本番トラブルの請求額が高額化する要因|何が金額を動かすのか
風俗店でのトラブルで、「挿入はしていない」「本番まではしていない」という説明から話が始まることがあります。ところが、刑法の条文には「本番」という言葉が出てきません。条文が引いている線は、現場で使われている「本番かどうか」の線とは重なっていないのです。
この記事では、挿入がなかった場合に何が変わり、何が変わらないのかを、条文の並びに沿って整理します。線引きを知ることは「ここまでなら大丈夫」という範囲を探すためのものではなく、いま自分が置かれている状況を正確に把握するためのものです。
この記事が前提にしていること
読み進める前に、扱う範囲を先に示しておきます。
- 成人同士のやり取りを想定しています。相手が18歳未満の場合は別の枠組みが働くため、この記事の整理はあてはまりません
- すでに逮捕・勾留されている場合や、警察から呼出しを受けている場合は、一般論よりも個別の相談が先になります
- 特定の行為を勧める趣旨ではなく、事実と違う説明の組み立て方を示す趣旨でもありません
- 条文と一般的な考え方の整理であり、個別の事案の結論を示すものではありません
「本番」という言葉には三つの物差しが混ざっている
最初に整理しておきたいのは、「本番」という言葉が一つの意味で使われていない、ということです。同じ場面について、店・売春防止法・刑法が、それぞれ違う言葉で、違う範囲を区切っています。
| 言葉 | 何を指すか | 決めているのは |
|---|---|---|
| 店のルールでいう「本番」 | 店が禁止行為として定めているもの。挿入を伴う性交を指すことが多いが、範囲は店の定め方による | 店(規約・契約) |
| 売春防止法の「売春」 | 対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交すること(2条) | 法律の定義。3条は売春とその相手方になることを禁じているが、この禁止自体に罰則の定めはない |
| 刑法177条の「性交等」 | 性交、肛門性交、口腔性交、膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの | 条文の定義 |
| 刑法176条の「わいせつな行為」 | 条文に定義はなく、行為の性的な性質などから判断される | 判例が示した枠組み |
「本番行為」は法律で定義された言葉ではなく、業界で使われている呼び方です。ここまでは多くの解説が触れています。問題はその先で、店のルールの上では「本番ではない」とされる行為が、刑法の条文では「性交等」の一つとして書かれていることがあるという点です。
条文が引いている線は「挿入があったかどうか」ではない
不同意わいせつ罪(刑法176条1項)と不同意性交等罪(同177条1項)は、条文の前半部分が共通しています。177条1項が「前条第1項各号に掲げる行為又は事由」と書いて、176条1項が並べている1号から8号をそのまま引いているからです。
その1号から8号は、暴行・脅迫、心身の障害、アルコールや薬物、睡眠その他の意識が明瞭でない状態、同意しない意思を形成し表明し全うするいとまがないこと、予想と異なる事態に直面させての恐怖・驚愕、虐待に起因する心理的反応、経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力、の八つです。両方の条文とも、これらの行為・事由その他これらに類するものによって「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」にさせ、又はその状態にあることに乗じた場合を対象としています。
二つの条文が分かれるのは、そのあとに置かれた行為の部分だけです。わいせつな行為なら176条、性交等なら177条になります。挿入の有無は、責任が生じるかどうかを決める位置ではなく、どちらの条文になるかを決める位置に置かれているということです。
「性交等」は条文に定義が書かれている
177条1項は、「性交等」を次の四つとして定義しています。
- 性交
- 肛門性交
- 口腔性交
- 膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの
ここで確認しておきたい点が二つあります。一つは、口を使う行為が「口腔性交」として条文に並んでいることです。店のルールの上では本番として扱われていない行為でも、条文の側では性交等の一つとして書かれています。もう一つは、四つ目の類型が2023年7月13日施行の改正で加えられ、陰茎以外の身体の一部や物を挿入する行為も含まれるようになったことです。指を入れる行為はここに位置づけられます。
そのため、「挿入していないのだから177条の話ではない」という整理は、条文の定義と噛み合わないことがあります。
「わいせつな行為」には条文の定義がない
これに対して、176条の「わいせつな行為」には条文上の定義がありません。判断の枠組みを示したものとして、最高裁大法廷の平成29年11月29日判決があります。この判決は、行為そのものが持つ性的な性質が明確な場合には、行為者の性的な意図の有無などを考慮するまでもなく「わいせつな行為」に当たるとし、性的な性質が明確でない場合には、意図を含めた具体的な事情を考慮することがある、という枠組みを示しました。それ以前は、性欲を刺激・興奮させ、又は満足させる意図が必要だとする昭和45年の判例がありましたが、この解釈は変更されています。
実務的な意味は、「そういうつもりではなかった」という説明だけで結論が決まるわけではないということです。
挿入がなければ消えるのではなく、条文が入れ替わる
「挿入がなくても罪になる場面がある」という言い方は、正確には「挿入がなかった場合は176条の側で検討される」という意味です。二つの条文を並べると、次のようになります。
| 比べる点 | 不同意わいせつ罪(176条1項) | 不同意性交等罪(177条1項) |
|---|---|---|
