受任通知とは何か|送られると相手方との関係はどう変わるか
弁護士に依頼して交渉や手続が進んでいる最中に、相手方から直接お金を渡されたり、口座に振り込まれたりすることがあります。「受け取ってしまってよいのだろうか」「受け取ったら不利になるのではないか」と迷う方は少なくありません。
結論から言えば、依頼者本人が相手方からお金を受け取ること自体を禁じる法律はありません。ただし、受け取り方やその場でのやり取りによって、あとから意味づけを変えにくい事実が残ることはあります。この記事では、依頼中にお金を渡されたときに何が動くのかを分解したうえで、その場での対応と、受け取ったあとにすることを整理します。
「受け取ってはいけない」という決まりがあるわけではない
弁護士に依頼しても、当事者はあくまで依頼者本人です。代理人は本人に代わって交渉や手続を行いますが、本人が自分の権利について行動できなくなるわけではありません。相手方から支払いを受ける立場にあるのは本人ですから、本人が受け取ること自体は、法律上できないことではありません。
問題になりやすいのは「受け取ってよいかどうか」よりも、受け取ったお金が、どの請求の、どの部分に、どういう意味で入ったのかという点です。金銭の受け渡しは事実として残る一方、その意味づけは、あとから言葉だけで動かすことが難しくなります。迷いの正体は、受領そのものではなく、受領に付いてくる意味のほうにあります。
相手方に弁護士がついているかどうかで場面が変わる
相手方に弁護士がついている場合、支払いはその弁護士の預り金口座を経由し、こちらの代理人の口座に振り込まれるのが一般的です。この流れであれば、名目や金額の確認が書面で残るため、依頼者が自分で判断を迫られる場面はあまりありません。
迷いが生じやすいのは、相手方本人から、代理人を通さずに直接渡された場合です。典型的には次の三つの場面があります。
| 場面 | 起きやすいこと | その場で決めにくい点 |
|---|---|---|
| 現金を手渡しされた | 封筒のまま渡され、その場で数えられない | 金額・名目・領収書の扱い |
| 口座に振り込まれた | 受け取るかどうかを選べない | どの請求に対する入金なのか |
| 家族や共通の知人を経由して渡された | 相手の意図が正確に伝わらない | 誰の意思による支払いなのか |
受け取った時点で決まってしまいやすい四つのこと
①その金額がどの請求に充てられたことになるか
請求が複数あるとき(元本と利息、複数回の貸付、慰謝料と実費など)、支払われたお金がどれに充てられるかは、当事者の合意があればその合意によります。合意がない場合は民法の定めに従い、元本のほかに利息や費用があるときは、費用、利息、元本の順に充てられるのが原則とされています(民法489条1項)。
「元本の一部として受け取ったつもり」でも、計算上はそうならないことがあります。名目を決めないまま受け取ると、この点があとから争いになりやすくなります。
②残りの請求を続ける意思があるかどうか
一部を受け取ること自体は、残額の放棄を意味するものではありません。もっとも、受け取る際に「これで終わりにする」という趣旨のやり取りがあった場合や、清算条項の入った書面に署名した場合には、その一回で全体が解決したと評価される可能性があります。
清算条項とは、「この書面に定めるもののほかには、互いに債権債務がないことを確認する」という趣旨の条項で、和解書や合意書の末尾に置かれるのが通常です。領収書や簡単なメモの文面に、同じ趣旨の一文が紛れていることもあります。
③相手方が支払義務を認めたことになるか
支払う側から見ると、一部でも支払うことは支払義務があることを認める行為にあたり、時効の更新につながる場合があります(民法152条1項)。請求している側にとっては有利に働く事情ですが、これも「何に対する支払いか」がはっきりしていることが前提になります。
④交渉や裁判で述べている金額とずれるか
交渉中であれば、こちらが提示している金額の前提が変わります。訴訟中であれば、すでに受け取った分について請求額を整理する必要が生じます。受領の事実を代理人が把握していないと、主張している金額と実際に手元にある金額が食い違ったまま進むことになり、あとから説明を求められることがあります。
