在宅事件・書類送検でも報道されるのか
財産犯で捜査を受けている方から、「被害額はもう払いました。これで終わりますか」というご相談をいただくことがあります。返せる物は返し、伝えられたとおりの金額を支払った。それなのに警察からの連絡が続き、何が終わって何が終わっていないのかがつかめない、という状態です。
被害弁償は、財産犯の手続のなかで小さくない意味を持ちます。ただ、「弁償した」という事実が終わらせるのは、同時に進んでいるいくつかの道筋のうちの一部にとどまります。刑事処分の判断、民事上の請求、勤務先や周囲への影響は、それぞれ別の仕組みで動いているためです。
この記事では、窃盗をはじめとする財産犯で被害弁償がどのように評価されるのか、支払っても残るものは何か、誰にいくら払うのかをどう考えるのかを、順を追って整理します。
この記事が想定している場面
次のような状況を念頭に置いています。
・店舗や勤務先から被害額を伝えられ、その場または後日に支払った
・被害品は警察に押収され、被害者側に返っていると聞いている
・被害弁償は申し入れたものの、示談書までは取り交わせていない
・支払は終えたのに、警察や検察からの呼び出しが続いている
いずれも、お金は動いたのに、手続としては何も区切りがついていないという点で共通しています。
「終わる」には三つの意味がある
弁償すれば終わるのか、という問いに答えるには、まず「終わる」が何を指しているのかを分ける必要があります。財産犯の場面では、次の三つが並行して進んでいます。
| 何が終わるのか | 区切りをつけるために要るもの | 弁償だけでは残るもの |
|---|---|---|
| 刑事処分 | 検察官が起訴しないと判断すること | 捜査の続行、余罪の確認、処分の告知 |
| 民事上の請求 | 請求しない旨を含む合意 | 追加の請求、遅延損害金、保険会社からの求償 |
| 生活上の影響 | 勤務先や学校との個別の整理 | 就業規則に基づく判断、社内手続 |
被害弁償が届くのは主に一段目です。しかも、一段目を単独で決めるものではありません。
被害弁償が刑事処分に届く仕組み
検察官が起訴するかどうかを判断する際の考慮事項は、刑事訴訟法248条に定められています。犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる、という規定です。
被害弁償は、このうち「犯罪後の情況」に位置づけられます。財産犯は損害が金額として表れるため、どこまで回復したのかが目に見えやすく、他の類型に比べて評価に反映されやすい面があります。
もっとも、条文が挙げているのは三つの柱です。動機や犯行の態様、被害額の大きさ、前科前歴、繰り返しの有無といった事情は、弁償とは別の柱で評価されます。弁償は一つの柱を動かす材料であって、判断の全体を置き換えるものではありません。
被害弁償と示談は同じではない
日常の会話では「弁償」と「示談」がほぼ同じ意味で使われますが、内容は異なります。
被害弁償は、生じた損害を金銭で埋める行為です。民法上は、不法行為に基づく損害賠償債務の弁済にあたります。
示談は、当事者が互いに譲り合って争いをやめることを約束する合意で、民法695条の和解にあたります。示談書には、支払額のほかに、これ以上の請求をしないという清算条項や、加害者を許すという趣旨の記載が入ることがあります。
被害を受けた側の受け止め方がどう変わったかは、支払という事実そのものではなく、合意の中身から読み取られます。支払は受け取るが処罰は求める、という対応も現実にあります。弁償の申し入れが受け入れられたことと、示談が成立したことは、別の段階だと考えておくほうが実際に近いといえます。
罪名によって終わり方の形が変わる
窃盗・詐欺・横領は告訴がなくても起訴できる
窃盗罪、詐欺罪、横領罪、背任罪は、被害者の告訴がなくても検察官が起訴できる犯罪です。被害者が処罰を求めない意向を示しても、それは判断材料の一つになるにとどまり、手続がそこで打ち切られるわけではありません。
器物損壊などは告訴が起訴の条件になる
これに対し、器物損壊等の罪(刑法261条)と私用文書等毀棄の罪(同259条)は、告訴がなければ公訴を提起することができないと定められています(同264条)。そして告訴は、公訴の提起があるまでの間は取り消すことができます(刑事訴訟法237条1項)。
つまり、同じ財産犯でも、告訴の取消しが起訴の可否に直接つながる罪と、そうではない罪があります。自分の事件がどちらなのかによって、交渉で確認しておくべき事項も変わってきます。なお、器物損壊にあたる行為でも、複数人が共同して行った場合などには別の法律が適用され、告訴を要しない扱いになることがあります。
いくら払えば「弁償した」ことになるのか
財産犯では被害額が出発点になりますが、被害額と弁償額が同じ金額になるとは限りません。次のような差が生じます。
・商品が返されても、開封や破損、保冷の中断などで再び販売できないときは、その商品の価格が損害として残る
・修理して使える物は修理費が基準になり、買い替えを前提とする物とは金額の考え方が変わる
・営業に用いる物では、使えなかった期間の損失が問題になることがある
・複数回にわたる場合、確認できた分と確認できていない分をどう扱うかが交渉の対象になる
被害品が警察から返っている場合
押収された盗品は、留置の必要がなく、被害者に還付すべき理由が明らかなときは、事件の終結を待たずに被害者へ返されることがあります(刑事訴訟法124条1項。捜査の段階については同222条1項が準用しています)。この場合、現物は戻っているため、残るのは価値の減少分や関連する費用ということになります。
何がすでに回復していて、何が回復していないのかを先に整理しないと、支払う金額の根拠を説明できません。相手方から示された金額に疑問があるときも、この整理が出発点になります。
