口外禁止条項はどこまで効くのか|違反されたときにできること
風俗店とのトラブルの場面で、店側から「うちの規約ではこうなっている」「規約に書いてあるので支払ってもらう」と告げられ、その場で金額を示されることがあります。規約という言葉には、あらかじめ決まっていて動かせないもの、という響きがあります。示された側が内容を確かめないまま支払いに応じてしまう理由の一つは、ここにあります。
もっとも、規約に書かれていることと、その金額を支払う義務があることとは、法律の上では同じではありません。書かれているという事実は話の出発点にはなりますが、それだけで結論が決まるわけではないからです。かといって、店の規約には何の意味もない、と言い切れるわけでもありません。確かめる事柄が、いくつかの段階に分かれているというのが実際のところです。
この記事では、店から規約を持ち出されたときに、何をどの順序で確かめていくのかを整理します。支払いを免れるための手順をご案内するものではありません。ご自身に支払う理由があるのかどうか、あるとしてどこまでなのかを、落ち着いて見分けるための考え方としてお読みください。なお、店で働く方が店から課される罰金は、労働に関する法律が正面から関わる別の枠組みの問題です。この記事は、客の立場で規約を持ち出された場面を扱います。
「規約に書いてある」は出発点であって結論ではない
店から規約を示されたとき、話の中では二つの別々の問いが一つに溶け合っていることがよくあります。一つは今回の出来事が規約の定めに当てはまるのかという事実の問いで、もう一つは当てはまるとして、その定めに従って支払う義務が生じるのかという効力の問いです。
店側の説明は、この二つをまとめて「規約違反だから払ってもらう」という一文にしていることが少なくありません。示された側も、違反したかどうかだけを考えてしまい、思い当たる点があると、そこで話が終わってしまいます。実際には、当てはまるかどうかを検討した後に、その条項が契約の内容になっているのか、内容として効力を持つのか、金額はいくらなのかという段階が続きます。
順序を分けて考えることには、実務上の意味があります。どの段階でつまずいているのかがはっきりすると、店に何を尋ねればよいのか、弁護士に何を伝えればよいのかが定まるためです。
確かめる順序は六つの段階に分かれる
| 段階 | 確かめること | 見落とされやすい点 |
|---|---|---|
| 1 | その文書は誰と誰の取り決めか | 店と働き手の内部ルールが示されることがある |
| 2 | その規約が契約の内容になっているか | 示されたのが会計の場面だけということがある |
| 3 | 今回の出来事が条項に当てはまるか | 条項の言葉と実際の出来事がずれていることがある |
| 4 | その条項自体が効力を持つか | 書いてあること自体は有効性を意味しない |
| 5 | 金額はどこまで動くのか | 書かれた額がそのまま通るとは限らない |
| 6 | 誰が誰に請求できるのか | 店とキャスト個人のどちらの権利かが曖昧なことがある |
以下、それぞれの段階を順に見ていきます。
第1段階 その文書は誰と誰の取り決めか
規約・料金表・誓約書は性質が違う
「規約」と呼ばれているものには、性質の異なる文書が混ざっています。店が不特定多数の客に向けてあらかじめ用意している利用規約や注意事項、料金やオプションを示した料金表、そして、その場で名前を書かされる誓約書や念書です。
このうち、あらかじめ用意されている規約や料金表は、店が一方的に作成した文書です。これに対して誓約書や念書は、署名した時点で個別の合意として扱われる余地があり、位置づけが変わります。ただし、署名があれば内容がそのまま通るというわけではなく、どのような状況で書かされたのかが後から問われることになります。書かされた経緯の評価については、別の記事で扱っています。
店と働き手の間の取り決めが示されることがある
実際のご相談では、示された文書が、客との関係を定めたものではなく、店とキャストやスタッフとの間の取り決めであることがあります。店内の禁止事項と罰則の一覧が、そのまま客への請求の根拠として持ち出される場面です。
店と働き手の間で何を約束していたとしても、その約束が、そこに関わっていない客の義務を作り出すわけではありません。文書の表題や宛先、当事者の表記を見て、誰と誰の取り決めなのかを最初に確かめておくと、話の土台がはっきりします。
第2段階 その規約は契約の内容になっているか
あらかじめ示されていたかどうか
多くの人を相手にする取引で、事業者があらかじめ用意した条項のまとまりは、民法では定型約款として扱われることがあります。定型約款については、取引を行うことの合意をした者は、その約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき、または、約款を準備した者があらかじめ契約の内容とする旨を相手方に表示していたときに、個別の条項についても合意をしたものとみなされます(民法548条の2第1項)。