その場で言われやすい言葉と、その意味
| 相手の言葉 | 含まれている可能性のある意味 | その場で返しやすい言い方 |
|---|---|---|
| これで終わりにしよう | 全体の解決(清算)の申し入れ | 金額の話は代理人を通してお願いします |
| とりあえず内金として | 一部の支払い。ただし充当先は未確定 | 名目は追って書面で決めさせてください |
| 領収書だけ書いてほしい | 受領と内容を書面で確定させる求め | この場では書けないため後日お渡しします |
| 振り込んでおいたから | 受け取るかどうかを選べない支払い | 入金は確認しました、とだけ伝える |
| 誰にも言わないでほしい | 口外禁止などの条件が付いた支払い | 条件は書面で確認させてください |
いずれの場面でも軸になるのは、その場で結論を出さないことです。金額や名目をその場で確定させず、受領の事実だけを持ち帰る形にしておけば、あとから整理する余地が残ります。
受け取る場合に、その場で避けたいこと
- 内容を確認しないまま、書面や領収書に署名・押印すること
- 「これで全部です」「もう請求しません」といった趣旨の返事をすること
- 名目(何に対する支払いか)を決めないまま受け取ること
- その場で残額の免除や分割の条件を口頭で約束すること
- 記録を残さず、口頭のやり取りだけで終わらせること
なお、支払った側には受取証書(領収書)の交付を求める権利があります(民法486条1項)。そのため、領収書を出さないという対応を続けることは現実的ではありません。出さないのではなく、内容を確認したうえで、あとから代理人を通して出すという進め方のほうが取りやすい選択です。
受け取ったあとに、まずすること
- 受け取ったお金を生活費などと混ぜず、そのまま分けて置いておく
- いつ・誰から・いくら・どのような名目で渡されたかを、その日のうちに書き留める
- 封筒、振込画面、やり取りのメッセージなど、経緯が分かるものを保存する
- 担当の弁護士に連絡し、受領の事実と、その場で交わした言葉をそのまま伝える
- 今後も入金があり得るかどうかと、その受け皿を確認する
このうちもっとも効くのは四番目です。金額の大小にかかわらず、受け取ったこと自体を早く伝えておけば、交渉の進め方や書面の内容をそれに合わせて調整できます。逆に、伝わらないまま時間が経つほど、修正にかかる手間が増えます。
振り込まれてしまった場合
振込は、こちらが受け取るかどうかを選べません。口座に入った時点で記録としては残ります。この場合に検討することは、主に次の三点です。
- そのまま置いておくか、返金するか(返金にも意思表示としての意味があります)
- どの請求に対する入金として扱うかを、書面で確認するかどうか
- 入金の前後に、相手方から何らかの連絡があったかどうか
気をつけたいのは、自己判断で返金すると行き違いが起きやすいことです。返した事実も記録に残り、「受け取りを拒んだ」と受け止められることがあります。返すかどうかも含めて代理人と決めるほうが、あとの整理がしやすくなります。
また、こちらが伝えていない口座に振り込まれた場合には、相手方がどのように口座を知ったのかが別の論点になることもあります。その点も併せて伝えておくとよいでしょう。
「受け取らない」という選択にも意味がある
受け取らないことも選択肢ですが、こちらも中立ではありません。支払う側は、受け取ってもらえない場合に、供託所(法務局)へ供託するという方法をとることができます(民法494条)。供託が有効に行われれば、その範囲では支払ったのと同じ扱いになります。つまり、受け取らないことによって支払いをなかったことにできるわけではありません。
一方で、口外禁止や取下げを求めるような条件が付いた支払いについては、条件を確認しないまま受け取らないという判断もあり得ます。受け取る場合も受け取らない場合も、理由をそろえたうえで選ぶことが大切です。
弁護士に伝えないまま受け取るとどうなるか
「言いにくい」「たいした額ではない」と考えて、受領を伝えないままにする方がいます。ここで起きやすいのは、次のようなことです。
- 代理人が、すでに支払われた分を含めて請求を続けてしまう
- 相手方から「支払済みだ」と主張され、こちら側の説明が後手に回る
