尿検査を求められた|拒否できるか、強制採尿とは何か
店の事務所に通され、「警察は呼ばないので、この場で話をつけましょう」と言われた――万引きをめぐるご相談で、最初に語られる場面のひとつです。
このとき、多くの方は提示された金額を払うかどうかだけを考えます。しかし、その場で確かめておく価値が高いのは金額そのものではなく、目の前にいる相手が何を決められる立場なのか、そして「警察を呼ばない」という言葉が何を保証しているのか、という二点です。
この記事では、小売業側の実態調査や警察が公表している防犯マニュアルなど、公開されている資料も手がかりにしながら、通報前のその場で何が起きているのかを整理します。
この記事が前提にしている場面
次のような状況を想定しています。
- 商品を持ち出したことについて、本人にも心当たりがある場面を前提にしています。
- 店の事務所や別室で、店員や警備員から話を聞かれている段階を想定しています。
- 未精算や取り違えなど、事実そのものに争いがある場合は、この記事とは別の対応が必要になります。
- 金額の相場は示していません。相場よりも、その場で何が決まっていて何が決まっていないのかを扱います。
その場の「示談」には、三つの別の話が混ざっている
店側から示される内容は、ひとまとめに「示談」と呼ばれることが多いのですが、法律上の性質は次の三つに分かれます。
| 話の中身 | 法律上の性質 | 後に残るもの |
|---|---|---|
| 商品代金などの弁償 | 不法行為に基づく損害賠償の支払い(民法709条) | 支払った事実と、その記録 |
| 警察を呼ばないという約束 | 当事者間の約束にとどまり、刑事手続を左右する制度ではない | 約束の存在。ただし強制する手段は乏しい |
| 出入禁止・誓約書への署名 | 店の施設管理に関する取り決めと、本人が作成した文書 | 署名した文書そのもの |
三つが同時に提示されるため、二つ目(通報しないこと)を得たつもりで、実際には一つ目(弁償)だけを果たしているという状態が生じやすいのが、この場面の特徴です。
目の前にいる相手は、何を決められる人なのか
全国万引犯罪防止機構が2024年に公表した第14回の実態調査(回答265社)によると、万引きをした人を捕捉した者の内訳は、保安警備員が58.2パーセント、自社の従業員が18.0パーセント、警察官が12.7パーセントでした。声をかけてきた相手が店の社員ではなく、外部の警備会社の担当者であることは珍しくありません。
同じ調査では、万引き対策を担当している部署は「店舗」が43.0パーセント、「本部」が43.0パーセントで並んでいます。対応方針を本部が持っている会社では、店舗の担当者がその場で最終的な取り扱いを決められるとは限りません。
そのため、その場でのやり取りは、会社としての結論ではなく、途中経過であることがあるという前提で受け止めておく必要があります。相手の氏名・立場・所属(店舗の社員なのか、委託を受けた警備会社なのか)を確認しておくと、後で話が食い違ったときの手がかりになります。
「警察を呼ばない」という約束はどこまで効くのか
窃盗罪は、被害者の告訴がなければ起訴できない罪(親告罪)ではありません。告訴の取消しのように、被害者の意思がそのまま手続の帰すうに直結する仕組みが用意されていない、ということです。刑事訴訟法239条1項は、犯罪があると思料する者は誰でも告発できると定めており、届け出るかどうかを店側が判断できる状態は、その後も続きます。
警察は店舗に対して通報を求めている
三重県警察が公表している万引き防止マニュアルには、捕まっても商品の買い取りで済ませてしまうと繰り返しにつながりうるという趣旨が記されており、万引きを発見したらすぐに通報し届出をするよう店舗に呼びかける記載があります。その場で代金を払って終わらせる取り扱いは、行政側が店舗に求めている方向とは異なります。
届け出るかどうかの判断基準に、弁償は挙がっていない
同機構の第12回調査(2018年公表)では、万引きを発見した後の基本的な処理方針として「全件警察に届出する」が53.0パーセント、「ケースバイケース」が40.3パーセント、「届出しない」が1.5パーセントでした。届け出るかどうかに判断基準を持っていると答えた会社が挙げた基準は、被疑者の年齢、被害額の大きさ、犯行の回数などで、弁償したかどうかは主要な項目として挙がっていません。
その場の約束が守られることもあります。ただし、守られなかったときにそれを強制する手段は乏しく、「払ったのだから通報されない」と読み替えることはできない、というのが実際のところです。
それでも弁償に意味があるのは、事件になった後である
弁償が無意味だという話ではありません。効き方が「通報を止める」方向ではなく、「事件として動き出した後の判断材料になる」方向だ、というだけです。
警察は、捜査した事件を検察官に送致するのが原則ですが、犯罪事実が極めて軽微で、あらかじめ検察官から指定された類型については送致しないことができます(刑事訴訟法246条ただし書、犯罪捜査規範198条)。いわゆる微罪処分で、この場合は訓戒などの措置がとられ、月ごとに一括して検察官へ報告されます(同規範199条、200条)。どの事件が対象になるかは各地の検察庁の指定によりますが、被害が軽微であることや回復が済んでいることは、実務上その前提として見られています。
検察官が起訴するかどうかを決める場面でも、刑事訴訟法248条は「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」を判断の要素として挙げています。弁償は、このうち「犯罪後の情況」にあたる事情の一つです。
