勾留決定に納得できない|準抗告と勾留取消請求の違い
宿泊先から戻って荷物を開けたときに、ホテルのタオルやスリッパが混ざっていた。あるいは、気に入ったので持ち帰った物について、後日、宿泊先から連絡が入った。宿泊施設の備品をめぐるご相談は、こうした形で持ち込まれることが多くあります。
このとき最初に頭に浮かぶのは、持ち帰った物の値段や大きさではないでしょうか。歯ブラシなら構わないが、ドライヤーなら問題がある、といった感覚です。ただ、刑事責任の有無を分けているのは、値段の高低そのものではありません。
この記事では、宿泊施設の備品の持ち帰りがどこから窃盗罪の問題になるのかを、承諾の範囲という観点から整理します。あわせて、滞在中は自分が使っていた物を持ち出すとなぜ窃盗になるのか、弁償の請求と刑事責任はどう違うのか、宿泊施設の事件に特有の事情は何かについても説明します。
この記事で扱う場面
次のような場面を想定しています。
・客室のタオルやバスローブ、館内着を荷物に入れて持ち帰った
・洗面台に置かれていたボトル入りの備品を持ち帰った
・ドライヤーや電気ケトル、リモコンなど、部屋に据えられていた物を持ち出した
・アメニティを自由に選べる棚から、まとめて持ち帰った
・朝食会場から食べ物を会場の外に持ち出した
・旅館の浴衣や下駄を身につけたまま帰った
いずれも、宿泊施設から確認の連絡が入る、弁償を求められる、警察から問い合わせが来る、といった形で表面化します。
宿泊料金で得ているのは物ではなく使う許し
客室に置かれている物の所有権は、宿泊施設にあります。宿泊料金を支払うことで得ているのは、滞在中にそれらを使う許しであって、物そのものではありません。タオルも寝具もドライヤーも、次に泊まる人が使うことを前提に施設が備えている物です。
他人の財物を持ち去れば、窃盗罪の問題になります。窃盗罪の法定刑は、10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です(刑法235条)。なお、2025年6月1日から懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されており、条文の表記も改められています。
ただし、持ち去ったことがそのまま窃盗罪になるわけではありません。窃盗罪でいう窃取とは、占有している人の意思に反して物を自分の支配下に移すことをいいます。裏を返せば、施設が持ち帰りを承諾している物であれば、持ち帰っても窃取には当たりません。個包装の歯ブラシやカミソリ、使い切りの小袋を持ち帰る行為が問題になりにくいのは、値段が安いからというより、施設が持ち帰りを織り込んで置いているからです。
分かれ目は値段ではなく承諾の範囲
判断を分けているのは、値段の高低そのものではなく、その物についてどこまで持ち帰りが承諾されていたかです。客室に置かれている物を承諾の範囲という観点から見ると、おおまかに三つの層に分かれます。
| 置かれている物 | 想定されている使われ方 | 持ち出したときの位置づけ |
|---|---|---|
| 個包装のアメニティ、使い切りの小袋、外出用に置かれた物 | 使えばなくなる物として、持ち帰りまで織り込まれている | 承諾の範囲に収まりやすい |
| タオル、寝具、館内着、スリッパ、詰め替え式のボトル、食器、グラス | 滞在中に館内で使い、次の利用者のために回収と洗浄がされる | 承諾の範囲を超えやすい |
| ドライヤー、電気ケトル、リモコン、時計、鏡、額装された絵など | 設備として据えられ、使うことだけが認められている | 承諾の範囲の外にある |
この区分は値段の高低とおおむね重なりますが、重なっているだけで、判断そのものが値段で行われているわけではありません。同じタオルでも、施設が記念の品として持ち帰りを案内していれば持ち帰ってよい物になりますし、安価なボールペンでも、館内での記入用に置かれているだけであれば持ち帰りは想定されていません。
置いてあったことは、承諾があったことを意味しない
客室に置かれていたという事実は、使ってよいことを示してはいますが、持ち帰ってよいことまでを示すものではありません。使うことへの承諾と、持ち帰ることへの承諾は別のものです。判断に迷う物については、施設に尋ねれば足ります。
借りていた物を持ち出すとなぜ窃盗になるのか
ここで疑問になるのが、滞在中は自分が使っていた物を持ち出したのに、なぜ横領ではなく窃盗になるのか、という点です。横領罪は自分が占有している他人の物を対象とする犯罪ですから(刑法252条1項)、客室で自分が使っていた物であれば横領ではないか、という見方もありえます。
この点について最高裁は、旅館の宿泊客が、旅館が提供した丹前、浴衣、帯、下駄を着用したまま旅館から立ち去った行為について、窃盗罪にあたると判断しています(最高裁昭和31年1月19日決定)。宿泊客が身につけていた物であっても、刑法上の占有は施設の側にあるという理解です。
この事件では、貸し出された物を実際に所持しているのは宿泊客なのだから窃盗罪ではない、という少数意見も付されています。感覚としては迷いやすい点であることが、裁判所の中でも意識されていたわけです。それでも実務は、客室の備品は施設が占有しているという理解で動いています。滞在中に使っていたという事情は、罪名を横領へ移すようには働きません。
承諾の範囲を超える場面
自由に選べる棚からまとめて持ち帰る
アメニティを自由に選べるようにしている施設があります。ここに置かれている物は持ち帰りが承諾されていますが、承諾されているのは、その滞在で使う分を取ることです。在庫を空にするような取り方は、承諾の範囲を超えていると見られる余地があります。
朝食会場から持ち出す
食べ放題の形式で提供されている食事は、会場でその場で食べることを前提に出されています。持ち帰るために袋詰めして会場の外へ出す行為は、提供の前提から外れます。
