【不貞慰謝料】不貞の示談書に入れるべき条項|過去の清算と将来の約束を分ける

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「不倫の示談書には、何を書いておけばよいのでしょうか」。慰謝料を請求する立場の方から、こうしたご相談をいただくことがあります。一方で、請求を受けた立場の方からは「相手方から示談書の案が送られてきましたが、どこを見ればよいのか分かりません」というご相談が寄せられます。同じ一枚の書面について、立場が違えば見るべき場所も変わります。

 インターネットで調べると、示談書に入れる条項として、不貞行為の事実、慰謝料の金額、支払方法、接触禁止、口外禁止、違反したときの取決め、求償権の放棄、清算条項といった項目が並んでいます。こうした説明が誤っているわけではありません。ただ、項目の一覧を眺めても、その条項がなぜ必要なのか、抜けたときに何が起きるのかまでは見えにくく、「ひととおり入れておけばよい」という理解でとどまってしまいがちです。

 この記事では、条項名を覚える方向ではなく、一枚の示談書の中に、性質の異なる二種類の合意が同居しているという見方から整理します。すでに起きたことを清算する条項と、これから先の行動を約束する条項です。この二つは、効力の終わり方も、守られなかったときに求めるものも異なります。なお、条項の文言例や雛形、清算条項の一語ごとの読み解き、接触禁止条項・口外禁止条項の書き方と限界、分割払いと公正証書、支払いの記録の残し方は、それぞれ別の記事で扱います。

この記事で扱うこと・扱わないこと

 本記事は、示談書に並ぶ条項を「過去の清算」と「将来の約束」に仕分ける作業に絞って解説します。どちらの欄に置く条項なのかを決めてから文言を考えると、条項の抜けや行きすぎに気づきやすくなるためです。

 次の論点は、それぞれ独立した記事に譲ります。

  • 示談書の文言例・雛形・記載例。
  • 清算条項の一語ごとの意味と、その射程がどこまで及ぶか。
  • 接触禁止条項・口外禁止条項の具体的な書き方と、その限界。
  • 分割払いの条件設計と、公正証書にした場合の効き方。
  • 支払いの記録の残し方と、受取証書の求め方。
  • 金額そのものの相場や、増額・減額の考え方。


 条項の書きぶりは事案ごとに変わりますので、以下は個別の書面の適否を判断するものではなく、考え方の整理としてお読みください。

示談書の条項は「いつ働くか」で性質が分かれる

示談書は和解契約という一つの契約

 示談は、法律上は和解にあたると整理されるのが一般的です。民法695条は、和解を、当事者が互いに譲り合ってその間の争いをやめることを約束する契約として定めています。示談書は、その合意の中身を書き留めた書面ということになります。

 契約である以上、そこに書かれた条項は、当事者を拘束します。ただし、条項が実際に働き始める時点は、条項ごとに同じではありません。

署名で役目を終える条項と、署名から役目が始まる条項

 慰謝料の金額を確認する条項は、署名の時点で中身が固まり、支払いが済めば役目を終えます。これに対して、接触しないという約束は、署名した時点では何も起きず、その後に相手が守り続けることで初めて意味を持ちます。

 同じ書面に並んでいても、前者は過去の出来事に区切りをつけるための条項であり、後者はこれから先の生活のための条項です。両者を混ぜたまま考えると、片方のつもりで置いた一文が、もう片方の場面にまで届いてしまったり、逆にどちらにも届かなかったりします。

三つの欄に分けて眺めてみる

 実務では、次のように三つの欄を思い浮かべながら条項を並べると、過不足に気づきやすくなります。三つ目は、二つの欄の土台になる部分です。

分類そこに入る代表的な条項効力が働く時点
過去を清算する条項不貞行為があったことの確認、慰謝料の金額、支払方法と期限、求償権の扱い、清算条項署名の時点で内容が固まり、支払いが終われば果たされる
将来を約束する条項接触しないこと、口外しないこと、関係を再開しないこと、違反したときの取決め署名の後、相手が守り続けることで意味を持つ
書面の枠組みにあたる部分当事者の特定、対象となる出来事の特定、日付、作成通数と保管どちらの条項が働く場面でも前提として関わる


