支払を約束する前に確認する5点|口頭の約束はどこまで拘束するか

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

「その場で『払います』と言ってしまった」「まだ言っていないが、そう言うしかない空気になっている」。風俗店とのやり取りでは、金額の話が出てから返事を求められるまでの時間が、とても短いことがあります。このとき調べると、「書面にしていないのだから無効だ」という説明と、「一度言ってしまったらもう覆せない」という説明の両方が出てきます。どちらも、そのままでは正確ではありません。約束がどこまで人を縛るかは、口頭か書面かではなく、いつの時点の、どこまで中身の決まった約束なのかで変わります。

この記事の前提

 本記事は、成人同士の場面で、客の立場でトラブルに直面している方に向けた一般的な説明です。すでに逮捕されている、警察から呼び出しを受けている、相手方に代理人が就いているといった場合は、事情によって取るべき対応が変わりますので、個別にご相談ください。
 また、店のルール違反を勧めるものではなく、本来支払うべきものを支払わずに済ませる方法を説明するものでもありません。請求されている金額が妥当かどうか、請求書面の名目をどう読むか、誓約書の条項がどこまで効くかは、それぞれ別の記事で扱っています。ここでは「約束するという行為そのもの」に絞って整理します。

口頭でも約束は成立する


「書面にしていないから無効」ではない

 契約は、申込みに対して相手が承諾したときに成立し、成立のために書面を作ることは、法令に特別の定めがある場合を除いて必要とされていません(民法522条)。争いをやめる代わりに一定の金銭を支払うという合意は、法律上は和解契約と整理されます(民法695条)。示談という言葉で呼ばれているものの多くが、これにあたります。
 つまり、その場のやり取りだけでも、支払の合意が成立していると評価されることがあります。書面を作っていないことは、合意がなかったことを意味しません。

書面が求められている契約もある

 例外として、法令が書面を要求している契約もあります。代表的なものが保証契約で、書面(またはその内容を記録した電磁的記録)でしなければ効力を生じません(民法446条2項・3項)。その場で同行していた家族や知人が口頭で「自分が保証する」と言っただけでは、保証としての効力は生じないのが原則です。
 ただし、その人が「自分がこの金額を払う」と約束した場合は、保証ではなく、その人自身の支払の約束として扱われることがあります。言い方によって位置づけが変わる部分です。

成立していることと、証明できることは別

 口頭の合意は、後から「そんな約束はしていない」と争われたときに、内容を示す材料が残りにくいという特徴があります。合意があったと主張する側が、その内容を示していくことになります。
 もっとも、通話の録音、直後のメッセージのやり取り、その場にいた人の説明などが残っていれば、書面がなくても内容が認められることはあります。「口頭なら証拠にならない」という理解も、正確ではありません。

「撤回できるか」は、どの時点の話かで変わる

 「撤回」は、日常では「前に言ったことを取り消す」という広い意味で使われます。しかし法律上の撤回は、まだ相手が受け入れていない申し出を引っ込めることを指します。相手が受け入れて合意が成立した後は、撤回ではなく、取消しや無効を主張できる事情があるかという別の問題になります。この二つを分けないまま「撤回できるか」を調べると、正反対の説明にぶつかります。

段階その時点で起きていること一方的にやめられるか後で問題になりやすいこと
①言う前金額を示され、返事を求められている返事をしない選択ができる黙っていたことを同意と受け取ったと主張されることがある
②条件を示した「○万円なら」とこちらから申し出た対話が続いている間は撤回できる(民法525条2項)いつ、どちらが何を言ったかの前後関係が争いになる
③相手が受け入れた支払の合意が成立している一方的にやめることはできない取消しや無効を主張できる事情があるかどうか
④書面にした・一部を払った合意の内容と、履行の事実が残る一方的にやめることはできない認めたと評価される材料が増える


対話が続いている間の申し出は引っ込められる

 その場で「○万円なら払います」と条件を示した段階では、相手がまだ受け入れていなければ、法律上は申込みにとどまります。対面や電話のように相手と直接やり取りしている間の申込みは、その対話が続いている間はいつでも撤回することができます(民法525条2項)。さらに、対話が続いている間に相手の承諾がなかったときは、その申込みは効力を失うのが原則です(同条3項)。
 「その場では決めない」「日を改める」という対応には、こうした裏づけがあります。逆に言えば、その場で相手が「では、それでいい」と応じてしまえば、段階は③に移ります。

