夜になるとやる気が出るのはなぜ?脳科学でわかる夜型の仕組みと対処法

さぁ、今週も金曜日になりました。
福岡を語る上で、
避けて通れない人物がいます。
ある人は愛国者と呼び、
ある人は国家主義者と呼ぶ。
ある人はアジアの独立を支援した人物と評価し、
ある人は日本の大陸進出を後押しした人物と見る。
今回紹介するのは、
福岡市出身の思想家・頭山満(とうやま みつる/1855年 ~1944年)。
政治団体・玄洋社の総帥で、大陸進出を唱えたアジア主義者・国家主義者。
亡くなって80年以上経った今も、
評価が分かれ続けている人物です。
武士の時代が終わった日
頭山満は1855年、
福岡藩士の家に生まれました。
しかし頭山満が青年になる頃、
日本は明治維新を迎えます。
それまで社会の中心だった武士は職を失い、
価値観そのものがひっくり返りました。
昨日まで正しかったことが、
今日から通用しなくなる。
頭山満は、
そんな激動の時代を生きた人でした。
だからこそ頭山満は、
「日本はどうあるべきか」
を真剣に考えるようになります。
武力ではなく思想で国を動かそうとした
若い頃の頭山満は、
士族たちによる政治運動に関わります。
しかし次第に、
刀や銃では時代は変えられない。
そう考えるようになりました。
1881年、
仲間たちとともに玄洋社を設立します。
玄洋社は、
単なる政治団体ではありませんでした。
国内の政治改革から、
朝鮮半島や中国大陸の情勢まで議論し、
日本の進むべき道を考える集団でした。
頭山満自身は政治家にはなりませんでしたが、
政界や財界に幅広い人脈を持ち、
多くの人が頭山満のもとを訪れました。
権力者にならなかった男
頭山満の面白いところは、
自分が表舞台に立とうとしなかったことです。
選挙に出るわけでもない。
臣を目指すわけでもない。
肩書きを求めるわけでもない。
それでも政治家や実業家、
軍人や思想家たちが集まってきました。
頭山満は、
権力を握る人ではなく、
権力を握る人たちが会いに来る人だったのです。
そのため後に
「黒幕」
「フィクサー」
とも呼ばれるようになったようです。
中国革命の父を支えた
頭山満を語る上で欠かせないのが、
中国革命の指導者・孫文との交流です。
当時の中国では、
清王朝を倒そうとする革命運動が進められていました。
しかし孫文は何度も追われ、
亡命生活を送ることになります。
その時、
支援した日本人の一人が頭山満でした。
住む場所を世話し、
人を紹介し、
活動を支えたと言われています。
後に孫文は、
「日本で最も信頼する人物の一人」
として頭山満の名前を挙げたとも伝えられています。
国境を越えて革命家を支援したことは、
頭山満の人生を語る上で欠かせない出来事です。
なぜ今も評価が分かれるのか
一方で、
頭山満には批判的な評価もあります。
頭山満が掲げたアジア主義は、
「アジアの独立を支援する思想」
と見る人もいれば、
「日本の大陸進出を正当化した思想」
と見る人もいます。
実際に、
その後の日本は戦争への道を進みました。
だからこそ頭山満は、
単純に偉人とも、
単純に悪人とも語れません。
今も歴史家たちの間で
議論が続いている人物なのです。
頭山満の人生から考える
頭山満は、
自分の信じた日本の未来のために行動しました。
その考えに共感した人もいれば、
危険だと考えた人もいました。
そしてその評価は、
100年以上経った今も続いています。
歴史を学ぶ時、
私たちはつい
「正しかったのか」
「間違っていたのか」
という答えを求めます。
けれど歴史は、
そんなに単純ではありません。
むしろ大切なのは、
なぜその人がそう考えたのか。
なぜ支持されたのか。
なぜ反対されたのか。
そこまで想像することなのかもしれません。
ただ、
私たちはその時代を生きていたわけではありません。
残された記録から、
その人の人生を想像することしかできない。
だからこそ歴史は難しい。
同じ事実を見ても、
評価が分かれる人物がいる。
頭山満は、
まさにそんな人物なのだと思います。
編集後記
頭山満について調べていて、
一番印象に残ったのは、
評価が割れていることです。
同じ人物なのに、
ある人は愛国者と呼び、
ある人は危険な国家主義者と呼ぶ。
どちらが正しいのか。
私にはさっぱり分かりません。
ただ一つ言えるのは、
人はいつの時代も、
自分なりの正義を信じて行動しているということです。
頭山満も
支持した人たちも、
反対した人たちも、
きっと本気で
自分が正しいと思っていたはずです。
だから歴史は面白い。
歴史は、
過去の答え合わせではありません。
その時代の人が何を見て、
何を信じ、
何を正しいと思ったのか。
それを考えるたびに、
今の自分の正義も、
本当に正しいのだろうかと考えさせられます。
いつの時代も同じことの繰り返し
SNSでも、
ニュースでも、
職場でも同じです。
私たちは今日も、
自分の正義を基準に物事を判断しています。
でも本当に怖いのは、
自分の正義しか見えなくなることなのかもしれません。
頭山満の人生は、
そんなことを考えさせてくれます。
歴史は過去の話ではありません。
私たちが誰かを
「正しい」
「間違っている」
と決めるたびに、今も繰り返されているのです。


