公然わいせつ・下着の持ち去りなど「軽く見られがちな性犯罪」の実際
満員電車で身体が触れ合うのは、日常的なことです。その中で「今、触りましたよね」と声をかけられた。あるいは、しばらく経ってから警察の連絡を受けた。身に覚えがない、あるいは触れてはいたが意図したものではない——そう考えている方が最初に思い浮かべるのは、「どうすれば、やっていないことを証明できるのか」という問いだと思います。
ただ、刑事の手続の中では、「証明する」という言葉の使われ方が日常とは少し違います。そして、否認するという選択をしたとき、何が証拠として扱われ、それぞれが何を示せて何を示せないのかは、意外に整理されて語られていません。この記事では、満員電車での事件を念頭に、否認事件で扱われる証拠を種類ごとに整理します。
なお、捜査をかわす方法やその場を離れる方法は扱いません。実際に被害に遭われた方が存在する問題であり、行為があった場合に否認を勧める趣旨のものでもありません。また、痴漢に関する迷惑防止条例の規定は性別を限定しておらず、疑われる側にも訴える側にも男女の別はありません。
「証明する側」は誰なのか
無実を証明する義務は、法律上は負っていない
刑事訴訟法317条は、事実の認定は証拠によると定めています。そして336条は、犯罪の証明がないときは無罪の言渡しをしなければならないと定めています。有罪であることを証拠によって示す役割は検察官の側にあり、疑われた人が「やっていないこと」を証明できなければ有罪になる、という仕組みにはなっていません。
「無実を証明する」という言い方は広く使われていますが、法律上の建て付けとしては、目指すところは有罪といえるだけの証明がされていない状態を残すことです。この違いは、後で述べる証拠の読み方に関わってきます。
それでも、何もしなければ一方の説明だけが残る
もっとも、これは「黙っていれば大丈夫」という意味ではありません。満員電車の事件では客観的な記録が乏しく、被害を訴える人の説明が事実上ほぼ唯一の証拠になることがあります。その場合、判断はその説明がどれだけ信用できるかに集中します。
こちら側から、その説明と整合しない事情や別の説明が成り立つ余地を示す材料が出てこなければ、判断の材料が一方の説明だけになってしまう。ここに実務上の難しさがあります。
自分の話と相手の話では、扱いのルールが違う
刑事訴訟法319条2項は、被告人の自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には有罪とされない、と定めています(憲法38条3項も同じ趣旨です)。一方、被害を訴える人の供述には、この制限がありません。全面的に否認している事件では、その供述が唯一の証拠であっても、有罪と判断されることが法律上あり得ます。
満員電車の事件で、実際に争われるのは3つ
「やっていない」と言うとき、その中身は一つではありません。何を争っているかによって、集めるべき材料も、効いてくる証拠も変わります。
| 争点 | 問題になること | 効きやすい材料 | 効きにくい材料 |
|---|---|---|---|
| ①接触があったか | そもそも身体に触れる出来事があったか | 繊維の鑑定、映像 | 説明の一貫性だけ |
| ②その接触は自分の手か | 近くにいた別の人ではないか、思い違いではないか | 乗車位置、体勢、映像、繊維の鑑定 | 接触があったこと自体の裏づけ |
| ③意図的な接触だったか | 不可抗力の接触か、意図をもって触れたか | 手の位置、荷物、揺れの状況、接触の続いた時間 | 繊維の鑑定 |
満員電車では、身体が触れること自体は珍しくありません。そのため①はあまり争いにならず、②と③が中心になりやすい傾向があります。
「触れていない」のか「意図してはいない」のか
この二つは、外から見ると似ていますが、争い方はまったく違います。前者は、自分がその場のどこにいて手がどこにあったかを問題にします。後者は、接触があったことを前提に、それが不可抗力の範囲かどうかを問題にします。
そして、途中でこの二つを言い換えてしまうと、説明が変わったと受け取られます。否認事件で重く見られるのは、説明の内容そのものよりも、説明が最初から変わっていないかどうかです。自分がどちらを言おうとしているのかを、早い段階ではっきりさせておく必要があります。
繊維の鑑定(微物検査)が示すこと・示さないこと
痴漢を疑われた場面では、手指にテープなどを貼って付着物を採取し、被害を訴える人の衣服の繊維と対照する検査が行われることがあります。
検出されたとき
同種の繊維が検出された場合、「その衣服に触れた」ことを示す材料になります。ただし、示せるのはそこまでです。満員電車では、意図しない接触でも衣服に手が触れることがあり、その場合にも繊維は付着し得ます。つまりこの検査は、前記の②には効きますが、③には直接には効きません。
検出されなかったとき
検出されなかったことは有利な事情ではありますが、やっていないことの証明にはなりません。触れても繊維が付着しないことがあり、付着しても移動の途中で落ちることがあるからです。「ないこと」を根拠に何かを立証するのは一般に思われているより難しく、実際に、不検出を主張しても他の証拠から有罪とされた事件はあります。
