90歳を過ぎても娘なんだと思った日
私は96歳の奥様と99歳のご主人様、ご夫婦二人暮らしのお宅へ定期的に伺っています。
ご縁の始まりは、息子さんのお宅のお掃除に伺っていたことでした。
ある日、お嫁さんから
「義実家のお掃除もお願いできますか?」
とご相談をいただいたのがきっかけです。
当時、奥様は80代後半でした。
ケアマネジャーさんからは、
「行政のサービスを利用してお掃除をお願いする方法もありますよ」
と勧められたそうですが、奥様は首を縦に振りませんでした。
「私は、自分でできることは自分でやりたいんです。やらなくなったら動けなくなる気がして」
そうおっしゃったのを今でも覚えています。
それでも、お風呂掃除やトイレ掃除、床拭き、絨毯の掃除機がけなど、ご自身では難しくなった部分だけを私に任せてくださいました。
お風呂やトイレは、かがむ動作が大変だから。
絨毯の掃除機がけは、吸引力が強く、力が必要だから。
高齢になると、こうした動作が少しずつ難しくなるのだと、私自身も学ばせていただきました。
作業が終わると、いつもお茶を入れてくださいます。
その時間にお話をするのも、私の楽しみのひとつです。
お話を重ねるうちに、奥様が自分でできることを続けたい理由も少しずつ見えてきました。
ご主人様はとても穏やかで優しい方です。
「来てくれてありがとう」
「助かるよ」
「やっぱり綺麗になるなあ」
いつもそんな言葉をかけてくださいます。
ただ、昭和の男性らしく、家事はほとんど奥様任せ。
だからこそ奥様には、
「自分が先に倒れるわけにはいかない」
という思いがあるのだろうと感じていました。
そんな奥様が先日、廊下で転倒し、肋骨を骨折されました。
普段から転ばないように気をつけていたのに、つまずいたわけでもなく、何もない場所で転んでしまったそうです。
痛みもあります。
それ以上に、転んでしまったショックが大きかったのでしょう。
いつもは明るくお話しされる奥様ですが、その日は声にも元気がなく、転んでしまったことへのショックの大きさが伝わってきました。
「転ばないように気をつけていたのにね」
と話す姿が、とても印象に残っています。
これまでも年齢を重ねるごとに訪問回数を増やしてきました。
95歳頃には娘さんから
「お母さんは十分頑張ったんだから、そろそろヘルパーさんにお願いしたら?」
と勧められたそうです。
でも奥様は、
「誰だかわからない人を家に入れるのは苦手だから、小曽根さん、もう少し来てもらえない?」
そう言ってくださり、最近は10日に一度伺っていました。
しかし今回の骨折を機に、しばらくは毎週伺うことになりました。
すると娘さんは毎日のように顔を出し、息子さんご夫婦も頻繁に様子を見に来てくださるそうです。
ご近所の方も、
「何かあったら遠慮なく言ってね」
と声をかけてくださるのだとか。
先日伺った時、奥様はこうおっしゃいました。
「みんなに迷惑をかけちゃってね。申し訳ないなと思うの」
そして続けて、
「でもね、娘も息子たちも、ご近所さんも気にかけてくれているの。私って幸せよね」
そう笑ったのです。
私はその言葉に胸を打たれました。
年齢を重ねれば、できないことは増えていきます。
人の手を借りなければならない場面も出てきます。
それでも奥様は、不自由さよりも、支えてくれる人たちの存在に目を向けていました。
実は奥様には、昔から続けている習慣があります。
嫌だったことは忘れるようにして、幸せだと思ったことを書き留めることです。
「今日は母の日。子どもたちからプレゼントをもらった。私は幸せ」
そんな言葉が、達筆な字で綴られています。
私は時々思います。
いつかそのノートをご家族が手にしたら、どんな気持ちになるだろうと。
高価なものではありません。
けれど、そこにはお母さんの幸せがたくさん詰まっています。
それはきっと、何より大切な宝物になるのではないでしょうか。
実は以前、奥様からこんな言葉をいただきました。
「小曽根さんと出会えて良かった」
私にとって忘れられない言葉です。
でも本当は、私の方こそ思っています。
この奥様と出会えて良かった。
人生には大変なこともあります。
思い通りにならないこともあります。
それでも幸せを見つける人がいます。
96歳のお客様は、そんなことを私に教えてくれています。


