『ありがとう』の一言で、救われる苦労がある
今日は、友人から聞いたお話です。
義父様のお葬式で、葬儀社の方から
「故人がお好きだったものを棺に入れて差し上げましょう。」
と言われたそうです。
すると、ご家族が持ってきたのは…
食パン。
そして、
コーヒー。
さらに、
はちみつ。
「お父さん、パンが好きだったから。」
確かに好きだったのでしょう。
でも友人は、その光景を見ながら少しだけ違和感を覚えたそうです。
「それでいいのかな…。」
「もっと好きだったものはなかったのかな。」
「みんな、お義父さんの好きなものをあまり知らなかったのかな。」
もちろん、ご家族は一生懸命考えた結果だったと思います。
後から義弟さんが大切にしていた自衛隊の帽子も納められ、少しだけ「お義父さんらしさ」が加わったそうです。
その出来事がきっかけで、友人はお母様に聞いてみました。
「もし棺に入れるなら、何を入れてほしい?」
お母様は冗談交じりに
「飼い猫を連れていきたいけど、ダメでしょう?」
と笑ったそうです。
結局、お母様が選んだのは海外旅行の写真でした。
その話を聞いて、私は思いました。
私たちは親のことを知っているようで、案外知らないのかもしれません。
以前、娘にこんなことを言われました。
「お父さんはチョコレートケーキが好きなのは知ってる。でも、お母さんは何ケーキが好き?」
その一言に、思わず笑ってしまいました。
そういえば、私も母の好きな食べ物は筋子くらいしか思い浮かびません。
好きな雑誌は『家の光』。
でも、それ以外は?
最近になって義母が入れ歯だったことを知ったくらいです。
毎日のように会っていても、知らないことは意外とたくさんあります。
父の日や母の日は、プレゼントももちろん嬉しいものです。
でも、それ以上に
「最近、何が好き?」
「今、一番行きたいところは?」
「棺に入れるなら何を入れてほしい?」
そんな何気ない会話のほうが、親を知るきっかけになるのかもしれません。
その答えは、いつかのためだけではありません。
今、一緒に笑いながら話せる時間こそ、一番の贈り物なのだと思います。


