退去を求められたのに帰らなかった|不退去罪はいつ成立するか

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

「もう帰ってください」と言われたのに、その場を離れなかった。飲食店で店員と言い争いになった、訪問した先で話を続けた、元交際相手の部屋から出なかった。立ち入ったこと自体には問題がなかったのに、帰らなかったことだけを理由に警察が呼ばれることがあります。刑法130条後段の不退去罪です。

 この罪でよく聞かれるのが「何分居座ったら成立するのか」という質問です。ただ、成立の時点を決めているのは、滞在時間の長さそのものではありません。裁判例を見ると、約10分とどまっても成立しないとされた例がある一方で、15秒から20秒程度でも成立していると述べた例があります。

 この記事では、不退去罪がどの時点で成立するのか、どこで線が引かれているのかを、条文と裁判例に沿って整理します。

どのような場面で問題になるのか

 不退去罪は、次のような場面で問題になることがあります。

・飲食店や小売店で、退店を求められた後も席を離れなかった
・訪問販売や勧誘で自宅を訪ね、断られた後も玄関先で話を続けた
・役所や学校の窓口で、職員から退出を求められた後も居座った
・元交際相手の住居に招き入れられたが、帰るよう言われた後も出なかった
・取引先の事務所で抗議を続け、退去を求められた後もとどまった

 いずれも、立ち入った時点では管理する側の同意があったか、少なくとも違法とはいえない状況です。問題になるのは、その後の時間です。

不退去罪は刑法130条の後段にある

 刑法130条は、前段で住居侵入罪などを、後段で不退去罪を定めています。

条文の位置内容法定刑
前段正当な理由がないのに、人の住居・人の看守する邸宅・建造物・艦船に侵入した3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金
後段要求を受けたにもかかわらず、これらの場所から退去しなかった同じ


 ※拘禁刑は、2025年6月1日に施行された改正刑法により、懲役刑と禁錮刑が一本化されたものです。

 入り方そのものが違法だった場合は、前段の侵入罪が成立し、その後に退去要求を無視しても後段の罪は別に成立しないというのが判例の立場です(最高裁昭和31年8月22日判決)。侵入罪は、入ってから出るまで続く犯罪だと考えられているためです。つまり不退去罪は、入り方には問題がなかった人にだけ問われる罪ということになります。

立ち入りの時点が問われることもある

 もっとも、前段と後段のどちらの問題なのかは、いつも明確とは限りません。入った時点ですでに管理する側の意思に反していたといえるのか、それとも入った後に断られてから居座ったにすぎないのかは、当日の目的や振る舞いによって評価が分かれます。

 たとえば、駅の構内で許可を得ずにビラを配った事案について、立ち入りを禁じる掲示があったことだけを理由に侵入罪とはせず、現実に退去を求められてこれに応じなかった点をとらえて不退去罪とした最高裁の判断があります。掲示や貼り紙があったかどうかと、その場で退去を求められたかどうかは、別の話として扱われているわけです。

成立までを四つの区切りで見る

 時間の流れに沿って整理すると、次のようになります。

段階その時点での評価
①立ち入り同意があるか違法ではないため、この時点では罪にならない
②退去の要求を受けた要求を受けただけでは、まだ成立しない
③退去に必要な時間が過ぎたここで成立する
④その後に退去した成立したこと自体は変わらない


 目を向けたいのは③と④です。成立の時点は②ではなく③であり、④まで進んでも、さかのぼって消えるわけではありません。

要求を受けた時点ではまだ成立しない

 退去を求められたその瞬間に罪になるわけではありません。荷物をまとめる、上着を着る、靴を履くといった、退去のために要する時間は見込まれます。これを合理的時間と呼びます。

 実際に、会社の事務室で退去を求められてから約10分とどまった事案について、その時間は相手方の行為に対する後始末に充てられたものであり、不退去罪を構成するのに必要な滞留時間の経過があったとは認められないとした裁判例があります(東京高裁昭和45年10月2日判決)。

何分で成立するという基準はない

 一方で、滞在時間が短ければ成立しないというわけでもありません。裁判例で扱われた時間には幅があります。

事案要求後の滞留時間結論
会社事務室での抗議(東京高裁昭和45年10月2日)約10分成立しない
駅構内での座り込み(大阪高裁昭和51年10月12日)約7分成立
駅構内でのビラ配布(最高裁昭和59年12月18日)約20分成立
裁判所庁舎内での抗議(東京地裁昭和46年4月17日)15秒から20秒成立


 最後の事案で裁判所は、成立するかどうかは時間の長短だけで決まるものではなく、滞留の目的、退去しない意思の強さ、居座り方の態様、そのまま続いた場合に生じる支障の大きさなどを合わせて判断すべきだと述べています。長くいたかどうかよりも、どのような状況でどのようにとどまったかが見られていることになります。

 同じ考え方から、退去命令の後も約10分とどまった事案でも、行動が比較的整然としていて業務への支障がほとんどなかったことや、最後は警告に応じて自ら出ようとしたことなどを踏まえ、不退去罪が予定する程度の滞留とはいえないとして無罪とした裁判例があります。反対に、実際に排除されるまで応じる様子がなかったといった事情は、時間が短くても不利に働きます。

