「正直に話せば早く帰れる」と言われた|虚偽自白が生まれる仕組み

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

取調べの途中で、「正直に話せば早く帰れる」「認めれば今日で終わる」と言われた。そのひと言をきっかけに、事実とは違うことを認めてしまった――という相談は、けっして珍しいものではありません。

 あとから振り返れば「なぜあのとき認めたのか」と思えることでも、その場では、認めることがいちばん自然な選択に見えてしまう構造があります。本人の意志が弱いからでも、判断力が足りないからでもありません。

 この記事では、権利の使い方そのものではなく、「なぜ人は事実と違うことを認めてしまうのか」という仕組みのほうに焦点を当てて整理します。仕組みが分かっていれば、同じ言葉をかけられたときの受け止め方が変わります。

「早く帰れる」と言った人に、帰す決定権はあるのか


釈放と処分を決めるのは誰か


 まず押さえておきたいのは、取調べを担当している警察官が、身柄の扱いや事件の結末を単独で決められる立場にはない、ということです。刑事訴訟法は、判断する主体を段階ごとに分けています。

場面判断する主体根拠
逮捕後に釈放するか、検察官に送るか司法警察員刑事訴訟法203条1項
勾留を請求するか、釈放するか検察官同205条1項
勾留を認めるかどうか裁判官同207条1項
起訴するか、しないか検察官同247条・248条


 取調官にできるのは、意見を上げることと、その日の取調べを区切ることまでです。「今日で終わりにできる」は言えても、「明日以降どうなるか」までを約束できる立場ではありません。

それでも「嘘だ」と決めつけない


 ただし、この言葉を一律に「嘘」と考えるのも正確ではありません。事実を認めることで、証拠を隠したり関係者と口裏を合わせたりするおそれが小さいと評価され、身柄拘束が短くなったり、在宅のまま進んだりすることは実際にあります。軽微な事案では、検察官に送致されずに処理される取扱い(微罪処分)もあります。

 問題は、その見通しが「約束」ではないことと、成り立つ前提が「話した内容が事実に合っていること」だという点です。事実と違うことを認めた場合、この前提そのものが崩れます。

在宅か身柄かで、「帰れる」の意味は正反対になる


在宅なら、帰ることは取引の材料ではない


 逮捕や勾留をされていない状態で呼ばれている場合、刑事訴訟法198条1項ただし書は、出頭を拒むことも、出頭後にいつでも退去することもできると定めています。つまり「帰る」ことは、こちらがもともと持っている選択肢です。

 ここを取り違えると、本来は自分で決められることを、供述と引き換えに与えてもらうもののように感じてしまいます。長い時間が過ぎるほど、この錯覚は強くなります。

身柄拘束中は、帰る時期を自分で選べない


 逮捕・勾留されている場合は、退去する自由がありません。外の情報も入らず、家族や職場がどうなっているかも分かりません。この状態では「終わらせる」という言葉の重みが、平常時とはまったく違ってきます。

 同じ「早く帰れる」でも、在宅の方にとっては要らない取引であり、身柄拘束中の方にとっては抗いがたい響きを持ちます。自分がどちらの状態にあるのかを意識しておくだけでも、受け止め方は変わります。

事実と違う自白は、こうして生まれていく


第1段階 「説明すれば分かってもらえる」という前提


 身に覚えがない場合ほど、人は率直に話そうとします。自分は知っているのだから、丁寧に説明すれば誤解は解けるはずだ、と考えるからです。

 しかし、話を聞く側は、ある程度の見立てを持って質問を組み立てています。説明が見立てと食い違えば、「まだ本当のことを言っていない」と受け取られることもあります。誠実に話すほど、かみ合わないという感覚が積み上がっていきます。

第2段階 否定するほど、やりとりが長くなる


 否定すれば、その否定について改めて確認が続きます。認めれば、その先の質問に進みます。結果として、否定を続けるほど時間がかかり、認めたほうが話が前に進むという体験が繰り返されます。

