発覚後の税務・退職金・失業給付|見落とされがちな金銭の後始末
突き飛ばしただけのつもりだった。相手は後ろ向きに倒れ、頭を打ち、そのまま帰らぬ人になった——。刑事事件のご相談のなかには、こうした経緯で捜査を受けている方や、そのご家族からのものがあります。手を出した事実そのものは動かせない。けれども、殴ったわけでも、凶器を使ったわけでもない。それなのに、結果は人の死という取り返しのつかないものになっている。ここで問われるのは、行為の重さと結果の重さが釣り合わないときに、法律がその落差をどのように扱うのか、という問題です。この記事では、突き飛ばした結果として相手が亡くなった場面に絞り、どこで罪名が分かれ、手続がどう変わり、何を考えることになるのかを整理します。
突き飛ばす行為が死亡につながることがある理由
殴る行為と突き飛ばす行為には、力の伝わり方に違いがあります。殴打の場合、力は当たった一点に集中します。これに対して突き飛ばす行為は、相手の体勢を崩し、相手自身の体重と落下の勢いによって別の場所に力を発生させます。加えた力そのものは軽くても、その後に何が起きるかは、加えた側がコントロールできません。
とりわけ問題になりやすいのが、後方への転倒です。前に倒れる場合には手が出ますが、不意に後ろへ押されると受け身が取れず、後頭部が直接、路面や縁石、階段の角、店舗の什器などに当たることがあります。急性硬膜下血腫などの頭部の損傷は、外から見た傷が小さくても命に関わることがあり、その場では歩いて帰ったのに数時間後に容体が急変する、という経過をたどることもあります。
つまり、「そんなに強く押したわけではない」という感覚と、実際に生じた結果との間には、しばしば大きな開きが生まれます。この開きをどう評価するのかが、以下で見ていく論点の中心にあります。
まず押さえたい、罪名の見取り図
相手を突き飛ばして死亡させた場合に検討される罪名は、一つではありません。行為の時点で何を認識していたかによって、次のように分かれていきます。
| 検討される罪名 | 行為の時点での認識 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 殺人罪(刑法199条) | 死亡させることを意図していた、または死亡してもかまわないと考えていた場合 | 死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑 |
| 傷害致死罪(刑法205条) | 突き飛ばすという行為の認識はあったが、死亡までは考えていなかった場合 | 3年以上の有期拘禁刑(上限は20年) |
| 重過失致死罪(刑法211条後段) | 突き飛ばす意思はなかったが、注意の欠け方が著しいと評価される場合 | 5年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金 |
| 過失致死罪(刑法210条) | 突き飛ばす意思がなく、注意義務違反の程度も通常にとどまる場合 | 50万円以下の罰金 |
この表は、あくまで「何を認識していたか」という主観面による分かれ方です。これとは別に、突き飛ばした行為と死亡との間に法的なつながりが認められるか、という客観面の問題があり、そこが否定されれば結論はさらに変わります。順に見ていきます。
傷害致死罪は「死なせるつもり」を要件にしていない
刑法205条は「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する」と定めています。条文の文言には、死亡させる意思についての記載がありません。
傷害致死罪は、暴行または傷害という基本になる行為があり、そこから予定していなかった重い結果が生じた場合に、その重い結果を含めて処罰する類型です。判例上、傷害罪の成立には暴行の認識があれば足りるとされており、その延長として、暴行の認識があり、そこから死亡結果が生じたときに傷害致死罪が問題になります。
したがって、「殺すつもりはなかった」という説明は、殺人罪ではないことの根拠にはなり得ても、傷害致死罪を否定する根拠にはなりません。ここは、多くの方が最初に誤解される部分です。
なお、なぐるつもりもなかった、押すつもりもなかった、という場合には次の項で述べるとおり別の罪名の検討に移りますが、いったん相手に手を出した認識があるのであれば、出発点は205条になると考えておくのが実際的です。
第一の分かれ目——「突き飛ばした」といえるかどうか
