実名報道は避けられるのか|報道の判断と弁護人ができること
散歩中に通行人へ飛びかかった、来客に向かってかみついた——。飼い犬による咬傷事故は、環境省の統計では令和4年度に全国で4,923件が報告されています。かんだ犬4,944頭のうち野犬は52頭にとどまり、残りはいずれも飼い主のいる犬でした。特別な犬だけに起きる出来事ではない、ということがうかがえます。
そして事故が起きたとき、飼い主の側には、被害者への対応とは別に、時間の区切りが定められた行政上の手続と、刑事・民事の責任の検討が同時に立ち上がります。ここでは東京都の条例を軸に、飼い主が実際に何を求められ、どの部分が「過失」の評価に結びついていくのかを整理します。
事故の直後から、二つの期限が動き始めている
「犬 噛んだ 飼い主 罪」という言葉で調べる方の多くは、まず罪名を知りたいと考えます。ただ、実務の順序としては、罪名の検討より先に動き出しているものがあります。東京都動物の愛護及び管理に関する条例が定める、24時間と48時間という二つの期限です。
同条例29条1項は、飼養または保管する動物が人の生命または身体に危害を加えたとき、飼い主に対し、適切な応急処置と新たな事故の発生を防止する措置をとることに加えて、その事故とその後の措置について、事故発生の時から24時間以内に知事へ届け出ることを求めています。同条2項は、犬が人をかんだ場合について、事故発生の時から48時間以内に、狂犬病の疑いの有無を獣医師に検診させることを求めています。
この二つは、被害者との話し合いが終わっているかどうかとは関係なく進みます。相手方が「大した傷ではないので届け出なくてよい」と言った場合でも、届出義務そのものが消えるわけではありません。
東京都では何を、いつまでにするのか
東京都の条例が飼い主に求めていることと、それに反した場合の定めを整理すると次のようになります。
| 求められていること | 期限 | 根拠(東京都の条例) | 定めに反した場合 |
|---|---|---|---|
| 応急処置と再発防止の措置、事故と措置の届出 | 事故発生の時から24時間以内 | 29条1項 | 拘留または科料(40条2号) |
| 狂犬病の疑いの有無についての獣医師の検診 | 事故発生の時から48時間以内 | 29条2項 | 5万円以下の罰金(39条2号) |
| 逸走させないための係留・囲いでの飼養 | 常時 | 9条1号 | 拘留または科料(40条1号) |
| 口輪の装着、施設内での飼養などの命令に従うこと | 命令が出たとき | 30条1号〜3号 | 5万円以下の罰金(39条3号) |
| 報告の提出、立入検査への対応 | 求められたとき | 31条1項 | 20万円以下の罰金(38条) |
なお、30条4号にもとづく殺処分の命令に従わなかった場合の定めは1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金で(37条)、令和6年東京都条例第139号により令和7年6月1日から拘禁刑の表記に改められています。また41条には両罰規定が置かれており、業務に関して違反行為があった場合には法人等も対象になり得ます。
条例上の義務は、刑法上の責任とは別の枠組みです。ただ、後で述べるとおり、届出や検診にどう対応したかは、事故後の対応として事実上参照される場面があります。
獣医師の検診は、一度で終わらないことが多い
48時間以内の検診というと1回で完了する手続と受け取られがちですが、実際の運用はそうではありません。東京都内の区市が案内している内容では、検診の回数は犬の状況によって分かれます。
犬が登録されていて、その年度の狂犬病予防注射も済んでおり、かんだ動機がはっきりしている場合は、事故発生から48時間以内と、1回目の検診から1週間後の計2回とされています。それ以外の場合は、48時間以内、1週間後、2週間後の計3回とされているのが一般的です。すべての検診が終わるまでは、正確な判断のために新たな狂犬病予防注射を受けさせないよう案内されています。
つまり、事故から1週間から2週間程度は、犬の側の手続が続いている状態になります。検診が終わると獣医師から証明書が発行され、これを窓口へ提示する流れです。被害者の方が狂犬病を心配されることは少なくないため、検診の予定と結果を早い段階で伝えられるようにしておくと、話し合いの土台が整いやすくなります。
届出先は「事故が起きた場所」で決まる
見落とされやすいのが、届出先の考え方です。届け出るのは飼い主の住所地ではなく、事故が起きた場所を管轄する窓口です。東京23区であれば発生場所の区の保健所、多摩地域であれば各市町の窓口が受け付けます。
このため、旅行先や出張先、実家に帰省した先で事故が起きた場合は、その土地の窓口を確認することになります。区によっては電子申請に対応していますが、窓口のみの受付としているところもあり、様式も自治体ごとに用意されています。