合意が成立した後に問題になること

 合意が成立していても、勘違いに基づくものであれば錯誤(民法95条)、脅されたことによるものであれば強迫(民法96条1項)を理由に取消しを主張できる場合があります。合意の内容そのものが社会的に許されないものであれば、無効とされることもあります(民法90条)。
 他方で、和解には、いったん取り決めた事項は後から違う証拠が出てきても蒸し返さない、という効力があります(民法696条)。争いの対象として決めた事項について、後から「本当は違った」と主張することは、原則として認められません。ただし、和解の前提として争っていなかった事実についての勘違いは主張の余地があるとされ、示談の当時に予想していなかった損害については別に請求できるとした判例もあります。これは、店やキャストの側から追加の請求が出てくる場面にも同じように働きます。

支払を約束する前に確認する5点

 金額が妥当かどうかは、それだけで結論が出る問題ではありません。約束する前に確かめておきたいのは、次の5点です。

  1. 何についての清算なのか(対象)
  2. 払うと何が終わるのか(範囲)
  3. 誰に対して払うのか(相手)
  4. いくらを、いつまでに、どう払うのか(条件)
  5. どういう状況で言おうとしているのか(経緯)


①何についての清算なのか

 同じ「支払」でも、店に生じたと主張される損害の清算なのか、キャスト個人に対する慰謝料なのか、当日の料金や延長料金の未払いなのかで、性質が違います。対象がはっきりしないまま金額だけが決まると、後日「あれは別の件だ」として、もう一度請求が出てくることがあります。
 内訳を尋ねることは、値切ることや争う姿勢を示すことと同じではありません。何についての清算かを決めなければ、支払っても終わりの範囲が定まらないためです。

②払うと何が終わるのか

 支払によって何がどこまで解決するのかは、金額と同じくらい重要です。今回の件について互いにこれ以上の請求をしない、という趣旨が含まれているのかどうかで、同じ金額でも意味が変わります。
 また、金銭のやり取りと、警察に届け出るかどうかは別の問題です。届出をしない約束が当然に守られるとは限らず、刑事の手続は当事者の合意だけで止まるものではありません。

③誰に対して払うのか

 窓口として話をしている人と、その金銭を請求できる立場の人が、同じとは限りません。キャスト個人の被害についての慰謝料は、本来その本人の権利です。また、報酬を得る目的で、弁護士でない者が他人の示談交渉を代理することは弁護士法で制限されています。誰に、どの立場で払うのかがはっきりしないまま渡すと、支払ったのに清算が済んでいない状態が残ることがあります。詳しくは、支払先を扱った記事で整理しています。

④いくらを、いつまでに、どう払うのか

 金額、支払期限、支払方法(一括か分割か、振込か現金か)が決まっていない状態での「払います」は、後から相手の言う条件で埋められてしまうおそれがあります。とくに分割の話が出ているときは、総額、回数、遅れた場合の扱いまでが一組の約束です。
 その場で現金を渡す場合も、受領した事実を示すもの(領収書やメッセージ)が残らなければ、支払った側が不利になることがあります。

⑤どういう状況で言おうとしているのか

 帰りたいと伝えているのに帰らせてもらえない、深夜に長時間問い詰められている、家族や勤務先への連絡をほのめかされている。こうした事情は、後から合意の効力を争う場面で意味を持つことがあります。事業者との契約について、退去を妨げられるなどして困惑した状態で意思表示をした場合には、取消しを認める規定もあります(消費者契約法4条3項)。
 その場で法律論を持ち出す必要はありませんが、何時から何時まで、誰に、どう言われたかをその日のうちに書き残しておくことが、後の判断材料になります。

確認する点その場で確かめる言い方の例決めないまま約束すると起きやすいこと
①対象「どの部分についての金額ですか」別の名目で追加の請求が出る
②範囲「これで今回の件は終わりという趣旨ですか」支払ったのに話が続く
③相手「お店への支払ですか、ご本人への支払ですか」清算が済んでいない状態が残る
④条件「金額と期限、支払方法を書面かメッセージでいただけますか」条件を相手の言い分で埋められる
⑤経緯(その場では確かめず、時刻と発言を記録する)後から事情を説明する材料が残らない


