会社のデータを持ち出した|営業秘密侵害と横領の違い

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

会社のファイルを自分のメールアドレスに送った、退職前に顧客リストを印刷した、私物のUSBメモリにコピーした。こうした行為が後から問題になったとき、会社側から告げられる言葉は一つではありません。「営業秘密の持ち出しだ」と言われることもあれば、「横領だ」「窃盗だ」という言い方をされることもあります。

 この二つは似た場面で使われますが、根拠となる法律も、成立するための条件も、集められる証拠の種類も違います。どの枠組みで見られているのかが分からないまま説明を求められると、本来は争える点を自分から手放してしまうことがあります。

 この記事では、会社のデータを持ち出したと指摘されている場面を想定し、不正競争防止法の営業秘密侵害罪と、刑法の横領罪・窃盗罪・背任罪がどのように切り分けられるのかを、条文の構造から整理します。

この記事が想定している場面


  • 退職や転職の前後に、業務で使っていたファイルを自分のメールアドレスやクラウドに移した。
  • 顧客名簿や設計データを印刷し、あるいは画面を撮影して手元に残した。
  • 貸与されていたパソコンやUSBメモリを返却しないまま退職した。
  • 会社から「営業秘密を持ち出したのではないか」と指摘され、事情を聞かれている。
  • 警察から連絡があり、不正競争防止法違反という言葉が出ている。


 いずれも「持ち出した」という一言でまとめられがちですが、法律の側から見ると、まったく別の条文が動き出す場面が含まれています。

まず「何を持ち出したか」で法律が分かれる

 出発点は、持ち出したのが情報そのものなのか、それとも紙や記録媒体という「物」なのかという区別です。刑法の横領罪や窃盗罪は「物」を対象とする犯罪であり、情報それ自体はここでいう「物」に当たらないと考えられています。データだけを複製した場合に横領罪や窃盗罪で捉えきれない部分が出てくるのは、このためです。

 その空白を埋めるかたちで置かれているのが、不正競争防止法の営業秘密侵害罪です。整理すると次のようになります。

持ち出したもの典型的な行為主に問題になる法律
データのみ自分宛てのメール送信、クラウドへの保存、画面の撮影不正競争防止法
紙・記録媒体・貸与端末書類の持ち帰り、私物USBへの複製、返却しないまま退職刑法と不正競争防止法の双方
個人情報を含む名簿顧客名簿を第三者に渡す、名簿を売却する個人情報保護法も加わる


 なお、この表は「どれか一つに決まる」という意味ではありません。同じ行為に複数の条文が同時に当てはまることがあり、その点は後半で改めて触れます。

営業秘密侵害罪はどこで成立するのか


「営業秘密」に当たるかどうかが最初の関門

 不正競争防止法2条6項は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しています。ここから、秘密管理性・有用性・非公知性の3つが必要とされています。

 実務で争点になりやすいのは秘密管理性です。経済産業省の営業秘密管理指針では、会社が秘密として扱う意思を従業員に対して示し、従業員がその情報を秘密だと認識できる状態にあったかどうかという観点から判断されると整理されています。社内の共有フォルダに誰でも入れた、マル秘表示もアクセス制限もなかったといった事情は、この点に関わってきます。会社が「重要な情報だ」と考えていたことと、法律上の営業秘密に当たることは、同じではありません。

21条1項と2項は立場によって分かれている

 罰則の中心は21条です。条文は、営業秘密を会社から示されていない者の行為と、示された役員・従業員の行為とを分けて定めています。

条文想定されている立場典型的な行為
21条1項営業秘密を示されていない者不正アクセスや持ち出しにより取得する、取得した秘密を使う・渡す
21条2項営業秘密を示された役員・従業員および元従業員管理の任務に背いて領得する、領得した秘密を使う・渡す


 従業員や元従業員が問題になる場面の多くは、21条2項です。法定刑はいずれも10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金、またはその併科とされています。日本国外で使用する目的があった場合などは、罰金の上限が3000万円まで引き上げられます。

「領得」とされる3つの方法

 21条2項1号は、営業秘密を領得する方法として次の3つを挙げています。

  1. 営業秘密が記載・記録された文書や記録媒体、営業秘密が化体された物件を横領すること。
  2. その記載や記録について複製を作成すること。
  3. 消去すべき記載や記録を消去せず、消去したように仮装すること。


