「正直に話せば早く帰れる」と言われた|虚偽自白が生まれる仕組み
前科がついた後で「もう海外には行けないのではないか」と不安になる方は少なくありません。結論だけを先に言えば、行けなくなるとは限りません。ただ、判断の順番を取り違えると、出発の直前になって渡航そのものが成り立たなくなることがあります。
海外への渡航は、一つの手続で決まるものではありません。日本でパスポートの発給を受けられるか、渡航先の渡航認証やビザの審査を通るか、現地の入国審査で入国が認められるか、という段階に分かれています。前科の影響も、この段階ごとに働き方が違います。
この記事では、そのうち二段階目にあたる「申請のときに何をどう申告することになるのか」を中心に整理します。ESTAやビザの申請画面が何を聞いているのかが分かると、自分の事件がどの位置にあるのかを落ち着いて確かめられるようになります。
この記事で扱う範囲
- 日本国籍の方が、観光や短期の出張で渡航する場面を前提にしています。
- 就労や留学、移住のための長期の在留資格は、審査の枠組みが異なるため扱いません。
- 各国の制度や質問の文言は変更されることがあるため、渡航前に公式の案内で最新の内容を確認してください。
「日本を出る段階」と「相手国に入る段階」は別の話
パスポート(旅券)は日本が発行する書類で、旅券法13条1項が発給しないことができる場合を定めています。前科との関係では、拘禁刑以上の刑に処せられ、その執行が終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者、という定めが問題になります。発給しないことが「できる」という裁量の規定であり、罰金の略式命令や交通違反の反則金はこれに当たりません。
これに対して、渡航認証やビザは相手国が出すものであり、判断の基準も相手国の法律です。日本でパスポートを受け取れたことは、相手国が入国を認めることを意味しません。逆に、日本の制度のうえで刑の言渡しの効力が失われた状態になっていても、相手国の審査で過去の事実そのものが消えるわけではありません。
日本語のラベルは、申請画面では通用しない
相談の場で最初にずれが生じるのがここです。私たちは自分の事件を「前科」「前歴」「不起訴」「執行猶予」といった日本法のラベルで整理します。ところが、ESTAやビザの申請画面が聞いているのは、逮捕されたことがあるか、有罪判決を受けたことがあるかという、もっと素朴な事実です。恩赦などの措置を受けた場合も含めて答えるように書かれていることもあります。
自分の事件が申請の場面ではどう扱われるのかを、いったん日本語のラベルから離して並べ直すと、次のようになります。
| 日本での整理 | 申請の場面での位置づけ |
|---|---|
| 逮捕されたが不起訴になった | 逮捕の有無を尋ねる質問の対象になり得る |
| 略式命令で罰金を納めた | 有罪判決を受けたことに当たる |
| 執行猶予がついた | 有罪判決を受けたことに当たる |
| 執行猶予の期間が満了した | 日本法上の効果であり、判決を受けた事実そのものは残る |
| 刑の消滅の期間が経過した | 同上 |
| 交通違反の反則金を納付した | 刑罰ではないため前科ではない |
答える基準が日本法ではない、という点が要になります。日本国内では「前科は残っていない」と説明できる状態であっても、質問が逮捕の有無を聞いているのであれば、答えるべきは逮捕の有無です。
ESTAでは何が聞かれているのか
ESTAは、ビザ免除で米国へ短期間渡航する際に事前に受ける電子渡航認証です。申請画面には適格性に関する質問が並び、その中に犯罪に関する質問と、違法薬物に関する質問が含まれています。
犯罪に関する質問は、長く「他者または政府当局に対して、所有物に甚大な損害を与えるか重大な危害を加えた結果、逮捕または有罪判決を受けたことがありますか」という文言が用いられてきました。もっとも、この質問文は過去に何度か改められており、より広く逮捕や有罪判決の有無を尋ねる形になったと伝える米国の移民法事務所の情報もあります。解説記事に引用されている文言が、いま画面に表示されている文言と一致しているとは限りません。