後で触れる最高裁の事件でも、手指の繊維の鑑定は行われましたが、被害を訴えた人の下着に由来するものかどうかは不明という結果でした。有利にも不利にも決め手にならなかった、ということです。
必ず行われるとは限らない
この検査は、その場に来た警察官の判断で行われることが多く、求めれば必ず実施されるというものではありません。実施された場合も、結果が出るまでには時間がかかります。その場で白黒がつくものと考えるより、記録として残るかどうかの問題として捉えたほうが実情に近いといえます。
映像と記録が届く範囲
| 記録の種類 | 示せること | 示しにくいこと |
|---|---|---|
| 車内の防犯カメラ | 同じ車両にいたこと、おおよその立ち位置、体勢 | 混雑した中での手元の動き |
| ホーム・改札のカメラ | 乗降した駅と時刻、服装、手荷物 | 車内で何が起きたか |
| 交通系ICカードの履歴 | 改札を通った時刻 | 乗車位置や車内での行動 |
| スマートフォンの記録 | その時間に端末を操作していたか、通話や再生の有無 | 端末を持っていたのがどちらの手か |
車内カメラは増えているが、手元が写るとは限らない
鉄道車両への防犯カメラの設置は進んでいます。2023年10月以降、新たに造られる車両には設置が求められるようになり、既存の車両についても各社が順次整備を進めています。ただし進み方には事業者ごとに差があり、路線や車両によって設置状況は異なります。
また、設置されていても、混雑した車内で特定の人の手元まで判別できるとは限りません。「カメラがあるのだから写っているはずだ」とも、「写っていないのだから証拠はない」とも言い切れないのが実際のところです。映像には保存されている期間があるため、確認を求めるのであれば早い段階で動く必要があります。
自分の手が何をしていたかを示す記録
あまり注目されませんが、自分の側にも記録は残っています。その時間に端末を操作していたか、通話や音楽の再生をしていたか、片手に何を持っていたか。こうした事情は、両手がふさがっていた可能性を示す材料になり得ます。実際に、本人の手が別のことに使われていたと分かる映像や記録が判断に影響した例もあります。
これらは自分で保存できる記録です。端末を初期化したり履歴を消したりすると、有利に働き得た材料まで失われます。
供述という証拠をどう見るか
被害を訴える人の説明は「直接証拠」として扱われる
被害を体験した人の説明は、出来事を直接語るものとして、証拠の中でも重く扱われます。信用できるかどうかは、内容が具体的か、最初から変わっていないか、他の証拠と食い違わないか、申告に至った経緯が自然か、といった点から判断されます。
最高裁が示した、満員電車の事件の特質
この点について、最高裁判所は平成21年4月14日の判決で、満員電車内の痴漢事件には次のような特質があると述べています。被害の事実や犯人の特定について物的な証拠が得られにくく、被害を訴える人の供述が唯一の証拠である場合も多いこと。そして、思い違いなどによって被害の申告がされ犯人と特定された場合には、その人が有効な防御を行うことが容易ではないこと。これらを考慮したうえで、特に慎重な判断が求められる、としました。
この事件では、被告人が捜査の段階から一貫して否認しており、供述以外の客観的な証拠がなかったことなどから、一審・二審の有罪判決が破棄され、無罪の言渡しがされています。
ここで押さえておきたいのは、この判決が「被害を訴える人の説明は信用できない」と述べたものではない、という点です。述べているのは、満員電車という状況では思い違いが生じ得るので判断を慎重にすべきだ、ということです。思い違いや記憶の食い違いと、意図的な虚偽とは、まったく別のものとして扱う必要があります。
目撃者が見ているのは、手元ではないことが多い
第三者の話が有利に働くことはありますが、混雑した車内では手元が見えていないことがほとんどです。多くの場合に見えているのは、立ち位置、体勢、腕がどのあたりにあったか、声がかかったときの様子といった周辺の状況です。それでも②や③を判断する材料としては意味を持ちます。連絡先を教えてもらえた場合は、その場で控えておくことになります。
自分の説明も、そのまま証拠になる
取調べで話した内容は供述調書にまとめられ、記録として残ります。刑事訴訟法198条は、調書を読み聞かせるか閲覧させたうえで、内容に誤りがあれば訂正を申し立てられること(4項)、署名押印を断れること(5項)を定めています。
- 記憶にないことを推測で埋めない。「はっきり覚えていない」は正直な答えであり、後から説明が変わる原因を減らせる
- その場を収めたいという気持ちから、事実と違う内容を認めない
- 読み上げられた内容が自分の話と違うと感じたら、その場で訂正を求める
- 「触れていない」のか「意図していない」のかを、途中で入れ替えない
- 署名する前に、日付・場所・体勢などの細部が断定的に書かれていないかを確かめる
取調べへの向き合い方は、それだけで一つのテーマになります。ここでは、話した内容がそのまま証拠として残るという点だけ押さえておいてください。
