脅迫の被害届は受理されるのか|「民事不介入」と言われたときの再挑戦
交際相手や元交際相手との金銭のもつれ、身に覚えのない請求、脅しめいた連絡。こうした出来事は、本来は個人の問題です。
ただ、経営者の場合、同じ出来事が途中から「会社の問題」に姿を変えることがあります。しかも、その切り替わりは本人が気づかないところで起きることが少なくありません。
この記事では、どこからが会社の問題になるのか、私生活の事柄がどの経路で会社に届くのか、そして会社側でどのような手続が動きうるのかを整理します。なお、離婚に伴う財産分与や自社株の取扱いは論点が大きく異なるため、本稿では扱いません。
1. 「個人の問題」が「会社の問題」に変わる3つの境目
境目は、トラブルの深刻さや相手の言い分の強さでは決まりません。実務上、次の3つのいずれかに当たったときに、会社側の手続が別に動き始めます。
(1)相手方が会社の関係者である
従業員、取引先の担当者、株主、取引金融機関の関係者などが相手方である場合です。
(2)会社の資金・資産・名義が動いた
会社口座からの支払、経費処理、社用車や社宅の使用、会社名義での書面のやり取りなどが含まれます。
(3)会社の意思決定手続に現れた
取締役会や株主総会の議題になった、稟議や監査で把握された、といった場合です。
いずれにも当たらないうちは、原則として個人として対応すべき事柄です。一方で、一つでも当たれば、当事者間の解決とは別に、会社としての判断と説明が求められる状態に入ります。「相手との話がつけば全部終わる」とは限らない、というのがこの区別の実益です。
2. 私生活の事柄が会社に届く経路
会社に伝わる経路は、報道や噂だけではありません。むしろ地味な経路のほうが多く見られます。
| 経路 | 会社側で起きること | 見積もりを誤りやすい点 |
|---|---|---|
| 相手方からの直接連絡(代表電話・受付・問合せフォーム) | 従業員が最初の受け手になる | 本人に取り次がれる前に、内容が従業員に伝わることの想定漏れ |
| 相手方が従業員・取引先の関係者 | 会社に別途の対応が求められる | 当事者間で解決すれば会社の対応も終わる、という誤解 |
| 金銭の動き | 経理・税務・監査の過程で把握される | 一時的な立替のつもりでも記録として残る |
| 会社の手続 | 取締役会・株主総会の議題になりうる | 表沙汰にならなければ手続も動かない、という前提の誤り |
| 身体拘束や長期の不在 | 決裁が滞る、通知が会社に届く | 不在そのものが伝達経路になる |
| インターネット上の書き込み | 取引先・従業員・求職者の目に触れる | 反論や削除要求が、かえって拡散のきっかけになることがある |
いずれの経路でも、最初に情報に触れるのは本人ではなく従業員である、という点は共通しています。
3. 相手方が従業員・取引先の関係者だったとき
相手方が従業員である場合、当事者間の話し合いとは別に、会社としての対応が必要になります。
男女雇用機会均等法11条1項は、職場における性的な言動に関して、事業主に雇用管理上必要な措置を講じる義務を定めています(措置の内容は平成18年厚生労働省告示第615号の指針に示されています)。これは国が事業主に課した義務であり、当事者間で示談が成立したからといって消えるものではありません。
ここで、経営者特有の問題が生じます。行為者が代表者本人である場合でも、会社の措置義務は残るという点です。相談窓口も、就業規則上の処分権者も、調査の決裁者も本人であれば、会社としての対応は形の上でも実質でも成り立ちません。
対応としては、当事者を調査と処分の判断過程から外す設計が要ります。他の取締役や監査役、あるいは外部の弁護士に委ねる形が考えられます。この設計を事後に決めようとすると、その決め方自体が争点になりかねません。
また、関係の自発性についても注意が要ります。当人同士は対等な交際と認識していても、雇用上の地位関係を背景に「断りにくい状況だった」と後から評価されることがあります。私生活上の行為がそのまま職務執行にあたるわけではありませんが、地位や職務上の関係が背景にあったかどうかは、会社の責任(会社法350条、民法715条)を考えるうえでも評価が分かれる部分です。
4. 会社の資金で個人の事柄を処理しない
会社の口座から支払う、経費として処理する、会社名義で書面を交わす。これらは、私生活の問題を自ら会社の問題に変える行為です。
取締役は会社に対して善管注意義務を負い(会社法330条、民法644条)、任務を怠って会社に損害を与えれば損害賠償責任を負います(会社法423条1項)。株主代表訴訟(同847条)の対象にもなり得ますし、内容によっては背任罪(刑法247条)や特別背任罪(会社法960条1項)の問題にもなります。
金額の大小にかかわらず、個人の支出は個人の資金で処理する、という線は引いておくべき部分です。
5. 地位への影響は「自動」ではない
