依頼中に相手方からお金を受け取ってよいか
弁護士に正式に依頼すると、そこから先の手続は弁護士が進めます。ただ、依頼した側が何もしなくてよい期間になるわけではありません。むしろ、依頼者本人しか持っていない情報や、本人にしか決められない判断が、たびたび必要になります。
この記事では、弁護士に依頼している間に起きやすい行き違いを八つに整理し、それぞれについて「なぜ避けたほうがよいのか」と「代わりに何をすればよいのか」をあわせて説明します。すでに依頼している方にも、これから依頼するか迷っている方にも、依頼後の見取り図として使っていただける内容です。
「やってはいけない」は、禁止されているという意味ではありません
最初に、この記事の言葉づかいについてお伝えしておきます。
依頼中の行動について「これはしてはいけない」と説明されることがありますが、その多くは法律で禁じられている行為ではありません。依頼者が誰と話すか、何を書くか、何をいつ捨てるかは、基本的には本人が決められることです。
それでも避けたほうがよいこととしてまとめられているのは、その行動をとるとあとから取り返しにくい変化が起きるためです。たとえば、選べる手続の幅が狭くなる、立てたばかりの方針を作り直すことになる、説明のために余分な時間がかかる、といった変化です。
もう一つ、依頼中の行き違いの多くは、依頼者の不注意から生まれているわけではありません。「早く終わらせたい」「誤解を解きたい」「弁護士の手をわずらわせたくない」という、ごく自然な気持ちから起きています。以下で挙げる八つも、責めるためのリストではなく、あらかじめ知っていれば避けられることの一覧として読んでいただければと思います。
まず全体像
| 避けたいこと | 起きやすいこと | 代わりにできること |
|---|---|---|
| 相手方に直接連絡する | 窓口が二つになり、言い分が割れて見える | 伝えたい内容を弁護士に渡す |
| その場で返事やサインをする | 本人の約束として残り、前提が変わる | 「確認します」と持ち帰る |
| 不利な事実を伝えない | 後から出て方針を立て直すことになる | 言いにくい事情ほど早く伝える |
| 質問や資料の依頼を後回しにする | 手続の期限に間に合わなくなる | 分かる範囲だけでも返す |
| 証拠になり得るものを処分する | 事実を示す手立てが減る | 判断せずに残しておく |
| SNSなどに経過を書く | 相手方も読める記録として残る | 事件が続く間は控える |
| 黙って別の弁護士にも依頼する | 窓口と費用が二重になる | 先に不満や疑問を伝える |
| 費用や届いた書類を放置する | 手続が止まることがある | 払えない事情も早めに相談する |
①相手方に自分から直接連絡する
弁護士に依頼すると、相手方とのやり取りの窓口は弁護士に移ります。この状態で依頼者本人が相手方に直接連絡すると、窓口が二つある状態になります。
このとき起きやすいのは、次のようなことです。
- 同じ件について、弁護士が伝えている内容と本人が話した内容が食い違って見える
- その場で口にした一言が、後日「本人はこう言っていた」という形で持ち出される
- 感情的なやり取りになり、それ自体が新しい争点になる
- 相手方が、弁護士を通さずに本人を説得しようとするようになる
直接連絡したくなる気持ちには理由があります。誤解されたままなのが耐えられない、進み具合が見えないので自分で確かめたい、相手が知人なので無視するのが不自然、といった事情です。どれも自然な感覚ですが、伝えたい内容そのものは、弁護士を通しても届けられます。
代わりにできること
- 言いたいことは、そのままの言葉で弁護士に伝える。整えるのは弁護士の仕事です
- 相手方から連絡が来たら、返信せずに内容をそのまま弁護士に渡す
- どうしても返す必要がある場面(仕事上の連絡、子どもの受け渡しなど)は、事件と別の用件として扱ってよいか先に確認しておく
なお、相手方から直接連絡が来たときの具体的な対応は、別の記事で詳しく整理しています。
②弁護士に伝えないまま、その場で返事やサインをする
