満員電車で誤解された|否認事件で何が証拠になるのか
ご家族が逮捕されたと連絡を受けたとき、あるいはご自身が捜査の対象になっていると分かったとき、多くの方が最初に口にされるのが「名前が出てしまうのか」という不安です。処分の重さよりも、そちらが先に頭に浮かぶという方は珍しくありません。
先にお伝えしておくと、実名で報道されるかどうかを事前に言い切れる立場の人はいません。報道を決めているのは一つの機関ではなく、いくつかの判断が重なった結果として、名前が出ることもあれば出ないこともあるからです。ただ、決まり方の順序が分かれば、どの段階なら働きかける余地があり、どの段階から手が届きにくくなるのかは整理できます。この記事では、その順序を分解したうえで、弁護人にできることと、できないこととを分けて説明します。
実名報道の可否を定めた法律は、原則として存在しない
前提として、成人の被疑者について「どのような事件なら実名で報道してよいか」を定めた法律はありません。逮捕されたら必ず名前が出るという決まりもなければ、この程度の事件なら伏せなければならないという決まりもありません。例外として少年法に定めがありますが、これは少年の更生という目的から設けられた特別な規定です(後述します)。
つまり実名報道は、法律が可否を決めている領域ではなく、捜査機関と報道機関のそれぞれの判断が積み重なる領域だということです。ここを取り違えると「違法だから止めてほしい」という筋の話し方になり、かえって話が進みません。
決めているのは一つの機関ではない
名前が世に出るまでには、少なくとも二つの判断が挟まります。一つは、捜査機関が事件を発表するかどうか、発表するとして氏名を含めるかどうかという判断。もう一つは、その発表を受け取った報道各社が、記事にするかどうか、実名で書くかどうかという判断です。
この二つは別々に行われます。発表があっても記事にならないことがあり、実名で発表されても匿名で報じる社があることもあります。「報道されるかどうか」を一つの窓口に問い合わせれば分かる、という構造にはなっていません。
「避けられるのか」を四つの分岐点に分ける
実名報道を避けられるかという問いは、実際には四つの分岐点に分かれています。分岐点ごとに、判断する主体も、こちらから働きかけられる度合いも違います。
| 分岐点 | 判断するのは | 働きかけの余地 |
|---|---|---|
| 事件が捜査機関に届くか | 被害者や目撃者など | 届出の前であれば、話し合いを通じて関与できる場面がある |
| 逮捕するか、在宅で進めるか | 警察・検察・裁判官 | 資料や意見書を出して判断材料を増やすことができる |
| 発表するか、氏名を含めるか | 警察(事件広報) | 申し入れはできるが、応じる義務は課されていない |
| 記事にするか、実名で書くか | 報道各社 | 社ごとの判断で、まとめて働きかけることは難しい |
以下、この順に見ていきます。
第一の分岐点 事件が捜査機関に届く前
相手のある事件であれば、被害届や告訴が出される前の段階が存在します。この段階で話し合いがつき、被害届が出されなければ、捜査が始まらず、発表の対象にもなりません。報道という結果から最も遠い位置にある分岐点です。ただし、条件があります。
- 相手のいない類型の事件では、この分岐点そのものが存在しない
- すでに通報や届出がされている場合、時計の針は戻せない
- 話し合いは、こちらから相手に直接連絡を取る形では進められない
三つ目は特に注意が必要です。謝りたいという気持ちは自然なものですが、当事者が直接接触すると、証拠隠滅や威迫と受け取られ、身柄拘束の判断にそのまま響くことがあります。連絡先を知っていても、代理人を通すのが原則だとお考えください。
第二の分岐点 逮捕されるか、在宅で進むか
報道が動き出す起点は、逮捕の直後に集中します。裏を返せば、逮捕という形をとらずに在宅で捜査が進む事件は、発表の対象になりにくい傾向があります。実名報道を考えるうえで、この分岐点が実質的に大きな意味を持つのはそのためです。
逮捕するかどうかは、逃亡のおそれ、証拠隠滅のおそれ、身柄を拘束する必要があるかどうかで判断されます。弁護人ができるのは、その判断材料を増やすことです。住居が定まっていること、家族が監督にあたること、呼び出しには応じると約束していること。こうした事情を上申書や身元引受書の形にして、捜査機関や裁判官に示します。
もっとも、これらを尽くしても逮捕される事件はあります。「動けば逮捕を避けられる」とお伝えすることはできません。できるのは、判断が下される前に、材料をそろえて出しておくことです。
自首は報道を止める手続ではない
捜査機関が事件を把握する前に自ら申告して処罰を求めることを、法律上は自首といいます(刑法四十二条一項)。自首が成立すれば刑を軽くすることができるとされていますが、これは量刑に関する規定であり、報道を止める手続ではありません。
