発達障害・知的障害がある人の取調べ|迎合的な供述への備え

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

発達障害や知的障害のある方が警察や検察の取調べを受けるとき、ご家族や支援者の方から寄せられる心配で多いのが、「本人が、聞かれたことに何でも『はい』と答えてしまうのではないか」というものです。

 取調べの場面では、相手に合わせて答えてしまったり、質問の意味を取り違えたまま答えてしまったりすることがあると指摘されています。そこで作られた供述調書は、その後の手続で重要な資料として扱われます。

 この記事では、取調べの段階に絞って、どのような特性が問題になりやすいのか、捜査機関の側にどのようなルールが置かれているのか、そして本人とご家族・支援者が何を伝えられるのかを、条文や通達の内容に沿って整理します。

取調べで問われているのは「責任能力」だけではない

 障害と刑事事件というと、まず責任能力(刑法39条)が思い浮かぶ方が多いかもしれません。ただ、責任能力は「事件が起きたその時に、行為の善し悪しを判断し、その判断に従って行動する能力があったか」という、事件当時についての問題です。

 取調べの段階で先に問題になるのは、これとは別の事柄です。すなわち、供述が本人の意思でされたものか、そして、その内容が実際の出来事と合っているかという点です。刑事訴訟法319条1項は、強制や拷問、脅迫による自白のほか、任意にされたものでない疑いのある自白は証拠とすることができないと定めています。特性の影響で事実と違う供述が調書に残った場合、後に争われるのはこちらの土俵になります。

 この二つは、判断される時期も関係する条文も異なります。ここを重ねて考えると「診断がついていないのだから何も言えない」と受け止めがちですが、取調べの段階でできることは、診断の有無とは別に存在します。

場面ごとに問われる内容は違う


問われる場面主に問題となること関係する主な規定
事件が起きたとき行為の当時の判断能力(責任能力)刑法39条
取調べ・供述供述が任意にされたものか、内容が事実と合っているか刑事訴訟法319条1項
起訴するかどうか事情を踏まえた処分の判断刑事訴訟法248条
裁判供述調書を証拠として使えるか、量刑をどう考えるか刑事訴訟法322条1項


 取調べの段階でできることは、表の2行目に関わる部分に集中しています。責任能力や情状は、その先の段階で改めて検討されます。

迎合的な供述が生まれやすいとされる特性

 国立国会図書館が公表した調査資料では、取調べの場面で被暗示性や迎合性といった特性を持ちやすい人が「供述弱者」と呼ばれることがある、と整理されています。知的障害や発達障害のある人のほか、少年、高齢者、外国人などが挙げられています。ただし、同じ診断名でも現れ方は人によって大きく違います。以下は指摘されている傾向にすぎません。

質問の内容にかかわらず「はい」と答えてしまう

 同じ調査資料では、質問の内容にかかわらず迎合的に「はい」と答えてしまう傾向が指摘されています。取調べでは「間違いないね」「そういうことだね」という確認の形で質問が重ねられることがあり、同意を求める問いかけが続くほど、この傾向は出やすくなります。

質問を自分なりに読み替えて答える

 質問が理解できない場合でも、自分に分かるように解釈し直して答えることがある、という指摘もあります。答えが返ってくるため、取調べを行う側からは質問が正しく伝わったように見えます。後から調書を読み返して、聞かれた事柄と答えがかみ合っていないことに気づく場合があります。

時間・数量・順序といった事柄の説明が難しい

 「何時ごろ」「何回」「どちらが先か」といった事柄は、抽象度が高くなるほど答えにくくなることがあります。取調べで求められるのは、まさにこうした情報です。分からないまま数字を答えると、それが客観的な記録と食い違い、供述全体の信用性が疑われる方向に働くことがあります。

外から見て気づかれにくい

 一見しただけでは分からない場合がある、という点も指摘されています。日常会話が成り立っているように見えるため、特性が把握されないまま取調べが進むことがあります。黙秘権や弁護人を依頼する権利について説明を受けても、その意味を正確に理解できないことがある、とも指摘されています。日常の様子を知る人が伝えなければ、把握されにくい部分です。

性格や心がけの問題ではない

 迎合しやすさの背景として、日常生活の中で協調的で従順にふるまうことを期待され、それが良い結果につながる経験を重ねてきたことがある、という説明がなされています。身につけてきた対処の仕方が、取調室という場面では逆に働くということです。そのため準備は、本人の心構えを求める方向ではなく、環境と記録の側を整える方向で考えるのが現実的です。

捜査機関の側に置かれているルール


取調べの方法についての規定

 警察官についての規則である犯罪捜査規範には、関連する規定が置かれています。167条5項は、常に相手方の特性に応じた取調べ方法の習得に努め、取調べに当たってはその者の特性に応じた方法を用いるようにしなければならないとしています。