 このとき効いているのは、脅しのような強い言葉ではありません。「否定は終わらない」「肯定は進む」という単純な非対称です。

第3段階 目的が「終わらせること」にすり替わる


 疲労と緊張が続くと、判断の基準が変わっていきます。本来の目的は「事実を正確に伝えること」だったはずが、いつのまにか「この状況を終わらせること」に置き換わります。

 この段階では、多くの方が「とりあえず認めて、あとで説明すればいい」と考えます。今を切り抜けるための一時的な選択のつもりであって、嘘をつくつもりではありません。ここが、事実と違う自白がもっとも生まれやすい場面です。

第4段階 認めた後、細部が形になっていく


 いったん認めると、次は「では、どうやったのか」という具体的な話に移ります。体験していないことは思い出せませんから、質問の中に含まれていた情報や、報道で知った断片、こうだったのではないかという推測が入り込みます。

 こうしてできあがった説明は、体験した人でなければ語れないはずの内容を含んだ、まとまりのある供述に見えます。後から「あれは違う」と言っても、この完成度自体が壁になります。

判断力を削っていく三つの条件


 ここまでの流れは、次の条件がそろうほど起きやすくなります。

  • 時間――区切りが見えないまま長く続き、休憩や食事の間隔も自分では決められない
  • 情報――事件の証拠がどれだけあるのか、家族や職場がどうなっているのかを確かめる手段がない
  • 孤立――相談できる相手が室内にいないため、自分の判断が妥当かどうかを誰とも突き合わせられない


 これは性格の問題ではありません。同じ条件に置かれれば、多くの人に同じことが起こり得ます。だからこそ、条件のほうを変える発想が要ります。

ルールとして定められていること


任意にされたものでない疑いのある自白


 刑事訴訟法319条1項は、強制・拷問・脅迫による自白、不当に長く抑留・拘禁された後の自白のほか、任意にされたものでない疑いのある自白を証拠にできないと定めています。憲法38条2項にも同趣旨の定めがあります。

 ただし、これは「後から裁判で争える」という話であり、その場で取調べが止まることを保証するものではありません。争点になったときに、どのようなやりとりがあったかを示せるかどうかが問われます。

利益を約束する取調べは禁じられている


 警察の取調べについては、国家公安委員会規則である犯罪捜査規範が方法を定めています。168条1項は、強制・拷問・脅迫その他、供述の任意性に疑念を抱かれるような方法を用いてはならないとしています。

 さらに同条2項は、期待する供述を示唆するなどしてみだりに供述を誘導することや、供述の代償として利益を供与すべきことを約束することを禁じています。「認めれば帰れる」という趣旨の働きかけは、この規定が想定している場面に近いといえます。

深夜・長時間の取調べには承認が必要


 同条3項は、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜または長時間にわたる取調べを避けなければならないと定めたうえで、午後10時から午前5時までの間に取調べを行うとき、または1日につき8時間を超えて取調べを行うときは、警察本部長または警察署長の承認を受けなければならないとしています。

 時刻と時間の記録が、後から取調べの状況を説明する手がかりになるということでもあります。

裁判所が示してきた考え方


 最高裁は、起訴猶予にするという趣旨の検察官の言葉を信じ、それを期待してされた自白について、任意性に疑いがあるとしました(最高裁昭和41年7月1日判決)。

 また、共犯とされる人がすでに自白したなどと事実に反することを告げて自白を得るいわゆる切り違え尋問について、偽計によって心理的強制を受け、その結果として事実と違う自白が誘発されるおそれのある場合には、任意性に疑いがあるとして証拠能力を否定すべきだとしています(最高裁昭和45年11月25日大法廷判決)。

認めても、そこで終わるとは限らない


裏付けの捜査は続く


 犯罪捜査規範173条は、供述があったときは、それが不利な供述か有利な供述かを問わず、直ちに真実性を明らかにするための捜査を行い、客観的事実と符合するかどうかを検討しなければならないとしています。

 認めた時点で捜査が終わるわけではなく、むしろ供述に沿った裏付けが進みます。事実と違う内容であれば、裏付けが取れないまま話だけが積み上がっていくことになります。

別の件についても聞かれることがある


 身柄拘束の理由になっている事実とは別の犯罪について調書が作られたときは、余罪に関する報告書を作成する取扱いになっています(同規範182条の2第2項)。ひとつ認めたことで話が終わるのではなく、範囲が広がっていく場合があるということです。