館内着や下駄で外に出る
浴衣や下駄で周辺を歩けるようにしている旅館もあり、この場合は館外での使用まで承諾されています。承諾の範囲は施設ごとに違うということです。もっとも、そのまま自宅へ帰ってしまえば、話は変わります。
持ち帰ってよいと思っていた、という説明
犯罪が成立するには、原則として故意が必要です(刑法38条1項)。持ち帰りが承諾されていると誤って思い込んでいた場合には、他人の物を持ち去るという認識を欠いていたことになり、窃盗罪の故意が問題になります。別の施設では同じ物の持ち帰りが認められていた、といった事情も、この場面では意味を持ちます。なお、窃盗罪では、故意に加えて、他人の物を自分の物として利用したり処分したりする意思も必要とされています。
もっとも、そう説明すればそのまま通るというものではありません。説明が受け入れられるかどうかは、持ち出した物の性質、置かれ方、掲示の有無、持ち出した数量、持ち出し方といった外側の事情から判断されます。据え付けの電化製品を配線から外して持ち出した場合に、持ち帰ってよいと思ったという説明が通りにくいのは、そのためです。
代金を支払う前提で置かれている物
客室の冷蔵庫の飲料や、客室内で販売されている物のように、料金が示されたうえで置かれている物もあります。これらは代金を支払えば持ち帰れる物であり、備品とは前提が違います。使ったことを申告せずに精算を済ませた場合は、持ち帰りの承諾があったかどうかではなく、代金の支払いをめぐる問題として扱われます。
弁償を求められることと、刑事責任を問われること
宿泊約款には、宿泊客の故意または過失により施設が損害を被ったときは、宿泊客がその損害を賠償する、という趣旨の条項が置かれているのが一般的です。国が示しているモデル宿泊約款にも、同じ内容の定めがあります。
弁償を求められることと、刑事責任を問われることとでは、必要になるものが違います。
| 見るところ | 弁償の請求 | 刑事責任 |
|---|---|---|
| 必要になるもの | 故意または過失があれば足りる | 他人の物と分かって持ち去ったという故意が要る |
| 判断する人 | 宿泊施設 | 捜査機関 |
| 片づき方 | 支払いや返還で解決する | 返還だけで当然に終わるわけではない |
うっかり荷物に入れてしまった場合でも、施設に生じた損害について弁償を求められることはあります。一方で、その場面で刑事責任まで問われるかどうかは、故意があったかどうかという別の判断によります。この二つを同じものとして考えると、施設から連絡が来た時点で刑事事件になったと受け止めてしまったり、逆に弁償さえすれば刑事の問題は残らないと考えてしまったりします。
宿泊施設の事件では身元が先に分かっている
宿泊施設の営業者は、宿泊者名簿を備え、宿泊者の氏名、住所、連絡先を記載することが義務づけられています(旅館業法6条1項)。宿泊者の側にも、求められたときにこれらを告げる義務があります(同条2項)。名簿は一定の期間、保存されます。
この点が、店舗での持ち去りなどとの大きな違いです。宿泊施設の事件では、施設の側は最初から相手が誰かを把握しています。その場で何も言われなかったとしても、客室の点検で備品がないことが分かった段階で、施設から電話や書面で連絡が入ることがあります。しばらく経ってから連絡が来ることがあるのは、この構造によるものです。
施設から連絡が来たとき
連絡の多くは、備品が見当たらないので確認したい、という形で始まります。手元にあるのであれば、その事実を伝えたうえで、返送するか弁償するかを相談することになります。
持ち出した物が高額な設備であったり、数量が多かったり、複数回にわたっていたりする場合には、施設が被害届の提出を検討することもあります。持ち出した物の内容は、事件として扱われるかどうかにも、その後の処分の見通しにも関わります。備え付けのボールペン1本と、据え付けの電化製品とでは、施設が受けた損害の大きさが違うためです。
どう答えるか迷う段階で事実関係を整理しておくと、その後のやり取りが落ち着いたものになります。
いま整理しておくとよいこと
施設から連絡が来ている場合も、まだ来ていない場合も、次の点を書き出しておくと状況を把握しやすくなります。
1 いつ、どの施設に泊まったか(予約の記録、領収書)
2 持ち帰った物は何で、いくつあるか
3 その物がどこに、どのような形で置かれていたか
4 持ち帰りに関する掲示や案内があったかどうか
5 持ち帰った時点で、自分がどう考えていたか
6 施設からの連絡の内容と、これまでに返した物
まとめ
・客室の備品の所有権は宿泊施設にあり、宿泊料金で得ているのは滞在中に使う許しである
・窃盗罪でいう窃取は占有者の意思に反する持ち去りを指すため、持ち帰りが承諾されている物であれば当たらない
・分かれ目は値段の高低そのものではなく、その物についてどこまで承諾されていたかにある
・置かれている物は、持ち帰りまで想定された物、館内での使用が想定された物、設備として据えられた物に分かれる
・滞在中に使っていた物であっても、刑法上の占有は施設側にあるとされている(最高裁昭和31年1月19日決定)
・自由に選べるアメニティや朝食会場の食事にも、承諾されている範囲がある
・持ち帰ってよいと思っていたという説明は故意に関わるが、外側の事情から判断される
・宿泊約款による弁償は故意または過失で足り、刑事責任とは必要になるものが違う
・宿泊者名簿があるため身元は先に分かっており、後日の連絡という形で表面化しやすい
・持ち出した物の内容は、事件として扱われるかどうかにも、処分の見通しにも関わる
宿泊施設からの連絡や、警察からの問い合わせがあった段階では、何をどこまで話せばよいのか判断しづらいものです。事実関係を整理したうえで早い段階で弁護士に相談しておくと、返還や弁償の進め方と、刑事手続への対応とを切り分けて考えることができます。