なお、八王子市は東京都の条例のうち9条・29条・30条などの適用が除外されており(条例35条)、八王子市動物の愛護及び管理に関する条例が適用されます。同市の条例17条にも24時間以内の届出と48時間以内の検診が定められており、内容は近いものの、届出先は市長です。犬同士の事故については届出を求めていない自治体もあります。
問われ得る罪名は一つではない
刑事の側に目を向けると、事故の中身によって想定される条文が分かれます。
| 条文 | 想定される場面 | 法定刑 | 告訴 | 公訴時効 |
|---|---|---|---|---|
| 傷害罪(刑法204条) | 人に向けて犬をけしかけるなど、故意があると評価される場合 | 15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 | 不要 | 10年 |
| 重過失致傷罪(刑法211条後段) | 注意義務違反の程度が大きいと評価される場合 | 5年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金 | 不要 | 5年 |
| 過失傷害罪(刑法209条1項) | 通常の注意義務違反にとどまると評価される場合 | 30万円以下の罰金または科料 | 必要 | 3年 |
| 軽犯罪法1条12号 | 人畜に害を加える性癖が明らかな犬を正当な理由なく解放し、または監守を怠って逃がした場合 | 拘留または科料 | 不要 | 3年 |
| 軽犯罪法1条30号 | 人畜に対して犬をけしかけた場合 | 拘留または科料 | 不要 | 3年 |
軽犯罪法の二つは、けがという結果が生じていない場面も対象になり得る点で、他と性格が異なります。同法4条には、本来の目的を逸脱して濫用してはならない旨の留意規定が置かれています。
人が亡くなった場合には、過失致死罪(刑法210条)や重過失致死罪(211条後段)が問題になり、時効の年数も変わります。
過失傷害と重過失致傷を分けているもの
飼い主にとって差が大きいのは、過失傷害罪と重過失致傷罪の境目です。法定刑の幅も、告訴が必要かどうかも異なります。
裁判例では、犬舎から逃走した土佐犬が3歳の幼児の頭部などにかみつき、全治約1か月の頭部陥没骨折などを負わせた事案について、重過失傷害罪の成立が認められています(東京高裁平成12年6月13日判決)。山梨県で土佐犬の首輪が外れて高齢の方の首にかみつき、亡くなられた事案では、甲府地裁平成25年3月7日判決が禁錮1年2月の実刑を言い渡したと報じられています。
一方で、平成24年に代々木公園でリードを付けずに散歩していた犬がジョギング中の方にかみついた事案では、拘禁刑8か月・執行猶予3年という結論に至ったとされ、否認していたために2か月ほど身柄が拘束されたとも伝えられています。
これらから読み取れるのは、犬種や被害の大きさだけで決まるのではなく、危険が予測できた状況だったか、その状況に対してどのような対処をしていたか、という点が重く見られている、ということです。過去に人に向かっていったことがある、囲いや金具の傷みに気づいていた、制御が難しい場所で綱を外していた——こうした事情が積み重なるほど、注意義務違反の程度が大きいという方向の評価に傾きやすくなります。
立場によって適用される条文が変わることがある
犬を扱う立場によって、条文の枠組みが変わることもあります。管理していたグレートデン種2頭が9歳の女児に襲いかかってけがをさせた事案では、被告人が飼育訓練係であったと認定され、「業務」にあたるとして業務上過失傷害罪(刑法211条前段)の成立が認められました(東京高裁昭和34年12月17日判決)。
家庭で犬を飼っている方がただちにこの枠に入るわけではありません。ただ、預かりや訓練、施設での飼育など、反復して犬を扱う立場にある場合には、家庭での飼育とは違う条文が検討されることがある、という理解は持っておいてよいと思います。
民事の面でも、民法718条2項は、占有者に代わって動物を管理する者も同じ責任を負うと定めています。散歩を頼まれた方や一時的に預かった方も、責任を問われる側になり得ます。
「告訴がなければ」という条件の意味
刑法209条2項は、過失傷害罪について、告訴がなければ公訴を提起することができないと定めています。いわゆる親告罪です。そして刑事訴訟法235条1項は、親告罪の告訴は犯人を知った日から6か月を経過するとできない、としています。初日は算入されません(同法55条)。
ここで注意したいのは、この条件が働くのは過失傷害罪の枠にとどまる場合だという点です。重過失致傷罪と評価されれば、告訴の有無にかかわらず手続は進み得ます。
つまり、「告訴されていないから終わった」という理解は、事案の見立てを一つに固定した上での話になります。また、被害者の方との話し合いは、告訴の期間だけを目安に組み立てられるものでもありません。治療が続いている段階で金額の話を急ぐと、後日の追加請求をめぐって話が戻ることがあります。傷の状態が落ち着く時期と、手続の期限との両方を見ながら進めることになります。