 168条の2は、精神又は身体に障害のある者の取調べを行うに当たっては、その者の特性を十分に理解し、取調べを行う時間や場所等について配慮するとともに、供述の任意性に疑念が生じることのないように、その障害の程度等を踏まえ、適切な方法を用いなければならないと定めています。

録音・録画の努力義務

 同規範182条の3第2項は、逮捕又は勾留されている被疑者が精神に障害を有する場合に、取調べを行うときなどは、必要に応じ、取調べ等の録音・録画をするよう努めなければならないと定めています。

 この規定の運用については、警察庁が通達を出しています。令和7年に施行された内容では、ここでいう「精神に障害を有する」被疑者とは、知的障害、発達障害、精神障害等、広く精神に障害を有する被疑者をいうとされています。そのうえで、言語によるコミュニケーション能力に問題があり、又は取調べ官に対する迎合性や被誘導性が高いと認められる被疑者については、証拠関係や本人に与える精神的負担などを総合的に勘案したうえで、可能な限り広く録音・録画を実施することとされています。

診断が出ていない段階でも対象として扱ってよいとされている

 同じ通達には、発達障害をはじめ、障害の中には専門家による判断も難しく、診断に相当の期間を要するものもあるという記載があります。そのうえで、障害の有無の判断を早期に行うことが困難な場合には、専門家による判断を殊更待つ必要はなく、一定程度その可能性が疑われると判断できた段階で、182条の3第2項の対象として取り扱って差し支えないという趣旨が示されています。

 診断書や手帳がまだ手元にない状況は珍しくありません。この記載は、そうした段階でも伝える意味があることを示すものとして参照できます。

 検察でも同様の取扱いが通知で定められており、知的障害があって言語によるコミュニケーションの能力に問題がある被疑者や、取調官に対する迎合性・被誘導性が高いと認められる被疑者に係る事件について、取調べの録音・録画を実施することとされています(平成31年4月19日付け次長検事依命通知)。

司法手続における配慮を定めた法律

 障害者基本法29条は、障害者が刑事事件に関する手続の対象となった場合などにおいて、その権利を円滑に行使できるようにするため、個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮しなければならないと定めています。また、障害者差別解消法7条2項は、行政機関等に対し、障害者から社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、負担が過重でないときは必要かつ合理的な配慮をしなければならないとしています。警察や検察も、この「行政機関等」に含まれます。

ルールが届く範囲には限りがある


  • 録音・録画の努力義務の対象は、逮捕又は勾留されている被疑者の取調べです。
  • 在宅のまま呼び出しを受けて受ける取調べは、この努力義務の対象から外れます。
  • 刑事訴訟法301条の2で録音・録画が義務づけられているのは、死刑又は無期拘禁刑に当たる罪に係る事件などに限られています。
  • 障害者手帳を持っていない方や、それまで福祉の支援につながっていなかった方は、対象として扱われないまま進むことがあると指摘されています。


 いずれのルールも、本人の特性について何らかの情報が捜査機関に届いていることを前提としています。障害者差別解消法の配慮も「意思の表明があった場合」が出発点です。制度があることと、その制度が自動的に動き出すことは別だといえます。

何を、誰に伝えるか


伝える先は二つある


  1. 取調べを担当する警察官・検察官に対して、本人または弁護人から伝える。
  2. 弁護人に対して、家族や支援者から伝える。
  3. 弁護人を通じて、録音・録画の実施や取調べ方法への配慮を申し入れてもらう。
  4. 公判になった場合に備えて、いつ何を伝えたかを記録に残しておく。


 伝えた内容が記録に残っていれば、後に供述の任意性や信用性が問題になったときの検討材料になります。口頭で伝えるだけでなく、書面や弁護人への連絡という形で残しておくことに意味があります。

診断名よりも、普段の受け答えの様子

 役立つのは、診断名そのものよりも、本人が普段どのように受け答えをするかという具体的な内容です。手元にあれば、次のようなものが手がかりになります。

  • 障害者手帳、療育手帳、受給者証、診断書、通院先の名称。
  • 学校で作成された個別の指導計画や支援計画、通知表の所見。
  • 勤務先や施設で作成されている記録、支援員の連絡ノート。
  • 本人の受け答えの特徴を書き出したメモ。強く言われると相手に合わせやすい、長い質問だと後半しか答えられない、時刻や回数の説明が苦手といった具体例。
  • これまで関わってきた支援者や相談先の連絡先。


取調べの場で本人ができること


  1. 分からない質問は、分からないと伝える。
  2. 覚えていないことは、覚えていないと答える。
  3. 質問が長いときは、短く区切って聞き直してもらう。
  4. 「はい」と答える前に、何を聞かれているのかをもう一度確かめる。
  5. 自分が話した内容と違う書き方になっている部分は、その場で指摘する。


