被害届を出された|示談で何を取り決めるのか
「相手にけがをさせたつもりはありません」「そこまでの力は加えていません」——警察や相手方から傷害だと言われても、ご本人にはその自覚がまったくない、というご相談は珍しくありません。
傷害罪の「傷害」は、条文に程度の目安が書かれているわけではなく、外から見て傷が残っているかどうかだけで決まるものでもありません。そのため、ご自身の感覚と、手続の上での評価とがずれることが起こります。
この記事では、「けがをさせた自覚がない」という状態が刑事手続のどこに位置づくのかを、順に整理します。
「自覚がない」という言葉には三つの中身が混ざっている
同じ「自覚がない」という言葉でも、詳しくお話を伺うと、中身はいくつかに分かれます。どの中身なのかによって、問題になる場所も、集めるべき材料も変わります。
| 「自覚がない」の中身 | 手続の上で問題になる場所 |
|---|---|
| 相手に触れたことは分かっているが、けがをするほどではなかったと考えている | 傷害という結果があったといえるか |
| 相手に触れた記憶や感覚がない | そもそも暴行といえる行為があったか、故意があったか |
| 相手のけがが自分の行為によるものとは思えない | 行為と結果の結び付き(因果関係)があるか |
ご自身がどの意味で「自覚がない」と感じているのかを言葉にしておくと、取調べでも相談の場でも説明がぶれにくくなります。逆に、三つを区別しないまま「けがなんてさせていない」とだけ述べると、争いたい部分が伝わらないまま調書が作られることがあります。
傷害罪の成立要件に「けがをさせた自覚」は登場しない
傷害罪は、刑法204条に「人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定められています(2025年6月1日施行の改正刑法により、従来の懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されました)。
この条文が求めているのは、傷害という結果が生じたこと、そしてその結果が行為から生じたことです。「けがをさせるつもりだったかどうか」は、条文の要件として書かれていません。
判例も、暴行を加えるという認識があれば足り、けがをさせるという認識までは必要でないという考え方を取ってきました。暴行を加えたところ相手が逃げようとして転倒しけがをしたという事案について、傷害罪の成立を認めた判断があります(最高裁昭和25年11月9日判決)。
つまり、「けがをさせるつもりはなかった」「けがをしたとは思っていなかった」という説明は、それ自体としては傷害罪の成否を直接左右しにくい位置にあります。だからといって述べる意味がないわけではなく、後述するとおり処分の判断の場面では意味を持ちますが、罪名を決める段階では別の要素が見られている、ということです。
「傷害」の輪郭は、目に見える傷に限られていない
では「傷害」とはどこからなのか。判例は、他人の身体に対する暴行によりその生活機能に障害を与えることであって、広く健康状態を不良に変更した場合を含む、という捉え方を示してきました(最高裁昭和32年4月23日決定)。
この判断では、打撲痕が残っていない場合であっても、痛みが続いているのであれば傷害に当たるとされています。「あざも傷も残っていないのだから傷害ではない」という理解は、ここでずれが生じます。
また、傷害を生じさせる手段は暴行に限られないとされており、暴行によらずに病気を感染させた事案でも傷害罪の成立が認められています(最高裁昭和27年6月6日判決)。結果の側から見ている、というのが判例の基本的な姿勢です。
外傷が見当たらない場面で結果とされやすいもの
そのため、その場では何も起きていないように見えても、後から次のようなものが結果として主張されることがあります。
・打撲痕やあざはないものの、痛みが続いていると訴えられる場合
・めまい、吐き気、頭痛などの体調不良が続いていると訴えられる場合
・一時的に意識がはっきりしない状態になったと主張される場合(睡眠薬等を摂取させ、数時間にわたり意識障害等を生じさせた行為について傷害罪の成立を認めた最高裁平成24年1月30日決定があります)
・眠れない、耳鳴りがするといった不調を訴えられる場合
これらは、その場で目に見える形では現れません。多くの場合、後日提出される診断書という形で初めて現れます。ご本人が「何もなかったはずだ」と感じていても、手続の上ではそこから話が動き始めることがあるのは、この構造によるものです。
精神的な不調を訴えられた場合の線引き
