会社が被害届を出す前にできること|刑事化を避ける交渉
「相手はおとなしく渡してきた」「抵抗されなかったのだから、強い暴行はしていない」。強盗の疑いで取調べを受けている方から、こうした説明をうかがうことがあります。相手が身を守ろうとしなかったのだから、強盗というほどの行為はしていないはずだ、という受け止め方です。
もっとも、刑法が見ているのは、相手が実際にどう振る舞ったかそのものではありません。見られているのは、加えられた暴行や脅迫が相手の反抗を抑圧するに足りる程度のものだったかどうかという点です。抵抗がなかったという事情は判断材料の一つにはなりますが、それだけで罪名が決まるわけではありません。
この記事では、この「程度」がどのように判断されてきたのかを、強盗と認められた裁判例と認められなかった裁判例の両方から整理します。
「抵抗されなかった」という説明が出てくる場面
取調べや相談の場で、次のような形でこの説明が出てくることがあります。
・相手が争おうとせず、言われるままに財布を差し出してきた
・押さえつけたわけではなく、一度手を出しただけで相手が動かなくなった
・相手のほうが体格がよく、こちらの言動を気にしていないように見えた
・その場は静かに終わり、大声を出されたり助けを呼ばれたりしていない
・後から考えると、相手は怖がっている様子ではなかった
いずれも「強盗というほどのことはしていない」という感覚につながる事情ですが、そのまま結論に直結するわけではありません。
暴行や脅迫の程度で、隣り合う罪名が入れ替わる
同じように金品を渡させた行為でも、暴行や脅迫の程度によって、問われる罪名が変わります。
| 暴行や脅迫の程度 | 主に問題になる罪名 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 相手の反抗を抑圧するに足りる程度 | 強盗罪(刑法第236条1項) | 五年以上の有期拘禁刑 |
| 畏怖させるが、反抗を抑圧するには至らない程度 | 恐喝罪(刑法第249条1項) | 十年以下の拘禁刑 |
| 持ち去りと暴行が手段として結び付いていない | 窃盗罪(第235条)と暴行罪(第208条)など | それぞれの罪ごとに定められた刑 |
強盗罪も恐喝罪も未遂が処罰の対象とされています(第243条、第250条)。なお、令和7年6月1日以降、懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されています。古い解説や判決文では「懲役」と表記されていますが、現在の条文の表記は拘禁刑です。
判断の対象は、相手の受け止め方ではなく行為の側
最高裁は、暴行や脅迫が恐喝にとどまるか強盗になるかは、社会通念上、一般に被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものかどうかという客観的な基準で決まるのであって、その被害者の主観を基準に決まるものではないという考え方を示しています。そのうえで、被害者にたまたま反抗を抑圧する程度に至らなかったとしても、それだけで恐喝罪になるわけではないとも述べています(最高裁昭和24年2月8日判決)。
つまり、相手が実際に抵抗しなかったこと、あるいは怖がっていなかったことは、それ自体が「程度が足りなかった」ことの証明にはなりません。同じ理由から、相手の精神や身体の自由がすべて押さえ込まれていたことまでは求められないとされています(仙台高裁昭和40年2月19日判決、広島高裁昭和26年1月13日判決)。
どのような事情が見られているのか
仙台高裁昭和40年2月19日判決は、客観的な基準といっても抽象的に決まるものではなく、次のような事情を客観的に観察して判断すべきだとしています。
・犯行の時刻と場所、周囲の状況
・被害者の年齢や性別、体力面や精神面の状況
・犯人の態度
・犯行の方法
これに加えて、凶器の有無やその示し方、加害者の人数や風体、加害者と被害者の関係なども考慮されると整理されています。抵抗の有無は、こうした事情の一つとして位置づけられているにすぎません。
抵抗しなかったのに強盗とされた例
抵抗がなかったことが、かえって反抗を抑圧された結果と評価されることがあります。
東京高裁昭和38年6月17日判決は、夜間、人影の少ない暗い場所で、二〇歳前後の男女に対し、顔面を殴る、みぞおちを突く、腕をねじあげる、足を蹴るなどしたうえ、仲間がいる、刺す、といった言葉を用いて金品を奪った事案です。裁判所は、助けを求める手段がほとんどない場所で脅迫や暴行を受けたため、被害者は何をされるか分からず、逃げることもできず、抵抗しないほうがよいと思っていたと認定し、精神と身体の自由が著しく制圧されて反抗が抑圧されたといえるとして、恐喝罪ではなく強盗罪の成立を認めました。