時間とともに取り返しがつかなくなる材料
満員電車の事件では、その場の状況そのものが証拠になります。そして、そのほとんどは時間が経つと再現できません。記憶が新しいうちに書き出しておくことをおすすめします。
- 日付、乗車した駅と降りた駅、乗った時刻
- 路線名、車両の位置(前から何両目か)、車両番号
- ドアから見てどのあたりに立っていたか、進行方向に対してどちらを向いていたか
- つり革や手すりを持っていたか、持っていたとすればどちらの手か
- 持っていた荷物とその持ち方、着ていた服(袖の長さ、ポケットの位置)
- 混雑の程度、身動きが取れたかどうか、大きな揺れや急停車があったか
- 声をかけられた時刻と場所、そのときのやり取り
- その場にいた人の様子、連絡先を交換できた人がいるか
- その後どこへ移動し、誰と何を話したか
- すでに署名した書面があれば、その種類と内容
記録を残すことと、話をつくることは違う
書き出すときは、覚えていることと覚えていないことを分けて書き、作成した日付を入れてください。後から辻褄を合わせて整えた記録は、食い違いが見つかったときに、かえって説明全体の信用を損ないます。あいまいな部分はあいまいなまま残しておくほうが、結果として強い記録になります。
「触れたかもしれない」「よく覚えていない」場合
この記事を読んでいる方の状況は、一つではないはずです。まったく身に覚えがない場合もあれば、身体が触れた感覚はあるが意図したものではない場合、そして人が多く自分が何をしていたかはっきりしない場合もあります。
難しいのは、二つ目や三つ目の状況を、一つ目のつもりで押し通してしまうことです。後から映像や記録が出てきて接触が確認されると、それまでの説明全体が疑われることになります。逆に、「触れていたかもしれないが、意図したものではない」という説明は、それ自体が筋の通った主張です。
記憶があいまいな場合も同じで、思い出せない部分を推測で補うより、思い出せないと述べたほうが安全です。
否認を選んだときに起きやすいこと
事実を争う場合、逮捕や勾留の判断において、証拠を隠したり関係者に働きかけたりするおそれがあると見られやすく、身柄の拘束が続く傾向があるといわれます。ただし常にそうなるわけではなく、事案の内容、身元の確かさ、身元を引き受ける人がいるかどうかなどによって判断は分かれます。否認を続けたうえで嫌疑不十分による不起訴となる事件もあります。
示談との関係
示談が処分に効きやすいのは、事実があったことを前提に、処罰の必要性を下げる場面です。事実そのものを争う場合とは方向が異なるため、否認と示談は原則として同時には走らせにくい関係にあります。
ただし、「接触があったこと自体は争わないが、意図はなかった」という争い方をする場合には、迷惑をかけた点についての解決を図る余地が残ります。どの言葉で書面を作るかによって意味が変わってくる領域なので、書面を交わす前に確認しておきたい部分です。
どの法律の問題になるのか
電車内での痴漢は、多くの場合、各都道府県の迷惑防止条例の問題として扱われます。東京都では、公共の場所や公共の乗物で衣服の上からまたは直接に人の身体に触れる行為が対象で、罰則は6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、常習と認められる場合は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です。条例の内容と罰則は都道府県ごとに異なります。
一方、衣服の中に手を入れるなど態様によっては、刑法176条の不同意わいせつ罪が問題になることがあります。こちらは6月以上10年以下の拘禁刑で罰金刑がなく、どちらの枠組みで扱われるかによって手続の重さは大きく変わります。
弁護士に相談すると、探す証拠が決まる
証拠の探し方は、何を争うかによって決まります。相談の際に、次の点が整理されていると話が早く進みます。
- いつ、どの路線のどの区間で何が起きたか
- 自分は「触れていない」と言っているのか、「意図していない」と言っているのか
- すでに誰に何を話したか、署名した書面があるか
- 繊維の検査や身体の検査を受けたか
- 連絡先を交換できた人がいるか
- 手元に残っている記録(交通系ICカード、端末の履歴、当日の予定)
映像や通信の記録には保存されている期間があり、遅れるほど確認が難しくなります。まだ何も始まっていないように見える段階でも、確認を求めておく意味があります。
まとめ
満員電車の否認事件では、証拠が少ないというより、それぞれの証拠が示せる範囲が限られていることが問題になります。繊維の鑑定は接触を示しても意図までは示さず、映像は立ち位置を示しても手元までは写らないことが多い。だからこそ、自分が何を争っているのかを早い段階で定め、それに合った材料を集めることに意味があります。
当事務所では、初回無料でのご相談を24時間受け付けています。すでに話をしてしまった、書面に署名してしまったという段階でも、そこから取れる方法は残っています。一人で判断される前に、一度ご相談ください。