自ら出頭した経緯が、逃亡のおそれを判断する際の事情として考慮され、その結果として身柄拘束に至らなかったという事例はあります。ただ、それは結果としてそうなったという話であって、出頭すれば報道されないという保証ではありません。
第三の分岐点 警察が発表するかどうか
警察が事件について報道機関に情報を提供することを、実務では事件広報と呼びます。多くは記者クラブを通じて行われ、事件の概要、罪名、被疑者の氏名や年齢、職業、住居の一部などが示されます。
どこまで発表するかは各都道府県警察の運用に委ねられており、外部に公開された統一の基準があるわけではありません。事件の重大性、社会の関心の高さ、注意を呼びかける必要があるかどうかといった事情を踏まえて判断されていると説明されています。
匿名での発表や、発表の見送りが検討される場面
次のような場合には、氏名を伏せて発表されたり、発表自体が見送られたりすることがあります。ただし、同じ罪名であれば必ずそうなるというものではなく、事件の内容や地域によって扱いは分かれます。
- 被疑者の氏名を明らかにすると、被害者が誰かを推測できてしまう性犯罪の事案
- 共犯者が逃走しており、公表が捜査に影響しうる事案
- 被害が軽微で、公表する必要性が乏しいと判断された事案
- 被疑者の精神状態について慎重な判断が必要とされる事案
申し入れはできるが、応じる義務は課されていない
弁護人は、実名での発表を控えるよう求める意見書や申入書を、警察や検察に提出することができます。本人の生活状況、家族の事情、公表によって生じる不利益の内容を記載し、公表の必要性と釣り合っていないことを説明する形が一般的です。
ただし、これに応じる法的な義務は捜査機関にありません。実際、弁護人が詳細な申し入れを行ったにもかかわらず実名が公表され、弁護士会が声明を出した事例もあります。意見書について「効かない」と切り捨てるのも、「これで避けられる」と受け取るのも、どちらも正確ではありません。効くかどうかを事前に見込めない手段である、というのが実際のところです。
もう一つ、時間の問題があります。発表は逮捕から間もない時点で行われることが多く、弁護人が選任された時点ですでに発表が済んでいることも珍しくありません。この分岐点で動くなら、時間の単位は日ではなく時間になります。
第四の分岐点 報道各社が記事にするかどうか
発表があっても、それを記事にするかどうかは各社が独自に判断します。全国紙、通信社、地方紙、テレビ局、インターネットメディアと媒体は多岐にわたり、判断の基準もそれぞれです。全国的には報じられなくても、地域の媒体が取り上げることはあります。
この段階の難しさは、相手が一つではない点にあります。ある社に申し入れをしても、その効果は他社には及びません。インターネットで配信された記事は転載も速く、元の記事が削除されても別の場所に残ることがあります。
少年法が定める例外の範囲
少年法第六十一条は、家庭裁判所の審判に付された少年などについて、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によって本人だと分かるような記事や写真を掲載することを禁じています。推知報道の禁止と呼ばれる規定です。
これに対し、令和三年の改正(令和四年四月施行)で設けられた第六十八条は、十八歳と十九歳の「特定少年」のときに犯した罪により公訴を提起された場合について、第六十一条を適用しないと定めました。ここは誤解が生じやすい部分なので、範囲を整理しておきます。
- 犯行時に十八歳未満だった場合は、この例外にあたらない
- 家庭裁判所に係属している段階や、不起訴となった場合には解除されない
- 非公開の書面審理で罰金などを科す略式手続の場合も除かれる
つまり、十八歳や十九歳であれば当然に実名で報じられるようになった、という理解は正確ではありません。逆に、公判請求された事案では実名の公表が現に行われています。
弁護人にできること、できないこと
ここまでを踏まえ、両方を並べて整理します。ご相談の場面では、できることよりも、できないことをはっきりお伝えするほうが結果的に役に立つと考えています。まず、できることです。
- 届出の前であれば、代理人として相手方との話し合いを進める
- 逮捕や勾留を避けるための事情を資料にまとめ、捜査機関や裁判官に示す
- 実名での発表を控えるよう求める意見書を、時期を逃さないうちに提出する
- すでに報じられた場合に、事実と異なる部分について訂正を申し入れる
- 検索結果や投稿の削除について、見込みを検討したうえで請求する
一方、次のことはできません。
- 捜査機関の発表そのものを差し止める(そのための一般的な手続は用意されていません)
- 報道各社に対し、実名を伏せるよう義務づける
- いったん出た記事を、すべての媒体から消す
- 発表が済んだ後に、その発表をなかったことにする
- 「報道されない」「削除できる」と結果を約束する
最後の一点は、弁護士を選ぶ際の目安にもなります。この分野で結果を断定できる材料は、そもそも存在しないためです。
報道された後にできること
