スマホ・PCを押収された|いつ返るのか、中身はどこまで見られるのか
会社から「被害額は◯◯円です」と告げられ、その根拠の説明がないまま返済誓約書や示談書への署名を求められる。横領を指摘された方から、実際によくうかがう場面です。
使い込みそのものに心当たりがある場合でも、会社が示した数字にそのまま乗らなければならないわけではありません。金額を詰める作業は、責任から逃げるためのものではなく、何にどこまで責任を負うのかを正確に確定させるためのものです。曖昧なまま総額を認めてしまうと、後から動かすことが難しくなります。
この記事では、会社が主張する被害額がどのように作られ、どこを確認すればよいのかを整理します。
会社が示した数字は、どのように作られているのか
被害額の出し方は、おおまかに三つに分かれます。
- 一件ずつ特定する方法(伝票、入金記録、レジのジャーナル、防犯カメラなどで個別の取引を積み上げる)
- 差額を集計する方法(帳簿上の残高と実際の現金や在庫との差額を合計する)
- 期間から推計する方法(一定期間の平均的な不足額に、担当していた期間や在籍月数を掛ける)
一つ目は精度が高く、争う余地は小さくなります。これに対して二つ目と三つ目は、金額の輪郭が粗くなります。粗いということは、実際より大きく出ることも小さく出ることもある、という意味です。
会社側の実務では、本人に事情を聞く前に客観的な資料を固め、聴取の場で横領を認めさせたうえで支払誓約書に署名してもらう、という順序が一般的です。企業向けに書かれた解説記事でも、この順序がはっきり示されています。つまり、あなたが金額を告げられた時点で、会社はすでに一定の資料を持っています。逆にいえば、その資料に何が含まれ、何が含まれていないのかを確認しないまま署名すると、確認の機会を失うことになります。
「刑事の被害額」と「民事の請求額」は同じ数字ではない
金額の話がかみ合わなくなる原因の一つが、二つの数字が混ざっていることです。
| 項目 | 刑事の「被害額」 | 民事の「請求額」 |
|---|---|---|
| 決めるのは | 検察官(起訴状の公訴事実) | 会社(請求書・訴状) |
| 範囲 | 起訴された行為の金額 | 会社が主張し、立証できた損害 |
| 時効 | 業務上横領は7年(原則として行為ごと) | 構成により3年・5年・10年など |
| 上乗せ | なし | 遅延損害金、相当額の弁護士費用など |
刑事手続で処罰の対象になるのは、起訴状に書かれた事実だけです。起訴されていない行為(いわゆる余罪)については、最高裁大法廷昭和41年7月13日判決が、実質的にこれを処罰する趣旨で量刑の資料として考慮し、被告人を重く処罰することは許されないと判示しています。ただし同判決は、被告人の性格や動機、方法などの情状を推し量る資料として余罪を考慮すること自体は禁じられないともしています。「起訴されていないから何の影響もない」わけではなく、「起訴されていない分を上乗せして罰することはできない」という整理です。
一方、民事の請求は起訴の有無とは無関係に進みます。刑事で立件されなかった期間の分も、会社が損害として主張することはできます。
民事では、損害額を立証するのは会社の側
会社が損害賠償を請求する場合、損害が生じたことも、その金額も、原則として請求する側である会社が主張し、立証する必要があります。「あなたが違うと言うなら証明してください」という関係ではありません。
もっとも、証拠が足りなければ請求がゼロになる、という話でもありません。民事訴訟法248条は、損害が生じたことは認められるが、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所が口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果に基づいて相当な損害額を認定できると定めています。帳簿が不完全な事案では、この規定によって裁判所が一定の額を認定することがあります。
したがって現実的な見通しは、「証拠がないから払わなくてよい」でも「会社の言い値で確定する」でもなく、資料の精度に応じて、認定される額の幅が変わるというものになります。
金額を詰めるときに確認する五つの点
期間の区切りと、時効にかかる部分
会社は在籍期間の全体を対象に集計することがありますが、期間の始点と終点には根拠が必要です。
刑事については、業務上横領罪の公訴時効は7年です(刑法253条、刑事訴訟法250条2項4号)。時効は犯罪行為が終わった時から進行し(刑事訴訟法253条1項)、別個の横領行為が複数ある場合は、原則としてそれぞれについて進行します。古い時期の行為は、すでに起訴できない状態になっていることがあります。
民事は刑事より長く残ることが多い点に注意が必要です。不法行為として請求する場合は、損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年(民法724条)。不当利得として請求する場合は、権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年(民法166条1項)が基本です。会社がどの構成をとるかで、対象になる期間が変わります。
自分の行為以外の原因が混ざっていないか
現金の不足や在庫の差異には、記帳ミス、レジ操作の誤り、返品や値引きの処理漏れ、他の担当者の関与など、複数の原因が重なっていることがあります。同じ金庫やレジを複数人が扱っていた場合はなおさらです。会社の集計が「不明金はすべて一人の行為」という前提で作られていないかを確認します。
二重に数えられていないか
売上の計上漏れと入金の不足を別々に数えると、同じ一件が二回集計されることがあります。仕入と経費精算の両方に同じ支出が乗っている、といった形でも起こります。
元本以外のものが乗っていないか
請求書の金額には、次のようなものが含まれていることがあります。
