本番の逮捕事例をどう読むか|報道から分かること・分からないこと
一括では払えない、という状況は金額の大きさだけで決まるわけではありません。払う見込みはあるけれど、いま手元にまとまった額がない、というだけのこともあります。それでも、分割を申し入れた瞬間に話は一段むずかしくなります。相手にとって分割とは、お金を回収できるかどうかの不安を抱えたまま、こちらとの関係が続くことを意味するからです。
その不安を埋めるために、分割の合意書には一括払いにはない条項がいくつも足されます。ところが、インターネット上にある「分割払いの示談書の書き方」の解説は、その多くが受け取る側に向けて書かれています。「期限の利益喪失条項を入れましょう」「公正証書にしておきましょう」「連帯保証人を立ててもらいましょう」という具合です。この記事では、同じ条項を署名して払う側から読み替えると何が起きるのかという角度で整理します。
この記事の前提と、扱わないこと
成人同士のトラブルで、風俗店やキャストの側から金銭の支払を求められている利用者側を想定しています。次の点はあらかじめお断りしておきます。
- 相手が18歳未満だった可能性がある場合や、すでに逮捕・警察からの呼出しがある場合は、この記事の枠組みでは足りません。個別の相談をご検討ください。
- 請求額そのものが妥当かどうか、名目に根拠があるかどうかは別の記事で扱っています。ここでは「払い方をどう決めるか」に絞ります。
- 誰に払うべきか、店の担当者が代理人のように交渉してくる場面をどう考えるかも、別稿に譲ります。
- 店のルールを破ってよいという趣旨ではありませんし、支払を免れる方法を案内するものでもありません。
一括で払えないときの選択肢は「分割」だけではない
「一括か、分割か」の二択で考えてしまいがちですが、実際にはその間にいくつか段階があります。
- 支払期日を後ろにずらしてもらう(総額は変えず、用意する時間をもらう形)。
- 総額を詰め直したうえで一括にする(相手にとっては早く終わるという利点があります)。
- まとまった額を先に払い、残りだけを短い回数に分ける。
- 長期の分割にする。
相手の立場から見ると、下にいくほど回収できないおそれが大きくなります。裏返すと、短い期間で終わる形ほど、付けられる条件は軽くなりやすいということです。分割を申し入れる前に、頭金にいくら回せるか、何か月なら続けられるかを先に数字にしておくと、話の進め方が変わります。
相手が分割を渋るのはなぜか
条項の意味は、相手が何を心配しているかが分かると読みやすくなります。分割に慎重になる理由は、おおむね次の3つです。
- 途中で支払が止まったとき、回収するための手続を自分の側で起こさなければならない。
- 払い終わるまで、こちらとの関係が続く。期日ごとの確認や督促の手間がかかる。
- 店が窓口になっている場合、キャスト本人への引き渡しや説明が長く続くことになる。
分割合意に並ぶ条項は、この3つの不安を埋めるために置かれているものがほとんどです。「なぜこの条項があるのか」を考えながら読むと、どこが交渉の余地のある部分なのかも見えてきます。
分割を申し入れるときに添える情報
「分割にしてほしい」とだけ伝えても、相手には判断する材料がありません。次の3点が添えられているかどうかで、話の通りやすさは変わります。
- 頭金としていくらを、いつ出せるのか。
- 残りを何回に分け、毎月いくらずつ払うのか。
- その金額を続けられる見込みがあるといえる理由。
ただし、収入や資産の詳細をどこまで示すかは慎重に考える余地があります。支払能力を細かく示すほど、総額そのものを押し上げる材料として受け取られることもあるためです。金額がまだ固まっていない段階なのか、総額は決まっていて払い方だけを詰める段階なのかで、出す情報の範囲は変わります。
分割合意で確認したい条項の一覧
書面の形式は、示談書・合意書・和解契約書・債務承認弁済契約書など、呼び名がいくつかあります。名称よりも中身が問題です。分割の場合に確認しておきたい項目を並べます。
| 確認する条項 | 何を決めるものか | 払う側が確かめる点 |