 注目したいのは2番目です。原本を持ち去らなくても、複製を作った時点で「領得」に当たり得るという構造になっています。警察庁が公表した令和7年の検挙事例でも、業務用パソコンから自分のメールアドレスにファイルを添付送信した行為、複合機で紙に印刷した行為、画面の情報を自分の携帯電話に入力した行為が、いずれも複製の作成による領得として扱われています。「持ち出し」という言葉から想像される、物を運び出す場面に限られないという点は、認識しておいたほうがよいところです。

 1番目に「横領」という言葉が使われている点も、混乱のもとになりがちです。これは刑法の横領罪そのものではなく、不正競争防止法の中で領得の方法の一つとして書かれているものです。

目的がなければ成立しない

 21条の各号には、いずれも不正の利益を得る目的、またはその営業秘密保有者に損害を加える目的という要件が置かれています。図利加害目的と呼ばれるものです。

 したがって、在宅勤務のために業務ファイルを自宅の端末へ移した、引継ぎ資料を整理するために手元に控えを残した、といった場面がすべて同じ評価になるわけではありません。もっとも、目的は本人の説明だけで決まるものではなく、持ち出した情報の種類と量、時期が退職や転職と重なっていないか、転職先が同業かどうか、といった外形的な事情から推認されます。「使うつもりはなかった」という説明だけでは足りないことが多いのは、この推認の構造によります。

横領・窃盗・背任との違い


情報そのものは「物」ではない

 刑法252条の横領罪、253条の業務上横領罪、235条の窃盗罪は、いずれも「物」を対象とします。データを複製しても会社のサーバー上の元データは減らないため、情報だけを取り出した行為をこれらの罪で捉えるには限界があります。

 一方で、社外に持ち出した紙の資料、会社が支給したUSBメモリやパソコン、その他の備品は「物」ですから、こちらは刑法の財産犯の問題として残ります。複写するために社外へ持ち出し、後で戻した場合であっても、その物についての領得の意思があったと評価されることがあります。

横領と窃盗を分けるのは占有

 同じ「会社の物を持ち出した」でも、その物を自分が業務上預かって管理していた場合は横領罪・業務上横領罪の問題となり、他の人が管理している物を持ち出した場合は窃盗罪の問題になります。分かれ目は、誰がその物を事実上支配していたかという点です。

背任は財産上の損害が要件

 背任罪は、他人のためにその事務を処理する者が、任務に背く行為をして本人に財産上の損害を加えたときに成立します。情報の持ち出しに伴って会社に具体的な損害が生じたと構成できる場合に、選択肢として出てくる罪名です。

罪名条文法定刑公訴時効
営業秘密侵害罪不正競争防止法21条1項・2項10年以下の拘禁刑または2000万円以下の罰金(併科あり)7年
業務上横領罪刑法253条10年以下の拘禁刑7年
横領罪刑法252条5年以下の拘禁刑5年
窃盗罪刑法235条10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金7年
背任罪刑法247条5年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金5年
個人情報データベース等不正提供等罪個人情報保護法179条1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金3年


 公訴時効は法定刑を基準に定まるもので、実際の起算点は行為の終了時点をどう捉えるかによって動きます。表の年数は目安として見てください。なお、刑名は2025年6月1日に施行された改正刑法により、懲役と禁錮が拘禁刑に一本化されています。

一つの行為に複数の罪が重なることがある

 不正競争防止法21条12項は、同条の規定が刑法その他の罰則の適用を妨げない旨を定めています。営業秘密侵害罪と刑法の財産犯は、どちらか一方を選ぶという関係ではありません。

 このほか、次のような条文が同時に問題になることがあります。

  • 個人情報保護法179条。個人情報取扱事業者やその従業者、これらであった者が、業務に関して取り扱った個人情報データベース等を、自己または第三者の不正な利益を図る目的で提供・盗用した場合の規定です。営業秘密に当たるかどうかを問わない点が、不正競争防止法との違いです。
  • 不正アクセス禁止法。退職後に元の勤務先のIDでログインした場合など、アクセス権限が失われた後の行為が対象になり得ます。
  • 刑法の私電磁的記録不正作出罪や電子計算機損壊等業務妨害罪。データの改変や消去を伴う場合に問題になることがあります。


 会社の説明が「営業秘密侵害」だけを指していても、捜査の過程で別の罪名が加わることはあります。逆に、営業秘密に当たらないという結論になっても、別の条文が残る場合があります。

手続の面で押さえておきたい3点


告訴がなくても手続は進み得る

 不正競争防止法21条7項が親告罪としているのは秘密保持命令違反の罪であり、営業秘密侵害罪は親告罪とされていません。会社が告訴を取り下げれば手続が当然に終わる、という関係にはならないということです。もっとも、被害の回復や会社との合意が処分の判断に影響しないという意味ではありません。

