弁護士との対談:「あなたの○○」が裁判の勝敗を決める!証拠保存の落とし穴

さぁ、今週も金曜日になりました。
福岡を語る上で、忘れてはならない偉人伝。
毎週金曜日のお約束です。
時代が変わるとき、
人は何を手放し、何を守るのでしょうか。
古いものをすべて捨てて、
新しいものに生まれ変わる。
それが「変わる」ということではありません。
むしろ本当に難しいのは、
変えてはいけないものを見極めながら、
自分自身も変わっていくことなのかもしれません。
今回は、
現在の北九州市にあたる小倉に生まれ、
幕末から明治という激動の時代を生きた軍人。
奥保鞏(おく やすかた/1847年~1930年)をご紹介します。
小倉藩士の家に生まれて
奥保鞏が生まれたのは、1847年。
まだ江戸幕府が存在していた時代です。
小倉藩士の家に生まれた奥保鞏は、
やがて明治維新を迎えます。
それまでの身分や仕組みが崩れ、
日本そのものが大きく姿を変えていく時代でした。
奥保鞏は、そんな変化の中で軍人の道へ進みます。
明治4年には陸軍大尉となり、
佐賀の乱、台湾出兵に参加。
そして1877年の西南戦争では、
歩兵第13連隊の大隊長として熊本城に籠城しました。
ここで興味深いのは、
奥保鞏が「最初から輝かしい英雄だった」わけではないこと。
時代が変わるたびに、
新しい役割を引き受けていった。
その積み重ねが、
やがて奥保鞏を日本陸軍の中枢へと押し上げていきました。
日清戦争、そして日露戦争へ
1894年に始まった日清戦争では、
第5師団長として出征。
その後、第1師団長、近衛師団長などを歴任し、
1903年には陸軍大将となります。
そして1904年。
日本とロシアが激突した、日露戦争が始まります。
奥保鞏は、
第2軍司令官として戦地へ向かいました。
第2軍は遼東半島に上陸し、
南山で激戦を繰り広げます。
その後も遼陽、沙河、奉天へと続く戦いに参加しました。
日本では日露戦争の勝利が、
「小さな日本が大国ロシアに勝った」として大きな意味を持ちました。
しかし、その勝利は決して簡単なものではありませんでした。
日露戦争では多くの命が失われ、
日本側も大きな人的・経済的負担を背負いました。
だからこそ、
「勝った」という一言だけでは、
この戦争を語ることはできません。
そして、
その戦争を指揮する側にいた奥保鞏もまた、
大きな責任を背負っていた人物だったのではないでしょうか。
勝利しても、戦いは終わらない
日露戦争後、
奥保鞏は参謀総長を務め、
1911年には元帥となります。
一人の軍人として見れば、
まさに頂点まで上り詰めた人物です。
けれど、
奥保鞏の人生を追っていくと、
「成功した軍人」という言葉だけでは少し足りないように感じます。
奥保鞏が生きたのは、
日本の社会そのものが何度も姿を変えた時代でした。
小倉藩士の子として生まれ、
幕府が倒れ、
明治政府が生まれ、
近代的な軍隊がつくられ、
日本が戦争を通じて国際社会の中で存在感を強めていく。
そのたびに、
これまでの常識は変わっていきました。
それでも奥保鞏は、
その時代の中で自分の役割を引き受け続けました。
1930年、83歳で亡くなるまで、
激動の時代を生き抜いた人物でした。
変わることは、捨てることではない
私たちも、
人生の中で何度も「変わらなければ」と思うことがあります。
仕事を変える。
考え方を変える。
人間関係を変える。
今までの自分を否定して、
新しい自分になろうとする。
でも、
本当にそれだけが「成長」なのでしょうか。
奥保鞏の人生を見ていると、
変化というものは、
それまでの自分を全部捨てることではないように思えます。
時代が変われば、
やり方は変わる。
立場も変わる。
求められるものも変わる。
それでも、
自分が果たすべき役割や、
守るべきものまで全部捨てる必要はない。
変えるものと、
変えないもの。
その両方を抱えながら時は流れる。
それもまた、
「変わる」ということなのかもしれません。
編集後記
奥保鞏の人生を調べていて、
私は「変わる」という言葉について考えました。
悩みがある人の多くは
「今の自分ではダメだから、変わらなければ」
と思ってしまいます。
仕事がうまくいかない。
考え方が古いと言われた。
周りについていけない。
そんなとき、
今までの自分を全部否定して、
新しい自分になろうとしてしまう。
・・・とはいえ、それは少し苦しい。
なぜなら、
今まで積み重ねてきたものまで、
全部「間違いだった」とすることになるから。
奥保鞏が生きた時代は、
江戸から明治へと、
社会の仕組みそのものが大きく変わりました。
それでも奥保鞏は、
それまでの経験を捨ててしまったわけではありません。
新しい時代の中で、
新しい役割を引き受けていった。
私は、ここに「ステージアップ」のヒントがあるように思います。
成長するというのは、
過去の自分を否定することではありません。
これまでの経験を持ったまま、
新しい考え方を取り入れていく。
昨日までの自分と、
今日からの自分を対立させるのではなく、
共存させていく。
人も、組織も、
きっと同じなのだと思います。
変えるべきものは、変える。
でも、守るべきものまで一緒に捨てない。
新しいものを受け入れながら、
自分が大切にしてきたものも手放さない。
そのほうが、
ずっと自然な「変化」なのかもしれません。
時代が変わるとき、
必要なのは、
すべてを壊す勇気ではなく、
何を手放し、
何を死守するのかを見極める力。
奥保鞏の人生は、
そんなことを考えさせてくれます。