|---|---|---|
| 支払総額と内訳 | いくらを、何の名目で払うのか | 総額が確定しているか。後から加算される項目が残っていないか |
| 回数と支払期日 | 何回に分け、毎月いつ払うのか | 初回の期日。給料日との前後関係 |
| 振込先と方法 | どこへ、どの名義で送るのか | 振込手数料の負担。明細に残る名義 |
| 遅延損害金 | 遅れたときに上乗せされる金額 | 利率の定めがあるか。その数字 |
| 期限の利益喪失 | 何回遅れると残額が一括になるのか | 回数。催告の要否。遅れを取り戻せるか |
| 充当の順序 | 払った金額を何から差し引くか | 元本から減っていく形になっているか |
| 連帯保証・担保 | 本人以外に誰が責任を負うか | 保証人を立てる以外の方法がないか |
| 公正証書にするか | 裁判を経ずに差押えができる形にするか | 費用の負担。公証役場へ出向く必要 |
| 清算条項 | この件が終わったことの確認 | 効き始めるのが合意時か、完済時か |
| 連絡の方法 | 今後どこへ連絡するのか | 直接の連絡が来ない形になっているか |
| 秘密保持と管轄 | 第三者に話さない約束と、争いになったときの裁判所 | 双方の義務になっているか。遠方の裁判所になっていないか |
とくに重く働く3つの条項
上の表のうち、生活への影響が大きいのは次の3つです。
期限の利益喪失条項
「分割金の支払を怠ったときは、通知や催告を要せずに当然に期限の利益を失い、残額を直ちに一括して支払う」という条項です。民法137条にも期限の利益を失う場合の定めがありますが、実務ではこれに加えて契約で細かく決めるのが一般的です。
確かめたいのは、何回の遅れで一括になるのか、催告が必要とされているか、遅れた分をすぐ入金すれば元に戻る仕組みがあるか、の3点です。1回の遅れで残額全部が一度に期限を迎える書き方と、2回分に達したときとする書き方では、続けられるかどうかがかなり変わります。
公正証書にするかどうか
強制執行を受けても異議を述べない旨(執行認諾文言)が入った公正証書は、裁判を経ずに差押えの手続に進める文書になります(民事執行法22条5号)。払う側から見れば、本来なら相手が踏むはずの段階を、自分の同意で省く合意です。
もっとも、これと引き換えに回数や総額の条件が緩むこともあります。断ることが常に得だとは限りません。費用を誰が負担するのか、公証役場に出向く必要があるのか、対象が金銭の支払に限られることまで確認したうえで判断してください。意味が分からないまま署名する種類の書面ではない、ということです。
連帯保証人・担保
連帯保証人は、本人に支払能力があるかどうかにかかわらず、いきなり請求を受ける立場に立ちます。保証契約は書面でしなければ効力を生じないとされています(民法446条2項)。
風俗のトラブルでは、この条項がもう一つの問題を連れてきます。保証人を頼むことは、その人に事情を説明することとほぼ同じだからです。家族や知人に知られたくないという希望と、正面からぶつかります。保証や担保を求められたら、期間を短くする、頭金を厚くするなど、別の形で相手の不安を埋められないかを先に検討する余地があります。
見落とされやすい2つの点
条項の一覧に出てくるのに、意味が説明されないまま進みやすい部分です。
払ったお金がどこから減っていくか
費用や利息を払うべき場合に、その全部を消すのに足りない額を払ったときは、費用・利息・元本の順に充てるのが原則です(民法489条1項)。合意で別の順序を決めることもできます(同490条)。長く払っているのに残りが思ったほど減らない、という状況はここから生まれます。
なお、利率の定めがない場合でも、遅れれば法定利率による遅延損害金が生じます(民法419条1項)。相手が事業者で、この合意が消費者契約にあたる場合には、利率の上限を定めた規定が働くことがあります。
分割は「認めたこと」を繰り返す形になる
分割の合意も、毎月の入金も、支払うべきものがあると認める行為(承認)にあたり、そのたびに消滅時効が更新されます(民法152条1項)。時間が経てば消えるという想定は、分割を選んだ時点で成り立たなくなります。
