本番の逮捕事例をどう読むか|報道から分かること・分からないこと
「撮れていないのだから、事件にはならないはずだ」。盗撮を疑われた場面で、多くの方が最初にそう考えます。ところが現在の法律は、撮影が完了したかどうかだけで線を引いていません。撮影罪には未遂を罰する規定があり、迷惑防止条例には、そもそも撮影されたことを要件としない条文が置かれています。
もっとも、「機器を置いた時点でただちに撮影罪が成立する」という説明も、条文の作りとは一致しません。撮っていない段階は、どの規定に、どういう理由で届き得るのか。ここを分けて理解しておくと、自分に起きたことを人に説明するときの言葉が正確になります。
この記事の前提
- 性風俗を利用する側(客側)の立場を想定しています。
- 成人同士の場面を前提としています。相手が18歳未満である可能性がある場合は、別の法律が関わるため個別にご相談ください。
- すでに逮捕や在宅の呼び出しを受けている場合は、この記事の一般的な整理よりも、具体的な事情に沿った相談が優先します。
- 条文を知る目的は、責任を逃れる方法を探すことではありません。自分に起きたことを正確に把握し、事実と違う説明をしないためです。
撮っていない段階に届き得る四つの規定
「盗撮」は日常語であって、罪名ではありません。撮影が完了していない段階を捉え得る規定は、性質の異なるものが並んでいます。まず、それぞれが何をもって完成した違反とみているのかを並べてみます。
| 規定 | 捉えている行為 | 撮影されたことが必要か |
|---|---|---|
| 性的姿態撮影等処罰法2条2項(未遂) | 撮影行為に着手したが撮影に至らなかった場合 | 不要。ただし着手が必要 |
| 迷惑防止条例の「差し向け」「設置」 | 撮影する目的で機器を向ける・置く行為 | 不要。撮影と別の行為として条文に書かれている |
| 軽犯罪法1条23号 | 通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見る行為 | 不要。撮影それ自体は条文に書かれていない |
| 刑法130条(建造物侵入等) | 正当な理由なく人の住居や建造物に立ち入る行為 | 不要。立入りの段階の話 |
四つは、狙っている場面も刑の重さも異なります。以下、順に見ていきます。なお、撮影罪の2条1項が「何を」「どういう態様で」撮ることを禁じているのかという構成要件そのものは、別のコラムで扱っています。
撮影罪の「未遂」はどこから始まるのか
未遂を罰する規定が置かれている
性的姿態撮影等処罰法の2条2項は、「前項の罪の未遂は、罰する」と定めています。刑法44条により、未遂が処罰されるのは条文に規定がある場合に限られますが、撮影罪にはその規定があります。
未遂の場合も、条文上の刑の枠は既遂と同じ範囲から出発します。そのうえで刑法43条により、着手したが遂げなかったときは刑を減軽することが「できる」とされています。自分の意思でやめた場合の扱いは別に定められていますが、これは独立した論点なので別のコラムに譲ります。
「着手」の目安として示されているもの
問題は、どこからが未遂なのかです。法務省が法案について公表した逐条説明と、立案に関わった担当者による解説では、実行の着手が認められる時点は個別の事案ごとに判断されるべきものとしたうえで、目安が示されています。
示されているのは、対象となる姿態の影像が記録される現実的な危険性を有する行為が開始されたときという考え方です。例として挙げられているのは、スカートの下に撮影機器を差し向けてシャッターを押したものの、露光不足で影像として記録されなかった場合です。あわせて、具体的な事実関係によっては、スカートの下に撮影機器を差し入れた時点で着手が認められる場合もあり得る、とされています。
ここから読み取れるのは、撮影の成否そのものではなく、記録される現実的な危険が生じたかどうかが基準になっているということです。裏を返せば、その危険がまだ生じていない段階では、撮影罪の未遂としては捉えにくいことになります。
「設置しただけ」は未遂なのか
設置が着手に当たるかは一律には決まらない
