【不当要求対応】会社の代表者個人が名指しされた|法人と個人の切り分け

若井亮

若井亮

テーマ:不当要求

「会社宛てだったはずの申し入れが、いつの間にか私個人の名前で届くようになった」。中小の会社を経営されている方から、こうしたご相談をいただくことがあります。他方で、要求をする側の方から「会社に言っても担当者が代わるばかりなので、責任者である代表者に直接伝えたい」というお話をうかがうこともあります。

 インターネット上では、法人と個人は別の人格だから代表者個人が責任を負うことはない、という説明をよく見かけます。それ自体が誤りというわけではありません。ただ、実際の場面では、名指しされた側がどう応じるかによって、その線が保たれるかどうかが変わってきます。会社法には、役員個人に責任が向かう仕組みも置かれています。

 この記事では、要求や苦情の場面で会社の代表者個人が名指しされたときに、法人と個人の線をどこで引き、どうやって保つのかを整理します。投稿の削除や発信者情報の開示、記録の残し方といった各論は別の記事に譲り、ここでは切り分けそのものに絞ります。

この記事で扱うこと・扱わないこと

 はじめに範囲をはっきりさせておきます。

  • 要求や苦情の相手方として代表者個人の氏名が出てきた場面の考え方を扱います。
  • 支払義務や賠償責任が法人と個人のどちらに向かうのかという整理を扱います。
  • 切り分けが崩れやすい対応と、その手当てを扱います。
  • 要求の内容が正当か不当かという判定は、別の記事に譲ります。
  • 投稿の削除や発信者情報の開示の手続、記録の様式、出入り禁止の告げ方といった各論も、別の記事に譲ります。


 正当な苦情や、契約に基づく正当な請求まで身構える必要はありません。本記事は、要求の当否がまだ定まっていない段階でも使える整理を目指しています。

「名指し」そのものが責任の所在を動かすわけではない


誰に義務が生じるかは、書面の宛名では決まらない

 会社の名義で結んだ契約から生じる債務は、原則として会社に帰属します。相手方が請求書や通知書の宛名を代表者個人にしたからといって、それだけで代表者個人が支払義務を負うことにはなりません。宛名は相手方が決められますが、義務が誰に生じるかは相手方が決められる事柄ではありません

 このことは、逆の場面でも同じです。会社宛ての封筒で届いたからといって、内容が会社の債務に関するものだと決まるわけではなく、代表者個人の保証責任を問う趣旨の通知が会社宛てに送られてくることもあります。宛名ではなく、本文で何が求められているのかを読み取ることになります。

受け取ったこと自体は、認めたことにはならない

 書面を受け取った、電話に出た、面談に応じた、というだけでは、要求を認めたことにはなりません。もっとも、その場で述べた言葉や、その場で書いた文字は別です。後から、誰が何を認めたのかを判断する材料になります。その場で答えず持ち帰る方法については、別の記事で詳しく扱っています。

なぜ代表者個人の氏名が相手方に分かるのか


商業登記によって公示されている

 株式会社では、代表取締役の氏名と住所が登記事項とされており、登記事項証明書は誰でも取得できます。氏名や住所が相手方に知られていること自体は、特別な調査の結果とは限りません。

 なお、令和6年10月1日に施行された商業登記規則31条の3により、株式会社の代表取締役等については、登記事項証明書などに表示される住所を行政区画までにとどめる措置(代表取締役等住所非表示措置)を申し出ることができるようになりました。ただし、この申出は住所が登記されることとなる登記の申請と同時に行う必要があり、単独では申し出られません。過去に登記された住所は対象外とされ、特例有限会社や合同会社などは制度の対象外です。金融機関との取引などの場面で別途住所の証明を求められることがあるとされていますので、申し出る前に司法書士や金融機関に確認しておくと安心です。

個人事業では、そもそも切り分けが存在しない

 屋号を掲げていても、法人を設立していない場合は、契約の当事者も責任を負う主体も事業主個人です。この場合に必要なのは法人と個人の切り分けではなく、事業の場と生活の場を分ける工夫、つまり連絡先や住所、対応する時間帯の設計になります。一人で営業されている場合の設計については、別の記事で扱っています。

氏名を出すこと自体が交渉の手段になっている場合

 決裁できる人に直接伝えたほうが早い、という考え方には、それ自体もっともなところがあります。一方で、個人の生活や信用に影響が及びうることを示して応答を引き出そうとする意図が含まれている場合もあります。この二つは外形が似ているため、名指しされたという事実だけで相手方の意図を決めつけないほうが、その後の対応を誤りにくくなります。

責任が法人に向かう場面と、個人にも向かう場面

 大まかに整理すると、次のようになります。

場面原則としての向き先個人にも及びうるのはどのような場合か
法人名義の契約から生じた支払義務法人代表者個人が保証をしている場合
従業員の行為によって相手方に損害が生じた場合法人(民法715条1項、会社法350条)代表者自身の指示や関与があったとされる場合
代表者自身の行為によって相手方に損害が生じた場合法人と本人の双方に向かいうる代表者本人の不法行為(民法709条)として
会社に支払う資力がない場合の回収法人職務を行うについて悪意または重大な過失があったとされる場合(会社法429条1項)
法令違反に対する刑事の責任行為をした人両罰規定により法人にも罰金が科されることがある


