不倫相手の配偶者からの請求が「恐喝」に変わるとき
「怖くて、その場でお金を渡してしまった」 「言われるままに、念書にサインしてしまった」
ご相談は、こうした一言から始まることが少なくありません。そして多くの方が、続けてこうおっしゃいます。「一度応じてしまった以上、もう何も言えないのではないか」と。
インターネット上の解説記事の多くは、「安易に応じてはいけない」「毅然と対応しましょう」というこれからの助言で終わっています。しかし、すでに応じてしまった方にとって、その助言はもう使えません。知りたいのは、一度応じたという経過が、この先の交渉や手続きでどう評価されるのかという点のはずです。
この記事では、応じてしまった後の法的な立ち位置を、有利に働く面・不利に働く面の両方から整理します。
1. 「応じてしまった」にもいくつかの型がある
ひとくちに「要求に応じた」といっても、何に応じたかによって、後で問題になる点は変わります。まずはご自身がどの型に当てはまるかを確認してください。
| 応じた内容 | 後から主に問題となる点 |
|---|---|
| お金を渡した(現金・振込・電子送金) | 返還を求められるか/支払いの事実が残っているか |
| 書面にサインした(念書・示談書・借用書・誓約書) | その書面の効力を争えるか/清算条項の有無 |
| 謝罪した(口頭・謝罪文・録音・メッセージ) | 「非を認めた証拠」として使われないか |
| 会いに行った・連絡を続けた | やり取りの中で不利な発言をしていないか |
| 性的な要求に応じた | 「同意していた」と主張されないか |
複数に当てはまる方も多いはずです。たとえば「その場で謝罪し、念書にサインし、後日振り込んだ」という経過は珍しくありません。この場合、争点も三つに分かれます。
2. 前提:応じたことが、相手の行為を適法にするわけではない
最初に押さえておきたいのは、あなたが応じたからといって、相手の行為の評価が変わるわけではないという点です。
たとえば恐喝罪(刑法249条)は、相手を畏怖させて財物を交付させたときに成立する犯罪です。条文の構造上、被害者が実際に渡したからこそ既遂になるという関係にあります。「渡してしまったのだから犯罪ではない」ということにはなりません。
関係しうる主な条文を整理すると、次のとおりです。
| 罪名 | 内容 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 脅迫罪(刑法222条) | 生命・身体・自由・名誉・財産に害を加える旨を告知する | 2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金 |
| 強要罪(刑法223条) | 脅迫等により義務のないことを行わせる/権利の行使を妨害する | 3年以下の拘禁刑 |
| 恐喝罪(刑法249条) | 脅して財物を交付させる/財産上の利益を得る | 10年以下の拘禁刑 |
※2025年6月1日施行の法改正により、懲役・禁錮は「拘禁刑」に一本化されています。
なお、相手に何らかの請求権が本当にある場合でも、その実現方法が社会通念上相当な範囲を超えれば、恐喝にあたりうるというのが最高裁の考え方です(最高裁昭和30年10月14日判決)。逆に、「訴えます」「弁護士に依頼します」といった予告は、正当な権利行使の意思に基づくものであれば、それだけで直ちに違法とはいえません。この線引きは事案ごとの判断になります。
性的な要求に応じてしまった場合
この点は、2023年7月13日施行の刑法改正で扱いが明確になりました。不同意わいせつ罪(刑法176条1項)・不同意性交等罪(同177条1項)は、**「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」**にさせ、またはその状態に乗じた場合に成立します。そして、その原因となりうる事由が8つ列挙されており、その中には次のものが含まれます。
- 暴行もしくは脅迫を用いること、またはそれらを受けたこと(1号)
- 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、もしくは驚愕させること、またはその事態に直面して恐怖し、もしくは驚愕していること(6号)
- 経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること、またはそれを憂慮していること(8号)
つまり、拒めなかったこと・逃げなかったことは、法律上「同意」を意味しません。この点は条文に書かれた要件の問題であり、当事者の印象論ではありません。
3. 応じた後でも、民事上争える余地は残る
「任意に払ったのだから戻らない」と説明されることがあります。確かに回収は容易ではありませんが、検討できるルートが一つしかないわけではありません。
① 強迫による意思表示の取消し(民法96条1項)
畏怖した状態で行った支払いの合意や書面へのサインは、取り消せる場合があります。ただし、強迫があったことを主張する側が立証する必要があります。
② 不法行為に基づく損害賠償(民法709条)
害悪の告知によってお金を出させた行為そのものを違法な行為ととらえ、交付した金額を損害として請求する構成です。①とは立証の重心が変わるため、事案によってはこちらが現実的なこともあります。
③ 「知りながら払った」ことの意味
民法705条は、債務がないと知りながら払った場合の返還請求を制限しています。ただしこの規定は、任意にされた給付に限って適用されると解されており、強迫を受けてやむを得ず払った場合には及ばないと考えられています。「おかしいと思いながら払ってしまったから、もう戻らない」というのは、必ずしも正確ではありません。
時間的な制限もあります。不法行為に基づく請求は、損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年(民法724条)。取消権は、追認できる時から5年、行為の時から20年(民法126条)です。
4. 本題:不利に働きやすいのは「応じた事実」より「恐怖が解解けた後の行動」
ここがこの記事の中心です。
