「離婚するから」と言われた既婚者との交際|後で慰謝料を請求されたら
不貞慰謝料をめぐる話し合いがまとまらず、訴訟という段階が視野に入ってくると、金額や見通しとは別のところで気になることが出てきます。その一つが、自分の名前や住所が相手にどこまで伝わるのか、という点です。
この不安は、請求する側からも、請求を受けた側からも寄せられます。請求する側であれば、これまで書面のやり取りだけで進めてきたのに、訴訟にすると自宅の場所まで相手に渡ってしまうのではないか。請求を受けた側であれば、書類が届いた以上すでに知られているとして、ここから先はどこまで伝わるのか。立場は違っても、知りたいことはほとんど同じです。
この記事では、訴訟の書類に何が書かれ、それがどの範囲まで伝わるのかを整理したうえで、住所や氏名を伏せたまま手続を進めるための制度と、その制度で守られる範囲・守られない範囲を説明します。
この記事で扱うこと・扱わないこと
- 訴訟の書類に自分のどの情報が載り、それが相手方に渡るのかを扱います。
- 住所や氏名を伏せたまま手続を進める制度の内容と、その限界を扱います。
- 請求する側・請求を受けた側の双方の立場から扱います。
- 裁判所からの書類の届き先を変える手続や、家族・職場に知られないための実務は別の記事で扱っており、ここでは触れません。
- 相手の氏名や住所が分からない場合の調べ方も、別の記事に譲ります。
「知られるのか」を三つに分けて考える
「訴訟になると住所は知られるのか」という問いには、実際には三つの問いが混ざっています。どの情報が、手続のどの段階で、誰に伝わるのか、という三つです。この三つを分けないまま考えると、「弁護士に頼めば伝わらない」「訴訟にすればすべて公開される」といった、どちらにも寄りすぎた理解になりがちです。
まず、一つ目の「どの情報が」を見ておきます。訴訟の書類に載る自分の情報は、氏名と住所だけではありません。
| 情報の種類 | 書類のどこに載るか | 相手方に渡るか |
|---|---|---|
| 氏名 | 訴状などの当事者の表示 | 訴状の副本が送られるため渡る |
| 住所 | 訴状などの当事者の表示 | 同じく渡る |
| 郵便番号・電話番号 | 訴状の記載事項 | 渡る。代理人がいる場合は代理人のものでよい |
| 勤務先 | 送達場所として届け出た場合など | 届け出た内容として渡ることがある |
| 生活圏が推測できる事情 | 主張書面や提出した証拠の中 | そのまま渡る |
二つ目の「どの段階で」は、交渉の段階と、訴訟や調停に入った段階とで扱いが変わります。三つ目の「誰に」は、相手方本人に伝わるかという問題と、事件と無関係の第三者が記録を見られるかという問題が、別々の仕組みで決まっています。以下では、この順に見ていきます。
なぜ住所と氏名を書くことになっているのか
伏せられるかどうかを考える前に、なぜ書くことになっているのかを押さえておくと、制度の位置づけが分かりやすくなります。理由は大きく二つです。
誰が誰を相手にしているのかを決めるため
訴状には、記載しなければならない事項が法律で定められています。当事者及び法定代理人と、請求の趣旨及び原因です(民事訴訟法134条2項1号、2号)。このうち当事者は、同姓同名の別人と取り違えられないよう特定する必要があり、実務上は氏名と住所によって特定します。裁判所に提出する書面については、当事者の氏名と住所を記載するものとされています(民事訴訟規則2条1項1号)。
訴状の写しは相手方に送られます。誰から訴えられているのかが分からないままでは相手方も反論のしようがないため、記載された情報は相手方に渡ることが前提の仕組みになっています。
書類を届けるため
もう一つは、裁判所からの書類を届けるためです。送達は、原則として住所や居所などにされます(民事訴訟法103条1項)。
ただし、当事者の表示として書く住所と、書類を実際に受け取る場所とは、別に扱われています。弁護士に依頼した場合、書類の届き先を事務所にすることは通常行われていますが、それは届き先の話であって、当事者の表示欄の住所が消えるわけではありません。届き先の変更については、別の記事で詳しく扱っています。
住所と氏名のほかにも書く欄がある