 最後の行は、他の行と向きが逆になっています。刑事の責任はまず行為をした人に向かい、法令によっては法人にも科されるという構造です。会社の名前で行われた行為だから代表者個人は関係ない、という整理にはならない領域があることは意識しておいてよいところです。

会社法429条1項が持ち出される場面

 会社法429条1項は、役員等がその職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。会社に資力がない場面で、取引先などがこの規定を根拠に代表者個人へ請求することがあります。

 もっとも、会社が払えないという事情だけで、当然に代表者個人の責任が認められるわけではありません。任務を怠ったといえるのか、悪意または重大な過失があったといえるのか、それによって相手方に損害が生じたといえるのかが、それぞれ問われます。請求の書面にこの条文が引かれていても、そこで主張されている事実関係を一つずつ確かめるところから始まります。

保証をしているかどうかは、早い段階で確かめる

 保証契約は、書面でしなければ効力を生じないとされています(民法446条2項)。事業のために負担した貸金等債務についての個人保証には、公正証書による意思確認が求められます(民法465条の6)。ただし、主たる債務者が法人である場合のその取締役等については、この確認は不要とされています(民法465条の9)。

 つまり、代表者の保証は、他の個人保証よりも簡易に成立しうる立場に置かれています。過去に差し入れた書面の控えが手元にない場合は、金融機関やリース会社などに写しの交付を求め、どの債務についてどの範囲で保証しているのかを確認しておくと、要求を受けたときに切り分けやすくなります。

切り分けが崩れるのは、こちら側の対応からであることが多い

 ここが本記事の中心です。相手方の書き方よりも、こちらの応じ方のほうが、法人と個人の線を動かしやすいのが実際のところです

署名と記名押印の名義

 書面に署名や記名押印をするときは、法人名と肩書を添えた形にしておくと、誰の意思表示かが後から分かりやすくなります。個人名だけで署名した書面に「支払う」「責任を負う」と読める文言が並んでいると、後になって、それが会社としての意思表示だったのか個人としての約束だったのかが争点になる余地が生まれます。

支払いの原資と口座

 会社の債務として支払うのであれば、会社の口座から会社名義で送金するのが筋道の通った形です。代表者個人の口座から個人名義で振り込むと、誰が誰に何の名目で払ったのかを後から説明しにくくなります。金額の多寡にかかわらず、その場で現金を手渡す形も避けたほうが無難です。

謝罪文や念書の名義と文言

 不快な思いをさせたことへのお詫びと、具体的な事実や法的な義務を認める言葉とは、性質が異なります。前者を述べる場合でも、後者に読める文言が混ざっていないかは分けて考えたほうがよいところです。そして、その書面を個人名で作成すると、代表者個人の言明として扱われる余地が生じます。謝罪を求められた場面での考え方は、別の記事で扱っています。

連絡先を個人のものにしない

 私用の携帯電話の番号、個人のメールアドレス、個人名義のSNSアカウント、自宅の住所。これらは、一度伝えると取り消すことが難しいものです。急いでいる場面ほど手近な連絡先を教えてしまいがちですが、後から窓口を戻すには手間がかかります。

窓口をどう組み直すか


名義を法人に統一する

 回答は会社名で出し、書面の末尾には法人名と肩書を記します。代表者自身が対応する場合でも、それが会社としての回答であることが読み取れる形にしておきます。担当者を別に立てられる規模であれば、日常のやり取りをその担当者に移し、代表者は決定の場面だけに関与する形も考えられます。

連絡の経路と時間を決める

 書面またはメールで受け、営業時間内に対応する、という枠を先に伝えておく方法があります。相手方が複数人で来訪する場面や、その場で答えを求められる場面の対応については、別の記事で扱っています。

代理人を立てた後の経路

 弁護士に依頼して代理人が就いたことを通知した後も、代表者個人への直接の連絡が続くことがあります。連絡が繰り返され、業務や私生活への支障が生じている場合には、人格権に基づいて面談の強要や架電の禁止を求める仮処分(民事保全法23条2項)が用いられることがあります。相手方の行為の内容や頻度を、日時とともに記録として残しておくことが前提になります。

個人への働きかけが続く場合


法人と個人では、請求できるものが異なる

 法人の社会的評価が下げられた場合についても、金銭に評価できる無形の損害が生じているのであれば、その賠償を求める余地があるとされています(最高裁昭和39年1月28日判決)。一方、代表者個人については、名誉やプライバシー、私生活の平穏といった人格的な利益の侵害として、慰謝料の問題になります。

 同じ投稿、同じ言動であっても、法人としての請求と個人としての請求は別に立てる必要があります。どちらの名義で動くのかを決めないまま着手すると、途中で組み立て直すことになりがちです。

