避妊の有無が争点になる場面|感染・妊娠の主張と請求

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

風俗店でのトラブルが金銭の請求に発展したとき、「あのとき避妊具をつけていたかどうか」が話の中心になることがあります。相手から「避妊していなかったから感染した」「途中で外されたから妊娠した」と言われ、こちらは「つけていたはずだ」と答える。そこで話が止まってしまう、という相談は少なくありません。

 ただ、「避妊の有無」という一つの事実は、場面によってまったく違う意味を持ちます。店との契約の話をしているのか、感染を理由とする賠償の話をしているのか、妊娠に関する費用の話をしているのか、刑事の責任の話をしているのかで、その事実が何を左右するのかが変わるからです。場面を分けないまま「つけた」「つけていない」だけを言い合っても、話は進みません。

 この記事では、避妊の有無が争点になったときに、どの場面で何が問われているのかを整理します。

この記事が想定している場面


 読み進める前に、前提を書いておきます。

  • 成人同士のあいだで起きたトラブルを想定しています。相手が18歳未満である可能性がある場合は、まったく別の問題を含みますので、早い段階で弁護士にご相談ください
  • すでに逮捕されている、警察から呼び出しを受けている場合は、一般論より個別の事情の検討が先になります
  • 店のルールに反する行為をすすめる趣旨の記事ではありません
  • 相手の訴えを軽く見たり、疑ってかかることをすすめる趣旨でもありません。事実であれば、正面から向き合うことが前提になります
  • 医学的な判断については、この記事では扱えません。検査や治療については医療機関にご相談ください


なぜ「避妊の有無」が争点になりやすいのか


あとから起きたことの原因を、さかのぼって説明する材料になるから


 感染や妊娠は、行為から時間が経ってから分かります。分かった時点で「どうしてこうなったのか」を説明しようとすると、過去の一場面にさかのぼるほかありません。そのときに、いちばん分かりやすい手がかりとして持ち出されるのが避妊具の有無です。

 ただし、分かりやすい手がかりであることと、原因を示す決め手であることは同じではありません。ここが混ざりやすいところです。

確かめる手段がほとんど残らないから


 室内での出来事は、当事者以外に確かめようがありません。映像も記録もなく、使用した用具が残っていることも通常はありません。結果として、双方の記憶と説明だけが残ります。避妊の有無は「証明の難しい事実」でありながら「話の中心に置かれやすい事実」という、扱いにくい位置に立つことになります。

「つけた」「つけていない」の二択で語られやすいから


 実際の経過は、二択で言い切れないことがあります。途中まで使っていた、外れた、外した、別の行為の延長で状況が変わった、など中間の経過があり得ます。にもかかわらず、請求の場面では「していたか、していなかったか」に単純化されがちです。

 自分の記憶があいまいな部分については、無理に二択に寄せないことが大切です。あいまいなまま「していた」と断言すると、あとで経過が明らかになったときに、説明全体の信用に影響することがあります。

避妊の有無が意味を持つ四つの場面


 同じ「避妊の有無」でも、次のように意味が変わります。

場面そこで問われていること避妊の有無が持つ意味請求してくるのは
店のルールとの関係契約でどう約束されていたかルールに反したかどうかの指標
感染を理由とする請求注意義務と原因のつながり過失を判断する材料の一つ本人
妊娠を理由とする請求費用の分担・父子関係・慰謝料合意の中身を示す事情の一つ本人
刑事の評価条文の要件にあたるかどうか同意の範囲をめぐる論点国(捜査機関)


 四つの場面は、判断する人も、必要な材料も、結論の出方も違います。店から「ルール違反だから」と言われている話と、本人から「感染した」と言われている話は、同じ出来事から出発していても別の話です。なお、店のルールに反したこと自体がそのまま支払義務を意味するわけではありません。この点は別のコラムで扱っています。

感染を理由とする請求で、避妊の有無は何を意味するか


三つの関門がある


 感染させたことを理由に賠償を求められた場合、支払義務が生じるかどうかは、おおまかに次の順で検討されます。

  1. 故意や過失があったといえるか。自分が感染していることを知らず、知ることもできなかったのであれば、責任を認めにくい方向に働きます
  2. その感染が自分との接触によって生じたといえるか(因果関係)。ここが実際にはいちばん大きな争点になります
  3. 賠償額をどう考えるか。双方の事情に応じて金額が調整されることもあります


避妊具の使用は「決め手」ではない


 ここが誤解されやすい点です。

 避妊具を使っていたことは、注意を払っていたことを示す事情として意味を持ち得ます。しかし、用具の使用によって感染の可能性がなくなるわけではありません。したがって「つけていたのだから責任はない」と一足飛びに結論づけることはできません

