恐喝罪の実行に着手したこととは、同じではありません。もっとも、この事案は要求の具体性が乏しいという事情が重なったものであり、金額や渡し方が示されていれば、着手が認められる方向に傾きます。

文書やメッセージで求めた場合


 書面を送ったり、メッセージを送信したりして金銭を求めた場合、どの時点で着手があったとみるのかが問題になります。

 大審院大正五年八月二十八日の判決は、恐喝の文書を郵送した事案について、文書が相手方のもとに到達し、その内容を認識しうる状態に置かれた時点で実行に着手したものと判断しました。この事案では、届いた文書を家族が警察に届け出たため、名宛人本人は内容を読んでいませんでしたが、それでも着手が認められています。発送しただけの段階ではなく、相手方の支配のもとに届いた段階が基準とされている点が特徴です。

相手が読んでいない、返事もない。そうした状況であっても、届いた時点で着手があったと評価される余地があります。

相手が怖がらなかった場合


 解説によっては、恐喝未遂の要件として被害者が畏怖していることを挙げるものがあります。ただし裁判例の理解はこれと異なります。

 大審院大正三年四月二十九日の判決は、人に畏怖の念を生じさせるに足りる恐喝行為が開始された以上、現実に相手方が畏怖したことは必要ではなく、相手方が畏怖しなかった場合は未遂になると判示しました。相手が動じなかったこと自体は、未遂の成立を妨げる事情にはならないという理解です。

 また、相手方本人に直接伝えていない場合も同様です。大審院昭和十一年二月二十四日の判決は、被害者や財産を処分する権限を持つ者に従属して補助的な立場にある人物に対して恐喝の手段を用い、間接的に本人を恐喝しようとした事案について、補助者に対して恐喝の手段を用いた時点で実行の着手があるとしました。

受け取っていないように見えても既遂とされる場合


 既遂といえるためには、恐喝行為によって相手方が畏怖し、その結果として任意に交付し、財産が行為者側に移ったという一連のつながりが必要です。このつながりが一つでも欠ければ未遂にとどまります。

 もっとも、現金を手渡しで受け取ることだけが「移った」状態ではありません。次のような場面では、受け取っていないように見えても既遂と評価されることがあります。

場面評価される方向
畏怖した相手が黙認しているのに乗じて持ち去った交付があったとされうる
支払や請求を免れさせた、あるいは猶予させた財産上の利益が移ったとされうる
本人ではなく家族などが代わりに支払った恐喝行為との因果関係が認められうる
不動産について登記や引渡しが済んだ移転が完了したとされうる


 最高裁判所昭和二十四年一月十一日の判決は、被害者が畏怖して黙認しているのに乗じて奪う場合にも、交付があったと認められるとしています。また、飲食代金の請求を断念させて支払いを免れたような事案では、第二項の恐喝として既遂が認められることがあります。松山地方裁判所平成二十二年十二月一日の判決は、被害者に代わってその父親が金銭を出した場合について、恐喝行為と金銭交付との因果関係を認めました。

現金を自分の手で受け取っていなくても、相手方の側で財産が失われたと評価できる場面があります。ご自身の記憶では「もらっていない」場合でも、法律上の評価は別に検討されます。

振り込ませたが引き出せなかった場合


 振込による受け渡しは、判断が分かれやすい場面です。

 浦和地方裁判所平成四年四月二十四日の判決は、脅して指定の預金口座に振り込ませたものの、捜査官の指示によって払戻しができない体制が整えられていた事案について、第一項の恐喝の未遂にとどまると判断しました。現金の交付を直接受けたのと実質的に同じとはいえず、その段階では財産上の利益を得たことにもならない、という理由です。口座に入金された記録があっても、それだけで既遂とは限らないことになります。

 これに対し、東京地方裁判所八王子支部昭和四十二年三月二十九日の判決は、被害者が弁護士に相談し、警察官に依頼して張り込みを受けている状況で金員を交付した事案について、既遂を認めました。被害者は現場にいた者だけを恐れたのではなく、その背後にある組織的な力に恐れをなし、やむなく警察の指導するまま交付せざるを得なかったと判断されたためです。

 二つの判断を並べると、警察が関与していたかどうかで結論が決まっているわけではないことが分かります。見られているのは、渡す側の意思がどのように動いたのか、そして財産が実際に行為者の側へ移ったといえるのかという点です。

途中でやめた場合


 自分の意思で犯行を思いとどまった場合、刑法四十三条のただし書により、刑が減軽または免除されます。これは中止未遂と呼ばれ、単に外部の事情で遂げられなかった場合と区別されます。

