新しい仕事をすばやくマスターする秘訣
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昔、SNSで見かけた投稿を、
ふと思い出しました。
小池百合子さんが、
都知事と新党代表という二つの役割を、
「運動靴とヒールを履き分けて」
と表現した、という話です。
それについて、
こんな投稿がありました。
「女ウケする例えだと思ってるんだろうけどバカだ。
こういう発言をするから、男たちに『やっぱり女に政治をやらせるとダメだ』と思わせる。
女性の社会的な地位を下げているのは、こういうことを称賛する偏見を承認する女性たちだ」
読んだ私は、
……そこまで行く?と思った。
「運動靴とヒール」の話だったはずなのに、
女ウケ。
男たち。
女性の社会的地位。
偏見。
女性。
靴の話から、
ずいぶん遠くまで歩いてきました。
しかもヒールで。
歩きにくそうです。
とはいえ、なぜかこの投稿は今でも鮮明に覚えていて。
そして今になって、
別のことを思い出しました。
履歴書一枚で、勝手に人生設計していた
若かりし自分。
面接官をしていた頃のこと。
女性の応募者の履歴書を見る。
「お子さんがいるんだ」
そこから、
「残業は難しいかな」
「家庭との両立、大変かな」
と考えていました。
本人に聞く前に。
本人、まだ一言もしゃべってません。
それなのに、
子どもがいる。
家庭がある。
きっと残業は難しい。
仕事との両立も大変だろう。
……と、こちらの中では話が進んでいる。
履歴書一枚で、本人より先に人生設計。
いやいや。
誰の人生ですか。
本人は、
ただ履歴書を書いてきただけです。
「大変でしょうから」が、けっこう曲者
別に、
「女性だから仕事ができない」
と思っていたわけではありません。
むしろ逆。
「大変でしょうから」
という、
心配の気持ちでした。
だから、
自分では親切のつもり。
でも、
本人からすれば、
「私まだ何も言ってません?」
残業できるかもしれない。
仕事を続けたいかもしれない。
「どんどん仕事ください」
と思っているかもしれない。
なのに、
こちらが先に
可能性の範囲を決めてしまう。
心配という名の、先回り。
本人のためを思っているつもりが、
本人に聞く前に答えを出していた。
……親切って、
たまに勝手です。
偏見は、もっと分かりやすい顔で来ると思っていた
昔は、
偏見というのは、
「女のくせに。」
「女だから。」
みたいに、
堂々と言うものだと思っていました。
もっと嫌な顔をして、
「はい、今から偏見を言います」
くらいの顔で。
ところが、
実際はもっと普通です。
「きっとこうだろう」
「たぶん、こうだよね」
「この仕事は大変かな」
そんなふうに、
心配や経験の顔をして入ってくる。
だから、
気づきにくい。
「女性だから気が利くよね」
「女性だから、この仕事は大変かな」
結局は、
本人より先にこちらが答えを出している。
決めつけの守備範囲が広すぎる。
「ほらね」は、思い込みを育てる
そして、
やっかいなのが、
たまに当たることです。
「残業は難しいかな」
と思っていたら、
本当に難しかった。
すると、
「ほらね。やっぱりそうだった」
の経験談がプラス。
最初はただの想像だったのに、
当たった瞬間、
「経験に基づく判断」
に昇格する。
思い込みに、
肩書きがつく。
こうして、
次からはますます疑わなくなる。
だから、
一度くらい、
「それ、本当に本人が言った?」
と自分の考えを疑うことがいい。
「女性初」より、そろそろ先を見たい
そんなことを考えていたら、
今は高市早苗さんが総理大臣になっています。
日本初の女性総理。
もちろん、
大きな出来事です。
でも、
総理になったなら、
「女性だからどうなの?」
より、
「この人、何をするんだろう?」
で見たい。
「女性だから、すごい」
でもなく、
「女性だから、無理」
でもなく。
ただ、
何をするのか事実を見る。
「女性初」が増えていけば、
そのうち、
「女性だから」
という枕詞も消滅するかと。
自分のものさしになると、急に老眼になる
他人の偏見は、
よく見えます。
「あの人、決めつけてるよね」
と言える。
でも、
自分のことになると、
急に怪しくなる。
私自身、
面接官だった頃を思い出すと、
「……私もやってたな」
と思います。
履歴書を見て、
本人に聞く前に、
いろんなことを決めていた。
本人より先に、本人の限界を決めていた。
他人のものさしなら、
すぐ気づくのに。
自分のものさしになると、
急に老眼になる。
しかも、
「これは経験に基づいた判断です。」
と、自分で説明までつけている。
だから、本人に聞く
「これ、本当に本人が言った?」
それとも、
私が勝手に足した情報?
女性だから。
子どもがいるから。
年齢がこうだから。
前の仕事がこうだから。
そうやって、
こちらの頭の中で作った情報を、
本人の情報にしていないか。
考えてみれば、
最初の「運動靴とヒール」の話も同じです。
ひとつの言葉から、
ずいぶん先まで話を作ってしまう。
私も、
履歴書一枚からやっていました。
だから、
人の偏見を見つけたときほど、
一度くらい自分にも聞いてみたい。
「それ、本当に本人が言った?」
分からなければ、
聞けばいい。
それだけのことなのに、
意外と難しい。
他人のものさしは、よく見える。
自分のものさしになると、
急に老眼になる。
だから、
たまには確認する。
その目盛り、誰が決めた?
そして、
分からなければ。
本人に聞く。
それが一番早いです。
空気を読んで、配慮と気配りを。
この行為こそが誤作動を招くのです。



