黙秘したほうがよいのか|黙秘の効果とリスクの整理
示談書は、金額の折り合いがつけば終わる書面だと思われがちです。ただ、後から問題になるのは金額そのものよりも、どの条項が入っていたか、どういう言葉で書かれていたかであることが少なくありません。
同じ一文が、支払う側には守りとして働き、受け取る側には制約として働くこともあります。反対に、入れたつもりで実際にはほとんど効いていない条項もあります。
この記事では、刑事事件の示談書に一般に置かれる条項と、書き方によっては自分の側に不利に働きうる条項を、立場の違いを意識しながら整理します。
この記事で扱うことと扱わないこと
扱うのは、示談書に置かれる条項の意味と、記載の仕方によって生じる問題です。次の点は別の論点になるため、ここでは踏み込みません。
- 示談金の額が妥当かどうかという評価。
- 罪名ごとの文例や書式そのもの。
- 相手の連絡先が分からない段階での交渉の始め方。
- 署名押印や訂正など書面の形式面。
- 分割払いにする場合の細かい設計。
どの条項を置くのが適切かは、事件の内容や手続の進み方によって変わります。以下は一般的な考え方の整理として読んでください。
示談書は何を決めている書面か
和解契約としての意味
示談は、民法上の和解契約に当たります。民法695条は争いをやめることを約束する契約として和解を定め、696条は、和解によって当事者の一方が権利を有すると認められたときはその内容で確定するとしています。
つまり示談書は、書かれた範囲について、書かれたとおりに決着させる書面です。書かれていない事柄は決着していませんし、書かれた以上は原則としてその内容で扱われます。条項の抜けと書きすぎが、どちらも後の問題になるのはこのためです。
民事の解決と刑事の材料という二つの役割
刑事事件の示談書には、二つの役割があります。一つは、損害賠償という民事の問題を終わらせることです。もう一つは、被害の回復状況や被害者の意向を、捜査機関や裁判所に示す材料になることです。
検察官が起訴するかどうかを判断する際には、犯罪後の情況なども考慮されます(刑事訴訟法248条)。示談の成立は、その判断材料の一つとして扱われます。もっとも、示談があれば処分が決まるという関係ではありません。処分を決めるのは当事者ではなく捜査機関であり、この点は後述する「効きにくい条項」とも関わります。
一般に置かれることの多い六つの条項
法律事務所が公開している書式や解説を見比べると、刑事事件の示談書では次の六つが置かれることが多いといえます。まず全体像を表で確認します。
| 条項 | 決めていること | 抜けたときに起きやすいこと |
|---|---|---|
| 当事者と対象事件の特定 | 誰と誰の間の、どの出来事についての合意か | 別の出来事と混同され、合意の範囲が争いになる |
| 支払に関する条項 | 金額、名目、期限、方法、受領の確認 | 支払済みかどうか、いつまでに払うのかで食い違う |
| 宥恕・処罰に関する条項 | 被害者が処罰を求めない意思を持っているか | 示談の事実は伝わっても、意向が伝わりにくい |
| 清算条項 | この件について他に請求が残っていないこと | 同じ件で追加の請求を受ける余地が残る |
| 秘密保持(口外禁止)条項 | 内容を第三者に話さないこと、その例外 | 口外された場合に何を根拠に求めるかが定まらない |
| 接触禁止・誓約条項 | 今後の連絡や接触をどうするか | 再び連絡を取ったときの扱いが決まっていない |
①当事者と対象事件の特定
誰と誰の合意で、どの出来事を対象にするのかを明らかにする部分です。発生日時、場所、当事者、事件の概要を書いて特定するのが一般的です。
性犯罪など、被害者の氏名や住所を知られたくない事情がある場合には、これらを書かずに事件番号などで特定する方法がとられることがあります。刑事手続では、被害者の氏名などを被告人側に明らかにしない個人特定事項の秘匿の仕組みも設けられています。相手の氏名が分からないまま示談を進める場合は、代理人同士で書面を取り交わす形が検討されます。
②支払に関する条項
金額のほか、名目、期限、支払方法、受領の確認を書きます。名目は「本件に基づく損害賠償金」「解決金」などの形で示されます。振込であれば口座と手数料の負担、現金の授受であればその場で受領を確認する文言を入れておくと、後で支払の有無が争いになりにくくなります。
③宥恕・処罰に関する条項