未遂が処罰される範囲は一律ではない

 21条6項は未遂を罰すると定めていますが、その対象から2項1号が除かれています。条文の上では、従業員による領得行為そのものには未遂処罰の規定が置かれていないという整理になります。細かい点ですが、実行に着手したかどうかが争われる場面では意味を持ちます。

没収・追徴の定めがある

 21条13項から15項には、犯罪行為により得た財産などの没収と、没収できない場合の追徴について定めがあります。情報の対価を受け取っていた事案では、この点も検討の対象になります。

数字で見る営業秘密侵害事犯

 警察庁が2026年3月に公表した「令和7年における生活経済事犯の検挙状況等について」によると、営業秘密侵害事犯の検挙状況は次のとおりです。

検挙事件数警察への相談受理件数
令和5年26件78件
令和6年22件79件
令和7年38件74件


 令和7年の検挙事件数は前年より16件、率にして72.7パーセント増えており、この10年の中では最多となっています。検挙人員は64人でした。同資料は、転職や独立の時期に営業秘密に関する情報を持ち出す事犯が多いこと、各都道府県警察に営業秘密保護対策官が指定されていることにも触れています。件数そのものは他の類型と比べて多くありませんが、相談が持ち込まれた場合に事件として扱われる流れは、以前より整えられていると見ておいたほうがよいでしょう。

指摘を受けた段階で、先に控えたほうがよいこと


  1. 端末やクラウド上のデータを消す、初期化する。復元や送受信ログから経緯が判明することが多く、消去した事実自体が説明を難しくします。
  2. 返却や削除を求められた後に、別の場所へ複製を残す。
  3. 転職先の業務で使う、同僚に転送する。使用や開示は、領得とは別の行為として評価されます。
  4. 事実関係を確認しないまま、誓約書や損害賠償の合意書に署名する。
  5. 記憶だけで社内ヒアリングに答える。日時やファイル名は記録に残っており、後から食い違いが生じることがあります。


 反対に、早い段階で整理しておくと役に立つのは次のような事項です。

  • いつ、どのファイルを、どの手段で、どこへ移したか。
  • その情報にアクセス制限やマル秘表示があったかどうか。
  • 持ち出しの目的と、その裏づけになる事情。
  • 返却や削除を行ったかどうか、行ったのはいつか。
  • 会社から受け取った書面。誓約書、通知書、懲戒に関する文書などです。


刑事以外に生じる責任

 同じ行為から、刑事とは別の責任が並行して発生します。

 民事では、会社は不正競争防止法3条に基づく差止請求、4条に基づく損害賠償請求を検討します。5条には損害額の推定に関する規定があり、2024年4月1日に施行された改正では、技術上の秘密の使用等に関する推定規定の対象が広げられました。立証の負担が会社側で軽くなる方向の改正です。

 労務面では、就業規則に基づく懲戒処分や退職金の取扱いが問題になります。退職時の秘密保持誓約書や競業避止義務の合意がある場合には、その有効性と範囲も検討されます。

 転職先との関係も無視できません。不正競争防止法には両罰規定があり、持ち込まれた情報を業務で使った企業やその役職員が対象となることもあります。持ち出した本人だけの問題として収まらない場合がある、ということです。

まとめ


  • データだけを取り出した行為は、刑法の横領罪・窃盗罪では捉えきれない部分があり、不正競争防止法の営業秘密侵害罪が中心になります。
  • 紙や記録媒体、貸与端末という「物」を持ち出した場合は、刑法の財産犯も併せて問題になります。
  • 営業秘密に当たるかどうかは、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件で判断され、争点になりやすいのは秘密管理性です。
  • 21条2項1号は、原本を持ち去らなくても複製の作成を領得として扱う構造になっています。
  • 21条各号には図利加害目的の要件があり、目的は外形的な事情から推認されます。
  • 営業秘密侵害罪は親告罪ではなく、没収・追徴の定めも置かれています。
  • 個人情報保護法や不正アクセス禁止法など、別の条文が重なることがあります。
  • 民事責任、懲戒、転職先への影響が並行して進むため、刑事だけを見て判断すると全体像を見誤ります。


 会社から指摘を受けた段階では、何がどこまで把握されているのかが本人には見えていないことがほとんどです。手元の記録を消したり、その場で求められるまま書面に署名したりする前に、事実関係を時系列で整理し、どの法律の問題として扱われているのかを確認するところから始めることをおすすめします。

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若井亮
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若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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