かんでいない場合でも責任が生じることがある
咬傷事故として意識されにくいのが、直接かんでいない場面です。
首輪の鎖を外された犬が道路に飛び出し、自転車に乗っていた7歳の男児に3〜4メートルほどまで近づいたところ、男児が驚いてバランスを崩し、護岸壁から川に転落して左目を失明したという事案で、最高裁は動物の占有者の責任を認めています(最高裁昭和58年4月1日判決)。犬は体長40センチメートルほどの小型の犬でした。
散歩中の犬が歩行者の背後から一声吠え、驚いた歩行者が路上に転倒して負傷した事案でも、責任が認められています(横浜地裁平成13年1月23日判決)。この事案では、被害者の身体的特徴が損害の拡大に影響したとして2割の過失相殺が行われた上で、総額438万円の賠償が命じられました。
「歯が当たっていないから問題にならない」とは言い切れない、ということです。
民事の責任は刑事とは別に判断される
民法718条1項は、動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負うとした上で、動物の種類および性質に従い相当の注意をもって管理したときは責任を負わない、と定めています。一般の不法行為とは違い、飼い主の側が「相当の注意」をしていたことを説明する構造になっています。
その「相当の注意」について、最高裁は、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものではない、という考え方を示しています(最高裁昭和37年2月1日判決)。もっとも、実際に免責が認められた例は多くありません。数少ない例としては、袋小路に面した玄関先の支柱につないでいた犬が、保護者が目を離した隙に近づいた2歳弱の子の耳をかんだ事案で、通常は人がかまれることが考えられない異常な事故だとして免責を認めたものがあります(大阪地裁昭和45年5月13日判決)。
賠償の中身は、治療費や通院交通費、休業損害、慰謝料などです。犬にかまれたことでPTSDを発症したと認められた事案で、逸失利益569万円、通院慰謝料150万円などを含む総額789万円の支払いが命じられた例もあります(名古屋地裁平成14年9月11日判決)。個人賠償責任保険やペット保険の特約で対応できる場合があるため、加入内容の確認は早めに行っておくとよいでしょう。
被害者側の事情が考慮された例もある
飼い主の責任が認められる場合でも、被害者の側の行動が考慮されることがあります。
かむ癖のある犬に遮蔽などの措置を講じなかった飼い主と、かむ癖を知りながら近づいた小学生について、双方の過失を5対5と評価した例があります(広島高裁松江支部平成15年10月24日判決)。また、リードを離した被告に相当の注意を怠った点を認めつつ、公衆が通りかかる可能性のある広場でリードを放して遊ばせていた原告側にも注意義務違反があるとして、原告に6割の過失を認めた例もあります(東京地裁平成18年11月27日判決)。
場所の性質が考慮された例もあります。ドッグランのフリー広場の中央付近を、後ろを振り返りながら小走りで突っ切った方が犬と衝突して転倒した事案で、裁判所は、そうした人が現れる事態を予見して飼い犬を監視・制御すべきであったとはいえないとして、飼い主の責任を否定しました(東京地裁平成19年3月30日判決)。犬が引き綱から解き放たれて自由に走り回っていることを前提に行動すべき場所である、という理由づけです。
こうした事情は、こちらから強く主張するというより、事実関係を正確に記録しておくことで初めて検討の対象になります。
一度人をかんだ犬は、その後の扱いが変わる
見落とされやすい点として、東京都の条例10条は、人の生命または身体に危害を加えたことのある犬を「特定動物等」の一つとして扱い、その飼い主に対して、行動に常に注意を払うことと定期的に施設等を点検すること、地震や火災といった非常災害時に逸走させないための対策を講じておくことを求めています。
つまり、事故が一度起きた後は、同じ飼い方を続けていること自体が、以前とは違う意味を持つようになります。10条そのものに罰則は置かれていませんが、条例30条にもとづく措置命令の背景事情になり得ます。措置命令の内容には、施設の設置・改善、施設内での飼養、口輪の装着、殺処分などが挙げられており、命じられた措置を行わなかった場合には罰則の定めがあります。
再発防止のための具体的な変更——係留方法の見直し、来客時の隔離の手順、散歩の時間帯やルートの調整、しつけ教室や専門家への相談——は、犬と周囲の安全のために意味があるだけでなく、事故後の対応として説明できる材料にもなります。
登録と予防注射が別に問われる場面
咬傷事故をきっかけに、犬の登録や狂犬病予防注射の状況が確認されることになります。