依頼した後でも、相手方や関係者から直接、書面や提案が持ち込まれることがあります。よくあるのは次のような場面です。
- 相手方が用意した合意書や念書に署名を求められる
- 金額について「これでどうか」と口頭で了解を求められる
- 一部だけ先に支払ってほしいと言われる
- 「もうこの件は終わりにする」と言ってしまう
依頼した後も、事件の当事者は依頼者本人です。本人がした約束や返事は、本人のものとして扱われます。そのため、その場のやり取りが、進めている手続の前提を変えてしまうことがあります。
特に注意したいのが、金銭に関する返事です。一部でも支払ったり、「払います」と伝えたりすると、その後に使える期間の計算や、争える範囲が変わることがあります。よかれと思って応じた行動が、結果として選択肢を狭めることもあるということです。
代わりにできること
その場では「弁護士に確認します」と伝えて持ち帰る形で問題ありません。代理人がついていることは相手方も分かっているのが通常ですから、持ち帰ることが失礼にあたる場面はほとんどありません。書面を渡された場合は、署名せずに写真を撮って弁護士に送れば、内容の検討はそこから始められます。
③自分に不利な事実を伝えないでおく
言いにくい事情を伏せたまま依頼が始まってしまうことがあります。過去のやり取り、自分の側にも落ち度がある部分、相手に送ってしまったメッセージ、金銭の受け渡しなどです。
伏せておいても大丈夫だろうと考えたくなりますが、こうした事情は相手方の側から出てくるのが通常です。相手にとっては、こちらの弱いところこそ出す価値のある材料だからです。
あらかじめ聞いていれば、弁護士はそれを織り込んだ方針を立てられます。説明の仕方を工夫したり、先に触れておいて影響を小さくしたり、その事情を前提にした落としどころを探したりできます。反対に、手続が進んでから出てくると、そこまでの主張との整合を取り直す必要が生じ、時間も選択肢も余計に使うことになります。
言いにくいことは、言いにくいまま伝えてかまいません
- 「うまく説明できないのですが」と前置きしてから話す
- 最初に言えなかったことを、途中で思い出した形として伝える
- 口頭で言いにくければ、メールや書面で送る
弁護士には守秘義務があり、相談や依頼の中で知った事情を外部に伝えることは職務上できません。その範囲については別の記事で扱っていますが、少なくとも「話したことが家族や職場に伝わる」という前提で身構える必要はありません。
④弁護士からの質問や資料の依頼を後回しにする
依頼中に弁護士から届く質問は、単なる確認のお願いではなく、手続の期限から逆算して届いていることがほとんどです。裁判所に出す書面の提出期限、相手方が示してきた回答期限、申立てに必要な資料の準備期間などが、質問の裏側にあります。
そのため、返事が数日遅れるだけで、その回の期日で出せたはずのものが次回に回り、結果として一か月単位で先に延びることがあります。
返事が遅れる理由の多くは、忘れていたことではありません。「きちんと調べてから答えよう」と考えて手が止まることが、最も多い原因です。手元に資料がない、記憶があいまい、どこまで書けばよいか分からない、といった状態のまま日が過ぎていきます。
分かる範囲だけを、その日のうちに
- 「はっきりしないのですが、たしか◯月ごろです」でも情報になります
- 「手元にないので、◯日までに探して送ります」という返事だけでも先に送る
- 質問が複数あるときは、答えられるものから順に返す
連絡先が変わったときも同じです。引っ越し、電話番号やメールアドレスの変更、長期の出張や入院などは、分かった時点で伝えておくと、連絡が届かないまま時間が過ぎる事態を避けられます。返事の速さについては、別の記事でより詳しく整理しています。
⑤証拠になり得るものを自分の判断で処分する
依頼中に、次のようなことをしてしまう方は少なくありません。
- 相手とのやり取りを思い出したくなくて、トーク履歴を削除する
- 気持ちの整理として、アカウントごと消す
- 機種変更のときに、古い端末を下取りに出す
- 「関係ない」と判断して、書類や写真を処分する