名前が出てしまった後にも、できることは残っています。ただし、いずれも時間がかかり、効果の及ぶ範囲も限られます。
処分の結果は、自動的には報じられない
逮捕は報じられても、その後に不起訴となったことが報じられるとは限りません。続報は各社の判断であり、こちらから知らせなければ把握されないこともあります。
不起訴となった場合、被疑者本人の請求により、その旨を告知する書面を検察庁から受け取ることができます(刑事訴訟法二百五十九条)。自動的に送られてくるものではなく、請求が必要です。この書面は、勤務先への説明や、削除を求める際の資料として使われます。
検索結果や投稿の削除
インターネット上に残った情報の削除については、最高裁の判断が二つの場面で示されています。
検索結果の削除については、平成二十九年一月三十一日の最高裁決定が、公表されない法的利益が検索結果として提供する理由に優越することが明らかな場合に削除を求めうる、という枠組みを示しました。「明らか」であることを求める点で、認められる範囲は狭くなります。
他方、令和四年六月二十四日の最高裁判決は、投稿の削除について「明らか」であることを要件とはしないと述べ、事実の性質や現在の社会的地位、逮捕からの時間の経過などを総合して判断する考え方を示しました。
共通するのは、時間の経過が判断に影響するという点です。報道された直後の削除は、一般に難しいとお考えください。紙の媒体や、すでに転載された先については、削除が及ばない部分も残ります。
発表されたことと、記録として開示されることは別
国家公安委員会と警察庁の情報公開に関する審査基準では、検挙時に氏名が広報されていた場合でも、開示を決める時点で慣行として公にされているといえる場合を除き、氏名や住所は伏せて開示する扱いとされています。いったん発表された情報が、その後もあらゆる場面で自由に扱われるわけではない、ということです。時間とともに扱いが変わりうる領域だという点は、知っておいてよいと思います。
報道を避けることと、知られないことは別の問題
報道がなくても、逮捕と勾留が続けば身柄の拘束は最大で二十三日間に及ぶことがあり、その間の不在から事情が伝わることがあります。逆に、報道されたからといって勤務先の処分が当然に有効になるわけでもありません。報道と、周囲に知られることと、身分上の不利益は、それぞれ別の問題として動きます。
報道を避けること自体が目的になると、被害者への対応が後回しになり、かえって身柄拘束が長引くという結果を招くことがあります。事件そのものへの向き合い方を整えることが先で、報道への対応はその中に位置づけるものだと考えています。
かえって状況を悪くしやすい行動
ご相談の中でよく出てくる行動を挙げます。いずれも、報道を避けたいという気持ちから出てくるものです。
- 被害者や関係者に直接連絡を取る
- 端末やアカウントのデータを消す
- 出頭の求めに応じないまま時間を置く
- SNSや掲示板で事情を説明する
- 報道機関からの連絡に、確認しないまま答える
上の三つは、証拠隠滅や逃亡のおそれがあると評価される事情になりえます。逮捕を避けるという第二の分岐点で、自ら不利な材料を作ってしまうということです。下の二つは、こちらの発信がそのまま記事の材料になり、かえって注目を集める方向に働くことがあります。
よくあるご質問
在宅で捜査が進んでいますが、報道されることはありますか
可能性が消えるわけではありません。社会の関心が高い事案や、注意を呼びかける必要があると判断された事案では、逮捕を伴わない場合でも発表されることがあります。ただ、逮捕を伴う事件と比べれば、発表の対象になりにくい傾向はあります。
報道機関から連絡がありました。どう答えればよいですか
まず、その場で事実関係を答えないことです。捜査の内容を正確に把握しないまま話した内容が、そのまま記事になることがあります。弁護人がいる場合は、窓口を弁護人に一本化し、その旨だけを伝える形が一般的です。答えないこと自体で不利益な扱いを受けるものではありません。ただし、事実と異なることを述べるのは避けてください。後に訂正を求める際、こちらの説明の信頼性が問われます。
まとめ
実名報道について、確実な回避の方法をお示しすることはできません。ただ、次の三点はどの事件にも共通します。
- 報道は一つの判断で決まるのではなく、事件化・逮捕・発表・掲載という四つの分岐点を経て決まる
- 働きかけの余地が大きいのは前半の分岐点であり、発表が済んだ後は手が届く範囲が狭くなる
- 時間の単位が短い分野であり、判断が下される前に動けるかどうかが分かれ目になる
名前が出るかどうかは、ご本人やご家族にとって、処分の重さと同じくらい切実な問題です。その不安を軽く扱うつもりはありません。そのうえで、確実でないことを確実であるかのようにお伝えすることもしません。今どの分岐点にいるのかを一緒に確認し、その段階でできることを尽くす。それが、この問題に対して弁護人が取りうる、現実的な向き合い方だと考えています。