誰に払うのかで進み方が変わる
相手が個人の場合
連絡先が分かれば直接の交渉も形の上では可能ですが、捜査が始まっている段階で本人が接触することは、通常は避けます。証拠に働きかける行動と受け取られると、身柄の判断に影響しうるためです。
相手が店舗や会社の場合
法人が被害者のときは、その場にいる担当者に決定権がないことがあります。示談に応じるかどうかを本部が一括で決めている、被害弁償は受けるが示談書は作らない、といった方針をとる企業もあります。金額の話に入る前に、どこまでを誰が決められるのかを確認しておくと、行き違いが減ります。
被害が保険で埋められている場合
損害が保険でまかなわれているときは、保険会社が被害者の損害賠償請求権を引き継ぐことがあります(保険法25条1項)。被害者本人に支払って終えたつもりでも、後から保険会社の求償を受ける可能性が残ります。誰に対する債務が消えたのかを書面で確かめておくことが大切です。
受け取ってもらえないとき
弁償を申し入れても、受領を断られることがあります。処罰を求める気持ちが強い場合のほか、社内規程で個別の受領を認めていない場合もあります。
相手が受領を拒んでいるとき、または相手を確知することができないときは、法務局の供託所に弁済の目的物を預ける供託という方法があります(民法494条)。供託には相手方の氏名や住所が要るため、被害者が分かっている財産犯では選択肢に入りやすい方法です。ただし、賠償額そのものに争いがある場合は、供託した金額で足りるのかという問題が残ります。
被害者への支払がどうしても実現しない場面では、贖罪寄付という方法が検討されることもあります。
弁償しても処分が動きにくい場面
次のような事情があるときは、弁償を尽くしても判断が大きくは変わらないことがあります。
・同種の前科前歴があり、繰り返しが認められる場合
・立件されている事実のほかに、余罪の確認が続いている場合
・被害額が大きく、支払えた額が一部にとどまる場合
・職務上の立場を利用した業務上横領のように、行為の態様が重く評価される場合
・被害者が多数にのぼり、全員への対応の見通しが立たない場合
これらは、被害弁償とは別の柱で評価される事情です。だからこそ、支払に加えて、なぜ起きたのか、再び起こさないために何を変えたのかを説明できる状態にしておくことが求められます。
支払う時期によって位置づけが変わる
| 支払った時期 | その時点での位置づけ |
|---|---|
| 事件化する前 | 民事上の解決として残るが、その後の捜査を止めるものではない |
| 捜査中(処分が決まる前) | 起訴・不起訴の判断材料になる |
| 起訴された後、判決の前 | 量刑や執行猶予の判断材料になる |
| 判決の後 | 刑事処分には反映されないが、民事上の債務としては残る |
早い時期ほど選択肢が広いのは確かです。ただし、急いで金額を確定させることには別の面もあります。争いのある事実まで認めた形の書面に署名してしまうと、後から説明を変えることが難しくなります。金額の交渉と、事実をどう認めるかは、分けて考えておく必要があります。
支払った事実を書面で残す
支払ったという説明だけでは、検察官や裁判所に提出できる資料になりません。次のものを手元に残しておきます。
1 支払った日、金額、方法が分かるもの(振込の記録、領収書)
2 何に対する支払かが記された書面(被害弁償金として受領した旨の記載)
3 相手方の署名または記名押印がある書面
4 やり取りの経過が分かるもの(申し入れの書面の控え、連絡の記録)
5 示談に至った場合は、清算条項の有無とその範囲が読み取れる条項
その場で現金を渡し、控えを受け取っていないという相談は少なくありません。後から金額の記憶が食い違うこともあるため、支払の前に受領書の形式を決めておくほうが安全です。
無理な金額をつくらない
処分を軽くしたいという思いから、借入れをしてでも支払おうとされる方がおられます。ただ、支払の原資が新たな負担になれば、生活の立て直しがかえって遠のきます。
用意できる金額と時期を先に整理し、一括での支払が難しければ分割の提案を含めて交渉する。無理のない範囲で誠実に対応してきた経過そのものが、説明できる材料になります。金額の多寡だけが見られているわけではありません。
まとめ
・被害弁償は、刑事訴訟法248条の「犯罪後の情況」として評価される
・弁償は判断材料の一つで、動機、態様、前科前歴、繰り返しの有無は別に評価される
・弁償と示談は別のもので、相手の受け止め方は合意の中身から読み取られる
・窃盗・詐欺・横領は告訴がなくても起訴でき、器物損壊等と私用文書等毀棄は告訴が条件になる
・被害額と弁償額は同じとは限らず、返却された後に残る損害がある
・被害品が還付されている場合は、回復済みの部分と残る部分を先に整理する
・法人が相手のときは、決定権のある窓口を確認してから金額の話に入る
・保険で埋められている場合は、後から求償を受けることがある
・受領を断られたときには供託という方法がある
・支払った事実は、書面と記録の形で残す
弁償は、失われたものを埋めるための行為であって、手続を止めるためのボタンではありません。それでも、被害を受けた側にとって損害が現実に回復されるかどうかは、その後の受け止め方に影響します。だからこそ、支払は無意味ではない一方で、支払だけで区切りがつくわけでもない、という位置にあります。
支払う相手、金額の根拠、書面の中身、支払う時期。この四つを整理してから進めるかどうかで、同じ金額を支払っても後に残るものが変わります。財産犯で被害弁償を検討している段階であれば、事件がいまどこにあるのかを確かめたうえで、順序を組み立てていくことをお勧めします。


