店が集める「同意の記録」とどう向き合うか|誓約書・チェック・録音の意味
風俗店を利用したあとで、店から「うちのルール違反だ」と言われる。この一言を受け取った側は、たいてい二つのことを同時に心配し始めます。お金を払わなければならないのか。そして、警察沙汰になるのか。
ただ、この「ルール違反」という言葉の中には、性質のまったく違う三つの話が混ざっています。三つはそれぞれ別の物差しで判定され、判定する人も、必要になる材料も、終わり方も違います。混ざったまま考えると、払わなくてよいものを払い、備えておくべきものに備えないということが起こります。
この記事は、その三つを切り分けるための整理です。個別の事案の結論を示すものではなく、考えるための枠組みをお伝えするものです。
この記事が前提にしている範囲
先に、この記事が扱う範囲をはっきりさせておきます。
- 成人同士の場面を前提にしています
- 性風俗を利用する側(客側)の視点で書いています
- 相手が18歳未満である可能性がある場合、すでに逮捕・勾留されている場合、警察から呼び出しを受けている場合は、記事を読むより先に個別にご相談ください
- 店のルールに反する行為を勧める趣旨の記事ではありません
また、ここで説明するのは一般的な法律の枠組みです。同じ言葉で語られる出来事でも、事実関係が少し違えば結論は変わります。
「違反」という言葉に混ざっている三つの話
店から届く連絡や、その場でのやり取りでは、「ルール違反」「違反行為」「違法」「犯罪」といった言葉がほとんど区別なく使われます。実際、法律事務所が書いた解説記事でも、同じ段落の中でこれらが混ざっていることは珍しくありません。
しかし、法律上はこれらを分けて考えます。ここでは三つの層に分けます。
第1層・第2層・第3層
- 第1層=店のルール(利用規約・約款)に反しているかどうか。反している相手は、店との約束です。
- 第2層=民事上の責任があるかどうか。契約に違反したことによる損害賠償(民法415条)や、不法行為による損害賠償(民法709条)が問題になります。相手は店、またはキャスト本人です。
- 第3層=刑事責任があるかどうか。刑罰を定めた法令に触れるかどうかの話で、相手は国です。
三つの違いを表にすると、次のようになります。
| 第1層 店のルール | 第2層 民事の責任 | 第3層 刑事責任 | |
|---|---|---|---|
| 何に反するか | 店が自分で決めた約束事 | 法律が定める私法上の義務 | 刑罰を定めた法令 |
| 判定するのは | まずは店。争えば最終的には裁判所 | 最終的には裁判所 | 捜査機関と裁判所 |
| 相手方は | 店 | 店、またはキャスト本人 | 国 |
| 求められるもの | 契約上の扱い | 金銭 | 刑罰 |
| 必要になる材料 | ルールの存在と、違反したという事実 | 義務の内容、違反、損害の発生と額、因果関係など | 犯罪の成立要件に当たる事実など |
| 終わり方 | 店の判断 | 合意、支払、時効など | 不起訴、略式命令、判決など |
この表で目を留めていただきたいのは、三つの層で「相手方」が違うという点です。店との話がついても本人との関係は残り、本人との話がついても国との関係は別に動きます。ここが混ざると、対応の順番を誤ります。
第1層|店のルールに反した、というだけで何が起きるのか
店のルールは、店が自分で決めたものです。国が定めた法律ではありません。したがって、ルールに反したということが直ちに「法律違反」を意味するわけではありません。
第1層に反した場合の効果は、基本的に契約の中に収まります。
- その場でサービスを中止される
- 以後の利用を断られる(いわゆる出入り禁止)
- 系列店やグループ内で情報が共有される
こうした扱いは、店が自分の判断で決めることができます。利用を断られること自体を法律で争うのは、通常は簡単ではありません。
その一方で、ルールに反したということ自体は、お金を支払う義務があるということを意味しません。ここが第1層と第2層の境目です。「ルールに書いてある」という説明は、ルールが存在することの説明であって、支払義務が発生していることの説明とは別のものです。
そのルールが契約の内容になっているかは、さらに別の問題
もう一段手前の問題もあります。店が示すルールが、そもそも自分と店との契約の内容になっているのか、という点です。
民法には定型約款という仕組みがあり、一定の場合には、個別の条項を読んでいなくても契約の内容になったものとみなされます(民法548条の2第1項)。他方で、相手方の利益を一方的に害する条項は合意しなかったものとみなすという定めもあります(同条2項)。また、契約前に正当な理由なく内容の開示を拒んだ場合の規定もあります(民法548条の3)。
もっとも、性風俗店の利用ルールがこの定型約款に当たるのかどうかは、店の業態や示され方によって判断が分かれ得るところです。この点の詳しい整理は、店側の主張への向き合い方を扱った記事に譲ります。
なお、店が「罰金」という言葉を使うことがありますが、罰金は刑罰の名称であり、私人が科すことのできるものではありません。この点も別の記事で詳しく扱っています。