そのため、事前に読み込んでおくべきなのは解説ではなく申請画面そのものの文言です。質問がどこまでを対象にしているかで、答えるべき内容が変わるからです。なお、これらの質問に該当する場合は、その先の申請を進められない仕組みになっています。
質問に当てはまらないことと、ビザ免除の要件を満たすことは別
誤解が多いのはこの点です。在日米国大使館は、過去に逮捕されたことがある人はビザなしで渡米できるか、という問いに対して、逮捕歴がある場合はビザなしで渡米することはできず、渡米資格を判断するためにビザの申請が必要であると説明しています。有罪判決に至ったかどうかを問わない書き方です。
したがって、申請画面の質問に形式のうえで当てはまらなかったとしても、それがビザ免除の要件を満たしていることの確認になるわけではありません。認証が下りたこと自体も入国が認められることの保証ではなく、最終的な判断は到着時の入国審査で行われます。
ビザの申請に移る場合に何が起きるか
ビザ免除を使えない場合は、渡航の目的に応じたビザを申請することになります。非移民ビザの申請書には、恩赦、特赦その他類似の処分を受けた場合も含み、違法行為又は犯罪を犯したとして逮捕されたこと又は有罪判決を受けたことがありますかという質問が置かれています。恩赦などを受けた場合も含む、と明記されている点が、日本の刑の消滅や執行猶予の満了との関係で問題になります。
該当する場合、大使館の案内では、判決の謄本や裁判記録など犯罪歴に関する関連書類をすべて提出し、日本語の書類には英訳を付けることが求められています。手元に書類がない場合は、手続を受けた裁判所を管轄する地区検察庁に自分で連絡して入手するよう案内されています。
審査には数週間から数か月を要することがあるとされ、大使館はパスポートが手元に届くまで航空券の購入や旅行の最終決定を控えるよう呼びかけています。渡航日から逆算して手続を始めるのではなく、手続の見通しが立ってから日程を決めるという順番になります。
どの犯罪が問題になるのか
米国の移民法では、不道徳な行為を伴う犯罪と、規制薬物に関する違反が、入国の可否を判断する際の中心に置かれているとされています。1回だけの犯罪で法定刑が1年を超えず、言い渡された刑が6か月以下である場合などには、例外が設けられているという説明もあります。
ただし、どの罪名がこれに当たるかは米国法の解釈で決まる問題であり、日本の罪名から機械的に導けるものではありません。日本の弁護士が「この罪名なら問題ない」と保証できる領域ではない、という前提で準備を進めることになります。
国によって、聞かれている範囲が違う
「前科があると海外に行けない」という言い方が実態と合わないのは、国ごとに聞いている範囲がかなり違うためです。
| 渡航先 | 申請の際に聞かれる中心 | 前科がある場合の道筋 |
|---|---|---|
| 米国 | 逮捕と有罪判決。期間の限定は置かれていない | ビザを申請し、裁判記録などを提出する |
| カナダ | 有罪判決を理由とする入国不適格 | 更生に関する申請や、一時滞在の許可の申請 |
| オーストラリア | 国を問わない有罪判決 | 電子渡航認証ではなく訪問ビザを申請する |
| 欧州(ETIAS) | 定められた犯罪の有罪判決。過去10年、テロ関係は過去20年 | 導入前のため、運用の詳細は今後の公表による |
オーストラリアの内務省が公開している日本語の案内には、国を問わず犯罪歴を有している場合は電子渡航認証ではなく訪問ビザを申請し、犯罪歴に関する証拠を提出しなければならないと明記されています。カナダについては、刑の執行が終わってから一定の期間が経過した場合に更生したものとして扱う仕組みや、事情がある場合に一時的な滞在を許可する仕組みがあるとされています。
欧州は、ビザ免除で渡航する際の事前認証としてETIASの導入が予定されています。2026年8月の時点では運用が始まっておらず、2026年の第4四半期からとする案内が出ています。制度のうえで聞かれるのは、定められた重大な犯罪についての有罪判決であり、過去10年(テロ関係の犯罪は過去20年)という期間の限定が置かれている点が、米国との大きな違いです。