日常の言葉では、幅のある動作がまとめて「突き飛ばした」と表現されます。しかし刑事手続では、その中身が問われます。
・相手の胸や肩を押して距離を取ろうとした
・つかみかかってきた腕を振り払った
・すれ違いざまに肩がぶつかった
・後ろから押されて、前にいた人を押す形になった
このうち、相手の身体に対して力を加えるという認識があったといえる場合には、暴行の故意が認められる方向に働きます。一方、そうした認識自体がなかったと評価される場合には、傷害致死罪ではなく、過失致死罪(刑法210条)や重過失致死罪(同211条後段)の枠組みで検討されることになります。
この違いは、法定刑だけでなく、手続の重さや期間にも及びます。公訴時効の期間を比べると、その差がはっきりします。
・傷害致死罪……20年(刑事訴訟法250条1項2号)
・重過失致死罪……10年(同条1項3号)
・過失致死罪……3年(同条2項6号)
同じ「相手が転倒して亡くなった」という出来事でも、行為の時点で何を認識していたかによって、20年と3年という開きが生じます。取調べで自分の動作をどう言葉にするかが、単なる表現の問題ではないのは、このためです。
第二の分かれ目——行為と死亡のつながり
暴行の認識があったとしても、それだけで傷害致死罪になるわけではありません。突き飛ばした行為と死亡結果との間に、法的な意味でのつながり(因果関係)が認められる必要があります。
もっとも、ここで多くの方が期待するほど、この要件は広く働きません。判例は、それ自体では通常なら人を死亡させないような程度の有形力であっても、傷害致死罪の基礎になり得るという立場を取ってきました。
最高裁昭和22年11月14日判決は、骨がもろく胸膜の癒着もあった高齢の被害者を突き倒して背中を蹴った事案について、他の原因が相まって結果が生じた場合でも、その行為は結果の発生に原因を与えたものというべきである、として傷害致死罪の成立を認めています。
また、最高裁昭和36年11月21日決定は、心臓に高度の病変のあった被害者の襟をつかんで首を締めつけ、突き飛ばして転倒させたところ、心筋梗塞により死亡したという事案について、上記の昭和22年の判例を引きながら因果関係を認めました。突き飛ばして転倒させるという行為が、そのまま問題になった事案です。
「打ちどころが悪かった」「持病があった」は結論をどう動かすか
ご相談で最も多く聞かれるのが、「たまたま打ちどころが悪かっただけだ」「相手に持病があったと後から聞いた」という言葉です。お気持ちとしては当然のものですが、法律上の扱いは、率直に申し上げて厳しいものになります。
最高裁昭和25年3月31日判決は、脳に高度の病変があった被害者の目のあたりを蹴ったところ、通常であれば10日ほどで治る程度の傷であったにもかかわらず被害者が死亡したという事案について、行為の当時にその特殊な事情があることを知らず、また予測もできなかったとしても、その行為がその特殊な事情と相まって死亡結果を生じさせた以上、因果関係は認められるとしました。
さらに、最高裁昭和46年6月17日判決(強盗致死の事案)は、この考え方を確認したうえで、被害者の重い心臓疾患という特殊な事情がなければ死亡結果は生じなかったであろうと認められ、行為者がその事情を知らず死亡結果を予見することもできなかったとしても、因果関係を認める余地があるとして、これを否定した原審の判断を破棄しています。
これらを整理すると、判例の考え方には二つの柱があります。一つは、行為それ自体に人を死亡させるだけの力がなくても、傷害致死罪の土台になり得るということ。もう一つは、被害者の側の事情を知らなかったこと、予見できなかったこと自体は、因果関係を否定する事情として扱われないということです。
「知らなかった」という事情は、どこで意味を持つのか
では、知らなかったという事情はどこにも反映されないのかというと、そうではありません。反映される場所が違う、というのが正確な理解です。
因果関係の判断では働かなくても、起訴・不起訴の判断(刑事訴訟法248条)や、量刑の判断では、次のような事情が検討の対象になります。
・加えた力の強さと、その場の状況
・相手の年齢や体格について、どこまで認識できる状況にあったか
・突き飛ばすに至った経緯や、相手方の言動
・倒れた後に取った行動
・遺族に対する対応
「軽く押しただけなのに罪が重いのは納得できない」という感覚を、因果関係の場面で主張し続けても、かみ合わないことが多くあります。そうではなく、量刑を判断する材料としてどう組み立てるか、というかたちに整理し直すことが、実務では意味を持ちます。