この判断は、「抵抗しなかった」という事実を、程度が軽かった根拠としてではなく、その場の状況から抵抗できなかった結果として読み取ったものです。
示したものが本物の凶器でなかった場合
道具の性質についても、同じ考え方が働きます。
東京高裁昭和41年9月12日判決は、被告人が示したのは靴べらだったという主張に対し、白く光り先端がとがっていて、胸に突きつけた際に相手のワイシャツに引っかかったという状況から、刃物と思い込ませるに足りる状況にあったとして、強盗罪の成立を認めました。東京高裁昭和31年1月17日判決も、おもちゃの拳銃を突きつけた行為について強盗未遂罪を認めています。古い判例でも、実際には刀を持っていないのに持っているかのように装った事案について、告知した害を現実に加える能力が備わっていたかどうかは脅迫の成否に影響しないとされています(大審院明治43年4月22日判決)。
もっとも、周囲の状況から明らかに作り話と分かる場合や、一見しておもちゃと分かる場合まで同じに扱われるわけではありません。大阪高裁昭和32年3月22日判決は、おもちゃの拳銃はすぐに見破られたものの、あわせて用いられたナイフに畏怖したことを理由として強盗罪の成立を認めており、何によって畏怖したのかが個別に検討されています。
外形は強く見えても強盗とされなかった例
反対に、外形上は強い有形力が用いられていても、反抗を抑圧する程度には至っていないと判断された裁判例もあります。
東京高裁昭和59年10月25日判決は、別れた元の妻に金を無心しようとして自宅に押しかけ、両手や足首を縛るなどして怪我を負わせたうえ、たんすの中から現金入りの給料袋を持ち去った事案です。外形だけを見れば反抗が抑圧されていたようにも見える事案ですが、裁判所は、二人が元夫婦で離婚後も行き来があったこと、被害者が加害者を気の毒に思って手当てをしていたこと、縛られた状態でありながら金の要求に対して余裕をもって主体的に応対し、はっきり拒んでいたこと、拒まれた側も部屋の中を物色するなどしていないことなどを挙げ、暴行は反抗を抑圧する状態には至っていなかったとして、強盗致傷罪ではなく傷害罪と恐喝罪の成立を認めました。
大阪地裁昭和43年12月23日判決も、同棲していた相手との別れ話のもつれから金銭を要求した事案について、被害者が繰り返し強く言い返し、紙幣を靴下に隠すなどの応対をしていたこと、要求した側が最後は諦めていることなどから、反抗を抑圧するに足りる程度とは認められないとしました。いずれも、当事者の関係とやり取りの経緯が判断を左右した例です。
凶器を示しても足りないとされた例
刃物を示した事案でも、強盗罪が否定されたものがあります。
東京高裁昭和37年10月31日判決は、夜、人通りのない暗い公園で、三人組が刃渡り一〇センチほどのナイフの刃を出し、男女の被害者に示して金品を要求した事案について、相手の自由な意思を制圧し抵抗を抑圧するに足りるとまでは認められないとして、強盗罪ではなく恐喝罪の成立を認めました。ただし、この判断には反対の評価も強く、被害者の性別や年齢、場所、時刻、凶器の使用、加害者の人数などを総合すれば強盗罪を認めるのが相当な事案だったとする見方が示されています。裁判例の傾向としてそのまま一般化できるものではない点に注意が必要です。
広島高裁昭和45年7月6日判決は、自動車内で被害者を脅して金品を取った事案について、被害者が現金の入った包みを渡すまいとして手放さず、その後も押し問答が続いていたこと、脅迫に刃物を示す行為や暴行が伴っていなかったことから、反抗を抑圧する程度には達していないとしました。
分かれ目にあるのは、相手の意思が挟まっているかどうか
これらの裁判例を並べると、判断の中心にあるのは、財物が移る場面に相手自身の判断が挟まっているといえるかどうかだと分かります。
恐喝罪は、脅されて畏怖しつつも、被害者が損得を考えたうえで自ら渡すという構造をとります。これに対して強盗罪は、そうした思案を巡らせる余地が与えられていない場面を指します。先ほどの元夫婦の事案で、縛られていたにもかかわらず強盗とされなかったのは、要求に対して被害者が自分の判断で応対する余地が残っていたと評価されたためです。
したがって、「相手が抵抗しなかった」という事実は、次の二通りに読まれ得ることになります。
・抵抗できる状況になかったために抵抗しなかった