過去を清算する条項

何があったのかを書く条項

 不貞慰謝料は、民法709条の不法行為責任を土台とし、配偶者と交際相手の双方が関わっている場合には民法719条の共同不法行為として整理されるのが一般的です。示談書の冒頭で「いつ、誰と誰の間に、どのような関係があったのか」を確認する条項は、この責任の対象となる出来事を特定する役割を持ちます。

 もっとも、この条項は同時に、書いた本人が事実を認めたことを示す書面としても働きます。請求を受けた側にとっては、金額の話だけでなく、どこまでを認める記載になっているのかが重要になります。認める範囲と実際の経過が食い違ったまま署名すると、後から修正することは容易ではありません。

金額と支払いを定める条項

 慰謝料の金額、支払期限、支払方法を定める条項です。ここが曖昧だと、支払いが遅れたときに「いつの時点で遅れたことになるのか」から争いになります。振込先の口座や、振込手数料をどちらが負担するのかまで書いておくと、細かな行き違いが減ります。

 分割払いを選ぶ場合は、回数や毎回の金額に加えて、支払いが滞ったときの取扱いを定めるのが通例です。この点は分割払いを扱う記事に譲ります。

これ以上は請求しないことを確認する条項

 清算条項は、その書面で定めたもののほかに、当事者の間に債権債務が残っていないことを相互に確認する条項です。過去を清算する欄の締めくくりにあたります。

 また、慰謝料を支払った側が、もう一方の当事者に負担を求める権利をどう扱うかを定めることもあります。この求償権をめぐる整理と、清算条項の文言がどこまで及ぶのかについては、それぞれ別の記事で詳しく扱います。

将来を約束する条項

相手の行動に向けられた約束であること

 接触しない、口外しない、関係を再開しないといった条項は、相手のこれからの行動を対象にしています。民法521条2項は、当事者が法令の制限の範囲内で契約の内容を自由に決められることを定めており、当事者が合意する限り、こうした約束を書面に置くこと自体は可能です。

 言い換えると、この種の約束は、話し合いで相手の同意が得られたときにだけ書面に載るということでもあります。相手が承諾しなければ、条項として成立しません。

守られたかどうかを後から確かめられるか

 将来の約束は、置いただけでは働きません。守られなかったと主張する場面では、何があったのかをこちらが示すことになります。そのため、禁止する行為の範囲が曖昧なままだと、違反かどうかの入口で意見が分かれます。

 同じ職場や同じ地域にいる場合など、接触を完全に避けにくい事情があるときは、例外の置き方をあらかじめ話し合っておくほうが、後の争いは少なくなります。具体的な書き方は、接触禁止条項と口外禁止条項を扱う記事で解説しています。

いつまで続く約束なのか

 将来の約束には、終わりの時点という論点がついてまわります。夫婦関係を続けることを前提に置かれた条項について、その後に離婚した場合の扱いをどう考えるかは、議論のあるところです。期間を定めずに書くと、この点が後から争点になりやすくなります。

分けて書くと何が変わるのか

 条項を二つの欄に仕分けると、次のような違いが見えてきます。ここが本記事の中心です。

見る観点過去を清算する条項将来を約束する条項
効力の終わり方支払いが完了した時点で果たされる定めた期間が来るまで続き、期間を書かなければ終わりが曖昧になる
守られなかったときに求めるもの約束した金額を支払うよう求める約束に反する行為があったことを前提に責任を求める
後から示す必要があること支払いがあったかどうかという事実相手が何をしたのかという事実
よりどころとなる考え方不法行為に基づく責任を合意で確定させたもの(民法709条・719条)示談書という契約上の義務が果たされなかったこと(民法415条1項)
時間の数え方示談の時点で内容が固まる違反があった時点から新たに問題が生じる