精神的な不調が主張される場合もあります。この点について、最高裁は、監禁された被害者に外傷後ストレス障害(PTSD)の発症が認められた事案で、精神的機能の障害を生じさせた場合も刑法にいう傷害に当たるとしています(最高裁平成24年7月24日決定)。
ただし、この決定は、被害者が一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度にとどまらず、医学的な診断基準で求められる特徴的な症状が継続して現れていたことを前提としています。精神的な負担があればそれだけで傷害になる、という判断ではありません。
下級審には、犯罪の被害者が心理的なストレス状態になること自体はむしろ通例であって、そうした結果は元々の犯罪の構成要件にある程度織り込まれていると解する余地があるとして、傷害罪ではなく暴行罪にとどまるとした裁判例もあります(福岡高裁平成12年5月9日判決)。
相手が精神的につらいと述べていることが、直ちに傷害の結果があったことを意味するわけではありません。他方で、医学的な診断が伴い、症状が続いていると評価される場合には、外傷がなくても傷害として扱われる可能性があります。どちらに寄るかは、診断の内容と経過によって変わります。
触れた自覚もない場合は、別の枠組みに移ることがある
三つの中身のうち二つ目、「触れた記憶も感覚もない」という場合は、少し位置が変わります。
わざと力を加えたわけではなく、不注意で相手に接触してけがをさせた場合には、傷害罪ではなく過失傷害罪(刑法209条1項)の問題になります。法定刑は30万円以下の罰金又は科料で、傷害罪とは大きく異なります。
過失傷害罪は親告罪とされており、告訴がなければ起訴することができません(同条2項)。そして親告罪の告訴には期間の制限があり、犯人を知った日から6か月を経過するとできなくなります(刑事訴訟法235条1項。期間の計算は同法55条により、犯人を知った日の翌日から起算します)。
なお、暴行罪には過失犯を処罰する規定がありません。不注意でぶつかっただけで、けがも生じていない場合には、刑事責任としては問われにくいことになります。
もっとも、故意だったのか不注意だったのかは、ご本人の申告だけで決まるものではありません。その場の状況、直前のやり取り、相手との距離、周囲の目撃状況などから判断されます。「わざとではない」という説明を通すためには、その場面を具体的に説明できることが前提になります。
「自分のせいとは思えない」は因果関係の問題として扱われる
三つ目の、「相手のけがが自分の行為によるものとは思えない」という感覚は、因果関係の問題です。
自分が触れた場所と、相手が申告しているけがの場所が違う。そのため自分の行為とは無関係だと感じる、というご相談はよくあります。しかし、押されたことによって後ずさりし、転倒して別の部位を負傷したというような経過であれば、行為と結果の結び付きが認められることがあります。前掲の最高裁昭和25年11月9日判決も、そうした型の事案でした。
因果関係を争う場面では、行為から受診までにどれだけ時間が空いているか、その間に別の出来事がなかったか、申告されている症状が行為の内容と対応しているかといった点が問題になります。ただし、これは「相手はけがをしていない」と主張することとは違います。結び付きの整理であって、相手の症状そのものを否定する話ではない、という区別は意識しておいたほうがよいところです。
結果が後から出てくると、罪名も期間も動くことがある
その場では暴行として扱われていたのに、後日診断書が提出されて傷害として扱われるようになる、という流れがあります。傷害罪は結果が生じて初めて成立する犯罪ですから、結果の主張が後から出てくれば、罪名の側も動くことになります。
これに伴って公訴時効も変わります。刑事訴訟法250条2項により、暴行罪は3年、傷害罪は10年です。「その日は何も言われなかった」「相手は大丈夫だと言っていた」という事情は、その後何も起きないことを意味するものではありません。
逆に、相手の症状が診断書のとおりとは限らないため、後から傷害として扱われた場合に、結果の内容や結び付きを検討する余地が残ることもあります。
結果が軽く見えても罪名は変わらないが、軽重は別の場面で効く
刑法204条には、けがの程度による法定刑の区分がありません。軽い傷であっても重い傷であっても、条文の上では同じ傷害罪です。ここは「軽いのだから傷害ではない」とは言いにくい部分です。
一方で、結果の軽重がまったく意味を持たないわけではありません。検察官が起訴するかどうかを判断する際には、犯罪の軽重や情状、犯罪後の状況が考慮されます(刑事訴訟法248条)。量刑の場面でも、示談の場面でも、けがの程度は実際に重みを持ちます。