「払います」の一言が持つ、金額以外の意味


時効との関係

 支払義務があることを認める言動は、債務の承認として、時効の進行を振り出しに戻す事情になります(民法152条1項)。一部だけ支払う場合も同じように扱われることがあります。時間が経てば請求が自然に消えると考えて、とりあえず口先で応じておく、という対応が裏目に出ることがあるのはこのためです。

事実を認めたことになるのか

 支払の約束と、「本番があった」「撮影した」といった事実を認める発言は、法律上は別のものです。争いを早く終わらせるために解決金を払う、という合意もあり得ます。
 もっとも、実際のやり取りでは両者が混ざりやすく、「払う」と言った経緯が、事実関係の説明としても記録されることがあります。認める発言をしてしまった後の扱いについては、別の記事で詳しく扱っています。

その場で結論を出さないための伝え方

 断ることと、決めないことは違います。支払を拒否すると宣言しなくても、返事を保留することはできます。

  • 「今は判断できないので、持ち帰って確認します」と伝える。
  • 金額と内訳、期限を、書面かメッセージで示してもらうよう頼む。
  • いつまでに返事をするかを、自分の側から示す。
  • 連絡の窓口(電話かメッセージか)を一つに決める。
  • 言われた内容と時刻を、その日のうちに書き残す。


 なお、返事を保留することと、連絡を無視して放置することは別です。放置すると、相手が別の手段に切り替えたり、話がこじれたりすることがあります。連絡を取らないまま時間が過ぎた場合に何が起きるかは、別の記事で整理しています。

約束してしまった後に残っていること

 すでに口頭で応じてしまった場合でも、できることが何もなくなるわけではありません。
 まず、約束の中身が特定されていなければ、何をいくら支払う合意だったのかは、依然として詰める余地があります。次に、勘違いや、脅されたことによる意思表示だったといえる事情があれば、取消しを主張できる場合があります。相手が支払を強制的に実現するには、最終的には裁判所の手続によることになり、口頭の約束がそのまま取立てに直結するわけでもありません。
 一方で、言った以上は当然に覆せる、という趣旨ではありません。争う余地があるかどうかは、その場のやり取りの中身と、それを示す材料が残っているかによります。時間が経つほど、通話履歴やメッセージ、防犯カメラの記録は失われていきます。

相談の前に整理しておくとよいこと


  1. 日時と場所、その場にいた人(店舗名、担当者の名前や役職を含む)。
  2. どのような言葉で金額を告げられ、自分が何と答えたか。
  3. 書面を示された場合は、その写真や写し。
  4. すでに支払った金額があれば、その方法と記録。
  5. 今どこまでの連絡が来ていて、いつまでに返事を求められているか。


 思い出せない部分は、無理に埋めずに「分からない」としておいて構いません。後から補った記憶は、かえって説明の一貫性を損なうことがあります。

まとめ


  • 契約は口頭でも成立し、書面がないことは合意がなかったことを意味しません(民法522条)。
  • 支払の合意は、法律上は和解契約として扱われます(民法695条)。
  • 保証契約のように、書面がなければ効力を生じない契約もあります(民法446条2項・3項)。
  • 「撤回」は、相手がまだ受け入れていない申し出について問題になります。対話が続いている間の申込みは撤回でき、承諾がないまま対話が終われば効力を失うのが原則です(民法525条2項・3項)。
  • 合意が成立した後は、錯誤や強迫などの事情があるかという別の問題になります(民法95条・96条)。
  • 約束する前に確かめたいのは、対象・範囲・相手・条件・経緯の5点です。
  • 支払義務を認める言動は、時効の関係でも意味を持ちます(民法152条1項)。
  • 返事を保留することは、支払を拒否すると宣言することとは違います。


 その場で結論を求められている状況では、金額の当否よりも先に、「何についての、どこまでの約束なのか」がはっきりしているかを確かめることが、後の選択肢を残すことにつながります。判断に迷う場合は、返事をする前の段階でご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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