相手がまだ通院している|傷害事件で示談を申し入れる時期の決め方

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

相手の方がまだ病院に通っている。治療がいつ終わるのか分からない。この状態で示談の話を切り出してよいのか、それとも治り切るのを待った方がよいのか。傷害事件のご相談では、この迷いがよく出てきます。

金額を出すには治療が終わるのを待つ必要がある一方で、警察や検察の手続はそれを待たずに進みます。かみ合わない二つの流れの間に立たされることが、この場面の難しさです。

この記事では、示談金の相場や示談書の書き方ではなく、「いつ動くかをどう決めるか」という一点に絞って整理します。

この記事で想定している場面


この記事は、次のような状況を想定しています。

・けがをさせた側(被疑者・被告人)とそのご家族
・相手方が通院を続けていて、治療の終わりが見えていない
・逮捕・勾留されている場合と、在宅で捜査を受けている場合の両方

事実関係そのものを争う事案は、示談の位置づけ自体が変わります。ここでは、けがをさせたこと自体は認めている場面を前提にしています。

手続の時計と、治療の時計は別々に動いている


刑事手続には、法律で決められた区切りがあります。逮捕された場合、警察の段階では48時間以内(刑事訴訟法203条)、検察官の段階では24時間以内かつ逮捕から72時間以内(同205条)に身柄の扱いが判断されます。勾留されると原則10日、延長されるとさらに最大10日(同208条)で、この期間のうちに起訴・不起訴が決まることが多くあります。

在宅で捜査を受けている場合、法律上の期限はありません。ただし期限がないということは、いつ判断されるかがこちら側からは見えにくいということでもあります。

一方、賠償すべき金額は、治療が続いている間は積み上がっていきます。治療費、通院にかかった交通費、仕事を休んだ分、痛みや不安に対する賠償。いずれも「どれだけ続いたか」で変わるものです。

つまり、金額が固まる時期は相手方の身体の状態で決まり、処分が決まる時期は手続の側で決まります。この二つが同じ時期に来るとは限りません。

 手続の時計治療の時計
進み方を決めるもの捜査機関や裁判所の判断相手方の身体の状態と主治医の判断
区切りになるもの203条・205条・208条の期間、処分の決定、公判期日通院の終了、症状の落ち着き
加害者側で早めたり遅らせたりできるかできないできないし、働きかけるべきものでもない


「示談」を三つの作業に分けて考える


「示談のタイミング」と一言で言うとき、実際には性質の違う三つの作業が混ざっています。分けてみると、待つ必要があるものと、待つ必要がないものがはっきりします。

作業内容通院が続いている段階でできるか
申し入れ謝罪と賠償の意思を伝え、話し合いの窓口をつくるできる
金額の確定治療費・休業分・慰謝料などを積み上げて金額を決める途中の段階では難しい
書面の締結条件を書面にして署名押印する内容の組み立て方による


治療の終了を待つ必要があるのは、主に二つ目です。ところが実際には、金額が出せないという理由で一つ目まで止めてしまい、相手方から見ると「何も言ってこないまま時間が過ぎている」という状態になることがあります。

申し入れの時期は、治療の進み具合では決まらない


検察官が起訴するかどうかを決めるとき、示談や被害弁償は、刑事訴訟法248条が挙げる「犯罪後の情況」などの事情の一つとして見られる材料になります。その判断の時期は、相手方の治療がいつ終わるかとは連動していません。

もう一つ、相手方の側にも考える時間が要ります。申し入れが処分の直前に届けば、相手方は迷ったまま返事を求められることになります。早めに窓口だけでも開いておくことの意味は、こちらの都合を通すためではなく、相手方に判断のための時間を渡すところにあります。

なお、申し入れをしたからといって話し合いが始まるとは限りません。示談は民法695条の和解にあたる合意で、相手方が応じるかどうかは相手方が決めることです。こちらの側で決められるのは、いつ申し入れるかまでです。

「今は考えられない」と言われた場合


通院中の相手方が話し合いに応じないとき、それは条件が不服だからとは限りません。痛みが続いている、仕事に戻れていない、先の見通しが立たない。この段階でお金の話をされても答えようがない、という状況は現実にあります。