言い換えると、あらかじめ表示されていたのかどうかが問われます。ホームページの目立たない場所に置かれていただけ、あるいは会計の段になって初めて紙を出された、という経過であれば、契約の内容になっていたと言えるのかどうかが検討の対象になります。風俗店の利用規約が定型約款に当たるかどうかは取引の実情によって判断が分かれ得ますが、いずれにしても、店が用意した文書が存在するというだけで当然に契約の内容になる、という関係ではありません。
見せてほしいと求めることの意味
定型約款については、相手方から請求があった場合には、遅滞なく相当な方法でその内容を示さなければならないという定めも置かれています(民法548条の3第1項)。取引の合意の前にこの請求を拒んだときは、みなし合意の規定は適用されないとされています(同条2項)。
この規定をその場で持ち出す必要はありませんが、規約の全文を見せてほしい、写真に撮らせてほしいと伝えること自体には意味があります。示された条文が全体の中でどう位置づけられているのか、金額の根拠がどこに書かれているのかを確かめられますし、応じてもらえたかどうかという経過も、後の話し合いで手がかりになります。
第3段階 今回の出来事が条項に当てはまるか
条項の言葉と実際の出来事を突き合わせる
規約の文言は、多くの場合、店側が想定した典型的な場面を念頭に書かれています。実際に起きたことがその言葉の範囲に入るのかどうかは、突き合わせてみないと分かりません。ご相談の場で食い違いが生じやすいのは、次のような点です。
- 条項が禁じている行為と、実際にあった行為とが一致しているか。
- 条項が定めているのが、行為そのものなのか、それによって生じた結果なのか。
- 一つの出来事に対して、複数の項目が重ねて当てはめられていないか。
- 延長や追加といった料金の話と、違反に対する請求とが混ざっていないか。
違反があったことを示すのは請求する側
支払いを求める側は、その根拠となる事実があったことを示す立場にあります。話し合いが裁判に移った場合、条項に当てはまる出来事があったのかどうかは、請求する側が明らかにしていく事柄です。
もっとも、これは否定し続ければよいという話ではありません。事実に反する説明は、後の交渉でご自身の立場を弱くすることがあります。心当たりのある部分と、そうでない部分とを分けて把握しておくことが、この段階では役に立ちます。
第4段階 その条項自体が効力を持つか
相手の義務を一方的に重くする条項
定型約款の条項のうち、相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項であって、取引の態様や実情、取引上の社会通念に照らして信義誠実の原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなすと定められています(民法548条の2第2項)。契約の内容になったかどうかという入口とは別に、内容そのものに対する歯止めが用意されているということです。
消費者契約に当たる場合の枠組み
事業者と消費者との間の契約に当たる場合には、消費者契約法の定めも関わってきます。解除に伴う損害賠償の額の予定や違約金を定める条項は、同種の契約の解除に伴って事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える部分が無効とされます(消費者契約法9条1項1号)。また、法令中の任意規定の適用による場合に比べて消費者の権利を制限し、または義務を加重する条項で、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効とされます(同法10条)。
ただし、この枠組みには限界もあります。平均的な損害の額をめぐっては、消費者の側が主張立証の負担を負うと理解されており(最高裁平成18年11月27日判決)、店が具体的な内訳を示してこない場面では、話が進みにくくなることがあります。
契約そのものの性質が問われる場面
もう一つ、この分野に特有の事情があります。提供されるサービスの内容によっては、契約そのものが公の秩序または善良の風俗に反するものとして効力を否定される余地があり(民法90条)、そうなると、規約の条項の有効性を論じる土台自体が動きます。
この点は、店側にとって有利にも不利にも働き得るところで、一般論として結論を先に置ける問題ではありません。個別の事情を前提にした検討が必要になる部分です。
第5段階 金額はどこまで動くのか
「違約金」は賠償額の予定と推定される
規約に「違約金」と書かれている場合、民法では、違約金は賠償額の予定と推定するとされています(民法420条3項)。賠償額の予定と扱われると、実際にいくらの損害が生じたのかを個別に立証しなくても、その金額を請求できるという建て付けになります。店側が金額の根拠を説明しないまま請求してくる背景には、この仕組みがあります。
書かれた金額がそのまま通るとは限らない
もっとも、書かれた金額は動かせないという前提は、現在の民法には置かれていません。かつての民法420条1項には、裁判所はその額を増減することができない、という文言がありましたが、2017年の改正でこの部分は削除されました。改正前から、裁判では公の秩序に反するといった理由で予定された額の全部または一部の効力が否定されてきた経緯があり、その理解を踏まえた改正と説明されています。