「傷害罪という罪名になるかどうか」と「どの程度の処分になるか」は別の段階の話です。この二つを分けて考えると、何を主張すべきかが整理しやすくなります。
取調べで「けがはさせていない」と言い切る前に
自覚がないという状態で取調べに臨む場合、次のような点に注意が必要です。
・自分が認識している事実(触れたか、どの程度の力か、どこに触れたか)と、相手の結果についての評価とを分けて述べる
・相手のけがの有無や程度は、自分が知りうる範囲の外にあることを、そのまま述べる
・「けがなどしていない」と断定的に述べると、事実を確認していないのに否定したと受け取られることがある
・記憶がはっきりしない部分について、推測で補って述べない
・作成された調書は読み上げや閲覧を求めることができ、内容が違う部分については増減変更を申し立てることができる(刑事訴訟法198条4項)
自覚がないという説明は、それ自体は自然なものです。問題になるのは、自覚がないことと、事実がなかったことを、同じ言葉でまとめて述べてしまう場面です。
納得がいかないまま、被害弁償をどう考えるか
事実の一部に納得がいかない状態で、被害弁償や示談の話が出てくることがあります。「認めていないのに支払うのはおかしい」と感じる方も少なくありません。
もっとも、争いたい部分がある場合でも、相手に生じた負担についての謝罪や弁償を申し入れること自体はできます。その際は、示談書の文言で、何について合意しているのかを明確にしておくことが重要です。責任の全面的な承認として書かれるのか、紛争を終わらせるための解決金として書かれるのかで、後に残る意味が変わります。
反対に、その場の勢いで書面に署名したり、内容を確認しないまま金額だけ決めたりすると、後から事実関係を整理し直すことが難しくなります。争う姿勢と、相手への対応とを、どう組み合わせるかという設計の問題です。
民事の責任は刑事とは別に判断される
刑事で暴行罪にとどまった場合や、事件として立件されなかった場合でも、民事の損害賠償請求は別に行われることがあります。
民法709条・710条による損害賠償責任は、故意だけでなく過失によっても生じます。刑事では「わざとではない」という整理になった場合でも、民事では不注意があったかどうかが問われることになります。
また、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から5年で時効にかかります(民法724条の2)。刑事の手続が終わったからといって、そこで全部が終わるとは限らない点は、頭に入れておいたほうがよいところです。
よくあるご質問
相手が病院に行っていなければ傷害罪にはなりませんか
受診の有無は、実務上は大きな要素です。診断書がなければ結果を認定する材料が乏しくなるためです。ただし、受診がないことだけで結果がなかったと決まるわけではなく、後から受診して診断書が提出されることもあります。その日は何も言われなかったという事情だけで判断せず、状況を整理しておくことをおすすめします。
自覚がないと言い続けると、印象が悪くなりませんか
事実と違うことを述べる必要はありません。問題は、認識している部分と認識していない部分を分けずに、全体を否定するように受け取られる述べ方になっている場合です。触れた事実自体は争わないのであればその点は明確にし、結果や結び付きについて分からないのであればそのように述べる、という整理が有効なことがあります。
診断書の内容に疑問がある場合、どうすればよいですか
診断書は、受診時点での医師の判断を記載したものです。内容そのものを頭から否定するのではなく、受診までの経過、症状の部位、行為の内容との対応といった点を確認していくことになります。相手や病院に直接問い合わせる対応は、別のトラブルにつながることがあるため避けたほうが無難です。
まとめ
傷害罪の「傷害」は、目に見える傷があるかどうかで区切られているわけではなく、健康状態が不良に変更されたかどうかという広い捉え方がされてきました。そのため、ご本人が「けがをさせた自覚がない」と感じていても、手続の上では傷害として扱われることがあります。
大切なのは、「自覚がない」という言葉の中身を、結果の有無・行為と故意・因果関係のどれなのかに分けて整理することです。分けて考えることで、争える部分と、争っても意味の薄い部分が見えてきます。
けがをさせた覚えがないのに傷害だと言われている、警察から連絡が来たが何のことか分からない、といった状況でお困りの場合は、事実関係を整理する段階で弁護士にご相談いただくことをおすすめします。


