マッチングアプリで会った相手から被害届|経緯の記録が意味を持つ理由
「明日、少し話を聞かせてほしい」。上司や管理部門からそう告げられたとき、最初に来るのは、何を聞かれるのか分からないという不安ではないでしょうか。
会社のお金や物の扱いをめぐる社内調査は、外からは見えにくい手続です。「業務上横領 社内調査」と検索して出てくる記事のほとんどは、会社側に向けて書かれています。どう証拠を集め、どう聴き取り、どう処分するか。呼ばれた側が、その席に座る前に何を整理しておけばよいのかを扱った情報は、ほとんど見当たりません。
この記事では、呼ばれた側の視点から、話す前に整理しておきたいことを順に説明します。
呼ばれた時点で、会社側は何を用意しているのか
企業向けの実務解説を読むと、社内調査の進め方はおおむね共通しています。先に客観的な資料を固め、そのうえで本人から話を聞く、という順序です。伝票、帳簿、口座の履歴、レジや在庫のデータ、メール、入退室の記録。本人の説明がなくても残っている資料を、まず押さえます。
呼び出しが直前まで知らされないことが多いのも、同じ設計から来ています。事前に伝えれば資料の廃棄やデータの削除、関係者との口裏合わせが起こりうる。会社側の記事は、そろってその点を注意事項として挙げています。
ですから、「まだ何も分かっていないはずだ」という前提で臨むのは、現実に合わないことが少なくありません。
もっとも、会社が持っている見立てが正確とは限りません。とくに金額と期間には、推計が混じっていることがあります。何年分をどのように積み上げたのか、他の担当者が関わった分やルールがあいまいだった経費が含まれていないか。ここは、後になって大きな差になります。
社内調査と刑事手続は別だが、記録はつながる
押さえておきたいのは、社内調査は刑事手続ではない、という点です。目の前にいるのは捜査機関ではなく、会社の担当者か、会社から依頼を受けた弁護士です。黙秘権の告知はありませんし、取調べのルールがそのまま当てはまる場面でもありません。
裏を返せば、刑事手続で保障されている権利が、社内調査にそのまま及ぶわけでもない、ということです。
問題は、この二つが別の手続でありながら、片方の記録がもう片方に流れ込むことにあります。会社が後に刑事告訴に踏み切れば、ヒアリングで作られた顛末書や確認書は、捜査機関に提出されます。本人が自分で書いた書面は、自分に不利益な事実を認める内容であれば、刑事訴訟法322条1項によって裁判の証拠となり得ます(任意にされたものでない疑いがあるときは除かれます)。
社内で済む話だと思って書いた書面が、数か月後に別の場所で読まれることがある。この構造を知っているかどうかで、その日の受け答えは変わってきます。
どこまで答える義務があるのか
従業員は、会社の調査に必ず協力しなければならないのでしょうか。
最高裁は、企業は企業秩序を維持するために事実関係を調査することができるとしたうえで、そこから直ちに労働者がいつでも調査に協力する義務を負うとは解せない、と述べています(富士重工業事件・最高裁昭和52年12月13日判決)。判決が示した枠組みは、調査への協力がその人の職責そのものになっている場合には協力義務があり、それ以外の場合は、労務を提供するうえで必要かつ合理的といえるかどうかで判断される、というものです。
ただし、この事件は、他の従業員の規律違反について尋ねられた人が答えなかった、という事案でした。自分が担当していた業務の処理について説明を求められている場面は、業務そのものの説明という色彩が強く、同じようには論じにくい面があります。
実務で意味を持つのは、答えるか答えないかの二択ではなく、答え方のほうです。具体的には、次の三つを混ぜないことです。
- 自分が確実に覚えている事実
- 記憶があいまいな部分
- 自分の評価や意見
あいまいな記憶を確定的な言い方でつないでしまうと、後から訂正するのが難しくなります。「その点は今すぐ正確に思い出せません」と答えることは、不誠実な態度ではありません。
話す前に整理しておきたい五つのこと
- 何について、いつの分を聞かれるのか。呼び出しの際に確認して構いません
- 自分の記憶で確定的に言えることと、言えないことの切り分け
- 自分の手元にある資料。日報、引継ぎメモ、承認をもらったやり取り、経費の運用が分かるもの
- 会社が想定していそうな金額・期間と、自分の認識とのずれ
- その場で署名を求められそうな書面の想定
三つ目は見落とされがちです。会社の資料は会社が管理していますが、自分の側にしかない記録、たとえば上司の了解を得たときのやり取りや、社内で事実上黙認されていた運用を示すものは、後から取り戻せないことがあります。自宅待機を命じられたり、社内システムのアカウントを止められたりすると、確認する手立てがなくなります。
その場で署名を求められる書面
顛末書・確認書
経緯を記した書面です。会社側の実務書には、ヒアリングの目標を「本人に事実を認めてもらい、書面にすること」と説明するものが少なくありません。文案があらかじめ用意されている場合もあります。