| 同意に関する要件 | 1号から8号の行為・事由その他これらに類するものにより、困難な状態にさせ、又はその状態に乗じたこと | 176条1項各号を引用しているため、同じ |
| 対象となる行為 | わいせつな行為 | 性交等 |
| 法定刑 | 6月以上10年以下の拘禁刑 | 5年以上の有期拘禁刑 |
| 罰金刑 | 定めがない | 定めがない |
| 未遂 | 処罰の対象(180条) | 処罰の対象(180条) |
| 公訴時効 | 12年 | 15年 |
法定刑は幅であって、その事案の見通しを示す数字ではありません。ここでは「枠が違う」ことだけを押さえてください。罪名を横断して法定刑を見たい場合や、途中でやめた場合の扱いについては、別のコラムで扱っています。
あわせて押さえておきたいのは、同意に関する要件は二つの条文で共通しているという点です。争いになりやすいのはこの共通部分のほうで、挿入の有無はそのあとに来ます。「挿入していない」という説明は、共通部分についての説明にはなっていません。
風俗の場面で線引きが問題になりやすい四つの型
実際に相談として持ち込まれる場面は、いくつかの型に分かれます。いずれも「こうなれば成立する」という基準ではなく、どこが争点になりやすいかの整理です。
サービスの流れの中で行為が変わった場合
オプションとして申し込んでいない接触や、その日の内容として説明されていなかった行為に及んだ場合、「サービスの一部だと思った」という受け止めと、相手の受け止めが食い違うことがあります。店が用意しているコースやオプションの一覧は、店と客の間の取り決めであって、相手の意思そのものではありません。
途中で拒まれたあとも続いた場合
条文は「同意しない意思を……全うすることが困難な状態」という言葉を使っています。始まりの時点では受け入れられていたとしても、途中で示された拒絶が通らなかった場面は、この「全う」の問題として検討され得ます。
相手の意識がはっきりしていなかった場合
3号(アルコール若しくは薬物)や4号(睡眠その他の意識が明瞭でない状態)は、暴行も脅迫もない場面を対象にしています。飲酒がからむ場面の整理は、別のコラムで扱っています。
店のルールと相手の意思がずれている場合
店が禁じていないことは、相手が受け入れていることを意味しません。逆に、店の禁止に反したことが、それだけで犯罪になるわけでもありません。店との契約上の話と刑事の話は、別の層にあります。
よくある五つの言い分は、条文とどう噛み合うか
- 「挿入していないから本番ではない」……どちらの条文で検討されるかの話であり、検討の対象から外れるという意味にはなりません
- 「料金を払っている」……対償という言葉は売春防止法の定義に出てくるもので、176条・177条の要件には出てきません
- 「嫌がっていなかった」……5号(いとまがないこと)や6号(予想と異なる事態に直面させての恐怖・驚愕)は、拒む言動が示されない場面を含んでいます
- 「店のルールを破っただけ」……店との契約上の責任と、刑罰を定めた法令の適用は、別に判断されます
- 「性的な目的ではなかった」……平成29年の大法廷判決の枠組みのもとでは、それだけで結論が決まるわけではありません
いずれも「だから責任がある」という意味ではありません。説明としては弱い、あるいは論点がずれている、というだけのことです。逆にいえば、本来問われている共通部分について、事実に沿った説明を組み立てる余地が残されているということでもあります。
罪名を決めるのは自分ではない
どの条文で検討するかを選ぶのは捜査機関であり、起訴するかどうかと罪名を決めるのは検察官、最終的に判断するのは裁判所です。捜査の途中で見立てが変わることもあります。
自分で「これは176条の話だ」と決めて説明を組み立てると、あとで事実関係の一部と食い違ったときに、説明全体の受け止められ方に影響することがあります。はっきりしている事実と、記憶があいまいな部分を分けて伝えるほうが、結果的に整理しやすくなります。
なお、相手がけがをした場合には181条という別の条文の枠に移ります。個別性が高い部分のため、ここでは扱いません。
ネット上の説明を読むときの三つの注意
- 名称や刑の種類が古いままのページがあります。強制わいせつ罪・強制性交等罪は2023年7月13日施行の改正で名称が変わり、懲役・禁錮は2025年6月1日から拘禁刑に一本化されています
- 「本番=挿入を伴う性交」という業界の定義を示したうえで、条文の「性交等」の定義と突き合わせていないページがあります
- 示談金の相場や逮捕される割合といった数字が、どの範囲を集計したものか示されていないことがあります
相談の前に整理しておくとよいこと
- その日の流れを時間の順に書き出す(何時ごろ、どこで、どういう順番だったか)
- 店や相手から何を言われているか(口頭か書面か、金額や期限が示されているか)
- 手元に残っている記録(予約の履歴、やり取り、レシート、支払いの記録)
- 記憶があいまいな部分は、埋めずに「はっきりしない」と書いておく
- すでに署名した書面があれば、その写し
記録を消す、相手に直接連絡する、その場で示された金額に応じるといった対応は、いずれもあとから取り返しにくい影響を残すことがあります。判断に迷う段階であっても、材料をそろえたうえで相談するほうが、選べる対応は多く残ります。
まとめ
- 刑法に「本番」という言葉はなく、店のルール・売春防止法・刑法は、それぞれ違う範囲を区切っている
- 176条と177条は同意に関する要件が共通しており、分かれるのは対象となる行為の部分だけである
- 177条の「性交等」には、口腔性交や、陰茎以外の身体の一部・物を挿入する行為も含まれる
- 「挿入がなかった」ことは、検討の対象から外れることではなく、176条の側で検討されることを意味する
- 176条の「わいせつな行為」に条文上の定義はなく、性的な意図がなかったという説明だけで結論は決まらない
- 罪名を選ぶのは捜査機関と検察官であり、自分の見立てに合わせて説明を組み立てるのは避けたほうがよい
- 早く相談すれば良い結果が約束されるというものではないが、材料が残っている段階のほうが、とれる対応は多い