被害者が加害者を許し、処罰を求めない意思を示す部分です。「宥恕」は許すという意味の言葉で、平易に「許す」と書くこともあります。この文言は、先に述べた刑事訴訟法248条の判断材料の一つとして扱われます。逆にいえば、これがあるから処分が決まるという性質のものではありません。
④清算条項
この件について、書面に定めたもの以外に互いに請求できるものがないことを確認する条項です。支払う側にとっては、追加の請求を受けないための中心的な条項になります。
注意したいのは「本件に関し」という限定を付けるかどうかです。限定を付ければ対象の出来事に関する分だけが清算され、付けなければ当事者間に存在する他の事柄まで含めて清算されると読まれる余地が出てきます。どちらが有利かは立場と事情によって変わります。
⑤秘密保持(口外禁止)条項
合意の内容や、合意をしたこと自体を第三者に話さないという約束です。事件の性質上、双方が知られたくないと考えていることも多く、片方だけの義務にせず相互の義務にする形がよくとられます。
⑥接触禁止・誓約条項
今後の連絡や接触について取り決める部分です。訪問、電話、郵便、メール、SNSなど、方法を挙げて書くことが多くみられます。誓約事項は事件ごとに異なります。
危険になりやすい条項は三つのタイプに分かれる
ここからが本題です。条項の危険は、漠然と「不利な条項」があるのではなく、次の三つのタイプに整理できます。
- 書いても効きにくいもの。相手や自分の力では動かせない事柄を約束している場合です。
- 効きすぎるもの。意図した範囲を超えて、自分の側の権利まで消してしまう場合です。
- 後から自分に跳ね返るもの。示談以外の場面で不利な材料として使われる場合です。
同じ記載が、支払う側と受け取る側のどちらから見るかで意味が反転することもあります。全体像を表にまとめます。
| 型 | 記載の例 | 主に問題になりやすい側 |
|---|---|---|
| 効きにくい | 被害届を取り下げる、今後一切告訴しない | 支払う側(期待した効果が得られない) |
| 効きにくい | 不起訴になった場合に支払う | 双方(合意が固まらない) |
| 効きすぎる | 範囲を限定しない清算条項 | 事情によりどちらにも生じる |
| 効きすぎる | 今後一切異議を述べない、法的手段をとらない | 放棄する側 |
| 跳ね返る | 事実関係を細かく認める記載 | 支払う側(刑事や別の紛争で使われる) |
| 跳ね返る | 家族を連帯保証人にする、公正証書にする | 支払う側と、その家族 |
タイプ1 書いても効きにくい条項
被害届を取り下げる、今後一切告訴しない
示談書でよく求められる文言ですが、扱いには差があります。
まず被害届については、法律上「取下げ」という手続が定められているわけではありません。実務では取下書などの書面が出されることがあり、それは処罰を求めない意思の表れとして扱われます。効き方としては、宥恕の文言と同じ方向の材料になるということです。
告訴については、刑事訴訟法237条1項が、起訴されるまでは取り消すことができると定めています。名誉毀損罪や器物損壊罪のように告訴がなければ起訴できない犯罪では、取消しの意味は大きくなります。一方、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪は現在は告訴がなくても起訴できる犯罪とされており、取消しがあっても手続上は起訴が可能です。
「今後一切告訴しない」という将来に向けた放棄については、あらかじめ告訴権を放棄しても法律上の効果は生じないとした昭和28年の裁判例があります。合意としての意味が全くないわけではありませんが、書いたから告訴されないという理解は実態と合いません。
処分の結果を条件にする書き方
「不起訴になった場合に支払う」「起訴されたら返金する」といった条件を付けたいという相談があります。しかし、処分を決めるのは検察官であり、当事者が結果を約束できる事柄ではありません。
実際上も難点があります。処分が出るまで合意が確定しないため、処分の判断材料として示談を示すという目的と噛み合わなくなります。受け取る側にとっても、支払われるかどうかが最後まで定まらないことになります。
実行できない誓約
引っ越す、仕事を辞める、特定の場所に二度と立ち入らないなど、実行が難しい約束を入れてしまうと、守れなかったときに新たな紛争の種になります。誓約事項は、自分の意思で実行できる範囲にとどめるのが基本的な考え方です。