 ただし、その要件は緩やかではありません。東京高等裁判所昭和四十七年三月十三日の判決は、金銭を得る目的で脅迫に着手して被害者を畏怖させた後、被害者が警察に届け出る一方で行為者もそのまま放置し、結果として未遂に終わった事案について、中止未遂の成立を否定しました。恐喝罪で中止犯が成立するには、被害者に対して害悪の告知を取り消し、その畏怖状態を取り除いて、財産を差し出さなければならないという不安から解放することが必要であり、単に自らの意思で放置したにすぎない場合には、結果の発生を防ぐための真剣な努力をしたとはいえないという判断です。

「もう求めるのはやめよう」と考えて連絡を断っただけでは、中止未遂として扱われないことがあります。相手方の側から見て、不安が取り除かれたといえる働きかけがあったかどうかが問われます。

未遂であることは処分にどう関わるか


 処分の見通しは、事案の内容によって大きく変わります。そのうえで、未遂という点は次のような形で関わってきます。

 まず、財産的な被害の額が現実には生じていないことは、事情として考慮されうる要素です。刑法四十三条の本文による減軽の可否も検討されます。他方で、これは裁判所の判断に委ねられた減軽であり、未遂であることから結論が導かれるわけではありません。要求の内容、伝え方、繰り返しの有無、関与の程度といった事情が、あわせて見られます。

 また、関与の仕方によって評価が変わることもあります。大阪高等裁判所平成八年九月十七日の判決は、脅し取ろうとしていることを知りながら依頼を受け、脅迫をした者に代わって金銭を受け取った人物について、金銭が誰のものになるのかといった事情から、自分自身の犯罪とまではみられないとして、共同正犯ではなく幇助にあたると判断しました。受け取る役をしていたことが、そのまま中心的な立場を意味するとは限らないということです。

金銭が渡っていない事案で何を話し合うのか


 被害弁償という言葉からは、受け取った金銭を返す場面が思い浮かびます。金銭が渡っていない事案では、返すべき金額そのものが存在しません。そのため、何を対象に話し合うのかが分かりにくくなりがちです。

 実際には、次のような点が話し合いの対象になります。相手方が受けた精神的な負担への対応、今後連絡や接触をしないという取り決め、やり取りの記録や画像などが手元にある場合のその扱い、そして要求を撤回したことの明確化です。相手方の連絡先を知らない場合や、直接の連絡が適切でない場合には、代理人を通じて窓口を作る方法が検討されます。

返すべき金銭がないことと、話し合う余地がないことは別の問題です。

捜査の中で見られている点


 取調べや事情聴取では、次のような点が確認されることが多くあります。

・何を、いくら、いつまでに求めたのか
・どのような経緯でその話になったのか
・請求の裏づけとなる事情があったのか
・相手方とどのような関係だったのか
・同じようなやり取りが繰り返されていたのか
・その後、相手方に連絡を取っていないか

 なお、もともと支払いを受ける立場にあった方が請求した場合には、正当な権利行使との境界が問題になります。この点は別の記事で扱っています。

その場でしないほうがよいこと


 連絡を受けた直後の対応が、後の評価に影響することがあります。

・相手方に直接連絡を取り、取り下げを求める
・記憶が定まらないまま、その場で調書に署名する
・やり取りの記録を消す
・関係者と口裏を合わせるようなやり取りをする
・呼び出しに応じないまま放置する

 いずれも、事案の見え方を悪くする方向に働きやすい対応です。

まとめ


・恐喝罪には未遂を処罰する規定があり、財産が動いていなくても問われうる
・未遂として問われるのは、交付させる意思で恐喝にあたる行為を開始した後である
・求める内容が具体的に定まっていない段階では、着手が否定された裁判例がある
・書面やメッセージの場合、相手方のもとに到達した時点が基準とされている
・相手が畏怖しなかった場合でも、未遂は成立しうる
・黙認に乗じた持ち去り、支払を免れさせた場合など、現金を受け取っていなくても既遂とされる場面がある
・振り込ませても引き出せない状態であれば未遂とされた例がある一方、警察の関与のもとで渡された場合に既遂とされた例もある
・自分の意思でやめた場合でも、放置しただけでは中止未遂と扱われないことがある

 恐喝の未遂は、外から見える事情が少ないぶん、当事者の説明と記録の積み重ねによって評価が動きやすい類型です。何をどこまで求めたのか、どの段階で止まったのかを整理したうえで、早い段階で弁護士に相談し、今後の見通しと対応を確認しておくことをおすすめします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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