交際相手からのDV(デートDV)|保護命令は使える?同棲の有無で変わる対応
楽しみにしていた旅行やデートを、当日や直前になって一方的にキャンセルされる。連絡が取れなくなり、そのままブロックされてしまう。こうしたトラブルでは、気持ちの問題だけでなく、宿泊費やチケット代、航空券のキャンセル料といった実際の出費が残ります。
「せめてお金だけでも払ってほしい」と考えるのは自然なことです。ただ、法的にどこまで請求できるかは、支払ったお金の性質によって結論が大きく変わります。ここでは、請求できる可能性がある部分とそうでない部分を、男女どちらの立場からでも使える形で整理します。
まず、お金を3つに分けて考える
ドタキャンで発生したお金は、法的性質がまったく異なる3種類が混ざっています。ここを分けずに「全部まとめて請求したい」と考えると、話がかみ合わなくなります。
- ① 相手の分として立て替えた費用……相手の航空券・宿泊代・チケット代など、相手が本来負担すべきものを自分が先に支払った分
- ② 自分の分にかかったキャンセル料・追加料金……自分の予約の取消料、1人になったことで発生する1室あたりの追加料金など
- ③ ドタキャンされたことによる精神的苦痛への慰謝料
結論を先に言えば、回収の見込みが比較的立つのは①です。②は原則として自己負担になりやすく、③は認められる場面がかなり限られます。
なぜ「約束を破られたこと」だけでは請求が難しいのか
旅行やデートの約束は、日常的な感覚では「約束」ですが、法的には契約として権利義務を発生させるものとは評価されにくいと考えられています。会うかどうか、関係を続けるかどうかは本来自由であり、「必ず会わなければならず、会えなければ金銭的責任を負う」という合意まではしていないのが通常だからです。
そのため、請求の根拠として考えられる各構成には、それぞれ次のような壁があります。
債務不履行(民法415条)……「会う」こと自体を法的な債務ととらえるのが難しく、その不履行として賠償を求める構成は取りにくいのが実情です。
不法行為(民法709条)……故意または過失によって他人の権利・利益を違法に侵害したといえる必要があります。体調不良や急な事情によるキャンセルであれば、通常はこの要件を満たすとは評価しにくいでしょう。
不当利得(民法703条)……相手に「利得」が生じていることが前提です。キャンセルした側が何かを得ているわけではないケースがほとんどで、この構成もなじみません。
なお、飲食店やホテルのキャンセル料をめぐって語られる消費者契約法9条(平均的な損害を超える解約金は無効)は、事業者と消費者の間の契約に関するルールです。個人同士のドタキャンにそのまま持ち出せるものではない点は、押さえておいてください。
立て替えた「相手の分」は別の問題として整理できる
一方、相手の了解を得たうえで、相手の分の予約・購入を自分が行い、代金を支払ったという場合は、話が変わります。これは「約束を破られたこと」への賠償ではなく、相手のために支出した費用の精算の問題だからです。
相手から頼まれて、あるいは相手の了承を得てその分の手配をしたのであれば、相手の事務を引き受けて費用を支出したという関係(民法656条の準委任)と評価できる場面があります。この場合、費用の償還を求める根拠として民法650条1項が挙げられます。同項は、受任者が事務処理に必要な費用を支出したときは、その費用と支出日以後の利息の償還を請求できると定めています。もっとシンプルに、「あとで精算する」という費用分担の合意があったと構成できることもあります。
立替か、おごりかを分ける手がかり
問題は、それが立替だったのか、はじめから負担するつもりの「おごり」(贈与)だったのかです。判断材料になるのは、おおむね次のような事情です。
- 誰の名義・誰のアカウントで予約したか
- 予約前に「◯円ね」「あとで振り込んで」と金額や精算を伝えていたか
- 相手が「払う」「振り込む」と応じていたか
- それまで交際費をどう分担してきたか(毎回おごっていたか、割り勘だったか)
- 金額の大きさ(食事代程度か、旅行代金規模か)
- サプライズとして相手に無断で手配したものではないか
相手に相談せず自分の判断でサプライズとして押さえた分は、贈与に近い評価になりやすく、請求は通りにくくなります。逆に、やり取りの中で相手が「払う」と応じている場合、その記録は有力な資料になります。いったん支払いを約束した後で「やっぱり払わない」と言われても、その約束自体が請求の根拠になり得るからです。
なお、交際中に渡したお金やプレゼントが贈与か貸付かという一般的な線引きや、貸したお金の立証・時効については、別のコラムで詳しく扱っています。
自分の分のキャンセル料・追加料金は原則として自己負担
見落とされがちですが、自分の予約の取消料や、同行者が減ったことで生じる1人あたりの追加料金は、原則として自分で負担することになります。
相手を責める気持ちは理解できますが、参加者の間に「キャンセルした側が相手の追加費用も負担する」という取り決めがない限り、その負担を相手に移す法的な根拠を見つけるのは容易ではありません。この点は、弁護士による解説でも同様の整理が示されています。
裏を返せば、事前に費用の分担を決めておけば、その合意に基づく請求は可能だということでもあります。旅行の幹事役を務めるときや、高額な予約を代表して行うときは、「取消料が発生したら各自の分は各自が負担する」といった一言をやり取りに残しておく意味は小さくありません。