インターネット上の解説には、「カメラを設置した時点で撮影罪の未遂になる」と一言で書かれているものが少なくありません。ただ、前の項でみた目安に照らすと、設置がつねに着手に当たると言い切れるわけではありません。
たとえば、部屋に機器を置いたものの、相手が入室した直後に見つけられて撤去された、という経過であれば、影像が記録される現実的な危険が生じたといえるかどうかには検討の余地があります。他方、録画を開始しており、対象となる姿態が現に生じ得る状況になっていたのであれば、評価は変わってきます。この点は事案ごとの判断とされており、解釈が固まっているとはいえない領域です。
条例では「設置」がそれ自体で完成した違反になる
ところが、迷惑防止条例のほうは条文の作りが違います。東京都の条例5条1項2号は、通常衣服で隠されている下着または身体を「撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること」を禁じています。差し向けと設置が、撮影と並ぶ独立の行為として書かれているわけです。
つまり条例では、撮影に至ったかどうかを問わず、設置した段階でその条文の違反が完成します。撮影罪では「未遂かどうか」を検討する必要がある場面でも、条例では議論の入り口そのものが違う、ということになります。
同じ条例でも、撮影まで至ったかで刑が分かれている
東京都の条例は、罰則の側でも撮影の有無を区別しています。
| 行為 | 罰則の定め |
|---|---|
| 5条1項2号に違反して撮影した場合 | 1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金 |
| 差し向け・設置にとどまる場合 | 6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
| 撮影した場合で常習と認められるとき | 2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金 |
| 差し向け・設置で常習と認められるとき | 1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金 |
撮影まで至っていないことは、責任がなくなる事情ではなく、適用される条文と刑の枠が変わり得る事情として扱われている。条文に沿って読むと、そう整理できます。なお、条例の内容と罰則は都道府県ごとに異なり、東京都の数字を他県にそのまま当てはめることはできません。この点は別のコラムで整理しています。
「向けただけ」の評価は分かれている
条例の「差し向け」については、機器が実際に撮影できる位置にまで達している必要があるかどうかで、裁判所の判断が分かれてきました。
撮影される現実的な可能性のある態様で向けたとまでは認め難いとして、条例違反の成立を否定した地方裁判所の判決があります(福岡地裁平成30年9月7日判決)。他方で、東京都の条例について、機器が下着等を撮影可能な位置にまで到達していることは必要ではないと判断した高等裁判所の判決もあります(東京高裁令和4年5月12日判決・確定)。
さらに、「差し向け」に当たらないと判断された場合でも、条例が別に定める「卑わいな言動」として捉えられることがあります。カメラを構えた行為についてこの規定に当たるとした最高裁の判断(最高裁令和4年12月5日決定)があり、着衣の上からの撮影が問題になる場面とあわせて、別のコラムで扱っています。
いずれにせよ、「向けただけだから何にも当たらない」という整理は、裁判例の現状とは合っていません。同時に、どの条文で捉えるかによって結論が変わり得るため、事実関係の細部が意味を持ちます。
撮影罪に「予備」の規定はない
未遂の手前、つまり準備の段階について、撮影罪には予備を処罰する規定が置かれていません。小型の機器を購入した、持ち歩いていた、という段階は、この法律では処罰の対象として定められていない、ということになります。
ただし、これは「準備段階なら何も起きない」という意味ではありません。次の点は、別の層の問題として残ります。
- 条例の「設置」に至れば、撮影がなくてもその条文の違反になり得ます。
- 撮影を目的とした立入りは、建造物侵入罪(刑法130条・3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金)として問題になることがあります。