内容が自分の認識と違う部分があれば、その場で直してもらう、あるいは自分の言葉で書くという選択肢があります。署名した書面について、後から「本当はそう思っていなかった」と説明するのは容易ではありません。
返済誓約書・債務承認書
金額を認めて支払いを約束する書面です。ここで気をつけたいのは、金額が固まっていない段階で総額を認めてしまうことです。
会社の推計には、自分が関与していない分や、ルールがはっきりしないまま処理されていた経費が含まれていることがあります。いったん承認してしまうと、後からその金額を争うのは簡単ではありません。返す意思を伝えることと、確定していない金額に署名することは、切り分けられます。
退職届
「懲戒解雇になる前に自分から出したほうがいい」と勧められることがあります。判断材料として理解できる話ではありますが、その場で書くかどうかは別の問題です。
退職届は、一般に労働契約の合意解約の申込みと理解されており、会社が承諾するまでは撤回の余地があるとされています。ただし、人事部長が受け取った時点で会社の承諾があったと判断された例もあります(最高裁昭和62年9月18日判決)。
また、解雇される理由が実際にはなかったのに、退職届を出さなければ解雇されると誤信して退職に応じた事案で、意思表示に錯誤があったとして退職の合意の効力が否定された裁判例があります(昭和電線電纜事件・横浜地裁川崎支部平成16年5月28日判決)。他方で、懲戒処分が検討されていると告げられて退職願を出した事案について、本人が退職金や社会保険の扱いを確認したうえで判断していたことなどから、錯誤を否定した裁判例もあります(ネスレ日本事件・東京高裁平成13年9月12日判決)。結論は事情によって分かれ、後から必ず取り消せるというものではありません。
その日のうちに決めなければならない理由は、通常はありません。「持ち帰って考えます」と一度伝えることが、選択肢を残すいちばん簡単な方法です。
給与や退職金から差し引くと言われたら
労働基準法24条1項は、賃金は全額を支払わなければならないと定めています。最高裁は、この規定には、会社が自らの債権と賃金債権を一方的に相殺することを禁じる趣旨も含まれる、としています。
本人が同意した場合の相殺については、その同意が自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、全額払いの原則に反しないとされました。そのうえで最高裁は、この認定は厳格かつ慎重に行わなければならない、と付け加えています(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日判決)。
追及されている場の流れで口頭の了解を求められた、という程度の経緯であれば、その効力は後に問題となり得ます。裏返せば、その場で決着させなければならない話ではない、ということでもあります。
心当たりがある場合と、ない場合
心当たりがある場合
まず避けたいのは、データの削除や資料の廃棄です。操作の痕跡は多くの場合残りますし、隠そうとした経緯そのものが、会社が刑事告訴に踏み切るかどうかの判断にも、その後の評価にも影響します。
会社が取り得る対応は、大きく三つあります。社内の懲戒処分にとどめる、民事で返済を求める、刑事告訴をする、です。どこまで進むかは、被害の回復がどれだけ見込めるか、本人がどう向き合っているかによって変わってきます。横領の事案では、被害届が出てすぐ逮捕に至るケースはむしろ少なく、その前に話し合いの場が持たれることが多いともいわれます。この段階で動けることは、少なくありません。
ただし繰り返しになりますが、弁償に向き合う姿勢を示すことと、その場で提示された金額をすべて認めることは、別のことです。
心当たりがない場合
感情的に全体を否定するより、事実を切り分けて示すほうが有効です。自分にそのシステムへの権限があったのか、その処理には誰の承認が必要だったのか、同じ操作ができた人が他にいなかったか。会社が「この人しかできない」と考えている前提が、実際には違っていることがあります。
疑いが晴れないまま自宅待機を命じられることもあります。この期間の賃金の扱いも、後に争点となり得る部分です。
相談するなら、どの時点か
分岐点は三つあります。ヒアリングを受ける前、書面に署名する前、会社が刑事告訴に動く前です。
このうち選択肢がいちばん多いのは、最初の一つです。何を聞かれるかを想定し、手元の資料を整理し、署名を求められたときにどうするかを決めておく。これを、呼び出しを受けた当日に一人で組み立てるのは、簡単ではありません。
なお、業務上横領は刑法253条に定められており、法定刑は10年以下の拘禁刑です。罰金刑の定めはなく、公訴時効は7年とされています。ただし、社内調査の段階では、まだ刑事事件にはなっていません。この時点でできることは、刑事手続に入ってからできることより、はるかに多いのが実情です。
当事務所では初回のご相談を無料でお受けしており、二十四時間体制でご連絡を受け付けています。呼び出しから当日までの時間が短いことも多いため、日程が決まった段階でご相談いただければと思います。