訴状には、原告またはその代理人の郵便番号と電話番号(ファクシミリの番号を含みます)も記載しなければならないとされています(民事訴訟規則53条4項)。条文が「原告又はその代理人」となっているため、代理人がいる場合は代理人の番号を記載すれば足ります。逆にいえば、代理人を立てずに自分で訴訟をする場合には、自分の電話番号が書類に載ることになります。
訴える側と訴えられる側では、伝わる情報が違う
訴える側は、自分の住所を書いたうえで届ける
請求する側から見ると、訴訟は「相手の住所を調べて書類を届ける手続」であると同時に、「自分の住所を書いた書類を相手に届ける手続」でもあります。交渉の段階では自分の連絡先を代理人のものだけにとどめられていたとしても、訴訟に進むと、当事者の表示という形で自分の情報が相手方に渡ります。
不貞慰謝料の事案では、請求する側の住所を相手方が知らないことが少なくありません。訴訟にするかどうかを検討する際は、この点も判断材料の一つになります。
訴えられた側の住所は、訴えた側が調べて書いている
請求を受けた側から見ると、事情は逆になります。訴状が自宅に届いた時点で、住所はすでに相手方が把握していたことになります。ここから新たに知られるのは、住所そのものよりも、訴状に書かれていた情報が正確だったかどうかや、その後に自分が書類に書き加える情報です。
たとえば、訴状に記載された住所がすでに転居前のもので、いまは別の場所に住んでいる場合、答弁書に現住所をそのまま書けば、その情報は相手方に渡ります。
手続が進むと、書類と証拠から情報が増えていく
当事者の表示以外にも、情報が伝わる経路があります。主張書面に書いた出来事の説明、提出した証拠に写り込んだ書類の宛先や店舗名などです。住所そのものが書かれていなくても、生活圏や勤務先が推測できる材料が積み上がることがあります。
住所や氏名を伏せたまま手続を進める仕組み
令和5年2月から始まった制度
以前は、相手方に住所を知られたくない場合、実家の住所や代理人弁護士の事務所の所在地を訴状に書くといった、事実上の工夫で対応していたとされています。氏名そのものを伏せる仕組みはありませんでした。
その後、民事訴訟法などが改正され、令和5年(2023年)2月20日から、当事者に対する住所、氏名等の秘匿という制度が設けられました(民事訴訟法133条から133条の4)。同様の仕組みは民事調停や家事事件の手続にも用意されています(民事調停法21条の2、家事事件手続法38条の2)。
伏せることができるのは住所等と氏名等
この制度で伏せることができるのは、申立て等をする者やその法定代理人の「住所、居所その他その通常所在する場所」と、「氏名その他当該者を特定するに足りる事項」です(民事訴訟法133条1項)。前者には自宅の住所だけでなく職場なども、後者には氏名のほか本籍なども含まれると考えられています。
対象は原告に限られません。訴訟の当事者となる者が広く含まれると解されており、訴えられた側からも申立ては可能とされています。
認められるかどうかは「著しい支障」の疎明で決まる
秘匿の決定が出るためには、住所等または氏名等の全部または一部が当事者に知られることによって、社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることについて、疎明が必要です(民事訴訟法133条1項)。疎明とは、裁判所が一応確からしいと考える程度の説明で足りるという意味で、通常の立証よりは軽い基準ですが、説明が要らないという意味ではありません。
法務省が示している例としては、DVの加害者と被害者の間の訴訟や、性被害の加害者が被害者の氏名を知らない場合などが挙げられており、ストーカー行為や児童虐待が問題となる事案なども想定されているとされています。
認められると代わりの表記が定められる
申立てをするときは、真実の住所・氏名のほか郵便番号や電話番号を記載した秘匿事項届出書面を、裁判所に提出します(民事訴訟法133条2項、民事訴訟規則52条の10)。裁判所が秘匿を認めると、住所や氏名に代わる事項が決定の中で定められ、以後の書類にはその代わりの表記を書けばよいことになります(民事訴訟法133条5項)。
この代わりの表記は、その事件についての強制執行や仮差押えなどの手続でも使えるものとされています(同項後段)。判決を取った後の回収の段階まで見据えた設計になっている点は、後で述べる事実上の工夫との大きな違いです。
