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警察から連絡が入り、高齢の親が万引きで捕まったと知らされる。事情を尋ねても本人の説明は要領を得ず、そういえば最近様子がおかしかった、という記憶がよみがえる。認知症ではないか、もしそうなら罪に問われるのか——そう考えるご家族は少なくありません。
ただ、「認知症なら罪にならない」という理解のまま動き始めると、手続の中で何をどう伝えればよいのかが定まらないまま日数が過ぎてしまいます。認知症が関係しうる場面は刑事手続の中に複数あり、それぞれで判断される内容が違うからです。
この記事では、高齢の親が万引き事件の当事者になり、認知症が疑われる場合に、手続のどこで何が問われるのか、そして家族の側で用意できるものは何かを、時系列に沿って整理します。
最初に確かめるのは事実関係と本人の状態
連絡を受けた直後は、処分の見通しよりも先に、状況を把握することが出発点になります。本人に無理に思い出させる必要はなく、分かる範囲で構いません。
- 連絡元の警察署名と担当者名、逮捕されているのか在宅で捜査が進むのか。
- どの店舗で、何を、いくら分持ち出したとされているのか。
- 本人がすでに何を話しているのか、書面に署名したものがあるか。
- 通院歴、服薬の状況、介護保険の認定を受けているかどうか。
- 過去に同じような出来事がなかったか、あった場合はいつごろか。
高齢の方の場合、この段階で家族が本人と連絡を取れないこともあります。逮捕されているときは、面会や差入れの可否を含めて、早い段階で弁護士に確認しておくと動きやすくなります。
万引きは窃盗罪として扱われる
万引きは、刑法235条の窃盗罪に当たる行為として扱われます。法定刑は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。年齢が高いこと自体は、罪が成立するかどうかの要件には含まれていません。
もっとも、実際の処分の幅は広く、警察限りで手続が終わる微罪処分、検察官が起訴を見送る起訴猶予、書面審理による略式手続の罰金、正式な公判請求まで分かれます。被害額、繰り返しの有無、被害弁償や示談の状況、本人の生活環境などが、その分かれ目に影響します。
なお、窃盗は高齢者の刑法犯検挙人員のうち高い割合を占め、その多くが万引きであることが、法務省の犯罪白書でも繰り返し指摘されてきました。高齢の方の万引き事件は、捜査機関にとっても珍しい類型ではありません。
認知症が関係しうる場面は一つではない
ご家族の多くは「認知症なら責任能力がないのではないか」という一点に関心を向けます。しかし手続の中で認知症が意味を持ちうる場面は、次のように分かれています。
| 判断される場面 | 問われる内容 | 主な条文 |
|---|---|---|
| 故意・不法領得の意思 | 未精算だと分かっていたか、自分のものにする意思があったか | 刑法235条・38条1項 |
| 責任能力 | 善悪を判断する力と、それに従って行動する力があったか | 刑法39条 |
| 起訴するかどうか | 犯罪の軽重や情状、本人の性格・年齢・境遇、犯罪後の情況 | 刑事訴訟法248条 |
| 量刑 | 行為への影響の程度と、再発を防ぐ体制が整っているか | 刑法25条ほか |
どの場面で争うかによって、集めるべき材料も、伝えるべき内容も変わります。責任能力の話に最初から絞り込むと、かえって使える材料を落としてしまうことがあります。
「支払うのを忘れた」は責任能力より前の問題
記憶の障害が進んでいる方では、商品をかごに入れたこと自体を忘れたまま店を出てしまうことがあります。この場合に問題になるのは、責任能力ではなく、そもそも未精算だと分かっていたかという故意の有無です。故意がなければ窃盗罪は成立せず、過失で物を持ち出した場合を処罰する規定は置かれていません。
その日の買い物の様子、レジでの行動、支払いに足りるお金を持っていたか、精算した商品と持ち出した商品の関係といった具体的な事情が、この段階での中心的な材料になります。
責任能力は診断名だけで決まるものではない
刑法39条は、心神喪失者の行為は罰しない、心神耗弱者の行為はその刑を減軽する、と定めています。ここでいう責任能力は、善悪を判断する能力と、その判断に従って自分の行動を制御する能力の二つで捉えられています。
重要なのは、この判断が医学の判断ではなく法律の判断とされている点です。最高裁昭和58年9月13日決定は、心神喪失または心神耗弱に当たるかどうかは法律判断であって専ら裁判所に委ねられる問題であり、その前提となる生物学的・心理学的な要素の評価も、究極的には裁判所に委ねられるとしています。