第2層|金銭の請求に上がるには、何が必要になるのか
第1層の話が金銭の話に変わるためには、いくつかの段階を踏む必要があります。
二つの入口
金銭請求の法律上の入口は、大きく二つあります。
- 契約に違反したことによる損害賠償(民法415条1項)。この場合、契約が存在してその内容がどうであったか、義務に違反したといえるか、それによってどのような損害がいくら生じたか、その損害と違反との間につながりがあるか、といった点が問題になります。条文には、取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由による場合を除く、という但書も置かれています。
- 違法な行為によって他人に損害を与えたことによる損害賠償(民法709条)。故意または過失、権利や利益の侵害、損害の発生、因果関係が問題になります。
実務上、この二つを分けて考えることには意味があります。709条で請求できるのは、原則として損害を受けた本人だからです。キャスト本人が受けたとされる損害を店がまとめて請求する場合には、なぜ店が請求できるのかという説明が別に必要になります。この点は、請求してくる相手が誰かという問題として、別の記事で扱っています。
あらかじめ金額が決められている場合
店の規約に「違反があった場合は◯万円」と金額が書かれていることがあります。民法は、あらかじめ損害賠償の額を決めておくこと自体は認めています(民法420条1項)。違約金の定めは、賠償額の予定と推定されます(同条3項)。こうした定めがある場合、損害額をいくらと立証するという作業は、その分だけ軽くなり得ます。
ここで一点、古い説明が広く流通していることに注意が必要です。かつての民法420条1項には、「この場合において、裁判所は、その額を増減することができない」という後段がありました。この後段は、平成29年の民法改正(2020年4月1日施行)で削除されています。実際には公序良俗による制約が認められてきたことを踏まえた改正だと説明されています。
したがって、「規約に金額が書いてある以上、裁判所も動かせない」という説明は、現行法の説明としては正確ではありません。ただし、削除されたということは「書かれた金額が減る」という意味でもありません。金額の当否は、あくまで個別に検討される事柄です。
請求する側は、契約が有効であることを前提にしている
ここは見落とされやすいところです。
店が「規約に基づく請求だ」と言うとき、その主張は、自分と店との契約が有効に成立していることを前提にしています。規約は契約の一部だからです。
他方で、性的なサービスを内容とする契約については、その内容によっては公序良俗に関する民法90条の問題を含み得ます。「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」という条文です。
ここで単純化を避けたいのは、契約が無効だという主張は、常に自分に有利に働くとは限らないという点です。無効という方向の主張は、請求を退ける場面では意味を持ち得ます。しかし、すでに払ってしまったお金を取り戻したい場面では、不法な原因のために給付をした者は返還を請求できないとする民法708条の議論が出てきて、逆の方向に働くこともあります。
つまり、「この契約は無効だから払わなくてよい」と一言で片づけられる話ではありません。自分がいま何を求めているのか——これ以上払わずに済ませたいのか、すでに払ったものを取り戻したいのか——によって、置くべき主張が変わります。この判断は、事案の中身を見ないと立てられません。
第3層|刑事責任は、店のルールと無関係に判断される
第3層は、それまでの二つとまったく別の物差しです。刑罰を定めた法令は、国や自治体が定めたものです。店の規約は、その条文の中に一切出てきません。
このことは、二つの方向で意味を持ちます。
- 店が禁じている行為だからといって、そのことだけで犯罪になるわけではありません。店のルールは、犯罪の成立要件ではないからです。
- 店が禁じていない行為であっても、犯罪となり得るものはあります。規約に撮影を禁じる記載がなかったとしても、撮影に関する処罰規定は別に存在します。暴力を用いた場合や、相手の年齢が関係する場合も同様です。
競合する解説記事の中には、「ルールに違反しており、さらに犯罪にもなる」という一方向の説明で終わっているものが少なくありません。しかし実際には、逆向きの組み合わせも起こります。
どのような場合にどの罪の成立が問題になるのかについては、条文の要件に沿って確認する必要があります。この点は、成立要件を条文から確認した別の記事に譲ります。
場面ごとに、触れる層は変わる
三つの層は、いつも一緒に動くわけではありません。よくある場面を、どの層が問題になり得るかという観点から並べてみます。
| 場面 | 第1層 | 第2層 | 第3層 | 見落とされやすい点 |
|---|---|---|---|---|
| 店が禁じる行為を、その場のやり取りを経て行った | 触れ得る | 検討の対象になる | 事情により別途検討 | 「やり取りがあった」という説明は第3層で意味を持ち得るが、同時に第1層の違反を前提にした発言にもなる |