因果関係が問題になり得る場面
一方で、およそ争う余地がないというわけでもありません。次のような場面では、行為と死亡のつながりが個別に検討されることになります。
死因が別に見いだされる場合
転倒したこと自体ではなく、その前後に生じた別の原因で亡くなったと考えられる場合です。死亡した方については司法解剖などによって死因が調べられることが多く、その結果と、目撃状況や防犯カメラの映像との整合性が問題になります。
突き飛ばした相手以外の方が亡くなった場合
押した相手が別の人にぶつかり、その別の人が転倒して亡くなったという場合には、その方に対する有形力の行使があったといえるかという、別の問題が生じます。この点については裁判例の判断が分かれており、考え方が固まっているとはいえない領域です。
相手が逃げようとして転倒した場合
直接押したのではなく、相手が距離を取ろうとして走り出し、その途中で転倒したという経過です。学説にはこうした場合を区別すべきだという見解もありますが、裁判例には、逃走中の転倒による死亡について傷害致死罪の成立を認めたものがあります。楽観できる場面ではありません。
場所と状況が、罪名そのものを動かすことがある
同じ「突き飛ばす」でも、どこで行ったかによって評価は変わります。次のような状況では、より重い罪名が検討されることがあります。
・階段の上や踊り場
・駅のホームや線路際
・車が通行している道路
・水面や高所に面した場所
・相手が明らかに足元の不安定な状態にあったとき
・相手が高齢であることが見て分かる状況にあったとき
実務では、殺意の有無は、本人の説明だけでなく、行為の態様、凶器の有無、行為に及んだ経緯などから総合的に判断されます。素手で突き飛ばして転倒させたという行為は、通常は人が死亡する危険の高い行為とまではいえないと評価されることが多く、その意味で殺人罪ではなく傷害致死罪として扱われる例が多くあります。ただし、上に挙げたような場所で行われた場合には、その前提が変わり得ます。
倒れた相手をその場に残して立ち去った場合
その場から離れてしまったというご相談も少なくありません。動転して立ち去った、警察を呼ばれるのが怖くて逃げた、といった経緯です。
この場合、傷害致死罪とは別に、保護責任者遺棄致死罪(刑法218条・219条)の成否が問題になることがあります。自分の行為によって相手が動けない状態になったという事情があるときに、その場を離れたことをどう評価するかという論点です。また、その場を離れたという事実は、身柄拘束の必要性の判断や、量刑の判断にも影響します。
反対に、その場で救急車を呼び、警察官が到着するまでとどまり、聞かれたことに答えたという経過は、その後の手続のなかで意味を持つ事情になります。
死亡結果が出た時点で、手続は大きく変わる
被害者の方が亡くなった事件は、けがにとどまる事件とは手続の形が異なります。主な違いは次のとおりです。
・傷害致死罪は裁判員裁判の対象になります。裁判員法2条1項2号が、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪を対象事件としているためです。
・対象事件は、第1回公判期日の前に公判前整理手続に付されることになっています(同法49条)。争点と証拠を事前に整理する手続で、起訴から判決までの期間は相応に長くなります。
・遺族の方は、被害者参加制度(刑事訴訟法316条の33)により、公判に出席し、被告人に質問し、意見を述べることができます。心情その他の意見の陳述(同法292条の2)についても、裁判員裁判では特則が置かれています。
・公訴時効は20年です。
・身柄については、事案の重大性から勾留が続く例が多く、起訴後の保釈の判断も、けがにとどまる事件とは前提が異なります。
法廷で、市民である裁判員が事実と量刑を判断する。遺族が同じ法廷にいて、直接、被告人に問いかける。この構造を前提に準備を進めることになります。
遺族との示談は、誰を相手にするのか
被害者の方が亡くなっている以上、被害弁償や謝罪の相手は、ご遺族になります。ここで実務上つまずきやすいのが、「誰と話をすればよいのか」という点です。
亡くなった方ご本人に生じた損害についての賠償請求権は、相続の対象になります。他方で、父母・配偶者・子については、民法711条により、その方自身の慰謝料請求権が認められています。相続人の範囲と、711条により固有の請求権を持つ方の範囲は、常に一致するわけではありません。相続人が複数いる場合には、全員の意向が問題になります。