責任の根拠が入れ替わる

 過去の清算部分は、不貞行為という不法行為に基づく責任を、話し合いで金額として確定させたものです。これに対して、将来の約束が守られなかった場面では、民法415条1項が定める債務の不履行、つまり示談書で約束した義務が果たされなかったことが問題になります。

 同じ示談書の中でも、責任を問う入口が違うところに置かれているわけです。なお、関係が再び始まった場合には、約束違反であると同時に、新たな不法行為としての側面も問題になり得ます。

証明する対象が入れ替わる

 過去の清算部分でもめる場面の多くは、支払いがあったのかどうかという事実に集まります。振込の記録や受領の書面が残っていれば、比較的示しやすい事柄です。

 これに対して将来の約束は、相手が何をしたのかという事実が対象になります。連絡が続いていた、会っていたといった事情は、外からは見えにくく、示すのに手間がかかります。将来の欄を厚くするほど、後になって確かめる負担が増える点は、条項を増やす前に知っておきたいところです。

時間の数え方が入れ替わる

 不法行為に基づく損害賠償の請求権については民法724条が、契約上の義務が果たされなかったことに基づく請求権については民法166条1項が、それぞれ期間の制限を定めています。示談によって確定した債権の期間をどう数えるかについては見解が分かれる部分もあり、短く見積もらないほうが安全です。

 いずれにしても、将来の約束の違反は、示談の時点ではまだ生じていない出来事です。過去の清算とは別の時計が動き始めると考えると、条項の置き方も整理しやすくなります。

どちらとも言いにくい条項の扱い

 実際の示談書には、二つの欄のどちらに入れるべきか迷う条項があります。この場合は、その条項が、どちらの欄を支えるために置かれているのかを先に決めると、文言が定まりやすくなります。

求償権をどう扱うか

 求償権をめぐる取決めは、形の上では過去の清算に属します。もっとも、支払った側が後から負担を求めるかどうかという将来の動きにも関わるため、清算条項とは別に独立した条項として書き分けることがあります。詳しくは求償権を扱う記事をご覧ください。

分割払い

 分割払いは、過去の清算の中身でありながら、履行そのものは将来に続きます。支払いが完了するまでは書面が生きている状態が続くという点で、一括払いとは前提が変わります。

違反したときの取決め

 将来の約束を支えるために、違反があった場合の取決めを置くことがあります。金額として書かれるため過去の清算部分と見た目が似ますが、働くのは違反があった後です。金額の水準や有効性の考え方は、接触禁止条項と口外禁止条項を扱う記事で整理しています。

混ざったまま書くと起きやすいこと

清算条項が将来の約束まで消したように読めてしまう

 清算条項は、その書面で定めた事項のほかに債権債務がないことを確認するものですから、その書面に定めた将来の約束まで消してしまう趣旨ではないと考えるのが通常です。それでも、条項の並べ方や文言によっては、「すべて解決した」という部分だけが強く読まれてしまうことがあります。過去の清算と将来の約束を章立てのように分けて並べておくと、この誤読は起こりにくくなります。

将来の約束のつもりで書いた一文が、過去の事実の認め方になっている

 「今後は二度と会いません」という一文は、将来の約束であると同時に、これまで会っていたことを前提とする記載でもあります。事実関係に争いがある事案では、将来の約束を書き足したことで、過去の欄の中身が動いてしまうことがあります。

終わりの時点が書かれていない

 過去の清算部分は支払いによって終わりますが、将来の約束は、書かなければ終わりが決まりません。期間を置くのか、置かないのか、置くとしてどのくらいにするのかは、合意の段階で意識しておきたい点です。

書面の枠組みにあたる部分

誰と誰の間の書面か

 当事者の特定は、二つの欄のどちらにも関わります。不貞の事案では、配偶者、交際相手、請求する側という三者が登場するため、誰と誰の間の合意なのかによって、清算の及ぶ範囲も、約束を守る立場の人も変わります。