決定が出ても、自動で守られる範囲は限られている
ここが、制度を検討するうえで最も見落とされやすい部分です。
当然に見られなくなるのは届出書面だけ
秘匿決定によって、何もしなくても相手方が閲覧・謄写できなくなるのは、秘匿事項届出書面に限られます(民事訴訟法133条の2第1項)。つまり、その後に自分が提出する主張書面や証拠は、決定が出ているというだけでは制限の対象になりません。
主張書面や証拠は、提出のたびに申立てが必要
立証のために住所などが記載された書類をそのまま出す必要がある場合には、その書類を提出する際に、閲覧等制限の申立てを別途することになります(民事訴訟法133条の2第2項)。この申立ては、書類の中の記載部分を特定して行う仕組みになっているため、住所やそれを推測させる事項が出てくるたびに申立てが必要です。
推測させる事項として問題になりやすいのは、自宅や職場の近くの店舗や医療機関の名称、子どもの通う学校の名前、氏名を伏せている場合の親族の姓などです。証拠の中にこうした記載が残っていないかを一つずつ確認する作業が伴います。
相手方の側からも動くことができる
秘匿決定が出た後でも、相手方は、要件を欠くとして決定の取消しを求める申立てをすることができます(民事訴訟法133条の4第1項)。また、自己の攻撃または防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、裁判所の許可を得て、秘匿事項届出書面などを閲覧できるとされています(同条2項)。
取消しや許可がされる場合には秘匿対象者の意見を聴くこととされ、不服があれば即時抗告もできます(同条4項1号、5項)。それでも、本人の意向とは異なる形で住所や氏名が明らかになる可能性が残ることは、制度の前提として理解しておく必要があります。
不貞慰謝料の場面ではどう考えるか
知られたくないという気持ちだけでは届かないことがある
この制度は、要件が「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれ」とされていることからも分かるとおり、住所を知られることへの不安一般に応えるものとしては作られていません。相手に知られるのが不快である、気持ちが落ち着かないといった理由だけでは、秘匿が認められないと説明されています。
不貞慰謝料の請求そのものは、制度が典型として想定してきた場面とは異なります。もっとも、相手方から待ち伏せや押しかけがあった、勤務先への連絡や周囲への言いふらしが繰り返されているといった具体的な事情がある場合には、検討する余地が出てきます。判断は個別の事情によりますので、申立てをするかどうかは、事案の中身を見たうえで決めることになります。
認められなかった場合にどうするかを先に決めておく
申立てが却下された場合、告知を受けてから1週間以内であれば即時抗告ができます(民事訴訟法133条4項)。それでも認められなければ、住所や氏名を明らかにしたうえで手続を進めるか、訴訟以外の解決方法を検討するかという選択になります。
訴えを起こしてから考えるのでは選択の幅が狭くなりますので、訴訟に進むかどうかを決める段階で、認められなかった場合の進め方まで含めて整理しておくことをおすすめします。
便宜的な住所を書く方法との違い
制度ができる前に行われていたような、実家の住所や代理人事務所の所在地を書くという方法は、その場では相手方に現住所が伝わらない形になります。しかし、判決書にも同じ表記が残るため、判決を取った後の強制執行や登記の場面で支障が生じるおそれがあると指摘されてきました。
制度に基づく秘匿決定であれば、代わりの表記が執行の手続でも通用します。また、預金や給与を差し押さえる場面では、勤務先や金融機関に自分の住所・氏名を知らせずに回収する仕組みも用意されています(民事執行法161条の2の供託命令)。制度が施行されて以降は、従来の事実上の工夫が受け付けられない場面も出てきているとの指摘があります。
手続によって伝わる情報の量は変わる
| 手続 | 相手方に伝わる主な情報 | 伏せるための仕組み |
|---|---|---|
| 交渉(通知書のやり取り) | 差出人として示した名義と連絡先 | 法律上の制度はなく、名義と連絡先の決め方で調整する |
