「口座を売っただけ」「名義を貸しただけ」は軽いのか
電車を降りた直後に「今、触りましたよね」と声をかけられ、気がつけば駅員室のパイプ椅子に座っている。突然のことで、頭が真っ白になっている方も多いと思います。
インターネット上には「駅員室には行かないほうがよい」という情報が数多く出回っています。ただ、すでに駅員室の中にいる方にとって、その助言はもう使えません。ここから意味を持つのは、いま自分が置かれている状況を正確に把握し、この数十分から数時間をどう過ごすかです。
この記事では、痴漢を疑われて駅員室に連れて行かれた方が、その場で確かめておきたいことと、避けたほうがよい対応を整理します。身に覚えがない方と、心当たりのある方の双方を想定しています。なお、痴漢に関する法令は行為者・被害者いずれの性別も限定していません。以下の内容は男女を問わず当てはまります。
まず、いま自分がどういう状態にあるのかを確かめる
同じ「駅員室にいる」でも、法的な位置づけは分かれる
外から見れば同じ光景でも、法律上の位置づけはいくつかに分かれます。どの状態にあるかによって、その場でとれる行動も、これから起きることも変わります。
| 状態 | だれの行為か | 身体の拘束 | その場の意味 |
|---|---|---|---|
| 任意の事情確認 | 駅員・鉄道会社 | なし | 協力を求められている段階 |
| 私人による現行犯逮捕 | 被害を訴える人・駅員など | あり | 警察官への引渡し待ちの段階 |
| 任意同行の求め | 到着した警察官 | なし | 署で話を聞きたいと求められている段階 |
| 警察官による現行犯逮捕 | 警察官 | あり | 逮捕の手続が始まった段階 |
あいまいなままにせず、言葉で確かめる
自分がどの状態にあるかは、その場では説明されないことがあります。分からないまま時間だけが過ぎるのは避けたいところです。次のように、静かに確認して構いません。
- 「私はいま、逮捕されているという扱いでしょうか」
- 「ここを出てはいけない状態でしょうか」
- 「警察には通報済みでしょうか。到着はどのくらいの見込みでしょうか」
答えが「逮捕されている」であれば、その場を離れるという選択肢はありません。「任意である」という答えであれば、退去を申し出ること自体は制度の上ではできます。ただし現場では、そのやり取りや振る舞いも後から評価の対象になります。強く出るかどうかは、状況を見ながら慎重に判断したほうがよい場面です。
駅員にできること・できないこと
駅員は捜査機関ではない
駅員は鉄道会社の従業員であり、警察官のような捜査の権限を与えられているわけではありません。駅員室でのやり取りは取調べではなく、その場で供述調書が作られることもありません。
一方で、そこで何を言ったかは残ります。駅員は事件の当事者ではない第三者として、後日、警察に状況を説明したり、裁判で証言を求められたりする立場になり得ます。最初の段階から何を述べていたかは、後になって事実を判断する際の材料の一つになります。
私人による現行犯逮捕という制度
刑事訴訟法213条は、現行犯人については警察官でなくても逮捕できると定めています。いわゆる私人逮捕です。被害を訴える方や居合わせた乗客、駅員が腕をつかんで離さないという状況は、法的にはこれに当たることがあります。
もっとも、私人が現行犯逮捕をした場合にできるのは、直ちに検察官または警察官に引き渡すところまでです(同法214条)。私人が被疑者を警察署まで連行する権限までは定められていません。実際の流れとしては、駅員が通報し、到着した警察官に引き継ぐことになります。
かばんやスマートフォンの扱い
駅員に、かばんの中を検めたりスマートフォンを提出させたりする権限はありません。警察官であっても、逮捕に伴う場合や令状がある場合を除けば、所持品の提出は本人の承諾を前提とした任意のものです。求められたときに応じるかどうかは、自分で決められます。
声をかけられた時点から、時間は動き始めている
48時間はどこから数えるのか
逮捕された場合、警察は身体を拘束した時から48時間以内に、書類・証拠物とともに検察官へ送致する手続をとらなければなりません(刑事訴訟法203条1項。現行犯逮捕についても216条により準用されます)。
ここで起算点になるのは「身体を拘束された時」です。私人に取り押さえられ、そのまま警察官に引き渡された場合は、警察署に着いた時点ではなく、取り押さえられた時点から数え始めることになります。つまり、駅員室で過ごしている時間も、すでにその48時間の一部です。
送致を受けた検察官は、24時間以内に勾留を請求するか釈放するかを判断します(同法205条)。逮捕から最大72時間、と言われるのはこの合計です。
その日のうちに帰れることもある