これは分割が不利だという話ではなく、当然の前提として押さえておきたい点です。だからこそ、総額と内訳を固めないまま毎月の金額だけ決めてしまう進め方は避けたいところです。
清算条項がいつ効くのかを確かめる
「本件に関し、当事者間に他に何らの債権債務がないことを相互に確認する」といった条項を清算条項といいます。分割の場合、これがいつの時点から効くのかで意味が変わります。
- 合意の時点で効く書き方=残額の支払義務は合意書に残しつつ、それ以外の請求は終わったことになる。
- 完済を条件とする書き方=払い終わるまで、この件は終わっていない扱いになる。
- 何も書かれていない=後になって解釈が食い違い、蒸し返しの種になる。
どちらの型が向いているかは事案によります。清算条項の文言そのものの読み方(「本件に関し」の有無で範囲がどう変わるかなど)は、別の記事で詳しく扱っています。
刑事の手続が動いている場合
本番や撮影をめぐるトラブルでは、金銭のやり取りとは別に、警察に届出がされるかどうかという時計も動いています。分割にすると、被害届や宥恕(ゆうじょ)に関する条項を「完済したときに」という形で結び付けられることがあります。刑事の手続は、完済を待って進むわけではありません。
支払方法と刑事処分が自動的に連動するわけでもありません。起訴するかどうかは検察官が事情を踏まえて判断するものとされています(刑事訴訟法248条)。分割にすると必ず不利になる、あるいは払えば必ず軽くなる、といった単純な関係ではないため、届出や呼出しがあるかどうかを先に整理してから、支払方法を決める順序が現実的です。
途中で払えなくなったとき
収入が変わって続けられなくなることは起こり得ます。そのときにいちばん状況を悪くするのは、連絡を止めてしまうことです。
- 期日を過ぎてからではなく、遅れそうだと分かった時点で連絡する。
- いつまでに、いくらなら払えるのかを数字で示す。
- 条件を変えることになったら、口頭の了解で済ませず書面に残す。
- 一部でも入金するなら、何に対する支払かを記録に残る形で送る。
- 相手が受け取りを拒む場合には、法務局に供託するという方法もあります(民法494条)。
放置したまま時間が過ぎると、期限の利益喪失条項が働いて残額全部が一度に請求される状態になり、公正証書があれば差押えの手続に進むこともあります。動きが取れなくなる前に、状況を説明するほうが選択肢は残ります。
相談前に整理しておきたい5点
弁護士に相談するときは、次のものが手元にあると話が早く進みます。
- これまでに届いた書面と、相手から示された合意書の案。
- 求められている総額と、その内訳についての説明があるかどうか。
- 手取りと固定費、いま出せる一時金、毎月払える上限。
- すでに払った分の記録(振込明細など)。
- 警察からの連絡や呼出しがあるかどうか。
金額の見込みが立たない部分は、分からないままで構いません。分かっている範囲を整理して持っていくだけで、条項ごとの判断はしやすくなります。
まとめ
- 一括で払えないときの選択肢は分割だけではなく、期日の変更、総額の詰め直し、頭金+短期分割という段階があります。
- 分割の条項は、相手の「回収できないかもしれない」という不安を埋めるために置かれています。
- 期限の利益喪失条項は、何回の遅れで一括になるのか、催告が必要かまで確認します。
- 執行認諾文言付きの公正証書は、裁判を経ずに差押えへ進める文書です。条件の緩和と引き換えになることもあります。
- 連帯保証人を立てることは、その人に事情を説明することとほぼ同じです。
- 払ったお金は費用・利息・元本の順に充てるのが原則で、残りが減る速さに影響します。
- 分割の合意と毎月の入金は債務の承認にあたり、消滅時効は更新されます。
- 清算条項が合意時から効くのか完済時から効くのかを確かめてください。
- 支払方法と刑事処分は自動的に連動しません。届出や呼出しの有無を先に整理する順序が現実的です。
- 続けられなくなったときは、遅れる前に連絡し、変更は書面に残します。