したがって、「規約に金額が明記されているのだから話し合いの余地はない」という説明を、そのまま受け取る必要はありません。金額の内訳を尋ねることは、値切りの交渉ではなく、根拠を確かめる作業です。
第6段階 誰が誰に請求できるのか
最後の段階は、請求する権利が誰にあるのかという点です。店から示される請求には、店自身に生じたとされる損害の話と、キャスト個人が受けたとされる被害の話とが混ざっていることがあります。この二つは、法律の上では別の人の権利です。
店が自らの損害として請求しているのであれば、その損害が何なのかが問われます。キャスト個人に生じた被害についての賠償であれば、本来その請求は本人の権利であり、店がまとめて受け取る場合には、その権限がどこから来ているのかという点が問題になります。
示された金額が一つの数字にまとめられているときは、内訳を分けて尋ねることで、この段階の見通しが立ちやすくなります。
その場でできることと、控えたほうがよいこと
返事をその場で確定させない
規約を示される場面では、その場で結論を出すことが求められがちです。しかし、ここまで見てきた六つの段階は、いずれもその場で確かめきれる性質のものではありません。金額に納得したという返事や、支払いを約束する書面は、後の話し合いの前提として扱われることがあります。
持ち帰って確かめたいという意思を伝えること自体は、支払いを拒むこととは違います。返答を保留する伝え方については、別の記事で扱っています。
残しておきたい記録
- 示された規約や料金表の全文。撮影が難しければ、条項の番号と見出しの控え。
- 請求された金額と、その名目として説明された言葉。
- やり取りの日時、場所、その場にいた人数。
- 支払いを求められた方法。現金か、振込か、その場での決済かという区別。
- 署名や記入を求められた書面の控え。
これらは、後から集め直すことが難しいものです。その場でできる範囲にとどめて構いませんが、記憶が新しいうちに書き出しておくと、内容が具体的になります。
すでに支払ってしまった場合
その場で一部を支払った後にご相談に来られる方は少なくありません。支払ってしまうと取り戻す道がなくなるわけではありませんが、一部を支払ったことが、請求全体を認めた行為として受け取られることがあるという点は、知っておいていただきたいところです。
取り戻せるかどうかは、支払いの根拠とされた条項の効力と、支払いに至った経過の両方から検討することになります。金額の一部を渡したことで話が終わるとは限らない以上、支払った後であっても、経過を整理しておく意味はあります。
よくあるご質問
規約に署名してしまいました。もう争えないのでしょうか
署名があることは、合意があったことを示す事情として扱われます。もっとも、署名があっても、条項の内容そのものの効力が問題になり得ることは、これまで見てきたとおりです。また、どのような状況で署名に至ったのかも検討の対象になります。署名の有無だけで結論が決まるものではありません。
店が規約を見せてくれません。それだけで請求は退けられますか
見せてもらえなかったという一事で結論が決まるわけではありません。ただ、契約の内容になっていたと言えるのかという第2段階の検討では、意味を持つ事情になります。求めたのに示されなかったという経過は、記録に残しておく価値があります。
店の営業に法律違反があれば、支払わなくてよいのでしょうか
店の営業についての行政上の規制と、客との間の金銭の支払義務とは、別の仕組みです。営業に問題があることが、直ちに支払義務をなくすわけではありません。もっとも、当事者の関係を評価する材料になることはあります。行政への申告と返金の話し合いとの関係については、別の記事で扱っています。
まとめ
- 規約に書かれていることは話の出発点であって、支払義務があるという結論ではない。
- まず、その文書が誰と誰の取り決めなのかを確かめる。
- 次に、その規約が契約の内容になっていたのかを確かめる。
- 今回の出来事が条項の言葉に当てはまるのかを、事実に即して突き合わせる。
- 条項の内容が一方的に義務を重くするものであれば、その効力が問題になり得る。
- 「違約金」と書かれた金額が動かせないという前提は、現在の民法には置かれていない。
- 店に生じた損害とキャスト個人の被害とは別の権利であり、内訳を分けて確かめる。
- その場で結論を出さず、示された文書と請求の名目を記録に残す。
ご相談について
規約を持ち出された場面では、示された文書の中身と、請求に至るまでの経過の両方を確かめる必要があります。どの段階に争いがあるのかを整理するだけでも、見通しが変わることがあります。弁護士法人若井綜合法律事務所では、繁華街や風俗店をめぐる金銭の請求についてご相談をお受けしています。すでに一部を支払われた後であっても、経過を伺ったうえで取り得る対応を一緒に整理することができますので、お一人で結論を出される前に、一度ご相談ください。


