何歳からでも、次の人へ渡せる
こんにちは。ホスピタリティコンサルタントの菅又蒼圭美です。
前回は、職場を変えることだけがキャリアではなく、今いる場所で深めていく「道を極める」という生き方についてお話ししました。今回は、その道を深めた先に何があるのか。「自己実現」とは少し違う、キャリアの考え方についてお話しします。
「自己実現」と言われると、居心地が悪い
私はキャリアコンサルタントとして、日々さまざまな方のご相談をうかがっています。
キャリアの理論の多くは、アメリカやヨーロッパから来ています。そのため、キャリアの相談では「あなたは何がしたいのですか」「あなたらしく生きるには」と、個人の自己実現を目指す考え方が中心になります。最近はAIにキャリアの相談をする方も増えましたが、返ってくる答えも、やはり同じ考え方です。
もちろん、自分の想いを大切にすることは大事です。けれど正直に言うと、私は「自己実現」と言われると、少し居心地が悪いのです。
自分の人生(世代)だけで、何かを達成しなければいけない。そう迫られているような気がするからです。
ANAで受け取ったもの
客室乗務員として働いていた頃、私には「受け取ったものを、次へ渡さなければ」という使命感がありました。
ANAの始まりは、終戦直後にさかのぼります。日本では航空活動が一切禁じられ、多くのパイロットや航空技術者が職を失いました。その人たちを救い、技術を絶やさないために動いた先人たちがいました。そして、民間の力で航空会社を立ち上げようというその熱意が、ANAにつながっていきました。そして、その挑戦を応援してくださるお客様がいました。
その熱意と、お客様の期待を裏切らないこと。私が仕事の中で大切にしてきたものは、私が自分で考え出したものではありません。先輩方から受け取ったものでした。
第1回でお話しした「常に笑顔で」も、第2回のバスガイドさんの「私のまねをしてごらん」も、同じです。私のキャリアは、「自分が何をしたいか」より、「誰から何を受け取ったか」で形づくられてきたように思います。
どんな会社にも、創業の精神があります。そして、どんな仕事にも、それを先に担ってきた人がいます。
あなたは、誰から何を受け取り、誰に何を渡しますか。
「世代性」という考え方
私がキャリア支援の柱にしているのが、心理学者エリクソンの「世代性」という考え方です。
エリクソンは、人の一生をいくつかの段階に分けて考えました。そして大人になってからの大切な課題として、「次の世代を育て、何かを残していくこと」を挙げています。これを「世代性」と呼びます。
エリクソンもアメリカで活躍した学者です。けれど、この考え方は、受け取ったものを次へ渡す日本の感覚にとても近いと、私は感じています。七五三や成人式、還暦のように、人生の節目を大切にする文化とも重なります。
日本人は、自分のためだけに頑張るよりも、まわりの人のため、さらには文化や伝統を残していくことに、やる気が湧くことが多いのではないでしょうか。
世代性から考える4つのこと
自分の代だけで、完結しなくていい キャリアのゴールを「自分が何を達成したか」だけに置くと、終わりが見えなくなります。受け取って、深めて、次へ渡す。自分はその途中にいる、と考えると、肩の力が抜けてきます。
1、お金はベース。その上の意味づけが、働く力になる 働く理由の多くは、生活の安定のためです。それは大切な土台です。けれど、もっと稼ぐことだけが目的になると、人と比べ続け、どこまでいっても満足できなくなります。「誰かに渡すために働く」という意味づけが、仕事への主体性を生みます。
2、渡す相手は、子どもや孫だけではない 後輩、部下、お客様、地域の子どもたち。技術も、仕事への向き合い方も、迎え方も、血のつながりに関係なく、次の誰かに渡せます。
3、「何者か」にならなくても、渡せるものはある 有名にならなくても、大きな成果を上げなくても、あなたが受け取って続けてきたものは、それだけで次の人の財産になります。
4、若い世代は、もう気づいている
今の若い世代は、お金を稼ぐだけでは満足できないことに、すでに気づいているように感じます。
仲間のために頑張る。この人のためなら力を尽くせる。そうした生き方に心を動かされる若い人は、たくさんいます。足りないのは、それを実際に生きている大人の姿なのかもしれません。
受け取ったものを、次へ渡そうとしている大人がいる。それだけで、若い世代にとっては何よりの道しるべになります。
私は、こう思っています。自分一人で達成できるものは、本当は何一つない、と。
次回は連載の最終回です。「何歳からでも、次の人へ渡せる」というお話をしたいと思います。
明日からできること
今の仕事の中で、「誰かから受け取ったもの」を一つ書き出してみてください。先輩の一言、お客様からいただいた言葉、会社が大切にしてきた考え方。何でも構いません。そして、その横に「それを誰に渡したいか」を書き添えてみてください。