また、香典や弔慰金として渡したものと、損害賠償としての支払いは、性質が異なります。後日の紛争を避けるためには、何をどのような趣旨で渡したのかを書面で明確にしておく必要があります。
そして見落とされやすい点ですが、ご遺族が謝罪や連絡そのものを望まれない場合があります。その意向を確認せずに直接接触することは、かえって処分や量刑の判断に不利に働くことがあります。連絡の可否や方法について、まず捜査機関や弁護人を通じて確認することが出発点になります。
執行猶予の余地はどこにあるのか
執行猶予を付けることができるのは、拘禁刑3年以下の言渡しを受けた場合です(刑法25条1項)。傷害致死罪の法定刑の下限は3年ですから、言渡しが3年ちょうどであれば形式的には要件を満たします。
それより短い期間を目指す場合には、酌量減軽(刑法66条)を経ることになります。有期拘禁刑を減軽するときは長期と短期の2分の1を減じるとされているため(同法68条3号)、減軽が認められた場合の範囲は1年6月以上10年以下となります。
もっとも、これは制度上の枠組みの説明であって、見通しを示すものではありません。実際の判断は、行為の態様、経緯、遺族の心情、被害弁償の状況など、多くの事情を踏まえて行われます。
取調べで気をつけたいこと
死亡結果が生じた事件では、供述の一語一語が長く残ります。次の点は、意識しておく価値があります。
・「軽く押しただけです」と締めくくらない。どの部位に、どの向きに、どの程度の力を加えたのかを、思い出せる範囲で具体的に述べる
・思い出せない部分は、思い出せないとそのまま述べる。前後関係から補って話さない
・自分の動作と、相手の動作を分けて述べる
・記憶のない場面について、示された見立てをそのまま受け入れない
・調書は読み上げを聞くだけで済ませず、自分で読み、違うと感じた箇所は増減変更を申し立てる(刑事訴訟法198条4項)
署名した調書は、後から「本当はこう言いたかった」と説明しても、そのままの効力を持ち続けます。特に、力の強さや意図に関する記載は、罪名そのものに関わります。
よくあるご質問
相手が先に手を出してきた場合はどうなりますか
正当防衛や過剰防衛の成否が検討されることになります。ただし、防衛のためだったという説明が認められるかどうかは、相手の攻撃がその時点で続いていたか、加えた力がその場で必要な程度を超えていなかったかなど、細かい事実関係によって判断されます。相手も手を出していたという事情があるなら、記憶が新しいうちに、時系列に沿って書き留めておくことをおすすめします。
相手が飲酒していたことは考慮されますか
飲酒によって足元が不安定であったことは、転倒しやすかった事情としては存在しますが、それだけで因果関係が否定される方向には働きにくいのが実際です。むしろ、相手が明らかに酔っていると分かる状態だったという事情は、行為の評価にとって不利に働く場合もあります。他方で、相手方の言動が事の発端になっていたという経緯は、量刑の判断において検討される事情です。
まだ相手が入院中で、亡くなるかどうか分からない状態です
現時点では傷害罪として捜査が進み、その後に死亡が確認された場合には罪名が変わることになります。この段階でできることとしては、事実関係の記録を残しておくこと、ご家族との連絡方法を整えておくこと、そして今後の対応方針を早めに相談しておくことが挙げられます。罪名が変われば手続の枠組みも変わりますので、準備の時間があること自体に意味があります。
まとめ
突き飛ばした結果として相手が亡くなった事案は、行為の感覚と結果の重さが最も大きく食い違う類型です。整理すると、次のようになります。
・傷害致死罪は、死亡させる意思を要件にしていない
・突き飛ばすという認識があったかどうかが、傷害致死罪と過失致死罪・重過失致死罪を分ける
・行為それ自体に致命的な力がなかったこと、被害者の持病を知らなかったことは、因果関係を否定する事情としては扱われにくい
・それらの事情は、起訴・不起訴の判断や量刑の判断という別の場所で検討される
・場所や状況によっては、より重い罪名が検討されることがある
・死亡結果が生じた時点で、裁判員裁判・公判前整理手続という枠組みに入る
・被害弁償や謝罪の相手はご遺族であり、その意向の確認が出発点になる
ご本人にとっても、ご家族にとっても、事実を正確に言葉にすること自体が難しい時期が続きます。どこまでを認め、どこを整理して説明するのかは、事案ごとに異なります。捜査の早い段階で経緯を整理し、方針を定めておくことが、その後の手続を通じて意味を持ちます。