供述が変わったこと自体が争点になる


 いったん作られた調書を取り消す手続きはありません。後から「あれは事実と違う」と述べることはできますが、なぜ変わったのかを説明する負担が生じます。当時の状況を示す材料がないまま説明だけを重ねても、受け入れられるとは限りません。

 なお、調書の文言を直してもらう申立てや、署名押印を断るという対応については、別の記事で詳しく扱っています。ここでは、そうした手段が調書ができあがる前の段階に用意されている、という点だけ押さえてください。

その場でできる、極端でない対応


 激しく抗議したり、席を立って押し問答になったりする必要はありません。次のような、静かで具体的な対応のほうが現実的です。

  1. 事実と違う部分については、「その点は違います」と、内容を限定して伝える
  2. 分からないこと・覚えていないことは、断定せずに「覚えていません」と述べる
  3. 「今日は答えを出せないので、弁護士に相談してから改めます」と、判断を先送りする意思を示す
  4. 在宅で呼ばれている場合は、体調や時間を理由に区切りを求める
  5. 取調べを受けた日時、担当者、長さ、印象に残ったやりとりを、帰宅後すぐに書き残す


 どれも、事実を隠す行為ではありません。事実でないことを事実として固定させないための、当たり前の手当てです。

家族が「認めるように言ってほしい」と頼まれたとき


 本人ではなく、家族に対して「素直に話さないから長引く」「認めるよう伝えてほしい」といった働きかけがされることもあります。日本弁護士連合会は、こうした事例を取調べの問題事例として公表しています。

 家族としては、早く帰してあげたい一心で、本人に「認めたほうがいい」と伝えたくなる場面です。しかし、外にいる家族も、証拠の全体像を知らされているわけではありません。伝える前に、面会できる弁護士を通じて本人の話と取調べの状況を確認するほうが、結果として本人を守ることにつながります。

身代わりで認めるのは、別の問題を生む


 大切な人をかばうために、自分がやったことにする、という選択が頭をよぎることがあります。しかし、これは事実と違う自白であるだけでなく、犯人隠避罪(刑法103条)などに問われる可能性がある行為です。

 かばったつもりが、かばわれた側と自分の双方に、より重い結果をもたらすことがあります。判断する前に、必ず弁護士に相談してください。

すでに認めてしまった後にできること


 認めてしまったからといって、そこで結論が決まるわけではありません。できることは残っています。

  • どのようなやりとりの後に認めたのか、時系列で書き出しておく(時刻、所要時間、担当者、言われた内容)
  • その後の取調べで、事実と違う部分について改めて述べ、その旨を調書に残すよう求める
  • 体調や生活の記録、当時の連絡履歴など、状況を裏づける客観的な材料を確保する
  • できるだけ早く弁護士に相談し、以後の取調べへの対応方針を決めておく


 早い段階であるほど、選べる手段は多く残っています。「もう手遅れだ」と考えて連絡をためらうことが、いちばん避けたい対応です。

弁護士に相談するタイミング


 もっとも望ましいのは、取調べを受ける前です。次に、認めてしまった直後です。時間が経つほど、記憶は薄れ、記録も残りにくくなります。

 当事務所では、初回無料相談を受け付けており、ご相談は24時間受付の体制をとっています。身柄を拘束されている方については即日の接見も可能で、警察署への出頭に弁護士が同行する対応も全国で行っています(移動にかかる費用は別途申し受けます)。夜間・早朝についても、状況により対応できる場合があります。

まとめ


 「正直に話せば早く帰れる」という言葉は、必ずしも悪意から出たものとは限りません。ただ、その言葉を口にした人に、釈放や処分を決める権限はなく、約束として成り立つ性質のものでもありません。

 そして、事実と違うことを認めてしまう流れは、追及の激しさよりも、時間・情報・孤立という条件の積み重ねから生まれます。条件がそろえば誰にでも起こり得るからこそ、ひとりで抱えず、早い段階で外の目を入れることが、いちばん確かな備えになります。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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