一方で、最高裁平成20年4月25日判決は、専門家である精神科医の意見が鑑定などとして証拠になっている場合、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきだとしました。診断は軽く扱われるわけではありませんが、診断名がついたことと、責任能力が否定されることは、同じではありません。
実際の判断では、犯行のときの行動の様子、捕まったときの受け答え、その後の弁解の内容、普段の生活の状況などが、診断の内容と突き合わされます。認知症にもいくつかの型があり、記憶の障害が中心となるものと、行動の抑制がききにくくなることが目立つものとでは、行為への影響の説明も変わってきます。どの型に当たるかは医師が診るべき領域であり、家族が判断するものではありません。
鑑定はどの段階で行われるか
起訴の前に精神状態を確認する必要があると検察官が考えた場合、刑事訴訟法223条1項の鑑定嘱託によって医師の鑑定が行われます。本人の同意を前提に検察庁内で短時間行われる簡易鑑定と、鑑定留置を伴い数か月をかけて行う本鑑定があり、後者は刑事訴訟法224条1項・167条1項に基づいて裁判官が鑑定留置状を発します。
起訴された後は、裁判所が鑑定を命じることになります。また、被告人が心神喪失の状態にあると認められるときは、その状態が続いている間、公判手続が停止されます(刑事訴訟法314条1項)。
責任能力が否定された場合、その後はどうなるか
ここは見落とされやすい点です。心神喪失などを理由に不起訴や無罪となった場合、重大な事件では医療観察法による医療と観察の枠組みが用意されています。ただしこの法律の対象行為は、殺人、放火、強盗、不同意性交等、不同意わいせつ、傷害の6つに限られており、窃盗は対象に含まれていません。
つまり万引き事件では、責任能力が否定されて手続から外れたとしても、その後の医療や生活を司法の側が組み立ててくれる仕組みは用意されていません。本人はそのまま家庭に戻ることになります。責任能力を争うかどうかを考える前に、戻った後の生活をどう支えるかを並行して準備しておく必要があるのは、このためです。
家族が用意できるのは診断書だけではない
「まず診断書をもらってくればよいのか」と考える方は多いのですが、診断書は本人の現在の状態を示すもので、事件当時の様子までは書かれていません。そこを埋められるのは、日常を見てきた家族が持っている情報です。
- いつごろから、どんな変化に気づいたか。気づいたきっかけとなった出来事。
- 同じ物を何度も買ってくる、買ったこと自体を忘れるといった具体的な場面。
- 金銭管理の様子。財布の中身、通帳の扱い、支払いの間違いの有無。
- 道に迷った、約束を取り違えた、火の始末を忘れたなど、買い物以外での変化。
- 性格や振る舞いの変化。以前ならしなかった言動があったかどうか。
- 通院歴、服薬内容、これまでに受けた検査や介護認定の結果。
- 同居しているか、日中は一人か、誰がどの頻度で様子を見ているか。
こうした事柄は、日付とともに書き出しておくと、医師の診察でも、弁護人が検察官に説明する場面でも使えます。記憶を頼りに後からまとめるより、気づいた時点で書き留めておくほうが具体性が残ります。
受診と相談をどこから始めるか
事件のために受診するのではなく、本人の生活のために受診する、という順序で考えるほうが、結果として説明もしやすくなります。
まずは、かかりつけ医に今回の出来事と最近の変化を伝えるところからです。専門的な鑑別診断が必要と判断されれば、認知症疾患医療センターなどの専門医療機関を紹介してもらえます。認知症疾患医療センターは都道府県や指定都市が指定した医療機関に置かれており、紹介状や事前の予約が必要なことが多いため、事前の確認をおすすめします。
医療と並行して、市区町村が設置している地域包括支援センターに連絡しておくと、介護保険の申請や見守りの体制について相談できます。医療、介護、刑事手続は担当する窓口が別々ですので、家族の側で情報を共有する役割を担う人を一人決めておくと、混乱が減ります。
| 刑事手続の側で進めること | 生活の側で進めること |
|---|---|
| 警察・検察との連絡窓口を家族の中で決める | かかりつけ医に受診の相談をする |
| 被害店舗への対応方針を決める | 地域包括支援センターに連絡する |
| 本人の供述内容や署名した書面を確認する | 介護保険の申請状況を確認する |