断られたのではなく、時期の問題であることも少なくありません。返事を急がせない、期限を切らない、窓口は開けたままにしておく。この三つを守るだけで、後の段階で話し合いが動くことがあります。

相手方の連絡先を知らない場合、捜査機関を通じて、弁護人に限って教えてもらう扱いが取られることがあります。この点は連絡経路の問題として、別の記事で扱います。

通院が続いている間は、金額の上限が見えない


治療費は実際にかかった分が積み上がります。仕事を休んだ分は休んだ日数で変わります。精神的な苦痛に対する賠償も、入院や通院がどれだけ続いたかが一つの手がかりにされます。したがって、治療の途中では総額の見当がつきにくくなります。

ここで「症状固定」という言葉を耳にすることがあります。これ以上治療を続けても症状の改善が見込まれない状態を指す言い方で、交通事故の損害賠償の実務で使われてきた区切りです。刑事の傷害事件について、法律がこの区切りを処分の基準として定めているわけではありません。相手方の治療がこの段階に至っているかどうかは、金額を詰める場面での目安にはなりますが、刑事手続の側の時期を決めるものではない、という整理になります。

通院が続いている段階で取り得る三つの形


金額が固まらないまま何もしないか、無理に一括で決めてしまうか。この二択に見えてしまいがちですが、実際には間の形があります。相手方の意向によって選べるかどうかが変わるため、どれが適しているかは事案ごとに異なります。

治療費の実費を先に支払い、最終的な清算は後日にする


かかった治療費や通院交通費を、領収書に基づいてその都度お支払いし、慰謝料を含む最終的な精算は治療が終わってから改めて行う形です。相手方の負担がすぐに軽くなること、こちらの姿勢が具体的な形で伝わることが利点です。一方で、支払いがいったん終わっても示談が成立したことにはならないため、それぞれの支払いが何に対するものかを書面で残しておく必要があります。

現時点で分かる範囲を一括で支払い、その先を留保する


現時点までに生じている損害について金額を決めて支払い、その後に生じ得る治療費や後遺症に関する部分は対象から外す、という形です。処分の時期が近い場合に検討されることがあります。ただし、どこまでを対象とし、どこから先を留保するのかを書面の上で明確にしておかないと、後から範囲の争いになります。

治療の終了を待って一度にまとめる


もっとも整理はしやすい形です。相手方が最後にまとめて話したいと考えている場合や、けがの程度が重く途中の見通しが立たない場合には、これを選ばざるを得ないこともあります。この場合、刑事手続の判断が示談より先に来る可能性を織り込んだうえで、その間に何を積み上げておくかを考えることになります。

「これで終わり」と書けば終わるとは限らない


治療の途中で示談をする場合、書面に「本件に関し、当事者間には他に何らの債権債務がないことを相互に確認する」といった清算の条項を入れることがあります。ただ、この条項がどこまで効くかについては、注意しておきたい判断があります。

最高裁判所昭和43年3月15日の判決は、損害の全体を正確に把握しにくい状況で、早い段階に少額の賠償金で満足する示談がされた場合について、示談によって放棄されたのは示談の当時に予想していた損害についての請求権だと解すべきだという考え方を示しています。当時予想できなかった後遺症などが後から出てきたときに、その分まで放棄したとは読まない、という趣旨です。

これは被害者の保護に関する判断ですが、加害者の側から見れば、治療の途中で結んだ示談は「これで完全に終わった」と言い切れない場合がある、ということでもあります。だからこそ、対象にする範囲と留保する範囲を書き分けておく意味があります。条項の具体的な作り方については、別の記事で扱います。

治療の終了を待つ間に、処分の時期が来そうなとき


示談が成立していない状態で処分の判断が近づくことがあります。このとき、「示談ができていない」ことと「何もしていない」ことは、記録の上では別の状態です。

・いつ、どのような内容で申し入れたか
・賠償の意思をどのように伝えたか
・実際に支払った治療費などがある場合、その内訳と時期
・相手方から返答があった場合、その内容

こうした経過は、弁護人を通じて捜査機関に伝えられる材料になります。また、相手方が受け取りに応じない場合には、民法494条の供託や、贖罪寄付といった手段が検討されることもあります。いずれも示談の代わりになるものではなく、評価のされ方も異なりますので、詳細は別の記事に譲ります。

