双方が酔っていて記憶がない|アルコールと不同意の認定
セルフレジで会計を済ませたつもりだった。試着室に持ち込んだ服の数が合わないと言われた。カートの下段に載せた飲料のケースを、レジで下ろさないまま出口を通ってしまった。こうした場面で店から声をかけられ、事務所や別室に案内されて説明を求められる、というご相談があります。
このとき多くの方が困るのは、「盗るつもりはなかった」と伝えても、それが伝わったという手応えを得られないことです。店の側から見えているのは、代金が支払われていない商品が売り場の外に出たという事実だけで、そのときあなたが何を考えていたかは見えていません。同じ言葉を、悪意をもって持ち出した人も口にするからです。
この記事では、セルフレジ・試着室・買い忘れという三つの場面を取り上げ、疑いがどこから生まれるのか、そして何を伝えれば説明として意味を持つのかを、条文と裁判例に沿って整理します。なお、実際に代金を支払わずに商品を持ち出した方が、その事実を伏せたまま切り抜けるための記事ではありません。
争われているのは「持ち出したかどうか」ではない
万引きと呼ばれる行為は、法律上は窃盗罪の問題です。刑法235条は、他人の財物を窃取した者を10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金と定めています。2025年6月1日から、懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されました。
ただし、条文はもうひとつあります。刑法38条1項は「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と定めています。そして、過失による窃盗を処罰する規定は置かれていません。人を傷つけた場合には過失傷害罪という受け皿がありますが、窃盗にはそれがない。つまり、登録し忘れていただけであれば、窃盗罪は成立しません。
問題は、その手前にあります。未精算の商品が売り場の外に出たという外形の部分は、レシート、精算データ、防犯カメラの映像によって、ほとんど争いにならないことが多いのです。そうすると、残る争点は「そのとき、代金を払っていないと分かっていたか」という一点に絞られます。説明が必要になるのは、この一点についてです。
「分かっていたか」は、言葉ではなく状況から判断される
人の頭の中は直接見ることができません。そのため実務では、未精算の商品が店の外に持ち出されたという事実が認められれば、そこから故意を推し量るという扱いが出発点になります。店が、代金を受け取らないまま商品を持ち出されることを承諾しているとは考えにくいからです。
この出発点があるために、「忘れていました」とだけ述べても、判断を動かす材料にはなりにくくなります。求められているのは気持ちの表明ではなく、忘れても不自然ではない状況が、その日実際にあったといえるだけの具体的な事情です。
三つの場面は、疑いが生まれる仕組みがそれぞれ違います。仕組みが違えば、説明の中心に置くべき事情も変わります。
| 場面 | 疑いが生まれる仕組み | 説明の中心になる事情 |
|---|---|---|
| セルフレジ | 商品の登録を客が自分で行うため、登録の有無が本人の操作にかかっている。 | 購入した点数、精算にかけた時間、商品の置き方、所持金と決済の方法。 |
| 試着室 | 店員の視線も防犯カメラも届かない空間を経由する。 | 持ち込んだ点数と返却の状況、値札やタグの状態、同行者の有無。 |
| 買い忘れ | 会計をする動線と、商品を運び出す動線がずれている。 | カートやかごの段の使い分け、マイバッグの使い方、家族や子どもの関与。 |
セルフレジ|登録漏れが起きる形と、裁判所が見た事情
登録漏れが起きやすい場面
- 読み取り音が鳴らないまま、商品を袋に移してしまった。
- 同じ商品の個数を、実際より少なく入力してしまった。
- カートの下段に載せた重い商品を、下ろさないまま精算を終えた。
- 有料の袋の登録を忘れた。
- 決済の操作が終わる前に、終わったと思ってその場を離れた。
いずれも、商品を隠す動作を伴いません。ここが、レジを通らずに商品を鞄へ入れる形の万引きとの違いです。しかし、精算データの上ではどちらも「登録されていない商品が外に出た」という同じ形になります。
故意を認めなかった裁判例
セルフレジをめぐって、窃盗の故意を否定して無罪を言い渡した裁判例があります(奈良地裁令和4年1月13日判決)。買い物カートの上段に水槽を、下段に買い物かごを積んだ状態でセルフレジを使い、水槽以外の商品27点を精算して店を出た、という事案でした。
判決は、大型の商品であっても、精算する意思でセルフレジまで持ち込んだ後にその精算を忘れてしまうことが社会通念上およそ稀有な事態とはいい難い、という一般論を述べています。そのうえで、27点もの商品を同時に持ち込んで約30分にわたり精算作業をしていたのだから水槽の精算を忘れることがあっても不自然とはいい難いこと、精算済みの商品が合計5,889円に及んでいたのだからレシートに水槽の記載がないことを見落としても不自然ではないことなどを挙げ、故意は認められないとしました。報道によれば、精算の前に従業員へその商品が欲しいと声をかけていたこと、購入できるだけの金額を持っていたことも、判断の理由に挙げられています。