 逆も同じです。使っていなかったからといって、そのまま賠償義務が生じるわけでもありません。相手の感染が自分との接触によるものだといえるかどうかは、別に検討する必要があります。性感染症には無症状のまま経過するものもあり、感染の時期を特定することも容易ではありません。相手が業務上多くの人と接する立場にある場合、原因を一つに絞ること自体が難しくなります。

 つまり避妊の有無は、結論を決める事実ではなく、検討材料の一つです。

まず自分が検査を受ける


 感染を理由に請求されている場合、自分自身が検査を受けることには実際的な意味があります。

 結果が陰性であれば、自分が感染源であるという主張への反論の材料になり得ます。陽性であっても、自分が相手にうつしたとは限らず、自分の側が感染した可能性も出てきます。いずれにしても、受診日が分かる形で結果を保管しておくことが役に立ちます。

 なお、相手方の医療機関に直接問い合わせることはおすすめできません。相手の医療情報は本人のものであり、交渉の場面でも不利に働きやすいためです。

時間の制限がある


 賠償を求める権利にも期間の制限があります。人の身体を害する不法行為については、被害者が損害と加害者を知った時から五年、行為の時から二十年という枠組みが民法に定められています。ただし、こちらが支払いの一部に応じたり、支払う旨を認めたりすると、期間の計算がやり直しになる場合があります。「とりあえず少しだけ」という対応が、思わぬ効果を持つことがあります。

妊娠を理由とする請求で、避妊の有無は何を意味するか


請求の中身によって根拠が違う


 「妊娠したから払ってほしい」という請求には、性質の異なるものが混ざっていることがあります。手術等にかかる費用の分担を求めるもの、精神的苦痛に対する慰謝料を求めるもの、生まれた子について認知や養育費を求めるもの。この三つは、根拠となる考え方も、必要になる資料も違います。

 どの請求なのかが示されないまま金額だけが提示されている場合は、内訳を確認するところから始めることになります。金額の考え方については、別のコラムで扱っています。

「避妊するはずだった」という主張は、合意の中身の話


 相手が「避妊する前提だったのに、しなかった」と主張しているとき、それは行為そのものへの同意の有無ではなく、同意にどのような条件が付いていたかという主張です。この二つは似ていますが別の話で、混同すると議論がかみ合わなくなります。

 また、避妊具は妊娠の可能性をなくすものではありません。ですから「つけていたのだから自分の子ではない」という主張も、それ単独では根拠として弱いものになります。父子関係については、別の方法で確認する必要があります。

合意のうえでも責任が問われた裁判例がある


 性行為も避妊しないことも双方の合意のうえだった事案で、その後の対応を理由に男性側の責任を認めた裁判例があります。妊娠や中絶に伴う負担が女性側に偏ることを踏まえ、その負担を軽くする対応を怠ったこと自体が問題とされたものです。損害の全額ではなく一部にとどめられている点も含め、事案ごとの判断です。

 この裁判例の内容は別のコラムで詳しく扱っていますが、ここで押さえておきたいのは、「合意があったのだから何も生じない」と単純に考えることはできないという点です。

刑事の評価はどうなるか


不同意性交等罪には二つの入口がある


 二〇二三年に施行された現在の刑法では、不同意性交等罪について大きく二つの型が定められています。一つは、同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態にあることを利用した場合で、条文に並ぶ事由は「これらに類する」場合も含む書き方になっています。

 もう一つは、行為がわいせつなものではないと誤信させた場合と、人違いをさせた場合です。こちらは二つだけが挙げられており、「これらに類する誤信」までは含まれていないと理解されています。誤信の一般を処罰の対象にすると、どこまでが処罰されるのか分からなくなってしまうためだと説明されています。

避妊具に関する誤信をめぐる議論


 同意を得ずに性行為の途中で避妊具を外す行為は、いくつかの国では刑事処罰の対象とされており、イギリスで有罪判決が出た事案が報じられたこともあります。

 日本では、この行為が不同意性交等罪にあたるかについて、明確な公的解説は見当たりません。弁護士の解説記事では、行為そのものへの同意はあり、条件が付されていたにとどまるため前者の型にはあたりにくく、また後者の型は二つの誤信に限られているため、現在の条文のもとでは同罪として処罰することは難しいのではないか、という見解が示されています。刑法改正に関わった研究者の講演でも同旨の説明があったと紹介されています。