- 遅延損害金(法定利率は年3パーセント。民法404条2項。なお不法行為に基づく損害賠償債務は、催告がなくても損害の発生と同時に遅滞に陥るとするのが判例です。最高裁昭和37年9月4日判決)
- 調査費用(会計士や調査会社に支払った費用)
- 弁護士費用(最高裁昭和44年2月27日判決は、事案の難易、請求額、認容された額その他の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲に限り、不法行為と相当因果関係のある損害になるとしています。実務では認容額の1割程度が目安とされることが多く、会社が実際に支払った金額の全額がそのまま損害になるとは限りません)
- 消費税相当額
これらが正当な請求として認められる場合もありますが、内訳が示されていないときは、内訳の提示を求めること自体が正当な要求です。
すでに支払った分が引かれているか
一部を返済済みである、給与や退職金からすでに控除されている、といった事情が反映されているかを確認します。控除については、賃金は全額を支払わなければならないという原則があり(労働基準法24条1項)、労働者の同意による相殺が有効とされるためには、その同意が自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされています(最高裁平成2年11月26日判決)。すでに引かれている場合も、その分は当然に控除されるべき金額です。
反論の材料はどこにあるか
手元に何もないと感じても、次のようなものが手がかりになります。
- 自分名義の預金口座の入出金明細(金融機関で取り寄せられます)
- 勤務シフト、タイムカード、交通系ICカードの利用履歴(その日その時間に現場にいなかったことの裏づけ)
- 自分のスマートフォンやパソコンに残るメール、チャット、写真
- 経費精算の領収書や申請書の控え
- 会社に提出したが手元に控えがない書類
最後の点については、会社に開示を求めることになります。なお、会社の資料を無断で持ち出したり、データを削除したりすることは避けてください。金額の話とは別に、新たな責任を問われる原因になります。自宅待機や退職後は社内資料にアクセスできなくなることが多いため、必要な資料が何かを早い段階で整理しておくことが実際的です。
「認めていない部分」の伝え方
対応は、全部認めるか全部否認するかの二択ではありません。実際には、「この取引は事実です」「この期間の集計には心当たりがありません」「これは記憶が曖昧で、資料を見ないと答えられません」が混在するのが通常です。
このとき大切なのは、わからないことを、わからないまま伝えることです。その場の空気で「たぶんそのくらいだと思います」と答えた内容が、後に金額の根拠として扱われることがあります。会社に提出した書面は、後に刑事手続で証拠として用いられ得る立場にあります(刑事訴訟法322条1項)。
また、会社に対する説明と、警察や検察に対する説明は場面が別です。会社の担当者は捜査機関ではありませんが、両者の内容が食い違えば、その食い違い自体が問題にされます。整理がついていない段階で、それぞれに違うことを話してしまわないよう注意が必要です。
金額を下げることだけが目的ではない
金額を争うことには負担も伴います。時間がかかり、会社との関係はさらに硬直しやすくなります。刑事手続の中では、事実と異なる主張を続けていると受け取られた場合、反省が乏しいと評価されるおそれもあります。
反対に、事実と違う額をそのまま認めることにも代償があります。返済総額が実際の責任を超えて膨らみます。連帯保証人を立てていれば、その方の負担も同じだけ増えます。横領のような故意の不法行為に基づく損害賠償請求権は、破産をしても支払義務が残る債権とされています(破産法253条1項2号)。
つまり、目指すのは「安くすること」ではなく、「事実と一致した数字にすること」です。実際の金額が会社の提示より多いことが判明する場合もあります。それも含めて確定させておくほうが、その後の弁償計画は立てやすくなります。
会社の管理体制の不備は減額の理由になるか
「チェック体制がなかったから起きた」という言い分が、大幅な減額につながることは、実務上あまり期待できません。故意による横領の事案で、被害者側の管理の甘さを理由に賠償額が大きく減らされるとは考えにくいためです。管理体制の話は、金額そのものより、動機や経緯を説明する文脈で意味を持つことが多いといえます。
書面に金額を書き込む前に
誓約書や示談書に金額を記載して署名すると、その数字は動かしにくくなります。債務を承認すれば時効は更新され(民法152条1項)、和解として合意した事項は、後に異なる証拠が出ても原則として覆せません(民法696条)。争いの対象ではなく前提とされていた事実に誤りがあった場合には、効力が否定される余地もありますが、いつでも取り消せるという性質のものではありません。
金額の根拠を確認しないまま署名を求められている段階であれば、「内訳の資料を確認したうえで回答します」と伝えて持ち帰ることが、その場でできる最も現実的な対応です。会社としても、後から争われるより、根拠を示して合意したほうが確実です。
どの時点で相談するか
金額の問題については、次のいずれかの段階でご相談いただくのが実際的です。
- 会社から金額を提示された直後(署名を求められる前)
- すでに署名したが、金額に納得できていない段階
- 警察や検察から連絡があり、公訴事実の金額が問題になっている段階
早い段階であれば、内訳の開示を求め、資料を突き合わせたうえで交渉に入る余地があります。すでに署名した後でも、内容や経緯によって取り得る手段は残ります。刑事手続が始まった後であっても、どの範囲の行為が対象になっているのかを確認することには意味があります。
当事務所では、24時間体制でご相談を受け付けており、初回のご相談は無料です。会社から示された金額の根拠に説明がないまま返答を迫られている場合は、返答の前にご連絡ください。数字が固まる前と後とでは、取り得る対応の幅が変わります。