 「覚えていない」は、答えになっていない返事ではありません。記憶が曖昧なときに無理に数字や時刻を答えるほうが、後で食い違いを生みます。

調書は読み上げてもらったうえで、違う点を申し立てられる

 刑事訴訟法198条4項は、供述調書を本人に閲覧させ、又は読み聞かせて誤りがないかを問い、本人が増減変更の申立てをしたときは、その供述を調書に記載しなければならないと定めています。署名押印を求められるのはその後で、同条5項は、これを拒んだ場合はこの限りでないとしています。署名や訂正の場面での具体的な進め方は、別の記事で詳しく扱っています。

立会いについて、期待できることとできないこと

 取調べに弁護人が立ち会うことは、現在の法律で制度として定められてはいません。禁止する規定も置かれておらず、認めるかどうかは個別の事案ごとの判断とされています。導入の是非は、国の会議でも議論が続いている状況です。心理や福祉の専門家が立ち会う取組も、過去に試行として実施された例が公表されているものの、一般的な運用として定着しているとはいえません。

 他方、助言を受ける形については、令和3年の警察庁の通達で、暗示を受けやすい者や取調べ官等に迎合しやすい者について、必要に応じ、発問の仕方など特性に応じた留意点を医師等の専門的な知見を有する者から事前に聴取し、取調べに活かすことが留意事項として挙げられています。誰かが同席することを前提にするのではなく、記録が残る形にしてもらうこと、弁護人が接見で状況を把握することを軸に考えるのが現実的です。

家族・支援者ができること


  • 逮捕の連絡を受けた段階で、弁護士会に当番弁護士の派遣を求める。
  • 配偶者、直系の親族、兄弟姉妹は、本人とは別に、独立して弁護人を選任することができる(刑事訴訟法30条2項)。
  • 弁護士会によっては、障害のある方の刑事弁護について研修を受けた弁護士を派遣する仕組みを設けているところがある。
  • 手元にある資料をまとめ、面会や弁護人への連絡を通じて早い段階で渡す。
  • 本人に対しては、話を合わせて早く終わらせる必要はないこと、分からないことは分からないと言ってよいことを、繰り返し具体的に伝える。


責任能力や福祉的な支援は、次の段階の話

 責任能力が問題になる場合の鑑定、起訴するかどうかの判断、生活環境を整える取組、福祉の支援につなぐ働きかけは、取調べの後の段階で本格的に検討されます。ただし、それらは捜査段階で残された供述を土台として進みます。事実と違う内容が調書に固定されると、その後の検討もその内容を前提に進む可能性があります。取調べの段階で整えておく意味は、ここにあります。

誤解されやすい点


  • 診断書や手帳がなければ配慮を求められない、というわけではありません。
  • 録音・録画が行われていれば、供述の内容がそのまま正しいものとして扱われる、というわけでもありません。記録は事後に検証するためのものです。
  • 障害があることを伝えれば、それだけで処分が軽くなるという関係にはありません。伝える目的は、供述が事実と合っているかを確かめられる状態にすることです。
  • 一度した供述を後から訂正した場合、訂正後の内容だけでなく、変わった経緯そのものも検討の対象になります。
  • 責任能力の問題と、供述が事実と合っているかという問題は、別々に判断されます。


まとめ


  • 取調べの段階でまず問題になるのは、責任能力ではなく、供述が任意にされたものか、内容が事実と合っているかという点です。
  • 質問の内容にかかわらず同意してしまう、質問を自分なりに読み替えて答えるといった傾向が指摘されており、外から気づかれにくい場合があります。
  • 犯罪捜査規範167条5項・168条の2は特性に応じた取調べを求め、182条の3第2項は逮捕・勾留中の被疑者について録音・録画の努力義務を定めています。
  • 警察庁の通達では、診断を待たずに、可能性が疑われる段階で対象として取り扱って差し支えないとされています。
  • これらの仕組みは、情報が捜査機関や弁護人に届いていることを前提としています。診断名よりも、普段の受け答えの具体例を伝えることが手がかりになります。


 取調べは、いったん始まるとその日のうちに調書という形が残ります。違和感を持った段階で早めに弁護士に相談していただくことで、伝えるべき内容の整理や捜査機関への申入れを進めやすくなります。当事務所では初回無料相談を24時間受け付けており、逮捕されている場合の接見にも対応しています。

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

風俗・男女トラブルの不当要求から依頼者を守る弁護士

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ東京
  3. 東京の法律関連
  4. 東京の男女・夫婦問題
  5. 若井亮
  6. コラム一覧
  7. 発達障害・知的障害がある人の取調べ|迎合的な供述への備え

若井亮プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