| 予約を無断で取りやめた | 触れ得る | 検討の対象になる | 当然には関係しない | 定めがあるかどうかと、その額が妥当かどうかは別の問題 |
| 料金を支払わずに帰った | 触れ得る | 検討の対象になる | 事情により別途検討 | 支払っていないという一事で当然に第3層の話になるわけではない |
| 同意なく撮影した | 規約の定め次第 | 検討の対象になる | 触れ得る | 規約に撮影禁止の記載がないことは、第3層の理由にはならない |
| キャストにけがをさせた | 触れ得る | 検討の対象になる | 触れ得る | 店との清算と、本人に対する賠償は別に残り得る |
| 店を通さず個人的に会う約束をした | 触れ得る | 検討の対象になる | 当然には関係しない | 店との関係の問題であって、直ちに法律の問題になるわけではない |
表の「検討の対象になる」は、責任があるという意味ではありません。第2層に上がるかどうかは、先ほど見たとおり、義務の内容や損害の有無まで見なければ決まらない、という意味です。
三つが独立していることの、実際上の意味
層が分かれているということは、対応の場面で次のような形で表れます。
- 店に支払いをしても、刑事の話が自動的に終わるわけではありません。刑事の手続を動かすのは店ではないからです。
- キャスト本人との間で話がついても、店との清算が別に残ることがあります。逆に、店に支払っても本人との関係が終わったことにはなりません。
- 刑事の手続にならなかったことは、金銭の請求が消えたことを意味しません。第2層は第3層と連動していません。
- 一つの層で有利に働く材料が、別の層では不利に働くことがあります。層をまたいで同じ説明を繰り返すことには、思わぬ副作用があり得ます。
4番目は、その場で口にする言葉の選び方に直結します。何をどこまで話すかは、どの層の話をしているのかを意識してから決めるほうが安全です。
言葉に引きずられないための三つの確認
「違法」という言葉は一つの意味ではない
「違法」という言葉は、少なくとも三つの使われ方をします。行政上の規制に反しているという意味、私法上の効力が否定されるという意味、そして刑罰法規に触れるという意味です。この三つは重なることもありますが、重ならないこともあります。ある行為が行政上の規制の対象になっていることと、その行為をした個人が処罰されることとは、別の話です。
「規約に書いてある」は、支払義務の証明ではない
規約は、店が主張の根拠として持ち出す材料の一つです。それが契約の内容になっているか、その条項が有効か、そして実際にいくらの損害が生じたかは、規約の存在とは別に検討される事柄です。
「犯罪ではない」は、払わなくてよいという意味ではない
逆方向の誤解も同じくらい多く見られます。刑事の話にならないという見通しが立ったとしても、それは第2層の検討をしなくてよいという意味ではありません。
なお、法律の解説を読むときは、条文が改正されていないかを確認しておくと安全です。先ほどの民法420条1項の後段のように、削除された規定を現在も生きているものとして説明している解説は、実際に流通しています。
相談する前に整理しておくとよいこと
弁護士に相談する場合、次の四点が整理されていると、話が早く進みます。
- 誰から言われているのか。店なのか、キャスト本人なのか、代理人を名乗る第三者なのか。相手によって、どの層の話なのかが変わります。
- 何を根拠に、いくら求められているのか。規約の条項が示されているか、金額の内訳が示されているかを確認します。
- 期限のある書面が届いていないか。裁判所からの書類には、対応しないこと自体が不利益につながるものがあります。届いた書面は最優先で確認してください。
- その場で認めない、約束しない、支払わない。同時に、やり取りの記録を消したり作り直したりしないことも大切です。
記憶があいまいな部分は、あいまいなまま書き留めておいてかまいません。不確かなところを埋めて筋の通った話にしてしまうほうが、後で問題になります。
まとめ
- 「ルール違反」という言葉には、店のルール・民事の責任・刑事責任という性質の違う三つの話が混ざっている
- 第1層に反したこと自体は、金銭の支払義務があることを意味しない
- 第2層に上がるには、義務の内容、違反、損害の発生と額、因果関係といった点の検討が要る
- 規約に金額の定めがあっても、裁判所が動かせないという旧規定は削除されている
- 規約を根拠にした請求は、契約が有効であることを前提にしている。無効という主張が常に自分に有利とは限らない
- 第3層は店のルールと無関係に判断される。禁じられているから犯罪なのでもなく、禁じられていないから犯罪でないのでもない
- 三つは相手方が違うため、一つが片づいても他が自動的に終わるわけではない
早い段階で状況を整理しておくことには意味がありますが、早く動けば良い結果が保証される、というものでもありません。動き方を誤れば、選べたはずの手段が減ることもあります。どの層の話をしているのかを見極めたうえで、順番を決めることをおすすめします。
自分の場合はどの層の問題なのか判断がつかないという段階でも、相談していただいてかまいません。整理そのものが、最初の作業だからです。