口外禁止条項も同じ視点で見ておきたい部分です。捜査や裁判の手続で説明が必要になる場面や、弁護士に相談する場面まで含めて何も話せないという書き方は無理があります。話してよい相手や場面を例外として具体的に書いておく形が実務ではとられます。
タイプ2 効きすぎて自分の権利まで消す条項
範囲を限定しない清算条項
先に触れたとおり、清算条項に「本件に関し」という限定を付けないと、対象の出来事以外の債権債務まで清算されたと読まれる余地が出ます。当事者間に別の貸し借りや別の紛争がある場合には、それらも一緒に終わったと主張されることがあります。
もう一つ見落とされやすいのは、清算条項は互いの請求権を消す相互の条項であるという点です。支払う側から見ても、払いすぎた分の返還や、相手方に対して持っていた請求を後から持ち出せなくなる場合があります。範囲を広く書けば安全という関係ではありません。
今後一切異議を述べない、法的手段をとらない
包括的な放棄の文言も、書いた側にとっては制約になります。示談後に相手が約束を破った場合でも、放棄の範囲によっては手段が限られることがあります。放棄するとしても、何について放棄するのかを対象の出来事に絞って書くほうが、後の身動きが取りやすくなります。
高すぎる違約金
口外禁止や接触禁止の実効性を持たせるために、違約金の定めを置くことがあります。違約金は賠償額の予定と推定されます(民法420条3項)。
もっとも、金額が事案に見合わないほど高い場合には、公序良俗に反するとして争われる余地があります。かつては裁判所が賠償額の予定を増減できないという規定がありましたが、この部分は改正で削除されています。高く設定すれば守られるとは限らず、条項自体の有効性が争点になりかねないという理解が要ります。
タイプ3 後から自分に跳ね返る条項
事実関係を細かく認める記載
示談書の冒頭で対象の出来事を特定する必要はあります。ただ、その特定を超えて、行為の細部や動機、回数まで詳しく書き込むことには別の意味が生じます。
刑事手続では、本人が作成した書面のうち不利益な事実の承認を内容とするものは、証拠として扱われうるとされています(刑事訴訟法322条1項)。示談書がそのまま同じ扱いを受けるかは事案によりますが、自分の署名がある書面に事実を認める記載が残るという事実は変わりません。
影響は刑事の場面に限りません。事実関係の一部を争っている場合、示談書の記載と主張が食い違えば、その点を説明しなければならなくなります。共犯者との関係や、勤務先の調査、別の民事の紛争で使われることもあります。事実を争わない事件であっても、記載は対象の出来事を特定するのに必要な範囲にとどめるという考え方が一般的です。
家族を連帯保証人にする条項
分割払いにする場合、受け取る側から保証人を求められることがあります。保証契約は書面でしなければ効力を生じないとされており(民法446条2項)、家族が署名すれば、その家族自身が支払義務を負います。
本人が支払えなくなったときに、家族に請求が向かうということです。家庭に事件を知られたくないという事情がある場合、この条項は目的と正面から衝突します。
公正証書にして強制執行を受け入れる条項
支払が滞ったときに備えて、示談の内容を公正証書にし、強制執行を受け入れる文言を入れる方法があります。受け取る側から見れば、訴訟を経ずに給与や預金の差押えに進める点で意味があります。
支払う側から見ると、同じ条項が争う機会のないまま差押えを受けうる立場を作ることになります。分割払いの条件や期限の利益を失う基準と合わせて検討すべき部分です。
第三者に関わる約束
「家族には知らせない」「勤務先に報告する」といった、自分ひとりでは実現できない事柄を約束すると、守れなかったときに違反を問われます。捜査や裁判の進み方によって情報が伝わる経路は複数あり、示談書で止められる範囲には限りがあります。約束の対象は、自分の行為に限るのが安全です。
支払と宥恕の前後関係にも注意する
見落とされやすいのが、条項の順序です。「全額を支払ったときは宥恕する」という書き方にすると、支払が完了するまで宥恕の効果が生じません。一括払いで期日が近ければ問題になりにくい一方、分割払いや期日が先の場合、処分の判断の時期に間に合わないということが起こりえます。