| 民事調停 | 申立書に記載した当事者の氏名・住所 | 秘匿の仕組みがある(民事調停法21条の2) |
| 訴訟 | 訴状に記載した当事者の氏名・住所・連絡先 | 秘匿の仕組みがある(民事訴訟法133条) |
| 強制執行 | 申立書に記載した債権者の氏名・住所 | 訴訟等で定められた代わりの表記を用いる(民事訴訟法133条5項) |
交渉の段階では、どの名義でどの連絡先を示すかについて、比較的自由に決めることができます。反対に、手続に入ると書類の書き方が法律と規則で決まりますので、伏せるためには制度を使うことになります。この違いは、交渉のうちに解決する意味の一つでもあります。
第三者に見られるかどうかは別の仕組み
ここまでは、相手方に伝わるかどうかの話です。事件と無関係の第三者が訴訟記録を閲覧できるかどうかは、これとは別に、記録の閲覧等に関する規定で決まります。この点は、配偶者に知られずに請求できるかを扱った記事で詳しく整理していますので、そちらをご覧ください。
すでに知られている場合に考えること
住所や氏名がすでに相手方に伝わっている場合、秘匿の制度で取り戻すことはできません。この場合に検討できるのは、伝わった情報がどう使われるかを抑える方向の手当てです。
- 示談で解決する場合には、直接連絡を取らない、自宅を訪ねないといった条項を合意に含めることを検討します。
- 待ち伏せや押しかけが現実に起きている場合には、慰謝料の問題とは切り離して、警察や弁護士への相談を早めに検討します。
- 今後提出する書類や証拠に、まだ伝わっていない情報が含まれていないかを確認します。
- 書類の届き先については、裁判所に届け出ることで変更できる場面があります。
よくあるご質問
弁護士に依頼すれば、自分の住所は相手に伝わらないのですか
依頼した場合、裁判所からの書類の届き先を事務所にすることは通常行われています。ただし、当事者の表示欄に書く住所は本人のものですので、秘匿決定がない限り、その欄が空欄になるわけではありません。委任状にも住所を書くのが通例です。届き先と当事者の表示は別の話であるとご理解ください。
訴えられた側でも秘匿の申立てはできますか
制度の対象は訴えた側に限られないと解されていますので、申立て自体は可能です。もっとも、訴状が届いている時点で、そこに書かれた住所は相手方の知るところとなっています。転居後の住所など、まだ伝わっていない情報がある場合に検討する意味が出てきます。
調停であれば住所は伏せられますか
民事調停や家事調停にも秘匿の仕組みが準用されていますので、申立てはできます。ただし要件は訴訟の場合と同じで、手続の種類を変えれば通りやすくなるというものではありません。
まとめ
- 訴状には当事者を特定するため氏名と住所を記載することとされており、その写しは相手方に送られます。
- 訴状には郵便番号と電話番号を書く欄もあり、代理人がいる場合は代理人のもので足ります。
- 当事者の表示として書く住所と、裁判所からの書類を受け取る場所は、別に扱われています。
- 令和5年2月から、住所や氏名を伏せたまま手続を進める制度が設けられています。
- 要件は「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれ」の疎明で、知られたくないという理由だけでは足りないとされています。
- 決定が出ても自動で守られるのは届出書面だけで、主張書面や証拠は提出のたびに申立てが必要です。
- 相手方の側から取消しや閲覧の許可を求めることもでき、明らかになる可能性が残ります。
- 交渉の段階のほうが名義や連絡先の決め方に幅があるため、どこで解決するかという判断とも関わってきます。
不貞慰謝料に関するご相談
訴訟に進むかどうかは、金額の見通しだけでなく、自分のどの情報がどこまで伝わるのかも含めて考える必要があります。伏せられる部分と伏せられない部分は制度によって決まっており、進んでからでは選べなくなることもあります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞慰謝料に関するご相談をお受けしています。請求する側・請求を受けた側のいずれの立場についても、手続の進め方と、その過程で伝わる情報の範囲をご説明したうえで、方針をご提案いたします。お一人で判断される前に、一度ご相談ください。