自宅や家族への接触

 自宅や事務所に立ち入られた場面、退去を求めても居座られた場面については、住居侵入や不退去の問題になり得ます(刑法130条)。要求の伝え方によっては、脅迫(刑法222条)、強要(刑法223条)、業務妨害(刑法233条、234条)が問題になる場合もあります。家族に連絡が及んでいる場合は、家族の側にも独立した被害が生じている点を分けて考えることになります。

氏名がインターネット上に書かれた場合

 投稿の中では、会社に向けた記述と代表者個人に向けた記述が混ざっていることがよくあります。どの部分が誰に向けられたものかを整理してから、削除や発信者情報の開示に進むことになります。手続の具体的な流れは、別の記事に譲ります。

代表者本人は、守られる仕組みの外側に置かれやすい

 2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法により、事業主には、顧客等からの著しい迷惑行為に対する措置を講じる義務が生じます。この仕組みが守る対象は、事業主が雇用する労働者です。代表者本人は、この措置義務が守る対象には含まれていません

 東京都のカスタマー・ハラスメント防止条例のように、就業者を広く捉える定めもありますが、行為者への罰則は設けられていません。制度の中身や、施行に向けて何を用意するかについては、別の記事で扱っています。ここで押さえておきたいのは、従業員を守る枠組みを整えても、代表者自身がその枠の外に残りやすいという点です。

後から負担になりやすい対応

 次のような対応は、その場をしのげたとしても、後の段階で扱いにくくなることがあります。

  • その場で個人名の書面に署名し、控えを受け取らずに帰す。
  • 早く終わらせるために、少額だからと個人の財布から支払う。
  • 私用の携帯電話の番号を教えて、そこに直接連絡してもらう。
  • 社内や取引先に事情を伏せたまま、代表者が一人で対応を続ける。
  • 相手方の勤務先や家族に連絡する、あるいは投稿に反論を書き込む。


 最後の項目は、こちらが要求を受ける立場から、責任を問われる立場に移ってしまう場面につながります。対応の主導権を取り戻したい場面ほど、行き先が反転しやすいところです。

よくあるご質問


会社宛ての通知書に代表者個人の氏名も併記されていました。個人としても回答すべきでしょうか

 まず、本文で誰に対して何を求めているのかを確認します。会社の債務についての請求であれば、会社としての回答で足りる場合が多いといえます。個人としての責任を根拠づける事実が書かれている場合には、その事実関係を確認したうえで、個人としての立場についても触れることになります。いずれの場合も、回答の名義を意識せずに書き始めないことが大切です。

「社長個人を訴える」と言われました。実際にできるのでしょうか

 訴えを起こすこと自体は誰でもできます。ただし、訴えが起こせることと、請求が認められることとは別の問題です。代表者個人への請求が認められるには、保証や本人の行為、会社法429条1項の要件といった、個人に責任が向かう根拠が必要になります。予告の段階で応じる内容を決めてしまう必要はありません。

登記の住所非表示措置を申し出れば、自宅を知られずに済みますか

 今後の登記事項証明書などに表示される住所は行政区画までにとどまりますが、過去に登記された住所は対象外です。すでに知られている場合には、この措置だけでは状況は変わりません。また、株式会社以外は制度の対象外とされています。自宅への来訪が続いている場面では、登記の措置とは別に、記録の確保と、連絡経路を代理人に移すことを併せて検討することになります。

まとめ


  1. 書面の宛名を相手方が代表者個人にしても、それだけで義務の所在は動きません。
  2. 会社名義の契約から生じた債務は、原則として会社に帰属します。
  3. 代表者個人に責任が向かうのは、保証、本人自身の行為、会社法429条1項の要件を満たす場合などに限られます。
  4. 会社に支払う資力がないという事情だけで、代表者個人の責任が当然に認められるわけではありません。
  5. 線が崩れやすいのは、個人名の署名、個人口座からの支払い、私用の連絡先の提供といった、こちら側の対応の場面です。
  6. 法人としての請求と個人としての請求は、根拠も内容も別に立てる必要があります(民法709条、民法710条ほか)。
  7. 2026年10月1日に施行される措置義務が守る対象は雇用する労働者であり、代表者本人は含まれていません。
  8. 株式会社の代表取締役等の住所非表示措置には、申出の時期や対象について条件があります(商業登記規則31条の3)。


代表者個人への要求でお困りの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、不当な要求や執拗な苦情に関するご相談を、池袋と新橋の事務所でお受けしています。会社宛ての話がいつの間にか個人宛てになっている、自宅や私用の携帯電話に連絡が来るようになった、という段階でも、対応の経路を整理することはできます。

 要求を受けている側の方はもちろん、会社に申し入れたのに話が進まないとお考えの方からのご相談もお受けしています。どちらの立場であっても、誰に対して何を求めるのかを整理することが、話を先へ進める手がかりになります。まずは、届いている書面とこれまでのやり取りの記録をお持ちのうえ、ご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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