誰の要求であれば「要求を受けた」ことになるのか

 退去を求められる立場にあるのは、住居であればそこに住んでいる人、建物であれば管理している人です。本人だけに限られるわけではなく、本人に代わってその場所への立ち入りを認めたり断ったりできる立場の人からの要求も含まれます。

 古い判例では、同居する家族が本人に代わって退去を求めた場面や、勤務時間の後に別の職員が事実上建物を管理していた状況で管理責任者が退去を求めた場面について、いずれも有効な要求として扱われています。店舗であれば、経営者本人ではなく従業員が伝えた場合でも、店として伝えられたものであれば要求にあたり得ます。

「はっきり帰れとは言われていない」という説明

 取調べでよく出てくる説明です。ここには二つの方向があります。

 一つは、明示の言葉がなくても要求と認められる場合があるという方向です。試験中の教室に立ち入った事案で、直接「出ていってください」と告げられた証拠はなくても、その場の客観的な状況から退去を求められていると認識できたといえるとして、要求があったものと扱った裁判例があります(大阪高裁昭和57年5月13日判決)。言葉に限らず、身振りや状況からの伝達でも足りるとされています。

 もう一つは、伝えられた内容が退去を求めるものだったといえるかという方向です。大学構内の学生に対する「解散せよ」という通告について、集団を解くことを求めたものであって、その場から退き去ることを直接求めたものとは解しにくいとした裁判例もあります(大阪高裁昭和37年10月17日判決)。何をどう伝えられたのかは、後から争点になり得る部分です。

要求する側の事情が問題になることもある

 退去を求める行為そのものが正当といえるかが争われた例もあります。話し合いの申し入れに応じないまま出された退去命令について、権限の公正な行使とはいえないとして、不退去罪の成立を否定した裁判例があります。

 ただし、こうした主張が通る場面は限られます。同じ論点を扱った事件でも、多数の勢いを背景に実力を用いて交渉を迫った事案では、退去要求は正当だったとして成立が認められています(最高裁昭和54年12月19日判決)。「相手の対応にも問題があった」という事情は、それだけで結論を動かすものではなく、当日のやり取り全体の中で評価されます。

成立した後に退去した場合

 不退去罪は、退去するまで状態が続く継続犯とされています。合理的時間が過ぎた時点で成立し、その後に自分から出たとしても、成立したこと自体はなくなりません。

 もっとも、それで何も変わらないわけではありません。求められてからどのくらいで出たのか、その間にどのような言動があったのかは、事件として立件するかどうか、起訴するかどうかの判断で見られる部分です。警察官が説得してその場が収まる例も多く、刑事事件として扱われるのは、態様が目立つ場面に偏りやすい傾向があります。

 なお、この罪の公訴時効は3年ですが、継続犯であるため、起算点は退去して状態が終わった時になります。

併せて問題になりやすい罪

 居座りの場面では、不退去罪だけで終わらないこともあります。

・大声を出す、机をたたくなどして店舗や役所の業務を止めた場合は、威力業務妨害罪
・「ただでは済まさない」といった言葉があった場合は、脅迫罪
・物を壊した場合は、器物損壊罪
・同じ相手の住居に繰り返し押し掛けた場合は、ストーカー規制法違反

 どれが問題になるかによって、話し合いの相手方も、見通しも変わってきます。

警察が呼ばれた場合・後日連絡が来た場合

 その場に警察官が来た場合、多くは現行犯として扱われます。後日、任意で呼ばれることもあります。いずれの場合も、記憶が新しいうちに次の点を整理しておくと、説明がぶれにくくなります。

・立ち入った経緯(誰の同意があったか、どのような用件だったか)
・退去を求められた時刻と、その場を離れた時刻
・誰から、どのような言葉で求められたか
・求められてから出るまでの間、何をしていたか
・その場にいた人、防犯カメラや録音の有無
・相手方に伝えた内容と、こちらが受けた対応

 「どのくらいいたか」を後から思い出すのは難しいものです。レシート、入退館の記録、通話やメッセージの履歴などが、時刻の手がかりになります。

まとめ

 この記事の要点は次のとおりです。

・不退去罪は刑法130条後段の罪で、法定刑は3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金
・入り方そのものが違法だった場合は前段の侵入罪となり、後段は別に成立しない
・退去を求められた時点ではまだ成立せず、退去に必要な時間が過ぎた時点で成立する
・何分という基準はなく、滞留の目的、意思の強さ、態様、生じた支障を合わせて判断される
・要求は明示の言葉に限られないが、伝えられた内容が退去を求めるものだったかは争点になり得る
・いったん成立すると、その後に退去しても成立したこと自体は変わらない
・威力業務妨害罪などが併せて問題になる場合がある

 居座った時間が短かったから問題にならない、長かったから重い、と単純に決まる罪ではありません。当日の経緯とやり取りをどう説明するかが、結論を左右します。警察から連絡があった段階や、相手方から話し合いを求められた段階で、弁護士に事実関係を整理してもらうことをおすすめします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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