何についての書面か

 対象となる出来事の特定も同じです。どの期間の、どのような関係についての書面なのかが定まっていないと、過去の欄の輪郭がぼやけます。日付、署名押印、作成通数といった形式面の実務は、別の記事で扱っています。

請求を受けた側から読み直すと

過去の欄で見るところ

 認める事実の範囲と、金額、支払期限が中心になります。記載された事実に心当たりのない部分が含まれていないか、支払える計画になっているかを確認します。

将来の欄で見るところ

 守り続けられる内容かどうかという視点になります。職場が同じ、生活圏が重なるといった事情があるのに例外が書かれていない場合、署名した後で困るのは署名した側です。範囲や期間について修正を申し入れることは、話し合いの一部として自然なことです。

その場で署名を求められたとき

 示談書は、いったん署名すると内容を後から覆すことが難しい書面です。その場で判断を求められたときは、持ち帰って検討したいと伝えることを検討してください。内容を確かめる時間を求めること自体は、話し合いを拒むことではありません

弁護士に相談する意味

 示談書の条項は、どれか一つを見て良し悪しが決まるものではなく、金額と条件、過去の欄と将来の欄の組み合わせで全体の意味が決まります。ある条項を入れる代わりに金額の面で譲るといった調整も、実際の交渉では行われています。

 弁護士に相談する意味は、書面の体裁を整えることよりも、その事案で何を確定させ、何を将来に残すのかを決める段階にあります。すでに案文を受け取っている場合でも、署名前であれば、修正を申し入れる余地は残っています。

よくあるご質問

将来の約束を入れなければ、示談書として不十分でしょうか

 そのようなことはありません。離婚を選ぶ場合や、関係者どうしの接点がもともとない場合には、過去の清算だけで足りることもあります。将来の欄は、必要があるときに置くものです。

相手が将来の約束の部分だけ拒んでいます

 将来の約束は合意がなければ書面に載りません。範囲を狭める、期間を区切る、例外を設けるといった形で調整できないかを検討することになります。合意に至らない場合でも、過去の清算部分だけで書面を作ること自体は可能です。

示談書に書いた将来の約束が守られなかった場合、書面はどうなりますか

 過去の清算部分が当然に無効になるわけではないと考えられています。違反に対しては、示談書で定めた取決めに沿って対応することになりますが、実際の進め方は条項の書きぶりによって変わりますので、書面を確認したうえで検討することをおすすめします。

まとめ


  1. 示談は和解にあたる契約であり(民法695条)、示談書はその合意の中身を書き留めた書面である。
  2. 示談書の条項は、過去を清算するもの、将来を約束するもの、書面の枠組みにあたるものに分けて眺めると整理しやすい。
  3. 過去の清算部分は、不貞行為に基づく責任(民法709条・719条)を話し合いで確定させた部分にあたる。
  4. 将来の約束は、当事者の合意があってはじめて書面に載る(民法521条2項)。
  5. 将来の約束が守られなかった場面では、契約上の義務が果たされなかったことが問題になる(民法415条1項)。
  6. 期間の制限は、不法行為に基づく請求権は民法724条、契約上の義務に基づく請求権は民法166条1項が定めており、数え方が異なる。
  7. 将来の欄には終わりの時点を書いておかないと、後から争点になりやすい。
  8. 請求を受けた側は、認める事実の範囲と、守り続けられる内容かどうかを分けて確認する。


不貞の示談書についてご検討中の方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。示談書の案をこれから作る場合も、相手方から届いた案文を検討する場合も、条項の意味と組み合わせを確認したうえで進めることが大切です。

 慰謝料を請求される立場の方からは「送られてきた書面にどこまで署名してよいのか分からない」、請求する立場の方からは「後から蒸し返されない書面にしたい」というご相談をいただきます。どちらの立場からのご相談もお受けしていますので、署名を求められている段階でも、まずはお気軽にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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