例外的に責任を問える可能性がある場面
次のようなケースは、通常のドタキャンとは別に検討する余地があります。
当初から会う意思がなく、費用を負担させた場合……はじめから会うつもりがないのに旅行の話を進め、相手に費用を支出させたのであれば、詐欺(刑法246条)や不法行為(民法709条)の問題になり得ます。ただし、「最初からその意図だった」という内心を立証するハードルは高く、心変わりとの境界はしばしば曖昧です。証拠の集め方については、結婚詐欺の立証を扱ったコラムもあわせてご覧ください。
相手に直接お金を渡していた場合……交通費や「お手当」など、第三者ではなく相手本人に渡したお金は、本稿とは別の枠組み(渡した金銭の性質の切り分け)で考えます。こちらは前払い金の返還を扱ったコラムで詳しく解説しています。
婚約が成立していた場合……単なる交際ではなく婚約が成立していたのであれば、婚約破棄の問題として、式場や新居に関する費用など財産的損害の賠償を検討する余地があります。
実際に請求するときの進め方
1.金額を確定させる
まず、実際にいくらの損失が確定したかを明らかにします。旅行会社の取消料は、多くの場合、約款であらかじめ定められた「賠償額の予定」(民法420条)としての性質を持つとされ、解除の時期によって料率が変わります。宿泊施設や興行チケットは、それぞれの規定によります。取消料の明細、予約確認メール、クレジットカードの利用明細などを揃えてください。
2.やり取りを保全する
予約する前後のメッセージ、金額を伝えたやり取り、相手が了承した返信、キャンセルの連絡(あるいは連絡がなかったこと)は、自分から削除しないことが大切です。スクリーンショットだけでなく、元のデータも残しておきます。
3.任意の請求から始める
まずは金額と根拠を示して支払いを求めます。内容証明郵便を使うこともできますが、内容証明は「その文面をその日に出した」という事実を郵便局が証明する制度であり、内容が正しいことや支払義務があることを証明するものではありません。それ自体に強制力はない点は理解しておく必要があります。
4.裁判手続を検討する
任意の支払いに応じない場合、支払督促、民事調停、訴訟といった手続があります。請求額が**60万円以下の金銭の支払いを求めるものであれば、原則1回の期日で審理する少額訴訟(民事訴訟法368条1項)**も選択肢になります。旅行代金の立替金は金額的にこの枠に収まることも多く、比較的使いやすい手続です。
5.時効に注意する
費用償還や貸金として請求する場合、消滅時効は権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年(民法166条1項)が基本です。不法行為として構成する場合は、損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年(民法724条)となります。
6.最大の壁は「相手が特定できるか」
マッチングアプリやSNSで知り合った相手の場合、氏名も住所も分からないまま連絡を絶たれることが少なくありません。裁判手続は相手方を特定できなければ進められません。弁護士会照会(弁護士法23条の2)などの手段はありますが、必ず判明する制度ではなく、費用と回収見込みの釣り合いも冷静に見る必要があります。
請求する側が越えてはいけない線
正当な請求であっても、求め方を誤ると立場が逆転します。
- 実費を大きく超える金額を、害悪を告げて要求する……恐喝罪(刑法249条)や脅迫罪(同222条)にあたるおそれがあります。正当な権利行使が直ちに恐喝になるわけではありませんが、その線引きは微妙です。
- 勤務先や家族への連絡、自宅への押しかけ……交渉の手段としては相当性を欠き、別のトラブルを招きます。
- SNSで相手の名前や顔写真を公開する……名誉毀損(同230条)などの問題が生じ得ます。内容が事実であっても、それだけで免責されるわけではありません。
- 返答がないことへの執拗な連絡……回数や態様によっては、つきまとい行為として評価される余地があります。
逆に「請求された側」になったときは
同じ場面は、立場を変えれば「ドタキャンを理由に高額な請求を受けた」という相談にもなります。この場合、請求されたこと=支払義務があること、ではありません。実費の裏づけがない上乗せ分や、根拠の説明がない慰謝料に当然に応じる必要はありません。
ただし、裁判所から届く書類は別です。支払督促は受け取ってから2週間以内に督促異議を申し立てないと手続が進み、訴状を放置して欠席すれば、相手の主張が認められてしまうおそれがあります。「義務がないはずだから無視する」という対応が、かえって不利に働くことがあります。
まとめ
- ドタキャンされたこと自体を理由に賠償を求めるのは、法的にはハードルが高い
- 相手の分として立て替えた費用は、費用の精算の問題として請求できる余地がある
- 自分の分の取消料や追加料金は、事前の取り決めがなければ原則として自己負担
- 立替か「おごり」かは、名義・事前のやり取り・従来の分担といった事情から判断される
- 請求の可否と金額を整理しないまま感情的に迫ると、かえって自分の立場を悪くしかねない
金額そのものは大きくないことも多い分野ですが、相手の対応によっては、しつこい連絡や身元不明といった別の問題が重なることもあります。「請求できるのか」「どこまでなら言ってよいのか」で迷ったときは、動き出す前に一度ご相談ください。