事実と異なる申告をした場合
「自分から言わなければ分からないのではないか」という質問は、実際によく受けます。この点は、二つの方向から考える必要があります。
一つは日本側です。一般旅券の発給申請書には刑罰に関する記載欄があり、虚偽の記載をして発給を受けた場合は、旅券法23条1項の処罰の対象になり得ます。もう一つは相手国側です。認証やビザが取り消される、入国を拒否される、その後の申請で不利に扱われるといった帰結があり、米国には、ビザや入国を得るために事実を偽った場合を入国不適格の理由とする定めがあって、その効果は長期に及ぶとされています。
また、重大な犯罪の防止のために、国の間で指紋などの情報を照会し合う枠組みがあるとされています。発覚するかどうかで判断するのではなく、質問に対して事実を答えるという枠組みで考えるほうが、結果として選択肢は残ります。申告したうえでビザの審査を受ける道は開かれていますが、申告しなかった場合には、その道まで狭くなり得ます。
事件がまだ終わっていない場合
処分が確定していない段階で、渡航の予定が入ることもあります。
捜査中・公判中の場合
在宅で捜査を受けている段階でも、出国そのものを一般に禁じる規定はありません。ただし、取調べや公判の日程が入るため、事実上の調整は避けられません。身柄が解かれている場合でも、保釈中は住居が制限され、旅行や出国には裁判所の許可が必要になるのが通例です。渡航の予定があるなら、弁護人を通じて早い段階で日程を共有しておくほうが動かしやすくなります。
執行猶予中・保護観察中の場合
執行猶予中は、先に触れた旅券法の定めに、文言のうえでは当たり得ます。一般旅券の発給申請書にも、現在、仮釈放や刑の執行停止、執行猶予の処分を受けているかを尋ねる項目があります。該当する場合は、渡航の事情を説明する書面と判決の謄本などを添えて審査を受けることになり、結果が出るまでに一定の期間がかかります。保護観察が付いている場合は、7日以上の旅行についてあらかじめ保護観察所長の許可を受ける必要があります。
渡航の前に用意しておきたいもの
- 判決の謄本、または略式命令の謄本。事件から時間が経つほど取り寄せに手間がかかります。
- 不起訴で終わった場合の不起訴処分告知書。請求して交付を受けるものです。
- 渡航先から求められた場合の犯罪経歴証明書。渡航先の公的機関からその国の法律に基づいて求められた場合に限り、都道府県警察本部が発給します。
- 日本語で作成された書類の英訳。大使館の案内でも求められています。
- 審査に要する時間の見込み。数週間から数か月かかることがあるため、航空券や宿の手配はその後に回します。
誤解されやすい点
- 交通違反の反則金の納付は刑罰ではないため、前科にはあたりません。
- 不起訴で終わった場合でも、逮捕されていれば、逮捕された事実まで無くなるわけではありません。
- 執行猶予期間の満了や刑の消滅は日本法のうえでの効果であり、外国の審査で過去の事実が消えるものではありません。
- 一度認証が下りなかったことは、その国に渡航できなくなったことを意味せず、ビザの審査に場面が移ります。
- 渡航認証やビザが下りても、入国の可否は到着時の入国審査で判断されます。
まとめ
前科があると海外に行けなくなる、という一律の結論はありません。実際に結果を左右するのは、どの制度が、どの範囲の過去を、どの言葉で聞いているかという点であり、そこに自分の事件を当てはめる作業です。日本語のラベルだけで判断しないこと、申請画面の文言を自分で読むこと、記録を手元に確保しておくこと。この三つが準備の中心になります。
そして、選択肢が最も広いのは、事件が処分に至る前の段階です。不起訴で終わるかどうかは、その後の渡航の場面にも関わってきます。渡航の予定がある方や、仕事で海外に出る機会がある方は、その事情も含めて早い段階で弁護士に伝えておくと、手続の順番を組み立てやすくなります。