トラブルが表に出たら役職を失う、と受け止められがちですが、地位の変動には手続があります。
| 何が変わるか | 必要な手続 | 押さえておきたい点 |
|---|---|---|
| 取締役の解任 | 株主総会の決議(会社法339条1項) | いつでも解任できる一方、正当な理由がなければ会社は解任によって生じた損害の賠償責任を負う(同条2項)。決議要件は341条 |
| 代表取締役の解職 | 取締役会の決議(会社法362条2項3号) | (会社法362条2項3号)対象となる代表取締役は特別の利害関係を有する取締役として議決に加われないと解されている(369条2項) |
| 解職後の立場 | - | 代表取締役を解職されても、取締役としての地位は当然には失われない |
「正当な理由」があるかどうかは、職務の遂行に具体的な支障が生じているかなどから個別に判断されます。私生活上の事情が一つあることだけで直ちに認められるわけではなく、下級審の判断も、正当な理由を認めた例と認めなかった例の双方があります。
このほか、株主間契約・投資契約・融資契約に、経営者に関する一定の事由を報告事項や期限の利益喪失事由とする条項が置かれていることがあります。まず手元の契約書を確認してみてください。
6. いつも使っている社内の仕組みが、この場面では使いにくい
顧問弁護士は、原則として会社の代理人です。契約の範囲も会社に関する事項に限られていることが多く、経営者個人と会社の利害が食い違いうる場面では、同じ弁護士が双方を代理することは困難です。個人の事柄については、会社の顧問とは別に相談先を持っておくほうが結果的に動きやすくなります。
総務・秘書・経理、あるいは親族に処理を任せることにも副作用があります。社内に記録が残る、担当者が板挟みになる、後日「会社として関与した」と評価される、といった点です。
なお、弁護士は法律上の守秘義務を負っています(弁護士法23条)。相談内容が外部に出ない仕組みが制度として設けられている、という点は、相談先を選ぶうえでの一つの手がかりになります。
7. 避けたいこと・しておきたいこと
避けたいこと
- その場で支払う、その場で書面にサインする
- 会社の資金・名義を使う
- 相手方と直接、長時間のやり取りを続ける
- 事実関係を社内で広く共有する
- やり取りの記録を消す
しておきたいこと
- 時系列と金銭の流れを自分用に整理する
- やり取りを日時がわかる形で保存する
- 代表電話や問合せフォームに連絡が来たときの取次ぎルールを、内容には触れない形で決めておく
- 脅しの要素があれば警察に相談する(相談は#9110、危険が差し迫っている場合は110番)
- 会社として対応する事柄と、個人として対応する事柄の担当を分ける
8. 平時に決めておける3つのこと
- 個人の相談先を、会社の顧問とは別に持っておく
- ハラスメント相談窓口を代表者以外(外部窓口を含む)に置く
- 代表者に関する事案の調査・判断の手順を、あらかじめ決めておく
いずれも、トラブルが起きてから整えると、その手続自体の公正さが問われます。
9. まとめ
私生活のトラブルを抱えた経営者の相談では、目的が「知られないこと」に置かれていることがあります。ただ、知られないことを最優先にすると、会社の資金で処理する、社内の誰かに任せる、その場で応じる、といった選択に傾きやすくなります。いずれも後から会社の問題を大きくしかねない対応です。
目的を「事業と生活が続くこと」に置き直すと、判断の順序は変わります。まず境目の3条件を確認し、会社として動かすべき手続と、個人として対応する事柄を分ける。この切り分けが、結果としてもっとも影響を小さくする道筋になります。
よくある質問
Q1. 相手方から「会社に言う」と言われています。先に社内で説明したほうがよいですか。
一律には決まりません。相手方が会社の関係者か、会社の資金や手続がすでに動いているかによって判断が変わります。第1章の3条件に当たらないのであれば、まず個人の問題として方針を決め、社内への説明は範囲と相手を絞って検討するのが通常です。ただし、契約や社内規程で取締役会等への報告が求められている事項に当たる場合は別に考える必要があります。
Q2. 従業員である相手方と個人的に示談しました。会社としては何もしなくてよいですか。
当事者間の解決と、会社の雇用管理上の措置は別のものです。相談が寄せられている以上、会社としての事実確認や再発防止の措置は残ります。代表者本人が当事者である場合は、その判断過程から本人が外れる形をとる必要があります。
Q3. 私生活上のトラブルだけで解任されることはありますか。
株主総会の決議があれば、解任自体は可能です(会社法339条1項)。もっとも、正当な理由がなければ会社が損害賠償責任を負います(同条2項)。「正当な理由」があるかどうかは職務遂行への具体的な支障などから個別に判断され、私生活上の事情が一つあることだけで直ちに認められるわけではありません。