- 和解の条件を組み立て直すことになり、手続に時間がかかる
- 本人と代理人の説明が食い違い、こちら側の主張全体の受け止められ方に影響する
もっとも、これは責める趣旨の話ではありません。受領そのものは元に戻せませんが、伝わってさえいれば、書面の内容や請求額を調整して立て直せる場面がほとんどです。伝えるのが遅くなった場合でも、気づいた時点で伝えるほうが選択肢は多く残ります。
弁護士費用や預り金との関係
「本人が直接受け取れば弁護士費用がかからないのではないか」と考える方がいますが、報酬の考え方は委任契約の定めによります。多くの契約では、依頼者が得た経済的利益を基準に報酬金を算定するとされており、受け取り方が直接か代理人経由かによって当然に変わるものではありません。
また、弁護士が金銭を預かる場合には、自分の財産と区別して保管し、預り金であることを明らかにしたうえで、保管状況を記録することが定められています(弁護士職務基本規程38条)。委任が終わるときには、契約に従って清算し、遅滞なく返還することも定められています(同45条)。相手方からの支払いを代理人が受ける運用が一般的なのは、この仕組みによって入金と精算の経過が書面に残るためです。
税金の扱いが気になる場合
受け取ったお金の税務上の扱いは、その性質によって異なります。心身に加えられた損害に対する慰謝料などは、原則として非課税とされています(所得税法9条1項18号、同法施行令30条)。貸したお金の元本が返ってきた場合も、それ自体は所得ではありません。
一方で、利息や遅延損害金、事業に関する補償の性質をもつものなどは、扱いが変わることがあります。金額が大きい場合や、名目が複数にわたる場合は、税理士や所轄の税務署に確認しておくとよいでしょう。弁護士との打ち合わせの際に、税務の確認が必要な事案かどうかを尋ねておく方法もあります。
依頼の段階で決めておくとよいこと
- 相手方からの支払いを、代理人の預り金口座で受けるか、本人の口座で受けるか
- 本人の口座で受ける場合、入金を確認したら誰にどう連絡するか
- 現金を直接渡されたときに、その場でどこまで応じてよいか
- 領収書や受領書を求められたときに、どちらが窓口になるか
- 分割払いになった場合の入金確認の方法と、遅れたときの連絡先
依頼した時点でここまで決まっていれば、実際に渡されたときに迷う場面は減ります。まだ決めていない場合は、次の打ち合わせで確認しておきたい項目です。
よくある質問
Q 少額でも弁護士に伝えたほうがよいですか
伝えておくほうが整理しやすくなります。金額の大小よりも、支払いがあったという事実そのものが、交渉の前提や書面の内容に影響するためです。少額であれば、報告のうえで扱いを決めるだけで済むことがほとんどです。
Q 受け取ったあとに「やはり返してほしい」と言われました
支払いの名目や、その時点で何が合意されていたかによって結論が変わります。返すかどうかをその場で答えず、相手の言い分を記録したうえで代理人に伝えるという順序が取りやすい対応です。
Q 相手方の弁護士から直接振り込まれた場合はどうなりますか
通常は、こちらの代理人との間で名目と金額を確認したうえで支払われます。本人の口座に直接入金があった場合は行き違いの可能性もあるため、入金の日時と金額を代理人に伝え、内容を確認してもらうことで、あとの食い違いを防ぎやすくなります。
おわりに
依頼中に相手方からお金を渡されたとき、判断が難しく感じられるのは、「受け取ってよいか」という一点に見えて、実際には名目・充当・残額の扱い・記録という複数の論点が同時に動くためです。その場ですべてを決めようとすると、どこかを取りこぼします。
現実的な進め方は、受け取るかどうかにかかわらず、その場では意味を確定させず、記録を残し、早めに代理人に伝えるという順序です。渡された時点で迷いを感じたのであれば、その感覚は妥当なものです。判断をいったん保留にすること自体は、不誠実な対応ではありません。
当事務所でも、交渉中や手続中に相手方から支払いの申し出があった場合の対応について、ご相談をお受けしています。すでに受け取ってしまったあとであっても、経緯を整理すれば取れる方法は残っています。お困りの際は、お気軽にご相談ください。