この判決が示しているのは、「忘れた」という言葉が通ったということではなく、忘れても不自然でないといえるだけの事情が積み上がったということです。点数が少なく、精算が短時間で終わり、登録されていない商品だけが袋に入っている、という形であれば、同じ言葉でも同じ評価にはなりにくいでしょう。裁判例があることは、説明が不要になる理由にはなりません。
試着室|映像の届かない空間を経由する
試着室の内部は、通常、防犯カメラを向けられない場所です。これは客の側に有利にも不利にも働きます。店側は「試着室で何が起きたか」を映像で示せませんが、疑いをかけられた側も、映像で否定することができません。
そこで材料になるのが、持ち込んだ点数と返却された点数の突き合わせ、入室前後の映像、値札やセンサータグの状態、同行者の有無です。点数の食い違いは、返却時の数え違い、他の客の商品との混在、自分の服との取り違え、畳んだ服の重なりといった、盗む意思とは関係のない理由でも起こります。ただし、それを裏づける材料もまた同じ空間の中にあるため、後から復元しにくいという難しさがあります。
店の外に出ていなくても問題になりうる
窃盗罪が完成する時点は、商品を店の外に運び出したときとは限りません。店が用意した買い物かごに入れている間は、まだ店の管理下にあると考えられていますが、持参のバッグやポケット、上着の内側へ移した時点で、商品の支配が移ったと評価されることがあります。古い判例に、店頭の靴下を懐に入れた時点で窃盗は既遂になり、すぐに見つかって取り戻されたとしても既遂であるとしたものがあります(大審院大正12年4月9日判決)。
試着室で自分のバッグに商品を入れた、値札を外した、といった行為が重く見られやすいのは、この理屈が背景にあります。もっとも、窃盗罪の成立には、条文には書かれていない要件として、権利者を排除して自分の物として利用・処分する意思(不法領得の意思)も必要とされます。試着のためにその場で身につける行為とは、そこで区別されます。
買い忘れ|会計と持ち出しの動線がずれるとき
買い忘れは、店内での動き方そのものから生まれます。カートの下段に載せた米や飲料のケース、会計前にマイバッグへ入れてしまった商品、子どもがかごやポケットに入れた商品、家族が別々に会計をしたときの取り違え、商業施設の中で区画をまたいで移動したとき。2020年7月にレジ袋が有料化されて以降、袋を先に用意して商品を入れる動作が日常になったことも、この形の誤解を増やしています。
ここでも、「まだ出口を出ていない」という反論は決め手になりにくいことに注意が必要です。買い物かごに入れた商品をレジの外側に持ち出した時点で窃盗は既遂になるとした裁判例があります(東京高裁平成4年10月28日判決)。会計を通らずにレジの外に出た時点で、外形としては整ってしまうということです。
気づいた時点でどう動いたかは、説明の一部になります。どこで気づいたのか、引き返したのか、店員に申し出たのか。申し出た時刻や、そのとき対応した店員の名前を控えておくと、後から経緯を示しやすくなります。
その場で求められること
代金を払うことと、故意を認めることは別
商品の代金を支払うかどうかは、売買と清算という民事の話です。故意があったかどうかとは、本来別の問題です。ところが実際の場面では、この二つが「認めるかどうか」という一つの問いに溶けてしまいがちです。
その場を早く終わらせたい気持ちから、「すみません、申し訳ありません」とだけ繰り返すと、何について謝ったのかが記録に残りません。支払いと認識は、分けて伝えたほうが後々の説明と食い違いません。たとえば、代金は支払うこと、一方で登録し忘れていたという認識であること、この二つを別々に述べる、という形です。
書面と、荷物の確認
その場で報告書や誓約書への署名を求められることがあります。内容を読まないまま署名すると、そこに書かれた事実関係が、後の手続で出発点として扱われることがあります。書面に何を書き、何を書かないかという点は、それだけで別に検討すべき論点です。
荷物の中身を見せることや、事務所へ同行することは、店側の求めであって、法律上の義務があるわけではありません。ただし、断ったことがそのまま有利に働くわけでもありません。応じる場合でも、誰の前で、どこで、どのくらいの時間行われたかを覚えておくと、後で状況を説明しやすくなります。
振り払って立ち去ることの危険
現行犯であれば、警察官でなくても逮捕できるとされています(刑事訴訟法213条)。逮捕した私人は、直ちに検察官または司法警察職員に引き渡さなければなりません(同法214条)。もっとも、私人が用いてよい実力は、社会通念上必要かつ相当な範囲にとどまります。
ここで振り払ってその場を離れようとし、相手にけがをさせると、窃盗ではなく、より重い罪が問題になることがあります。誤解を解く場を、自分から失うことにもなります。