民法124条1項は、取り消せる行為の追認について、「取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後」でなければ効力を生じないと定めています。強迫でいえば、「怖い状態を脱した後」ということです。
裏を返すと、怖くて応じてしまった時点の行動は、それ自体が「認めた」ことにはなりません。ここは安心してよい部分です。
問題はその後です。民法125条は、追認できる時以後に、取り消せる行為について「全部または一部の履行」などがあったときは、追認したものとみなすと定めています(法定追認)。ただし条文には重要な留保があり、**「異議をとどめたときは、この限りでない」**とされています。
これを実際の場面に置き換えると、次のようになります。
- その場で怖くて払った1回目 → 追認とは評価されにくい
- 相手と離れ、落ち着いた後に、何も言わずに2回目を振り込んだ → 追認とみなされ、取消しができなくなるおそれ
- 分割の約束を、争う意思を示さないまま履行し続けた → 同上
つまり、後の立場を左右しやすいのは、最初に応じてしまった瞬間ではなく、その後どう振る舞ったかです。
同じことは時効にも当てはまります。一部の支払いや「必ず返します」といった申入れは、債務の「承認」として時効を更新させることがあります(民法152条1項)。払うほどに、相手の権利の時計が巻き戻るという関係になりかねません。
やむを得ず支払いを続けざるを得ない事情がある場合でも、「支払義務があると認めたわけではない」という意思を記録の残る形で示しておけるかどうかで、後の見え方は変わります。可能であれば、その判断の前に弁護士に確認することをおすすめします。
なお、法定追認について「取消権を持っていることを知っていた必要があるか」は、解釈に委ねられた論点です。ここは事案ごとに評価が分かれうる部分だとお考えください。
5. 応じた経過が不利に働きうる場面(4つ)
正直にお伝えします。応じた経過が、後の交渉で足かせになる場面はあります。
① 金額が既成事実になる
一度100万円を払っていると、相手は「本人も相当だと考えた額だ」と主張してきます。法的に金額が確定するわけではありませんが、交渉の出発点が動かしにくくなります。
② 書面に清算条項が入っていた
「本件に関し、当事者間に他に債権債務がないことを相互に確認する」といった条項がある場合、その書面自体の効力を争わない限り、蒸し返しが難しくなることがあります。サインした書面の控えが手元にあるかどうかが、まず問題になります。
③ こちらにも落ち度がある場合
相手の請求の一部に正当な理由があるケースでは、話が単純ではなくなります。全額を否定する主張は説得力を失いやすく、「どこまでが正当な請求で、どこからが過大な要求か」という線引きの争いになります。
④ 支払いの痕跡が残っていない
現金の手渡しは、渡した事実自体が証明しにくいという問題があります。金額も日付も、相手が否定すれば水掛け論になりかねません。
6. 逆に、応じた経過が有利な材料になることもある
一方で、応じたという経過そのものが証拠として機能する場面もあります。
- 振込履歴・送金記録は、日時と金額を客観的に示します。相手も受け取った事実は否定しにくくなります。
- 要求のやり取りと支払いが時間的に近接していることは、害悪の告知と交付の結びつきを示す事情になります。
- なぜ応じたのかを具体的に説明できることも重要です。何を言われ、どう感じ、何を恐れたのか。抽象的な「怖かった」より、告げられた言葉と当時の状況が具体的であるほど、説明として通りやすくなります。
そのためにも、記録を消さないことが大切です。恥ずかしさや後悔から、やり取りを削除してしまう方は少なくありません。しかし削除してしまうと、有利な材料まで一緒に失われます。
7. 応じてしまった後に、しておきたいこと・避けたいこと
しておきたいこと
- 経過を時系列で書き出す ── いつ、何を言われ、いつ、何に応じたか。記憶が新しいうちに。
- 記録を保全する ── メッセージ、振込明細、録音、サインした書面の写真。元データを残したまま保存する。
- 次の要求に即答しない ── 「確認して回答します」で足ります。その場で結論を出さない。
- 相談した事実を残す ── 警察相談専用電話(#9110)や弁護士への相談は、それ自体が経過の記録になります。
- サインした書面の控えを確保する ── 手元にない場合は、その旨も含めて相談時に伝えてください。
避けたいこと
- 「もう払ったのだから終わり」と考える ── 要求が続くかどうかは相手次第です。
- 取り戻したい一心で、自分から相手に接触して交渉する ── 感情的なやり取りは、不利な発言が記録に残るおそれがあります。窓口は一本化したほうが安全です。
- やり取りを消す ── 前述のとおり、有利な材料も失われます。
- その場しのぎで追加の書面にサインする ── 状況を固定してしまうことがあります。
8. 「手遅れ」ではありませんが、早いほど選択肢は多くなります
応じてしまったことを理由に、相談をためらう必要はありません。ただし、時間の経過とともに現実的な壁が高くなるのは事実です。
- 相手の特定 ── 連絡手段が切れると、誰に請求するのかを確定させること自体が難しくなります。
- 相手の資力 ── 請求が認められても、回収できるかは別問題です。
- 証拠 ── アカウントの削除や機種変更で、記録は失われていきます。
また、「自分の側にも人に言いにくい事情がある」という理由で相談を控える方もいらっしゃいます。弁護士には守秘義務があり、相談内容が外部に伝わることはありません。事情を含めて話していただいたほうが、取りうる手段を正確にお伝えできます。
最後に一点。ここまでは不当な要求を前提に書きましたが、相手の請求がすべて不当だとは限りません。正当な請求と過大な要求が混ざっていることも多く、その切り分けこそが実務上の中心的な作業になります。応じた経過を含めて事実関係を整理したうえで、どこまでが応じるべき筋の話で、どこからが応じる必要のない話なのかを見極めることが、結果的にいちばんの近道になります。