 もっとも、これは条文の解釈についての一つの見解であり、裁判所の判断が積み重なっているわけではありません。断定的に理解するのは避けたほうがよい部分です。

「犯罪にならない」は「問題がない」という意味ではない


 仮に不同意性交等罪にあたらないとしても、話はそこで終わりません。

  • 結果として相手を感染させた場合には、傷害罪の成否が別に検討されます。暴行によらずに病気をうつした場合にも傷害罪が成立し得ることを示した最高裁判例があります
  • 民事では、精神的苦痛を理由とする慰謝料請求が別に問題になり得ます
  • そもそも、相手が同意していた範囲を超えたのではないかという評価は残ります


 刑事と民事は別の物差しで動きます。刑事の見通しだけを見て「では支払う必要もない」と考えるのは、早すぎる結論です。

「つけていた」と言う前に、確認したい順番


 見落とされやすいのが、反論の順番です。「ちゃんとつけていた」という主張は、当然ながら、性交渉があったこと自体を前提にしています。もし争点がもう一段手前にある場合、たとえば行為そのものがあったのか、どこまでの行為だったのかに争いがある場合、避妊の話から始めると、手前の部分を認めた形になってしまいます。

 話をする前に、次の順で整理しておくことをおすすめします。

  1. 何が起きたと相手は主張しているのか(主張の内容を書き出す)
  2. そのうち、事実として争いのない部分はどこか
  3. 争いがある部分はどこか。避妊の有無はそのどこに位置するのか
  4. 自分の記憶があいまいで、断定できない部分はどこか


 この整理をしないまま個々の点に反論すると、認めるつもりのなかった前提まで固まってしまうことがあります。逆に、行為自体に争いがない場面では、避妊の有無が中心の争点になりますから、そこは丁寧に説明することになります。

記録に残りにくい事実を、どう扱うか


 避妊の有無を直接証明する材料は、通常ほとんど残りません。それでも、周辺の材料はいくつか考えられます。ただし、それぞれ示せることと示せないことがあります。

材料示せる可能性があること示せないこと
前後のメッセージのやり取り当日の約束や双方の認識の一端室内での実際の経過
店との連絡記録いつ、誰から、何を言われたか行為の内容そのもの
自分が受けた検査の結果と受診日自分の感染の有無と時期相手の感染経路
用具を用意していたことの記録準備していたという事情実際に使ったかどうか
日付を入れて自分で作ったメモ記憶が新しいうちの説明客観的な裏づけ


 どれも決定的なものではありません。だからこそ、次の二点が効いてきます。

  • 記憶があいまいな部分を、あとから埋めないこと。分からない部分は「分からない」と書き残しておくほうが、説明全体の信用は保たれます
  • やり取りや履歴を削除しないこと。自分に不利に見える記録も、経過を示す材料として意味を持つことがあります


この場面で避けたい対応・とりたい対応


 避けたほうがよい対応から挙げます。

  • その場で現金を渡す、書面に署名する、金額を約束する
  • 内容を確かめないまま全面的に認める、あるいは反射的に全面的に否定する
  • 相手方本人や相手方の医療機関に直接連絡する
  • やり取りの履歴や画像を削除する
  • 指定された短い期限に合わせて即答する


 とったほうがよい対応は、次のとおりです。

  • 請求されている内容を、名目ごとに書き出す
  • 何を根拠にしているのかを、書面で示すよう求める
  • 自分自身も検査を受け、受診日が分かる形で保管する
  • メッセージや通話の履歴を、日付が分かる形で保存する
  • 窓口を一本化し、直接のやり取りを止める


まとめ


  1. 「避妊の有無」は一つの事実ですが、店との契約、感染を理由とする請求、妊娠を理由とする請求、刑事の評価という四つの場面で、意味も判断する人も違います
  2. 感染を理由とする請求では、故意過失、因果関係、金額の順に検討されます。用具を使っていたことも、使っていなかったことも、それだけでは結論を決めません
  3. 妊娠を理由とする請求は、費用の分担、慰謝料、認知や養育費で根拠が違います。内訳を確かめるところから始めます
  4. 「避妊するはずだった」という主張は、行為への同意の有無ではなく、同意に付いていた条件についての主張です
  5. 避妊具に関する誤信を刑事で処罰できるかについては議論があり、確立した扱いがあるわけではありません。刑事の見通しと民事の責任は別に検討されます
  6. 反論の順番を誤ると、認めるつもりのなかった前提まで固まってしまうことがあります
  7. 記録に残りにくい事実だからこそ、あいまいな部分を埋めないこと、履歴を消さないことが効いてきます


 早く相談したからといって良い結果が約束されるものではありませんが、支払いや署名をする前の段階であれば、選べる対応は多く残っています。判断に迷う場面では、一人で結論を出す前にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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