声をかけられたからといって、必ず逮捕されるわけではありません。現行犯逮捕として扱うかどうかは、到着した警察官が状況を見て判断します。触っている場面をその場で押さえられたのか、ホームに降りてから声をかけられたのかによって、人違いの可能性の残り方が違うためです。
事情を聴かれたうえで、後日あらためて呼び出す旨を告げられ、その日は帰宅できるという扱い(在宅事件)になることもあります。この場合、事件が終わったわけではなく、捜査は続いています。
身に覚えがない場合、その場で言葉にしておきたいこと
「していません」を、落ち着いて、早い段階で
最初から一貫して否定していたかどうかは、後から事実を判断する際の材料の一つになります。声を荒げる必要はありません。駅員に対しても、到着した警察官に対しても、同じ言葉で、はっきりと伝えておくことに意味があります。
あいまいな謝罪の言葉は誤解されやすい
その場を収めたい気持ちから、つい「すみません」と口にしてしまうことがあります。日本語の「すみません」は謝罪にも呼びかけにも使われますが、後から振り返ったときに、行為を認めた言葉と受け取られることがあります。
言ってしまったからといって、それだけで結論が決まるわけではありません。ただ、何に対する言葉なのかがはっきりしない場面では使わず、「触っていません」と内容を特定した言い方をするほうが、誤解は少なくなります。
手や相手の持ち物に触れない
痴漢が争われる事件では、手指に付着した繊維や、衣類から採取された資料の鑑定が行われることがあります。手を洗う、相手の衣服やかばんに触れる、周囲の人と押し合うといったことがあると、この判断が難しくなる場合があります。
鑑定を受ける意思があるなら、その場で伝えておくとよいでしょう。手を覆う袋などを用意してもらえるかどうかは、駅や現場の状況によります。
心当たりがある場合に、その場で考えること
事実と違う説明は、後で自分を縛る
その場を切り抜けたい一心で、事実と異なる説明をしてしまうことがあります。しかし、車内やホームの防犯カメラ、交通系ICカードの利用履歴、居合わせた方の記憶など、後から確認される材料は少なくありません。
説明を後で変えると、変えたこと自体が信用性の問題として扱われます。結果として、本来なら争えたはずの点まで説明しづらくなることがあります。
その場で細部まで話し切る必要はない
取調べにあたっては供述を拒む権利があり、警察官は取調べの前にその旨を告げることになっています(刑事訴訟法198条2項)。
これは、嘘をついてよいという意味ではありません。記憶が整理できていない段階で細部まで断定的に話すと、後で訂正することが難しくなります。覚えていないことは覚えていないと述べる、というごく当たり前の対応が、結果として自分を守ります。
その場で金銭の話をしない
「示談にしてもらえないか」と考える方もいますが、その場で現金を渡したり、金額を口にしたりすることは避けたほうがよい対応です。口止めと受け取られかねず、示談そのものの意味も失われかねません。
被害を訴えている方との交渉は、本人が直接行うことが難しい類型です。連絡先の交換を含め、当事者同士のやり取りは控え、必要になれば代理人を通じて進めるのが一般的です。
連絡が取れるうちにしておきたいこと
携帯電話を自由に使えるのは、警察署に引き継がれる前までであることが多いという点は、意識しておいて損がありません。
弁護士
初回の相談を無料で受け付けている事務所や、24時間の受付を設けている事務所があります。すでに逮捕されている場合には、当番弁護士(弁護士会が派遣する制度で、1回は無料で接見に来てもらえます)を呼びたいと、警察官に伝えることもできます。
家族
落ち着いて話せる状況ではないと思いますので、伝える内容は絞って構いません。
- いま自分がどこの駅にいるか
- どういう状況か(疑われている、逮捕されたなど)
- 連絡を取った弁護士や事務所の名前
職場・学校
詳しい事情まで話す必要はありません。その日は戻れない可能性があること、遅れることだけを伝えておけば、無断欠勤による不利益をある程度避けられます。
記録の残し方
時刻と経過を書き留める
後になると、順番も時間も驚くほど思い出せなくなります。メモ帳でも携帯電話でも構いませんので、分かる範囲で残しておいてください。
- 声をかけられた時刻と場所
- 駅員室に入った時刻
- その場にいた人(駅員は何人か、被害を訴えている方はいたか)
- 警察官が到着した時刻
- 自分が述べた内容と、相手から言われた内容
録音について
やり取りを録音しておきたいと考える方もいます。相手に断ったうえで録音するのが基本的な形です。断りなく録音した音声がどう扱われるかは事案によって評価が分かれるところで、録音さえあれば有利になる、と考えるのは適切ではありません。記録の一つとして残しておく、という位置づけで考えるのが現実的です。