だからこそ、払ったことを残しておく
その場で支払う場合には、後から示せる形にしておくことが後々の助けになります。
- 領収書か受領証を受け取り、日付・金額・宛名を確認する。
- 金額の内訳(商品代金だけなのか、それ以外を含むのか)を書き留めておく。
- 受け取った相手の氏名と立場を控えておく。
- 署名した書面がある場合は、写しを求める。
提示された金額をどう見るか
民事の賠償として基本になるのは、商品の代金相当額です。商品を返した場合でも、そのままでは販売できないとして代金相当額を求められることがあります。
これに加えて、捕捉にかかった人件費などを請求する会社もあります。ただし前述の第14回調査では、捕捉にかかった費用の損害賠償請求を「している」と答えた会社は10.9パーセント、「していない」が82.3パーセントでした。上乗せが当然に生じるわけではなく、会社によって扱いが分かれているということです。
説明のつかない高額を示された場合、その場で結論を出さなければならないわけではありません。金額の根拠と内訳を示してもらい、持ち帰って確認したいと伝えること自体は、不当な対応ではありません。強く迫られ、内容を理解しないまま合意した場合には、後にその効力が争われることもあります(民法96条1項など)。もっとも、支払いに応じないことで通報の可能性がなくなるわけではない点も、あわせて理解しておく必要があります。
その場で署名を求められる書面
誓約書、始末書、上申書など、名称はさまざまです。共通しているのは、いずれも自分の名前で作成した文書として後に残ることです。
署名や押印のある文書は、民事訴訟では本人の意思で作成されたものとして扱われやすくなります(民事訴訟法228条4項)。刑事の場面でも、本人が作成した文書は、その内容に応じて証拠として扱われることがあります(刑事訴訟法322条1項)。
そのため、事実と違う内容や、自分でも正確には把握していない回数・期間が書かれた文書に署名することは避けたいところです。書いた内容を後から訂正するには、書かないことよりもはるかに手間がかかります。身分証の提示や撮影を求められることもありますが、これに応じる法律上の義務が定められているわけではありません。断った場合には警察へ連絡する流れになりやすい、という事実上の関係があるだけです。
どこまでその場にとどまる必要があるのか
現行犯人は、警察官でなくても逮捕することができます(刑事訴訟法213条)。ただし、警察官等以外の者が現行犯人を逮捕したときは、直ちに検察官または司法警察職員に引き渡さなければならないとされています(同法214条)。身柄を押さえたうえで示談を済ませてから帰す、という手順は、制度が想定しているものではありません。
逮捕されていない場合、事務所での聞き取りは任意のやり取りということになります。もっとも、その場を離れることが後の見え方に影響することはあります。長時間に及ぶ場合や、身の安全に不安を感じる場合には、自分の側から警察に連絡するという選択肢もあります。
その場で決めることと、決めなくてよいこと
ここまでを整理すると、次のようになります。
| その場で向き合った方がよいこと | その場で決めなくてよいこと |
|---|---|
| 事実を認めるのか、争うのかという自分の立場 | 支払う金額と、その内訳 |
| 商品を返し、落ち着いて対応すること | 分割にするかどうかなどの支払方法 |
| 相手方と自分の双方の連絡先の確認 | 誓約書や合意書の細かい文言 |
| 事実と異なる内容には署名しないという線引き | 通報の有無を条件にした取り決め |
後日に連絡が来た場合と、未成年の場合
その場では終わったように見えても、防犯カメラの映像などをもとに、後日、警察から連絡が来ることがあります。窃盗罪の公訴時効は7年で、民事の損害賠償請求権にも別に時効の定めがあります(民法724条)。時間が経ったから終わった、とは限りません。
本人が未成年の場合は、保護者や学校へ連絡がいくことが多く、その後の手続も成人とは異なる流れになります。その場で保護者に連絡が入ること自体は、通常の対応の範囲内です。
誤解されやすい点
- 商品を返せば被害がなくなる、というものではありません。返却後も代金相当額を求められることがあります。
- 支払いを済ませたことは、刑事手続が始まらないことを意味しません。反対に、始まった後の判断材料としては意味を持ちます。
- その場にいる担当者の言葉が、会社としての最終的な結論とは限りません。
- 「示談書」という表題があっても、通報しないことまで有効に約束できているとは限りません。
- 金額に納得しないまま合意することと、責任を認めることは、別のことです。
まとめ
- その場の「示談」には、弁償・通報しない約束・誓約書という三つの話が混ざっています。
- 声をかけてきた相手は外部の警備担当者であることが多く、対応方針を本部が持つ会社も4割を超えます。
- 窃盗は親告罪ではなく、届け出るかどうかを店側が判断できる状態は、その後も続きます。
- 弁償が効くのは通報を止める方向ではなく、事件になった後の判断材料としてです。だからこそ記録を残します。
- 事実と異なる書面には署名せず、金額はその場で決めなくて構いません。
その場で完結させようとするほど、後から確かめられる材料は減っていきます。すでに支払ってしまった場合でも、書面に署名してしまった場合でも、できることが残っていることは少なくありません。事実関係と提示された内容を整理したうえで、早めにご相談ください。