問題は、何が意味を持つ資料になるかは、後にならないと分からないことです。自分にとって不利に見えるやり取りが、日付や経緯を示す資料として役に立つこともあります。相手の言い分と食い違う点を示すために、ごく普通のメッセージが必要になることもあります。
加えて、相手が使えないようにする目的で書類を処分したと見られた場合には、その書類の内容についての相手方の言い分が、そのまま認められる扱いになることがあります。刑事の手続が関係する場面では、資料を処分した経緯そのものが、身柄に関する判断で考慮されることもあります。
代わりにできること
- 見たくないものは、削除ではなく非表示やアーカイブで手元から遠ざける
- 端末を替えるときは、古い端末をすぐ手放さず、扱いを弁護士に相談する
- 「これは関係ないと思うのですが」と添えて渡し、要否の判断は弁護士に委ねる
保存の具体的なやり方や、データを弁護士に渡すときの注意点は、別の記事で扱っています。
⑥SNS・ブログ・口コミに事件のことを書く
依頼中の発信については、あまり語られませんが、影響が出やすいところです。書きたくなる気持ちは自然なもので、経過を記録しておきたい、同じ立場の人に伝えたい、支えてくれる人に近況を知らせたい、といった動機があります。
ただし、公開の場に書いたものは相手方も読めます。そして、次のような形で影響することがあります。
- 投稿の内容と、手続の中で述べている主張が、食い違って見える
- 「精神的に苦しい」「もう気にしていない」といった記述が、損害の程度をめぐる材料として持ち出される
- 相手を特定できる書き方をしたことで、別のトラブルを呼び込む
- 話し合いで解決する場合に、口外しない旨の取り決めが入ることがあり、過去の投稿の扱いが問題になる
鍵付きの設定や限られた範囲での投稿でも、内容が転載される形で外に出ることはあります。相手方の名前を出していなくても、前後の記述から誰のことか分かる場合は同じです。
代わりにできること
- 事件が続いている間は、その件についての投稿を控える
- 発信が仕事に関わる場合は、どこまで書けるかを先に弁護士と相談しておく
- すでに投稿しているものがあれば、消す前にその存在を弁護士に伝える
なお、過去の投稿をあわてて削除することにも注意が必要です。削除した経緯自体が説明を求められることがあるため、扱いは相談してから決めるほうが落ち着きます。
⑦黙って別の弁護士にも依頼する
ここは誤解されやすいところなので、順番に整理します。
まず、他の弁護士の意見を聞くこと自体は、問題のある行動ではありません。弁護士の側にも、依頼者が他の弁護士に相談することを妨げてはならないという職務上の考え方があります。方針に納得できないとき、見通しをもう一度確かめたいときに、別の弁護士の意見を求めることは選択肢の一つです。
避けたいのは、同じ件について、伝えないまま二人の弁護士に依頼を続ける状態です。この場合、次のようなことが起きます。
- 相手方や裁判所に対して、代理人が二人いる形になり、連絡や書面が混乱する
- それぞれに着手金が発生し、費用が二重になる
- 方針が割れたとき、どちらの方向で進んでいるのかが誰にも分からなくなる
代わりにできること
- 不満や疑問があるなら、まず現在の弁護士に率直に伝える
- 意見だけを聞きたい場合は、依頼ではなく相談として受けられるか確認する
- 担当を替えると決めた場合は、精算・書類の引継ぎ・期限の管理を整理してから切り替える
複数の事務所に相談することの進め方は、別の記事で詳しく扱っています。
⑧費用の支払いや、届いた書類を放置する
最後は、事務的でありながら影響の大きいところです。
弁護士費用のほかに、手続を進めるために先に納める必要のあるお金があります。裁判所に納める費用や、資料を取り寄せるための費用などです。これらが用意できないと、申立てそのものを出せない期間が生じることがあります。
もう一つは、自宅に届く書類です。裁判所からのもの、相手方からのもの、役所からのものなど、依頼中でも本人あてに届くものがあります。弁護士に任せているからと開封せずに置いておくと、期限のある書類だった場合に対応が遅れます。
代わりにできること
- 支払いが難しい事情があるときは、滞ってから伝えるのではなく、見通しが立たない段階で相談する