・抵抗する余地はあったが、判断のうえで争わなかった
前者と評価されれば強盗の側に、後者と評価されれば恐喝の側に傾きます。
相手が自分から差し出してきた場合
相手が自分の手で財布や現金を渡してきた場合でも、それだけで強盗罪が外れるわけではありません。裁判例は、反抗を抑圧するに足りる程度の暴行や脅迫があり、それと財物の取得との間につながりがある以上、被害者が単に畏怖したにとどまっていても、また自ら財物を差し出したとしても、強盗罪が成立するという考え方をとっています。
もっとも、その場では相手が抵抗できない状態になっていたとしても、加害者側がなお相手の任意の支払いを待ち、後日の履行を求めたような場合には、強盗罪ではなく恐喝罪と整理されることになります。金品が移った時点で、相手の判断が挟まっていたといえるかどうかが、ここでも基準になります。
先に暴行があり、後から持ち去った場合
強盗罪の暴行や脅迫は、財物を得るための手段として行われている必要があります。けんかなどで相手に手を出し、相手が動けなくなった後に、その場で初めて金品を持ち去ろうと思いついたという場合、暴行が手段として用いられたとはいえないため、強盗罪ではなく、暴行罪や傷害罪と窃盗罪という組み立てで検討されるのが原則です(大審院昭和8年7月17日判決)。
「相手が抵抗しなくなってから持ち去った」という説明は、この点でも意味を持ちます。いつ財物を取ろうと考えたのかという時間の順序は、本人の記憶に基づく供述の形で残るため、取調べでの説明のしかたが後の判断に影響します。
相手がけがをしている場合の分かれ方
相手にけががある事案では、強盗致傷罪(第240条前段)として扱われるのか、傷害罪と恐喝罪という組み立てになるのかが、暴行の程度の評価によって変わります。
札幌地裁平成4年10月30日判決は、凶器を使わずに金品を奪おうとして被害者にけがを負わせた事案について、反抗を抑圧するに足りない程度の暴行だったとして、強盗致傷罪ではなく恐喝未遂罪と傷害罪の成立を認めました。東京地裁令和4年10月18日判決も、買取の交渉の場で相手を転倒させるなどした事案について、押す力が強いものではなかったことなどを踏まえ、暴行が強いものだったとはいえないとして、強盗未遂罪ではなく恐喝未遂罪を認めています。
けががあるという事実そのものではなく、そこに至る暴行の中身が見られている、ということになります。
取調べで説明するときに気をつけたいこと
この類型では、本人の説明がそのまま評価の材料になります。次の点を意識しておくと、事実関係が整理しやすくなります。
・相手が抵抗しなかったという結論だけでなく、そのときの場所、時刻、周囲に人がいたかどうかを分けて説明する
・自分がどのような言葉を使い、どのような動作をしたのかを、相手の反応と切り離して思い出す
・何かを手に持っていた場合は、それが何で、どのように示したのかを具体的にする
・相手との関係や、それまでのやり取りの経緯を省略しない
・金品を取ろうと考えた時点が、暴行の前か後かを整理しておく
・記憶がはっきりしない部分は、あいまいなまま断定しない
刑事訴訟法第198条4項により、供述調書は読み聞かせなどのうえで内容の確認が求められます。事実と違う部分や、自分の記憶より強い表現になっている部分があれば、その場で訂正を申し立てることができます。
まとめ
・強盗罪の暴行や脅迫は、相手の反抗を抑圧するに足りる程度のものである必要がある
・その程度は、被害者の受け止め方ではなく、社会通念上の客観的な基準で判断される
・相手が現実に抵抗を抑え込まれていたことまでは必要とされない
・時刻や場所、当事者の年齢や体格、人数、凶器の有無と示し方、二人の関係などが総合して見られる
・抵抗がなかった事案でも、抵抗できる状況になかったと評価されれば強盗とされる
・逆に、縛るなどの強い行為があっても、相手が判断の余地を保っていたとして恐喝とされた例がある
・示した道具が本物の凶器でなくても、そう思わせる状況があれば足りるとされることがある
・暴行が財物を得る手段として行われていない場合は、別の罪名の組み立てで検討される
・けががある事案でも、暴行の中身によって罪名は変わる
「相手が抵抗しなかった」という事情は、それだけで結論を決めるものではありませんが、周辺の事実と結び付けて説明されれば、程度の評価に影響し得るものです。捜査の初期段階でどこまで事実を整理できているかが、その後の見通しに関わってきます。強盗の疑いで捜査を受けている場合には、供述を重ねる前の段階で弁護士に相談し、事実関係の整理のしかたを一緒に確認しておくことをおすすめします。