説明の材料は、時間とともに失われる
故意がなかったことを示す材料の多くは、放っておくと数日で手元から消えます。買い物の直後であれば残っているものを、まず確保しておくことです。
- レシートと、カード・電子マネー・コード決済の利用明細。
- 購入した商品そのものと、入れて帰った袋の状態。
- 入店から退店までのおおよその時刻。
- 同行していた人と、その人が見ていたこと。
- そのときのかご・カート・マイバッグの使い分け。
- 店員とやり取りをした場合は、その内容と時刻。
- 購入した点数と、精算にかかったおおよその時間。
店内カメラの映像は、保存期間が過ぎれば上書きされます。期間は店舗によって異なり、長く残るとは限りません。早い段階で店側に保存を求めておく意味は、ここにあります。
なお、決済アプリの履歴を消す、商品を処分するといった行為は、後から不利な事情として見られることがあります。記録を残すことと、話をつくることは違います。
記憶があいまいなときに、どう話すか
この種の相談では、状態が三つに分かれます。ひとつ目は、登録したと思っていた場合。ふたつ目は、登録していないこと自体に気づいていなかった場合。三つ目は、いま思い返しても分からない場合です。
難しいのは三つ目です。分からないことを、ひとつ目のつもりで「確かに通しました」と話してしまうと、後から精算データや映像と食い違ったときに、説明が変わったと受け取られます。一度そう見られると、その後の説明も割り引かれて聞かれることになります。
分からない部分は分からないまま伝えるほうが、結果として説明全体の一貫性は保たれます。覚えている部分と、覚えていない部分の境目を、自分の中ではっきりさせておくことが出発点になります。
後日、警察から連絡が来た場合
その場では何も言われず、後日になって連絡が来ることがあります。精算データと防犯カメラの映像を突き合わせて確認する作業に、時間がかかるためです。
取調べでは、話した内容が供述調書としてまとめられます。取調べに先立って供述を拒むことができる旨が告げられること、調書は読み聞かせられ、内容に誤りがあれば増減変更を申し立てられること、署名押印を拒むことができることは、いずれも刑事訴訟法198条に定められています。書かれた表現が自分の記憶と違うと感じたら、その場で訂正を求めることになります。
処分をどうするかは、事案の内容と、その後の事情を踏まえて検察官が判断します。ここで注意したいのは、故意を争う場合と、事実を認めたうえで弁償や示談によって処分の軽減を目指す場合とでは、進む方向が違うという点です。どちらの立場で臨むのかを決めないまま、両方に少しずつ寄せた説明をすると、どちらの材料も弱くなります。
誤解だったと分かった場合に、店へ何を言えるか
結果として誤解だったと分かったとき、店の対応について賠償を求められないかというご相談もあります。判断の枠組みは民法709条の不法行為ですが、疑いをかけられたこと自体が直ちに違法になるわけではありません。
問われるのは、疑うだけの事情があったかどうか、そして伝え方です。人目のある場所で長時間にわたって問いただされた、根拠を示さないまま決めつけられた、といった事情があれば別に検討する余地があります。一方で、未精算の商品が実際に袋に入っていたという場合には、声をかけたこと自体は不合理とはいえないという評価になりやすいところです。
誤解されやすい点
- レシートを見せれば終わる、とは限りません。レシートが示すのは登録された商品であって、登録されなかった商品については何も語らないためです。
- 代金を払えば犯罪にならない、というわけではありません。支払いは民事の清算であり、故意の有無とは別に判断されます。
- セルフレジは記録が残らない、ということはありません。登録の内容は精算データとして残り、映像と突き合わせることができます。
- 気づいて商品を戻せば、すべてなかったことになるとは限りません。もっとも、そもそも故意がなければ窃盗罪は成立しません。
- 疑われた側が当然に賠償を受けられる、というものでもありません。店側に落ち度があったかどうかが、別に問われます。
まとめ
- 窃盗罪には過失を処罰する規定がなく、登録し忘れただけであれば成立しません。
- 一方で、未精算の商品が売り場の外に出たという事実からは、故意が推し量られるのが実務の出発点です。
- 説明として意味を持つのは気持ちの表明ではなく、忘れても不自然でないといえる具体的な事情です。
- その事情は、レシート・決済履歴・映像・同行者といった形で、時間とともに失われます。
- 記憶があいまいな部分は、あいまいなまま伝えるほうが、説明の一貫性は保たれます。
セルフレジも試着室も、店が用意した仕組みを客が自分で使う場面です。仕組みに任される部分が増えるほど、操作を誤ったときの外形と、故意をもって持ち出したときの外形は近づいていきます。だからこそ、その日の買い物をどこまで具体的に再現できるかが、説明の質を左右します。声をかけられて動揺したまま一人で対応を決める前に、手元の記録を確保したうえで、早い段階でご相談いただければと思います。


