店が用意した示談書にサインする危険性|宥恕条項・清算条項の落とし穴
「お金を払って利用したのに、後から不同意だったと言われている」——性風俗の本番をめぐるトラブルで、こうした相談は少なくありません。
はじめに押さえておきたいのは、風俗店での本番(性交)そのものに、客を直接罰する法律があるわけではないという点です。それでも本番が問題になるのは、「同意があったかどうか」という、まったく別の軸が存在するからです。同意がないと評価されれば、**不同意性交等罪(刑法177条)**という重い犯罪に問われるおそれが出てきます。
この記事では、性風俗を利用する男性に向けて、不同意性交等罪とはどのような犯罪なのかを整理したうえで、風俗の本番トラブルで特に争点になりやすい点を、客側の立場から解説します。過度に不安を煽るためではなく、何が問題になるのかを正しく理解していただくことを目的としています。
不同意性交等罪とは|刑法177条の基礎
不同意性交等罪とは、相手が**「同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態」**にあることに乗じて、性交等を行った場合に成立する犯罪です(刑法177条)。かみくだいて言えば、「相手が嫌だと言っている、あるいは嫌だと言える状況にないのに性的行為をした」ときに問題となる罪です。
ここでいう「性交等」には、性交のほか、肛門性交・口腔性交、膣や肛門に陰茎以外の身体の一部や物を挿入するわいせつな行為が含まれます。条文には「婚姻関係の有無にかかわらず」と明記されており、関係性を問わず成立し得ます。
この罪は、2023年7月13日に施行されました。それまでの強制性交等罪と準強制性交等罪を統合し、名称と要件を改めたものです。なお、2025年6月1日からは懲役・禁錮が「拘禁刑」に一本化されており、以下の刑の表記もこれに沿っています。
法定刑は「5年以上の有期拘禁刑」
不同意性交等罪の法定刑は、5年以上の有期拘禁刑(有期の上限は20年)です。罰金刑は定められていません。
この「罰金刑がない」という点は、風俗トラブルの文脈で見落とされがちですが重要です。罰金で完結する略式手続の対象にならないため、起訴されれば原則として正式裁判(公判請求)となります。また、執行猶予を付けられるのは言い渡される刑が3年以下の場合に限られる(刑法25条)ため、下限が5年の本罪では、自首や酌量減軽といった事情が認められない限り、有罪となれば実刑に近づく構造になっています。裏を返せば、示談の成立などによる酌量減軽が、量刑を大きく左右し得るということでもあります。
このほか、未遂も処罰の対象です(刑法180条)。また、行為の際に相手に怪我を負わせた場合は、不同意性交等致傷罪(刑法181条2項)として、無期または6年以上の拘禁刑という、さらに重い罪に問われるおそれがあります。ここでの「怪我」は打撲や骨折に限られず、性感染症をうつす行為なども含まれ得ると解されています。
「非親告罪」である点に注意
かつての性犯罪は告訴がなければ起訴できない親告罪でしたが、2017年の法改正で非親告罪となりました。つまり、被害者の告訴がなくても、捜査機関が事件を認知すれば捜査が進み、起訴される可能性があります。
このため、後述するように、示談が成立しても当然に不起訴になるわけではないという点は、あらかじめ理解しておく必要があります。なお、公訴時効は15年(被害者が18歳未満の場合はさらに加算)とされています。
成立の3つの類型と「困難な状態」の例
不同意性交等罪は、大きく次の3つの類型に整理されます。
- 同意しない意思の形成・表明・全うが困難な状態での性交等(177条1項)
- わいせつな行為でないと誤信させる、あるいは人違いに乗じた性交等(177条2項)
- 16歳未満の者との性交等(177条3項)
このうち中心となる1項について、法律は「同意しない意思を示すことが困難になる」原因として、次の8つの類型を例示しています。
- 暴行・脅迫
- 心身の障害
- アルコール・薬物の影響
- 睡眠・意識のもうろう
- 拒絶するいとま(隙)を与えない
- 恐怖・驚愕(きょうがく)
- 虐待
- 経済的・社会的な地位の利用
これらに共通するのは、相手が「嫌だと言えない、あるいは抵抗できない状態」に置かれている点です。旧法では「抵抗が著しく困難なほどの暴行・脅迫」が求められていましたが、現行法では「同意しない意思を示すことが困難な程度」で足りるとされ、暴行や脅迫がなくても成立し得る場面が明確化されました。
なぜ「風俗の本番」が不同意性交等罪の問題になるのか
冒頭で触れたとおり、本番(性交)そのものを客に対して直接罰する法律はありません。売春防止法が処罰の対象としているのは、勧誘や周旋、場所の提供、管理売春といった行為であり、成人どうしの本番行為それ自体に客側の罰則規定は置かれていません。
問題は、「売春防止法で罰せられない」ことと「同意があった」ことは、まったく別の話だという点です。売春防止法の枠組みで無罰であっても、相手の同意がなかったと評価されれば、そこには不同意性交等罪という別の軸が重なってきます。
そして、風俗の利用にあたって見落とされやすいのが、次の考え方です。
料金を払ったこと」も「本番ありと期待したこと」も、性交への同意そのものではない。
利用者側からすれば「対価を払っている」「そういうサービスだと思っていた」という感覚があるかもしれません。しかし、法律上の「同意」は、その場の相手が性交に応じる意思を示していたかで判断されます。支払いや期待は、その判断に直結しません。ここに、風俗の本番トラブルが刑事事件へと発展する分かれ目があります。