- 届いた書類は開封し、封筒も含めて写真を撮って弁護士に送る
- 届いた日付を控えておく(期限の起算に関わることがあります)
費用の内訳や、追加で発生し得る費用の考え方については、別の記事で整理しています。
「やってはいけない」と誤解されやすいが、してよいこと
依頼中の行動について注意点ばかりを読むと、何も言わずに待つのが正しいように感じてしまうことがあります。実際には、次のようなことは遠慮せずにしていただいてかまいません。
| してよいこと | 補足 |
|---|---|
| 分からないことを質問する | 同じ質問を繰り返しても問題ありません |
| 方針に納得できないと伝える | 方針は依頼者の意向を踏まえて決めるものです |
| 他の弁護士の意見を聞く | 重ねて依頼しない限り、相談自体は妨げられません |
| 自分でも経過を記録しておく | 後で日付を確認するときに役立ちます |
| 進み具合を確認する | 次に連絡が来るのはどんなときかを聞いておくと目安になります |
| 担当を替えたいと申し出る | 申し出た時点で精算や引継ぎの話ができます |
やってしまったあとに、できること
ここまで読んで、「もう直接連絡してしまった」「署名してしまった」と感じた方もいるかもしれません。
その場合にできる最善の行動は、気づいた時点で弁護士に伝えることです。早い段階で分かっていれば、手当ての方法は残っていることが多く、伝えるのが遅れるほど、手当てそのものに手間がかかるようになります。
- 直接連絡してしまった場合は、やり取りの内容を編集せずにそのまま渡す
- 書面に署名してしまった場合は、控えや写真を渡し、いつ・どういう状況で署名したかを説明する
- データを消してしまった場合は、いつ何を消したかを覚えている範囲で伝える
- 投稿してしまった場合は、消す前に内容を弁護士に共有する
「怒られるのではないか」と思って黙っていることが、結果として最も影響を大きくします。弁護士の側は、こうした出来事が起こり得ることを前提に仕事をしていますので、伝えたことで依頼が打ち切られると考える必要はありません。
よくある質問
Q1 依頼したら、自分では何もしないほうがよいのでしょうか
そういうわけではありません。手続の進行は弁護士が担いますが、事実を知っているのは依頼者本人です。新しい出来事があったとき、相手から連絡が来たとき、記憶を思い出したときには、その都度伝えていただくほうが方針を保ちやすくなります。
Q2 相手が親族や同僚で、日常的に顔を合わせます。まったく話さないほうがよいですか
生活上の会話まで止める必要はありません。分けたいのは、事件に関する話です。相手が事件の話を始めたときには、「その件は弁護士に任せています」と伝えて切り上げ、そのやり取りがあったことを弁護士に共有しておくと、後から整理しやすくなります。事件と生活が重なる場面が多い場合は、どこで線を引くかを最初に相談しておくとよいでしょう。
Q3 途中で気が変わり、請求をやめたくなりました。伝えてもよいのでしょうか
伝えて差し支えありません。何を求めるかを決めるのは依頼者です。ただし、手続の段階によっては、取下げの手続が必要だったり、費用の扱いが変わったりすることがあります。気持ちが動いた時点で早めに伝えておくと、選べる終わり方の幅が広くなります。
おわりに
依頼中に避けたいこととして八つを挙げましたが、共通しているのは「弁護士が知らないところで、事実や約束が動いてしまう」という一点です。相手方との直接のやり取りも、その場での返事も、資料の処分も、公開の場への投稿も、弁護士が把握していれば対応の余地があります。
言い換えれば、依頼中に依頼者の側でできる最も効果のあることは、動きがあったら伝えるという、それだけのことです。うまく説明できなくてもかまいませんし、後から思い出した形でも問題ありません。
当事務所では、依頼をお受けした後の連絡方法や、どのような場面で相談していただきたいかを、最初の段階でお伝えするようにしています。すでに他の事務所に依頼している方からのご相談も含め、進め方に迷いが生じたときは、お気軽にご連絡ください。


