上町断層帯の危険な兆候
半年後に検証された熊本地震
10月9日午後9時より熊本地震発生後半年と云う時期に、被災建物を検証して建物に対する新たな警鐘を鳴らすという趣旨の番組を見ました。
一時間の放送で、内容は木造住宅の壁の直下率・マンションの地震係数・ゴム免震の超長期震動に対する脆弱性の三つをテーマにしていました。
番組の内容
【木造住宅の壁の直下率】
家が横方向に揺さぶられる時は、固いところに力が集まります。家で云えば二階の床面や屋根面が固い部分です。固い部分で受け止められた力は壁に伝わります。壁の中でも固い壁に力が集まります。その壁を耐力壁と云います。横向きの地震力は、耐力壁の中で縦方向に向きを変え、耐力壁の中の柱を通って土台・基礎へと伝わり地面へと流れていきます。屋根面で受け止めた地震力は二階の耐力壁へと流れます。その時、二階の耐力壁の下に柱があれば土台・基礎へと地震力は伝わるのですが、柱がなければ力が伝わらず建物が弱くなると云う内容でした。
【マンションの地震係数】
今回の熊本地震で合法的ではあるが、首都圏や関西圏に比べ、熊本は鉄筋の本数が9割しか入っていない事が判明した。建築基準法が出来た際に、地震の発生する頻度を統計的に割り出し、地震が発生する確率の低い場所の建物の強度を1~3割減らした。熊本は地震の多い地域より1割少なく、もしも地震の多い地域並みの鉄筋が入っていれば被害はもっと抑えられたのではないか。建築基準法の見直しはないのかと云う内容でした。
【ゴム免震の脆弱性】
地震の震動周期が1~2秒程度の周期なら、ゴム免震は地震力を吸収して上部構造部に力を伝えない有効な免震装置であるが、周期が長くなるとゴム免震は上部構造部に地震力を伝えてしまい、余計に揺れを増幅させる恐れがあると云う内容でした。
報道は正しいのか
【木造住宅の壁の直下率】
スペシャルの内容では一階に22帖のLDKがあり間仕切り壁が無い為に、二階の耐力壁から伝わって来た地震力の行き場がなくなり倒壊につながったと云うのが結論でした。壁の直下率と云う言葉を用いて、直下率の低い建物が地震に弱いと結論付けていました。
直接の原因はもう少しリビングに耐力壁が取れていれば倒壊に至らなかったのでは、と云う結論で概ねは合っているのですが、番組だけを見ていると広いリビングが悪者で広くなければあの家は助かっていたとも取れてしまう内容でした。
二階から下りてきた地震力は行き場を失う訳ではありません。梁を通って直近の一階柱に伝わり土台・基礎へと流れていきます。縦向きの力を梁で横向きに変えているのですから梁を通常より大きくする必要はありますが、十分大きければそれが原因で倒壊することはありません。
耐力壁はバランス良くと云う大原則はありますが、別に22帖のリビングがあってもバランスを悪くさせる事にはなりません。一見壁の無い大空間は弱そうに見えますが倒壊した建物の平面図を見る限り、リビングの壁の少なさを補う事の出来る壁がその他の部屋で十分取れる間取りでした。
つまり、あの建物はリビングの広さに関係なく、倒壊した方向の耐力壁が少なかった(又は弱かった)為に倒壊したものです。今回の熊本地震では合法的な建物が倒壊したばかりでなく、建築基準法の1.25倍(耐震等級2)の耐力を持った家も倒壊しています。つまり壁の量そのものが今回の震度7が二回発生すると云う事態に対処できるだけのものではなかったと云う事です。
直下率と云う言葉を持ち出して、広いリビングさえ作らなければ地震に強い家になると思い込んでしまう内容で、今後の私たちの仕事に影響の出そうな番組でした。地震を恐れ不便で使いづらくても壁の多い狭いリビングが良いと考えるのは早計です。直下率は設計を行う建築の専門家が神経を使う言葉で、一般の人が直下率に神経質になることはありません。
【マンションの地震係数】
マンションに限らず応力度計算を行う建築物は常に地震係数に縛られています。地震係数が低かったから建物の損傷が大きくなったと考えるのは的を得ています。
番組でも云っていましたが、現在の建築基準法の基準が甘いのです。事業として経済効率優先で建物を建てるなら建築基準法にパスすれば良いと云う考えも成立しますが、少なくとも資産として建物を管理するのであれば、現在の建築基準法をクリアしただけでは少々不安です。マンションに限らず個人住宅でも建築基準法以外に長期優良住宅制度や住宅性能表示制度を利用する等、より良い住宅を目指すべきです。建築基準法はあくまでも最低基準で地震に対する安全を保障するものではありません。建築基準法しか守っていない建物は、地震で建物が倒壊しても合法的に建てられている為、工務店を訴える事が出来ない程度の意味合いでしかありません。
【ゴム免震の脆弱性】
専門家があの放送を見れば、一般の地震波では免震支承(装置)は効果を発揮するが、超長期震動が長く続くと免震支承の固有震動周期と地震波が一致してしまい、揺れを増大させてしまう可能性があると云いたいのだとわかりますが、一般の方がテレビを見ただけでは、地震波が異常に大きくて想定された可動領域を超えて基礎に免震装置が衝突してしまったと解釈するでしょう。編集者自身がそう解釈して編集したように思える構成でした。ブランコと同じ原理で少しの力しか加えなくても力の加える周期が、揺れる周期と一致してしまえば、どんどん大きく揺れてしまうのです。と云う説明をしなければ一般の方には伝わらない内容だったと思います。
テレビ番組としての地震報道
注意喚起として地震をテレビで取り上げるのは非常に有意義かと思います。地震は短い周期のものでも100年前後の確率でしか発生しません。記録や伝承が無ければ地震の存在すら忘れられてしまう災害です。
但し、テレビには視聴率を稼ぐと云う宿命があります。それ故、話しを簡単に分かり易くするため、今回の地震で判明した新事実とか犯人捜しの様な内容で構成して、「こうすればもう大丈夫」的な結論に持って行き勝ちです。事実はもっと複雑で且つ誰もが想定出来るような事象が不幸にも重なってしまい倒壊に至ったと云うのが真相です。直下率にしても、地震係数にしてもプロであれば無意識に使いこなしている内容で、新事実でもなんでもありません。
建物は一つ一つが異なった構造・形態をしていますので、TV報道の様な簡単な構成で全ての建物に対処できるものでもありません。逆にテレビでダメと結論付けた内容でも安全となるケースも考える事が出来ます。
家造りは信頼できるパートナーを見つける事から始まります。建築主の仕事で最も重要な仕事は、情報番組で得た情報を闇雲に信じたり集めたりすることではなく、信頼できるパートナーを探す事と云っても過言ではないでしょう。