風俗の本番トラブルで特に争点になりやすい点
1. サービスの流れからの挿入
素股やオプションなど、身体的な密着を伴うサービスの延長で、相手の同意がないまま挿入に至ってしまう——というケースは、トラブルとして相談が寄せられやすい類型です。密着を伴うサービスに応じていたことと、挿入に同意していたことは、法的には区別して評価されます。サービスの内容が過激であったとしても、それが挿入への同意を意味するとは限りません。
2. 途中まで応じていても、途中の拒絶で不同意になり得る
いったんは行為に応じていたとしても、途中で相手が明確に拒絶した後も続けた場合には、その時点から同意がなかったと評価される余地があります。「最初は応じていた」ことは、行為全体を通じた同意の証明にはなりません。
3.「嫌がっていなかった」は同意の証明ではない
「はっきり拒否されなかった」「嫌がっているように見えなかった」という認識は、同意があったことの裏づけにはなりにくいものです。前記の8類型にあるとおり、恐怖や驚愕で体が動かなくなる(いわゆるフリーズ)、あるいは拒絶する隙がなかったといった状況では、抵抗や明確な拒絶の言葉がなくても、同意がなかったと判断される場合があります。沈黙や無抵抗を同意と受け取ることには、リスクが伴います。
4. アルコール・薬物の影響
飲酒などで相手の判断能力が低下していた場合、たとえ会話が成立していても、有効な同意がなかったと評価されることがあります。表面上は普通に受け答えをしていても、後から「判断できる状態ではなかった」と主張され、争点になることは珍しくありません。
5.「同意していると思っていた」——同意の誤信という論点
「相手も同意していると思っていた」という認識(同意の誤信)が、故意との関係で問題になる場面もあります。相手の真意について本気で誤信していたと認められれば故意が否定される余地は理論上あるものの、それは抜け道ではなく、客観的な事情に照らして慎重に判断されます。主観的な思い込みだけで通るものではありません。
6. 相手が16歳未満(実務上は18歳未満)だった場合
相手が16歳未満であった場合には、同意の有無にかかわらず不同意性交等罪(177条3項)の問題となり、実務上は18歳未満との関係について児童買春の問題も生じます。
実務で起きやすい2つの展開
風俗の本番トラブルは、次のような形で表面化することが多いといえます。
(1)後から「不同意だった」と訴えられる
その場は穏便に終わったように見えても、後日、キャストが店に被害を伝え、店やキャストから連絡が入る、というパターンです。自分では同意があったと考えていても、相手が「拒否できなかった」「無理やりだった」と主張し、認識が食い違うことがあります。
(2)店やキャストから高額な金銭を請求される
「示談金」「違約金」などの名目で金銭を求められるケースです。ここで押さえておきたいのは、請求された額が、そのまま支払うべき額とは限らないという点です。店のルールで金額が決まっていると言われても、その金額が適正な賠償額である保証はありません。
非親告罪だからこそ|示談の位置づけと限界
前述のとおり、不同意性交等罪は非親告罪です。そのため、示談が成立しても、それだけで自動的に不起訴になるわけではありません。もっとも、示談の成立や、被害者が加害者を許す意思(宥恕〈ゆうじょ〉条項)が示されていることは、検察官の処分判断に大きく影響し得る重要な要素です。
風俗トラブルでは、相手の匿名性やプライバシーへの配慮も必要になります。当事者が直接連絡を取ろうとすることは、かえって事態を悪化させるおそれがあるため、連絡や交渉は捜査機関や代理人を通じて行うのが基本です。
トラブルになったときの初動|避けたいこと・とるべきこと
最後に、実際にトラブルに直面したときの初動を整理します。相手の被害が実在することを前提に、事態を大きくしないための対応という観点でまとめています。
避けたい対応
- その場で金銭を支払う、書面にサインする
- 記録(メッセージのやり取りなど)を消す、逃げる
- 相手(キャスト)に直接連絡して謝罪や交渉をしようとする
- 取り調べで、言われるまま内容を確認せずに署名・押印する
その場での支払いやサインは、後から金額や内容を争うことを難しくします。口頭であっても支払いを約束すべきではありません。また、記録の削除や逃走は、証拠隠滅と受け取られ、かえって不利に働くおそれがあります。
とるべき対応
- 起きたことを時系列で整理しておく
- やり取りの記録は消さずに残す
- 単独で交渉しようとせず、窓口を一本化する
- できるだけ早い段階で弁護士に相談する
争うべき点は争い、応じるべき点には適切に応じる——その線引きを一人で判断するのは容易ではありません。早い段階で専門家に状況を伝えることが、結果として穏当な解決につながりやすくなります。
まとめ
- 本番(性交)そのものを客に直接罰する法律はないが、**同意がなければ不同意性交等罪(刑法177条)**という別の軸が重なる
- 法定刑は5年以上の有期拘禁刑で罰金刑がなく、非親告罪。示談が成立しても当然に不起訴になるわけではない
- 「料金を払った」「本番ありと期待した」は性交への同意ではなく、サービスの流れ・途中の拒絶・相手の状態などが争点になり得る
- 高額な金銭請求は、請求額=支払義務額ではない。脅しを伴えば脅迫・恐喝の問題にもなる
- 初動では、その場での支払い・サインや証拠隠滅を避け、早めに弁護士へ相談することが望ましい
不同意性交等罪は、当事者間の認識が食い違いやすく、初動の対応がその後を大きく左右します。風俗の本番をめぐるトラブルでお困りの方は、一人で抱え込まず、早い段階でご相談ください。