| 処分の見通しと時期の目安を把握する | 日中の見守りと同居の体制を見直す |
釈放後の生活を支える公的な仕組み
高齢や障害のために自立した生活を営むことが難しい被疑者・被告人については、刑事手続の入口の段階で福祉につなぐ取組が用意されています。令和3年度から、地域生活定着支援センターが行う「被疑者等支援業務」が始まり、検察庁、弁護士会、保護観察所などと連携して、釈放後すぐに福祉サービスを利用できるよう調整が行われています。
また、起訴猶予となった方などについては、保護観察所が更生緊急保護の措置として、一定期間の生活指導や福祉サービスの調整を行う運用もあります。これらは自動的に始まるものではなく、弁護人や検察官を通じて必要性が共有されることで動き出すことが多いため、本人の状態と家庭の状況を早い段階で伝えておくことに意味があります。
被害弁償を負うのは誰か
店から家族に対して弁償を求められることがあります。ここで押さえておきたいのは、家族だからという理由で当然に賠償義務を負う立場ではない、という点です。
民法は、責任を弁識する能力を欠く状態にあった人は賠償責任を負わないとしたうえで(713条)、その人を監督する法定の義務を負う者が賠償の責任を負うと定めています(714条)。この「法定の監督義務者」に誰が当たるかについて、最高裁平成28年3月1日判決は、成年後見人であることや、配偶者であることだけでは監督義務者に当たらないとしました。同時に、生活状況や関わり方によっては監督義務者に準ずる立場として責任を問われうる場合があることも示しています。
もっとも実務では、法的な義務の有無とは別に、本人のために家族が弁償を行う場面が多くあります。誰の負担で、どの名目で支払うのかを整理しないまま進めると、後の説明が難しくなりますので、支払う前に方針を決めておくほうが安全です。
成年後見と刑事責任能力は別の話
「成年後見を申し立てれば刑事責任を問われずに済むのではないか」というご相談を受けることがあります。成年後見は、財産管理や契約といった民事上の判断能力を補う制度であり、刑事責任能力の有無とは別の枠組みです。後見が開始しているからといって、それだけで刑事手続上の判断が決まるわけではありません。
繰り返している場合はどう見られるか
同じことが何度も起きている場合、前回までの経過は不利な事情として働きます。一方で、繰り返し自体が背景に医療的な問題があることをうかがわせる材料にもなり、この二つは同時に評価されます。
執行猶予の期間中に再び罪を犯した場合でも、1年以下の拘禁刑で情状に特に酌量すべきものがあるときには、再度の執行猶予が認められる余地が残されています(刑法25条2項)。ただし保護観察付きの執行猶予期間中の再犯は、この対象から外れます。いずれにしても、再発を防ぐ体制が具体的に整っていることを示せるかどうかが、判断の材料になります。
誤解されやすい点
最後に、ご家族から寄せられることの多い誤解を整理します。
- 認知症の診断があれば当然に不起訴になる、というものではありません。診断の内容と行為への影響が、個別に検討されます。
- 反対に、診断がついていないから主張できない、ということもありません。受診前でも、生活の変化の記録は材料になります。
- 店に弁償すれば事件化を避けられる、という関係にもありません。弁償が意味を持つのは、主に事件化した後の判断の場面です。
- 本人が「やっていない」と言う場合と「覚えていない」と言う場合では、争う場所が違います。取り違えたまま説明を組み立てないよう注意が必要です。
- 高齢だから逮捕されない、というものでもありません。身柄の判断は、逃亡や証拠隠滅のおそれ、帰る場所があるかどうかで決まります。
まとめ
- 万引きは窃盗罪として扱われ、高齢であること自体は罪の成立要件に含まれません。
- 認知症が関係しうる場面は、故意、責任能力、起訴するかどうかの判断、量刑の四つに分かれます。
- 責任能力は法律の判断であり、診断名がついたことと責任能力が否定されることは同じではありません。
- 窃盗は医療観察法の対象に含まれないため、手続から外れた後の生活は家庭と地域で組み立てることになります。
- 家族が用意できるのは診断書だけではなく、いつからどんな変化があったかという記録が具体的な材料になります。
高齢の親が万引きで捕まったという場面では、刑事手続への対応と、本人の医療や生活を整えることを、同時に進めることになります。どちらも一人で抱えると判断が遅れがちです。処分の見通しと、必要な相談先の順序を早い段階で整理しておくことが、その後の負担を軽くします。