電車内での自分の状況
記憶が新しいうちに書き出しておくと、後の説明が具体的になります。
- 乗車した駅と時刻、降りた駅
- 乗っていた車両と、扉のどちら側にいたか
- どこにつかまっていたか、両手はどうしていたか
- かばんや傘、上着の持ち方
- 周囲にいた方の位置や様子
- ホームや車内にカメラがあったかどうか
避けたほうがよい対応
- 走ってその場を離れる(逃亡のおそれがあると評価され、身体拘束が長引く要因になり得ます)
- 線路に立ち入る(それ自体が法令に触れるうえ、運行を止めれば損害賠償の問題にもなり、何より危険です)
- 振りほどこうとして力を使う(別の事件として扱われることがあります)
- 被害を訴えている方と口論する
- 名前や連絡先を偽る、答えない
- その場で金銭を渡す
- SNSに書き込む
「駅員室に行くべきではなかった」という情報について
この話題については、立ち去るという選択肢を勧める見解と、その場にとどまって明確に否定することを勧める見解の両方が示されています。前者は、いったん手続の流れに乗ると止まりにくいことを理由とし、後者は、立ち去った経過が後に不利に評価されやすいことを理由としています。
どちらにも理由があり、実際にどこまで選べるかは、すでに取り押さえられているのか、警察官が到着しているのかといった状況によって変わります。
そして、すでに駅員室にいるのであれば、この議論は終わっています。取り返しがつかなくなったわけでもありません。ここから先は、自分の状態を確かめ、述べるべきことを述べ、記録を残し、早く連絡を取ることに力を向けたほうが実益があります。
疑われているのは、どの法律の問題なのか
迷惑防止条例と不同意わいせつ罪
東京都の場合、公共の場所や公共の乗物で、衣服の上から、または直接、人の身体に触れる行為が条例で禁じられています(東京都の迷惑防止条例5条1項1号)。罰則は6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、常習と認められる場合は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です(同条例8条1項2号、同条8項)。条例は都道府県ごとに定められているため、規定の内容や罰則は地域によって異なります。
衣服の中に手を入れる、長時間触り続けるなど、行為の態様によっては刑法の不同意わいせつ罪(6月以上10年以下の拘禁刑)が問題になります。こちらには罰金刑がなく、起訴されれば公開の法廷での裁判になります。どちらとして扱われるかは、触れた部位や態様、経過などから判断されます。
統計から見える傾向
内閣府男女共同参画局が2026年6月に公表した資料によれば、令和7年中の迷惑防止条例等に違反する痴漢行為の検挙件数は1,657件で、前年の1,811件から減少しています。発生時間帯は朝夕に偏り、午前6時から午前10時までが全体の約34パーセントを占め、発生場所は電車などの乗物内が半数以上でした。
混雑した通勤時間帯の車内に集中しているということは、身動きが取りにくく、周囲から状況が見えにくい場面に集中しているということでもあります。事実関係の確認が難しくなりやすい類型であることは、頭に置いておいてよいと思います。
弁護士に連絡するときに伝えること
- いまいる駅の名前(すでに移動していれば警察署の名前)
- いつ、何を疑われているか
- いま逮捕されているのか、任意で話を聞かれている状態なのか
- 自分が現時点で何を述べているか
- 家族に連絡がついているかどうか
弁護士がその場でできることには限りがあります。ただ、身体の拘束を続ける必要があるかどうかは警察官・検察官・裁判官が順に判断していく事柄であり、早い段階で意見を述べたり、勾留を避けるための資料を準備したりできるかどうかで、その後の展開が変わることがあります。
当事務所でも、初回のご相談を無料でお受けしており、24時間受け付けています。ご本人が連絡できない状況であれば、ご家族からのご連絡でも構いません。
まとめ
駅員室で過ごす時間は、それほど長くありません。混乱したまま何となく過ごしてしまうか、この間に押さえるべきことを押さえておくかで、その後の負担は変わってきます。
- 自分がいまどの状態にあるか(任意か、逮捕されているか)を言葉で確かめる
- 身に覚えがなければ、落ち着いて、早い段階で否定を伝える
- あいまいな謝罪の言葉と、事実と違う説明は避ける
- 手や相手の持ち物に触れない
- 連絡が取れるうちに、弁護士・家族・職場に連絡する
- 時刻と経過、電車内での自分の状況を書き留めておく
どの段階にあっても、早く相談したほうが選べる手は多く残ります。判断に迷う場面が出てきたら、一人で抱え込まず、弁護士にご相談ください。