- 店の規約違反や施設の利用ルール違反は、刑事の成否とは別に、出入り禁止や民事上の請求として扱われます。
風俗の場面で問題になりやすい四つの型
- 自室やホテルの部屋に呼び、あらかじめ機器を置いていた。設置の事実が残るため、条例の設置の規定が正面から問題になります。撮影罪の未遂に当たるかは、録画の状態や発見された時点によって評価が変わります。
- 施術中や接客中に、手元の端末を相手に向けた。差し向けの評価、卑わいな言動の評価、撮影罪の未遂の評価が並行して問題になります。
- 録画を開始したが、保存されていなかった。記録が残らなかった理由が機器の不具合や設定の誤りであれば、まさに未遂として想定されている場面にあたります。
- 相手に気づかれ、自分で止めた。止めた理由が外部からの働きかけによるものかどうかで扱いが分かれるため、この点は別のコラムで整理しています。
撮っていなくても残るもの
「データがないのだから調べようがない」と考えられがちですが、撮影された影像以外にも、手続の中で参照され得るものがあります。
- 機器そのもの(設置場所、向き、電源やメモリーカードの状態)
- 設置の痕跡(固定具、配線、置かれていた位置関係)
- 機器や関連用品の購入・注文の履歴
- 端末の操作履歴やアプリの起動記録
- 相手方や第三者の供述、施設の防犯カメラの映像
撮影データが出てこないことから、証拠が足りないとして手続が早く終わることもあります。一方で、右に挙げたような事情から捜査が進むこともあります。どちらに転ぶかを、撮影の有無だけで見通すことはできません。押収された機器がいつ返るのか、中身はどこまで見られるのかという点は、別のコラムで扱っています。
ネット上の説明を読むときの注意
- 「設置すれば撮影罪の未遂」と一言でまとめた記事があります。条例の設置の規定と、撮影罪の未遂は、根拠も要件も別のものです。
- 「懲役」と書かれた記事は、2025年6月1日の拘禁刑への一本化より前の記述である可能性があります。
- 条例の罰則の数字は都道府県ごとに異なります。東京都の数字を他県にそのまま当てはめることはできません。
- 不起訴の割合などの数字は、母集団の取り方が示されていないものが多く、自分の事案に当てはまるとは限りません。
相談の前に整理しておくとよいこと
- 日時と場所(店舗の業態、部屋の種別、都道府県)
- 機器の種類と、置いた・向けた具体的な状況(電源、録画開始の有無、位置と向き)
- どの時点で、誰に、どのように気づかれたか
- その場で求められたこと、署名した書面、渡した金銭の有無
- 警察や店から受け取った書面、やり取りの記録
あいまいな部分は、無理に埋めないでおくことをおすすめします。記憶が確かでないところを推測で補うと、後から食い違いが生じ、説明全体の信用に影響します。
反対に、避けたほうがよい対応もあります。
- 自己判断でのデータ削除や端末の初期化。撮影がなかった場合でも、消したという事実が別の問題を生みます。
- その場での現金の支払いと、念書への署名。金額の妥当性も記載内容の効力も、後から争いにくくなります。
- 相手方本人への直接の連絡。関係が悪化しやすく、その後の手続にも影響し得ます。
まとめ
- 撮影罪には未遂を罰する規定があり、「撮れていない」ことだけで結論が決まるわけではありません。
- 着手の目安として示されているのは、影像が記録される現実的な危険を有する行為が開始されたか、という考え方です。
- そのため、設置がつねに撮影罪の未遂に当たるとは限らず、状況によって評価が変わります。
- 一方、迷惑防止条例は差し向けと設置を撮影と別に定めており、設置の段階でその条文の違反が完成します。
- 東京都の条例は、撮影まで至った場合とそれ以外とで、罰則の枠を分けています。
- 「向けただけ」の評価は裁判例が分かれており、別の規定で捉えられる場合もあります。
- 撮影データが残っていなくても、機器や履歴、供述など、手続の中で参照され得る事情があります。
- 早く相談したからといって良い結果が約束されるわけではありませんが、事実関係を整理しないまま説明を重ねるよりは、選べる対応が多く残ります。


