昭和の出会い:恋の「昭和レトロ」な探し方!
商売をしていると、
値段を決めるのが難しい。
高くすると、
「高い」と言われる。
安くすると、
「もう少し安くならない?」と言われる。
……値札ひとつで、
なかなか忙しい。
1億円の盆栽
以前、1億円で落札された盆栽の話を見ました。
盆栽です。
木です。
もちろん、
ただの木ではない。
樹齢もある。
形もある。
育ててきた時間もある。
それでも、
興味のない私からすると、
「木に1億円……?」
ところが、
買う側からすれば違う。
「この盆栽には、1億円の価値がある。」
だから買う。
面白いのは、
盆栽そのものは変わっていないこと。
変わったのは、見る側の価値。
熟練するほど、時給が痩せていく
仕事でも、
似たようなことがあります。
10時間かかっていた仕事が、
経験を積んで1時間でできるようになる。
すると、
「1時間しかかかってないから、このくらいでいいか。」
となる。
……あれ?
熟練するほど、時給が痩せていく。
早くできる。
失敗しない。
判断も早い。
10時間かかっていた仕事を、
1時間で終わらせられるようになった。
それなのに、
「1時間だから安くします。」
・・・なんだ、このシステム。
頑張って腕を上げたら、
値段まで一緒に下がっていく。
仕事を詰め込んで、値札だけ据え置き
もちろん、
原価も見る。
相場も見る。
競合も見る。
そこは必要。
ただ、それだけで値段を決めてしまうと、
「自分の仕事はいくらの価値なのか」
が抜け落ちる。
そして、
ここからが厄介。
「この金額じゃ申し訳ない。」
そう思って、
少し安くする。
サービスをつける。
もう一つつける。
頼まれてもいないものまで、
勝手に付録化する。
気づけば、
仕事は増量。値札は据え置き。
完全に、中身だけパンパンの福袋。
……誰が喜ぶんでしょうね。
「高い」と言われても、すぐ下げなくていい
1億円の盆栽を見て、
私が「高い」と思っても、
買う人には関係ない。
私には必要ない。
その人には必要だった。
それだけのこと。
仕事も同じです。
すべての人に、
「安い」と思ってもらう必要はない。
必要な人が、
「それならお願いしたい。」
と思えばいい。
だから、
値段を下げる前に、
「この仕事の、何にお金を払ってもらっているんだろう?」
と考える。
値段を下げるのは、
そのあとでもできる。
本人だけ、閉店セール
高いと言われた。
じゃあ下げよう。
安くしてと言われた。
じゃあオマケ。
そうやって、
少しずつ値段を下げていく。
気づいたら、
本人だけ、閉店セール。
まだ営業中なのに。
しかも、
賞味期限が切れたわけでもない。
1億円の盆栽を見て、
「高っ。」
と思っていた私が、
自分の仕事には、
「半額」
のシールを貼っている。
値札って、案外、
自分で貼っている。
そして一度貼った値札は、
なかなか剥がれない。