狂犬病予防法4条は、犬を取得した日(生後90日以内の犬を取得した場合は生後90日を経過した日)から30日以内に市町村長へ登録を申請し、交付された鑑札を犬に着けておくことを求めています。同法5条は、毎年1回の狂犬病予防注射と注射済票の装着を求めています。これらに反した場合の定めは20万円以下の罰金です(同法27条1号・2号)。
先に述べたとおり、登録と予防注射の有無は、事故後の検診回数にも関わってきます。事故そのものとは別の話に見えて、実際には同じ場面で確認される事柄です。
事故の直後にしておきたいこと
初動でしておくと、その後の話し合いや手続が進めやすくなることを挙げます。
・けがの手当てを最優先にし、医療機関の受診をご案内する
・犬を落ち着かせて隔離し、その場での再発を防ぐ
・24時間以内の届出と48時間以内の検診の段取りを確認する
・連絡先を交わし、その日のうちに経緯を書き留めておく
・現場の状況(場所、リードや首輪の状態、周囲の人や物)を写真に残す
・治療の経過について、後日に領収書や診断書を見せていただけるようお願いしておく
その場で金額を決めたり、書面に署名したりする前に、いったん持ち帰って検討する余地を残しておくことをおすすめします。傷の程度は数日たってから変わることがあり、早い段階で決めた内容が後で見直しの対象になる場合があるためです。
説明を求められたときに気をつけたいこと
警察や行政の窓口から事情を聞かれることがあります。東京都の条例31条2項は、立入調査の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定めており、行政の調査と捜査は本来別のものです。もっとも、話した内容が事実関係の整理に使われることに変わりはありません。
・記憶があいまいな部分は、あいまいなまま伝える
・「いつもは大丈夫だった」といった一般論より、その日の具体的な経過を話す
・過去の出来事について、確認できていないことを推測で補わない
・書面に署名を求められたときは、内容を読み、違うと感じた箇所は訂正を申し出る
・被害者の方への謝罪と、法的な責任の範囲の話は、切り分けて考える
謝罪をためらう必要はありませんが、賠償の範囲や金額に関わる部分は、事実関係と治療の見通しが定まってから詰めるほうが、双方にとって落ち着いた結論になりやすいと考えています。
Q&A|よく寄せられるご質問
Q.被害者の方から「届け出なくていい」と言われました。それでも届出は必要でしょうか。
A.条例上の届出義務は、被害者の方の意向によって左右されるものではありません。届出をせず、または虚偽の届出をした場合について、東京都の条例は拘留または科料の定めを置いています(40条2号)。届け出ることが話し合いを難しくするとは限らず、むしろ検診の結果を伝えられるようになる分、狂犬病への不安に応えやすくなる面もあります。
Q.示談ができれば、刑事の手続は終わりますか。
A.過失傷害罪の枠にとどまる場合、告訴がなければ起訴されないという条件が働きます(刑法209条2項)。ただし、重過失致傷罪と評価される事案では告訴の有無にかかわらず手続が進み得ます。示談は処分の判断で考慮される事情の一つですが、それだけで結論が決まるわけではありません。
Q.犬が殺処分されることはあるのでしょうか。
A.東京都の条例30条は、措置命令の内容の一つとして殺処分を挙げています。ただし、同条には施設の設置・改善、施設内での飼養、口輪の装着といった段階の異なる措置も並べられており、事故の状況や再発防止の取り組みを踏まえて判断されます。事故後にどのような管理の変更を行ったかを具体的に説明できるようにしておくことには意味があります。
まとめ
飼い犬が人をかんだ場面について、押さえておきたい点を整理します。
・東京都では、事故発生の時から24時間以内の届出と48時間以内の獣医師の検診が定められている(条例29条)
・検診は登録・予防注射の状況などによって2回または3回に分かれ、1〜2週間程度続くことがある
・届出先は住所地ではなく、事故が起きた場所を管轄する窓口である
・刑事では、故意の有無と注意義務違反の程度によって、傷害罪・重過失致傷罪・過失傷害罪などに分かれる
・過失傷害罪は告訴がなければ起訴されないが、重過失致傷罪と評価されればその条件は働かない
・民事では民法718条により、飼い主の側が相当の注意をしていたことを説明する構造になっている
・直接かんでいなくても、驚かせて転倒させた場合などに責任が認められた例がある
・一度人に危害を加えた犬は、条例10条により、その後の管理に関する定めの対象になる
事故の直後は、被害者の方への対応と行政の手続、そして刑事・民事の見通しが同時に押し寄せる時期です。何から手をつければよいか判断しにくいときは、経緯を書き留めた上で、早い段階で弁護士にご相談ください。事実関係の整理と、被害者の方との話し合いの進め方について、状況に応じた見通しをお伝えします。