処分が先に出た場合、その後の示談に意味はあるか


治療の終了を待っている間に処分が決まってしまうことはあります。その後に示談が成立した場合、意味がなくなるわけではありませんが、意味の中身は変わります。

起訴された後については、検察官は第一審の判決があるまで公訴を取り消すことができるとされています(刑事訴訟法257条)。ただし、これは検察官の判断によるもので、示談が成立すれば取り消されるという仕組みではありません。現実には、量刑の判断や保釈の判断の場面で示談の内容が見られることになります。起訴猶予という形の処分は、この段階では戻ってきません。

略式命令を受けた後については、告知を受けた日から14日以内であれば正式裁判の請求ができます(同465条1項)。もっともこれは内容を争うための手続で、示談ができたから使うというものではありません。

また、刑事の手続がどう終わっても、民事の損害賠償の問題は別に残ります。人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から5年で時効にかかるとされています(民法724条の2)。相手方の治療が長引いている場合、刑事が先に終わって民事が後から来る、という順序になることもあります。

時期を決める前に確かめておきたいこと


時期の判断に入る前に、次の点を整理しておくと考えやすくなります。

・身柄を拘束されているのか、在宅で捜査を受けているのか
・事件が検察官に送られているのか、まだ警察の段階なのか
・相手方の通院がどのくらい続く見込みか、分かる範囲で把握できているか
・相手方への連絡経路が確保されているか
・支払いに充てられる原資が、いつ、どのくらい用意できるか

この五つが分かると、待てる時間と待てない時間の境目が見えてきます。逆に、これらが分からないまま「早く示談を」とだけ考えると、金額や条件の面で無理のある動き方になりやすくなります。

この場面で避けたい進め方


次のような行動は、ご自身の立場を悪くする方向に働きやすいものです。

・相手方に直接連絡を取る。通院中は特に、連絡そのものが負担と受け取られやすくなります
・通院の回数を減らすよう、あるいは治療を切り上げるよう働きかける。金額を抑える目的と受け取られれば、それまでの経過も含めて評価が変わります
・病院に直接問い合わせて治療の内容を確かめようとする。医療機関が第三者に回答することは通常ありません
・話し合いが始まる前に、こちらから金額だけを先に口にする
・空欄のある書面や、内容を確かめないままの書面に署名押印する

よくあるご質問


治療の終了を待った方が、支払う金額は少なく済みますか


一概には言えません。治療が長引けば積み上がる項目もありますし、待っている間に処分が決まってしまえば、示談が刑事手続の中で果たす役割は小さくなります。金額の面だけを見て時期を決めるより、手続がどの段階にあるかと合わせて考えることになります。

通院が長引いているように見えるのですが、どう考えればよいですか


治療の必要性は主治医が判断するもので、加害者側が意見を述べる立場にはありません。金額を詰める段階で、実際にかかった費用や通院の実績を資料に基づいて確認していくことになります。この確認と、通院そのものへの疑いを口にすることは、別のことだとお考えください。

治療費の一部だけを先に支払ったことは、評価されますか


示談が成立した場合と同じ扱いになるわけではありません。ただ、被害の回復に向けて実際に動いた事実として、記録に残す意味はあります。その際、何に対する支払いなのかを明らかにしておくことが大切です。

まとめ


相手方が通院を続けている場面では、次の点が整理の出発点になります。

・手続の時計と治療の時計は別々に動いていて、同じ時期に区切りが来るとは限りません
・「示談のタイミング」は、申し入れ・金額の確定・書面の締結の三つに分けて考えられます
・治療の終了を待つ必要があるのは主に金額の確定で、申し入れまで止める必要はありません
・通院中の相手方が応じないのは、条件の問題ではなく時期の問題であることがあります
・実費を先に支払う形、範囲を区切って留保する形、終了を待つ形という選択肢があります
・治療の途中で結んだ示談は、清算の条項があっても射程が及ばない部分が残ることがあります
・示談が成立していなくても、申し入れや支払いの経過は記録として残せます

待つことにも動くことにも理由があります。どちらが適しているかは、けがの状況と手続の段階の両方を見なければ決まりません。判断に迷われている段階でも、現在地を整理するところからご相談いただけます。

当事務所では、刑事事件に関する無料相談を承っています。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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