受け取る側から見れば、先に宥恕の文言を出してしまうと、その後に支払われなかったときに手元に残るものが少なくなります。双方の関心が正面からぶつかる部分です。支払期日を手続の進み方に合わせる、受領を確認したうえで別の書面を交付する形にするなど、事案に応じた調整が行われます。
受け取る側から読むとどう見えるか
ここまで支払う側の視点が中心でしたが、受け取る側にも同じ構造の問題があります。
- 清算条項の範囲が広いと、後から判明した損害について請求できなくなることがある。
- 支払期日が先に設定されていると、受け取れないまま刑事手続が終わる可能性がある。
- 口外禁止条項が広いと、身近な人への説明や相談まで制約されることがある。
- 接触禁止条項に違反したときの扱いを決めていないと、実際に連絡が来たときに打つ手が限られる。
どちらの側であっても、自分にとって守りになる条項と、相手にとって守りになる条項が一つの書面に同居しているという点は共通しています。相手が用意した書面をそのまま受け入れる前に、条項ごとにどちらの側を守る規定なのかを確認しておくと、判断がしやすくなります。
示談書の案を受け取ったときの進め方
その場で結論を出す必要がある書面ではありません。次の順序で確認すると整理しやすくなります。
- 対象の出来事が正確に特定されているかを見る。日時、場所、内容が実際と食い違っていないかを確かめる。
- 支払に関する記載を見る。金額、名目、期限、方法、受領の確認が揃っているかを確認する。
- 清算条項の範囲を見る。限定の有無で何が終わり、何が残るのかを考える。
- 禁止や誓約の条項を見る。自分が実行できる内容か、違反したときの扱いが書かれているかを確認する。
- 判断に迷う条項が一つでもあれば、署名の前に弁護士に相談する。
よくある質問
示談書に決まった書式はありますか
法律上の決まった様式はなく、当事者が合意した内容を自由に記載できます。ただし、対象の特定が曖昧だと、後で範囲が争いになりやすくなります。
相手が用意した書面にそのまま署名してよいですか
相手が作った書面は、相手の関心に沿って組み立てられているのが通常です。内容が不合理とは限りませんが、条項ごとに意味を確認したうえで判断するのが安全です。
インターネット上のテンプレートを使ってもよいですか
構成を知る手がかりにはなります。一方で、事案に合わない条項がそのまま残ったり、必要な条項が抜けたりすることがあります。特に本記事で挙げた三つのタイプに当たる記載は、雛形の中にも含まれていることがあります。
一度署名した後に直せますか
双方が合意すれば、変更する合意を新たに交わすことはできます。相手の同意が得られない場合は、錯誤などを理由に取消しを主張する余地が残るにとどまり、簡単ではありません。署名の前に確認しておくほうが負担は小さくなります。
弁護士に相談する意味
示談書の条項は、それぞれが独立しているようでいて、支払の時期、刑事手続の進み方、事実関係をどこまで認めるかといった要素と結びついています。一つの条項を有利に直した結果、別の条項との整合が崩れることもあります。
弁護士に相談すると、書面全体を通して、どの条項がどちらの側を守っているのか、抜けている取り決めがないかを確認できます。相手方との連絡を代理人が窓口として行うことで、直接のやり取りによる行き違いを避けられる場合もあります。望む結果が約束されるわけではありませんが、署名の前であれば選べる選択肢は多く残っています。
まとめ
- 示談書は、書かれた範囲について書かれたとおりに決着させる書面である。
- 一般には、当事者と対象の特定、支払、宥恕、清算、秘密保持、接触禁止・誓約の六つが置かれることが多い。
- 危険な条項は、効きにくいもの、効きすぎるもの、後から跳ね返るものの三つに整理できる。
- 被害届の取下げや将来の告訴の放棄は、期待される効果と実際の扱いに差がある。
- 範囲を限定しない清算条項や包括的な放棄は、自分の側の請求権も消していることがある。
- 事実関係を細かく認める記載は、刑事手続や別の紛争で使われる可能性がある。
- 連帯保証や公正証書の条項は、支払う側と受け取る側で意味が反対になる。
- 支払と宥恕の前後関係は、処分の判断の時期と合っているかを確認する。
- 判断に迷う条項があるときは、署名の前に相談するほうが選択肢が残る。
示談書は、事件を終わらせるための書面であると同時に、その後の生活に影響が残る書面でもあります。条項の一つひとつが誰を守る規定なのかを確かめてから署名することをおすすめします。


